看病


※例のワクチンの副作用に苦しむ名前を看病する話


二回目。割と構えてたはずなのにもかかわらずそれでも甘かったらしい。接種部位はもちろん、体の節々がぎしぎし痛み、食欲は失せ、キリリとゆっくり締め付けるような頭痛がわたしを襲い、更には眠りたくても眠れない。イメージしていたより遥かにキツい現実がわたしを嗤っていた。
SNSで事前情報を仕入れ、必要なものを買い出しにも行っていたのだがそれらを使う場面を具体的に想定した準備を怠ったと気づいた時にはもう遅い。せっかく買った清涼飲料水やゼリーは冷蔵庫の中だし氷枕も冷凍庫の中。解熱鎮痛剤もいつもの机の上である。起き上がることすらしんどい今一人暮らしの狭い部屋とはいえベッドから冷蔵庫までの距離が永遠のように思え、早々に断念してベッドに戻った。
少し寝返りを打とうものなら体のどこかしらが悲鳴を上げ、眠ることもできず、できることと言ったら辛うじてスマホを少し操作するくらいだ。それも腕が疲れるからそう長時間仰向けで操作していられない。
ああ、こんなことなら実家に住むかさっさと彼氏でも作って同棲しておくんだった。
後悔先に立たずをひしひしとこの身で感じながらなんとか少しでも眠ろうと目をぎゅっと瞑る。
そんなとき、突然スマホが震え暗い部屋の中でぱっと光った。
まぶしいな、そう思いながら覗き込むとLINEの通知が一件来ていた。傑だ。

<名前、体調は大丈夫?昨日二回目だったんだよね?>
<私、何か手伝うことあるかい?>

傑は高校の時の同級生だ。社会人になった今でも交流のある貴重な親友。そんな彼は当時からわたしに関して少々心配性なきらいがあった。
その心配性が天からの救いの手のように見える日が来ようとは!
無駄に画面が大きくて重いスマホを選んでしまった過去の自分を軽く呪いながらなんとか返事を打ち込んでいく。

「ごめん、ちょっと立てないくらいしんどいからいろいろお願いしてもいい?……っと」

<今行く>

直ぐに返事が来て、ほっと胸を撫で下ろした。持つべきものは親友だなあ…としみじみ思う。
一瞬、部屋に入れるかと心配になったが少し前悟と硝子と傑にうちで集まることが多いからと合鍵を渡していたのを思い出した。

「お邪魔するよ」

ガチャ、と玄関の方から音がする。思ったよりもはるかに早い到着だった。

「んん……早かったねえ」
「読めないくらいのメッセージを親友が送ってきたらそりゃすっ飛んで来るでしょ。」

LINEのやりとりを見返すとちゃんと打ったと思っていたわたしの文章は誤字やら誤変換やらでぐちゃぐちゃで読めやしなかった。うーん、自分で思っているより重症なのかもしれない。

「ご飯は?」
「食欲あんまないのと動けないので全然…。あ、申し訳ないんだけど冷蔵庫にポカリ冷えてるのとそこの机に冷却シートとお薬あるから両方取ってくれるとたすかる」
「申し訳ないとか思わなくていいよ。困った時はお互い様、そうでしょ?」
「うん…ありがと…」

体に伴い心もだいぶ参っていたのか、いつもの傑の口調で優しい言葉をかけてもらえたことに表現し難い安心感がわたしを包んだ。

「その様子じゃ眠れてなさそうだね。食欲ないって言っていたけれど眠るためにも少しは食べた方がいいよ。」
「じゃあ……お言葉に甘えようかな」
「うん。今つくってあげるから少し待っていて。このあたりの食材、借りるよ」


***


「ごちそうさま」
「お粗末様でした。お粥、足りた?」
「うん。今のわたしにはちょうどいい量だった。」

傑の言った通り、食欲が湧かないと思っていたがいざこうして多少なりともお腹が満たされると自然と眠くなってきた。お薬のおかげもあるかもしれないがあれだけ眠れなかったのが嘘のように、じんわりと眠気がやってくる。

「傑、ありがとう……やっと眠れそう…」
「当然のことをしたまでだよ。」
「傑は心配性だなーっていつも思ってたけど、今回は本当に助かったの。そういう性分だっていうのはわかってるけど、来てくれて嬉しかったよ」

ご飯を食べて消化にエネルギーを使っているからか体温が上がっている感じがする。熱に浮かされたのか、わたしは普段言わないようなことまで口にしてしまっていた。多分、元気になったあと思い出したら我ながら小っ恥ずかしいこと言ったな、なんて思うんだろうな。

「……私が下心抜きで純粋に君を心配しているとでも思った?」

少しの静寂ののち、傑は普段4人で集まる時とは違う声色でそう言った。

「え……?」
「私はね、君が弱っているところにつけこんであわよくば2人きりになるチャンスを増やしたいと考えるような男だよ」
「すぐる……?」
「今日だって、名前が動けなくなっていて私が声を掛ければ君に近づく口実ができると思って直ぐに行けるよう準備していたんだ。私の手からお粥を食べさせられたのも役得だと思ったし、弱った名前を見ているのが私だけなんだと思うと嬉しさすら覚えるんだ」

傑が何を言っているか理解しようと頭を回そうとするが、訪れた眠気と体内に篭る熱がそれを邪魔する。

「ねえ、名前。好きだよ。親友としてじゃなく、1人の男として。ずっと好きだったんだ……私のものに、なってよ」

冷却シートの上から、額にそっと口付けが降ってきた。
慈しむような優しいキス。あの傑が、わたしに。
これは夢、なんだろうか。
瞼が重い。意識がゆっくりと遠のいていく感覚。

「返事は起きてからでいいよ」

やっと訪れた微睡みの中、甘いテノールが頭の中でこだまする。
ああ、わたし、傑のこと好きなんだ。