ふわころ夏さんをお迎えする


ふと目についたクレーンゲームの筐体。もともとお店自体のお客の入りがよくないのか、呪術廻戦というビッグジャンルにも関わらずゲームフロアの一角にそれは置かれていた。
ちょっと覗いてみて推しがいないかチェックし、案の定いなさそうだとその場を離れようとしたとき、視界の端にひとりだけいるのを捉えた。ひっそりと他の子たちに紛れて、それでいてこちらに主張してくるように存在感を放っており、連れて帰りたい衝動がわたしを襲う。
元々躍起になってグッズを集めるような性格ではないうえ、気づいた時にはそこらのゲームセンターではとっくに取り尽くされてしまっていて正直ここにもいないだろうなと思っていた節もあったので奇跡の出会いのように思えた。

「すみません、この子が欲しいんですけど移動していただけませんか?」
「ああはい!これで合ってますかね?」
「はい!ありがとうございます!」

衝動的にすぐ近くにいた店員さんに話しかけてたしまったがすごく親切な方だったようで、クレーンゲームが苦手なわたしでも一回で取れる位置に移動してもらえた。取れた時は思わずさっきの店員さんを探してまでお礼を言いに行ったほどだ。
まさか今日こんなところでお迎えできると思っていなかった。
つぎはぎこそあれど姿形は推しそのもの。SNSでつぎはぎの取り方を以前見かけ、いいねしていたのを思い出す。アルコールジェルでこすってあげると取れるらしい。
早速家に帰って普段使いしている鞄の中から消毒用のそれを取り出し、少しずつ染み込ませていきながら爪の先端でつぎはぎのプリントを擦る。ぬいぐるみであることはわかっているもののどうしても感情移入してしまうきらいがあるので、擦りながら痛くないか心配で「ごめんね、もうちょっとだからね」と声をかけながらの作業。
少し時間はかかったもののまっさらになった額を撫でてやると、心なしか晴れやかな顔をしてるように見えてほっこりする。「よくがんばったねえ、えらかったねえ」と呟くと、手の中の子がもぞもぞと動いた。
あれ、電池とかで動く機能とかあったっけ?と思っているとぴょんと手から飛び出して机の上のノートPCの上に乗ると、その小さく丸い体を転ばせるようにお辞儀をした。まるで『ありがとう』と言っているかのようだ。
その仕草があまりにも愛らしくてわたしも「どういたしまして」と返事をしてみるとまたぴょんと跳ねて今度はわたしの肩に乗り、わたしの首元にすりすりと体を擦り寄せた。柔らかな布地がくすぐったくて思わず笑ってしまう。
「こらこら」と言おうとしたところでこの子をなんと呼べばいいかとふと思った。夏油さんと呼ぶには少し可愛すぎるフォルムな気がするし、すぐるくんと言うにもなんだかちょっと違う生き物のような雰囲気もある。
現代人の嗜み、スマホを手に取り検索。大元の商品名が「ふわコロりん」というシリーズであることを知ったわたしは彼の名前も少し借りてころ夏さんと命名?した。
いつ電池切れを起こしても大丈夫なようについでにどのサイズの電池対応なのかも調べよう、と思ったがこちらはどれだけ検索をかけても一向にヒットしない。SNSの方で誰かが呟いていないか、グッズを売っているサイトに何か書かれていないかなど思いつく限りのルートで一通りさらってみたがどこもそれらしい情報は見当たらず。肩に乗ったままのころ夏さんをそっと持ち上げて360°いろんな角度からよく観察してみたが電池を入れられそうな場所はどこにもなさそうだった。体をまさぐってしまったからかころ夏さんはくすぐったそうによじよじと小さな体を一生懸命ひねる。
もしかして、この子は生きている…?と考えたがすぐに現実的じゃないな、と思い直し「まさかね。」と呟くと、ころ夏さんはいつのまにか抵抗をやめ、手の中からこちらをじっと見つめていた。

難しいことはまた今度考えればいいか。今はこの小さな幸せが新たにわたしの日常に加わる事実を噛み締めて、その額をまた一撫でした。