序
「まあまあまあ! いいんですか、こんなに!」真っ赤な口紅に、上気した頬。くるんと睫毛をカールさせた女性は、まだ若い声をさらに1オクターブ上げてはしゃいでいた。
その手には銀のケースにぎっしりと詰まった札束が握られており、重ねられた毒々しい色を放つネイルが鮮明に目に映る。明るく染めた髪も含めて、彼女の容貌は今の彼氏の趣味だ。女は男に合わせて趣味も見目も変える、カメレオンのような人物だった。
そんな女を見つめる、ひとりの少女がいた。硝子玉のような瞳は幼子であることを差し引いても大きく、それがこけた頬を目立たせている。伸び放題の髪はパサつき、昨日一週間ぶりに風呂に入れられたおかげで臭いはそこまで酷くないが、栄養不足から枝毛がいくつもあった。
細い肩からずり落ちそうになっているワンピースの袖を上げる。サイズの合っていないそれは、少女が初めて母親に買い与えられた外出着だ。今まで着ていたものは、今朝ゴミでも触るように脱がされてから姿を見ていない。恐らく、捨てられてしまったのだろう。尤も、あの服は母親が捨てたゴミ袋の中から発掘したものなので、元ある場所に戻ったと言えばそうなのだが。
「では約束通り、娘はこちらに引き渡してもらおう」
「ええ、ええ! そんなもので役に立つのでしたら、是非貰ってくださいな」
そんなもの、と蠅でも払うように追いやられた少女は、ふらつく足をそのままに黒い服を着た男の前に突き飛ばされた。顔も覚えていない父親の葬式後に来た男達と同じ服装だ。関係者であることは間違いない。
少女の虚ろな眼差しに特に反応を示すでもなく、男は小さな少女の手を力任せに掴んだ。棒切れのような細い指が、冷たい温度に包まれる。
少女が振り返ると母親は札束を恍惚と見つめたままで、去っていく娘を気にする気持ちは微塵もないようだった。
結局、最後までお名前呼んでくれなかったな。そんな言葉は、乾いた口内と切れた唇の中に消えた。
東京都立呪術高等専門学校。寺社仏閣が立ち並ぶ様は聞いていた”学校”のそれとは異なっていて、#name2#は校門の手前で足を止めた。そろりと位置はそのままに校門の向こう側を覗いてみたが、人の気配は感じられない。それが余計に不安を煽った。
家の者に此処へ入学するようにとお達しがあったが、任務の合間に目にした一般的な学校とはあまりにも様相が違いすぎる。そもそも此処は学校なのだろうか。廃仏毀釈運動で破壊されたお寺の引っ越し場所と言われたほうが、まだ納得できる。
しかしこのまま此処で時間を潰しているようでは当然入学式に遅刻もするし、殴られてしまうだろう。家が斡旋した任務では、十分前に待ち合わせ場所にいなければ怒られたのだ。
学校に通うのは初めてだが、社会生活に慣れるための場だと聞く。であれば、集団生活のための規則を守れない人間には罰が下るに違いない。
#name2#はごくりと唾を飲み込んで覚悟を決めると、震える足を叱責して一歩踏み出した。
敷地内は、入口から見たものとは比べものにならない数の社寺が立ち並んでいた。いずれも神を祀る場にある独特な空気が感じられず、外見だけの伽藍洞なものなのだと察する。自分の出生のせいか、もともと素養があるのか、#name2#はそういう気を感じる勘がよく働いた。
とはいえ素通りするというのも気が引けたので、二礼二拍手一礼とは言わずとも軽く会釈をして整備された道を歩く。
夜中に見たらなかなか迫力がありそうだが、まさか寮まで似た建造物ではあるまい。流石にそれは迷う。単独行動が任務時のみの#name2#にとっては、此処まで来られたことすら奇跡に近かった。
夜闇に紛れて呪いを祓うことも儘あるため、日が沈んだあとにこの道を通ることも抵抗がなくなっていくのだろうか。視界を落とせば、入学前に提出した要望書に合わせて作られた制服が映る。
術式の特性上、一般人に見られても支障がないフード付きの仕事着は、動きやすさを重視したパンツスタイルだ。着物が普段着だったため、洋装を着ている今はなんだか無駄にそわそわしてしまう。
#name2#は