野球用バッドを背負って、玄関から勢いよく十四松が飛び出して行く。自分達の部屋からそれを見送ると、おそ松は窓を開き、取り出した煙草に火をつけた。
思春期の少年にありがちな好奇心から始めた悪癖だったが、その味はもう、すっかりおそ松の体に馴染んでいる。初めの頃はふかすだけで噎せていたのに、今では銘柄による香りの違いを楽しめるまでになった。
眼前に広がる青空をぼんやりと眺めながら煙を味わっていると、不意に背後から戸の開く音がした。振り返れば、
「あれ、兄さんいたの」
鮮やかなピンク色のパーカーに身を包んだ弟が、部屋の入口に立っている。
「お前こそ、出掛けたんじゃなかったんだ?」
「なんだか今日は家でのんびりしたくて……あ、煙草消さなくていいから」
自身も窓の前まで来ると、トド松は吸いさしの火を消そうとしていたおそ松の手をとめた。
高校生の身分で兄が喫煙しているということに、トド松は少しも驚いていないようである。何が何でも隠したかったわけではないが、家族の前で堂々と煙草を出すのはやはり気が引けて、どうしても家で喫みたくなったときには、皆のいない場所でこっそりやっていたのを、この弟は知っていたのだろうか。
自分の足元に座り込んだトド松を、おそ松はちらりと見やる。なんとものんきなことに、彼はあくびをしていた。
「気付いてたのか」
携帯灰皿に灰を落としながら、おそ松は訊いた。
「なにが?」
「俺が煙草吸ってたこと」
トド松はおそ松を見上げて薄く笑った。
「結構匂いでわかるから。気をつけた方がいーよ」
匂い。あまり考えたことなかったな、とおそ松は思う。そんなに匂うものなのだろうか。もしそうなら、ほかのみんなにも気付かれているのかもしれない。それならそれで構わなかったが、家族に知られていないと思い込んで一人こそこそと吸っていたのは少し恥ずかしい気もする。
考えているうちに、手の中の紙筒がずいぶん短くなっていることにおそ松は気が付いた。かれはそれの火を携帯灰皿の内側で押し消す。もう一本喫もうかどうか悩んでいると、突然トド松が立ち上がり、
「僕ももらっていい?」
「はあ!? お前吸うの!?」
思わず大きな声が出た。動揺する兄の姿に、トド松は呆れたように溜め息をついて言う。
「あのね。こういうこと知ってるのって、おそ松兄さんだけじゃないんだよ」
そのままおそ松の返事を待たずに、細い指がおそ松のジーンズのポケットから、煙草の箱を奪っていった。そのなかから一本を抜き出すと、トド松は小さなくちびるにそれをくわえて、
「ね、火ィちょうだい」
ショックを受けながらも、向けられた煙草の先端に、おそ松はそっと火をつけてやる。燃え始めたそこから、かげろうのように煙は揺らめいて、二人の鼻先を擽っていった。肺を満たすその香りをゆっくりと楽しみ、トド松は満足げに目を細める。
「不良少年……」
横目で弟を見つめながら、二本目を取り出した自分のことは棚に上げて、おそ松は呟く。
トド松は一瞬目を丸くして、それから笑った。
「兄さんほどじゃないって」
そのまろい頬の横顔を、おそ松は初めて見るような心地でいる。