幼い頃、弟の手を引いて歩くのは信之の役目だった。たどたどしくも懸命に自分の背を追ってくる小さな体を見るたび、この子は私が守ってやらねばならないと信之は思った。
二人して出陣するようになってからは兄弟肩を並べて戦場を駆けた。指示を仰ぐかのように鳶色の瞳がこちらを見上げてくるのが信之には嬉しかった。
それがいつからだろう。信之のずっとその向こうを弟の目は見つめるようになった。信之の知らない、熱に浮かされたような色を宿して。危険も顧みず敵のなかに躍り出ていく弟の背中は何か不吉な予感を信之に与えた。
嫌な予感ほどよく当たるものだ。対峙する弟の顔を見据えながら信之は刀を強く握り締める。弟は兄の手を振り切り、兄と戦う道を選んだ。もののふとして生き、そして死ぬために。
いま、信之の目の前には満開の桜の木がある。
咲き誇る花に共に見とれた弟はもう隣にはいない。
信之は桜の木を見上げる。風に揺られて桃色の花弁がひらひらと舞い落ちる。
この美しい花は、散ってもまた咲くのだ。私はただ進んでいかねばならない、と信之は思う。