「これ以上、どうしろって言うんですか……」
あらん限りの軽蔑と憎悪を込めて睨み付けてくる夏目に向かって、この子はやっぱり怒った顔もきれいだなあなどと場違いなことを考えながら、つむぎは淡々と語り続ける。
「我慢してください、泣き寝入りしてください。そう言うことしかできません」
そう、つむぎには本当にそれ以外の言葉が見つからない。つむぎにとってはもうずっと昔から、幸せとは何らかの犠牲の上に成り立つものだったから。
自分たちの預かり知らぬところで一方的に五奇人と名付けられ一方的に踏み躙られたかれらは、いわば神への献上品だ。皆の幸せのために捧げられた供物。つむぎだってまったく気の毒に思わないわけではなかったけれど(いまつむぎの目の前でかれへの嫌悪感を隠そうともせず眉を顰めている少年に対しては特に)、それでも何かが贄とならないことには、この学院は腐り爛れゆくばかりだったろう。
最大多数の最大幸福。つむぎは英智がそれを成し遂げてくれると心から信じている。かれは英雄だ。この学院を救う勇者だ。もっとも、かれ自身はその呼び名を嫌がるだろうけれど。
ただ、捧げられた生贄にも幸福を願う資格はある。人はどんなどん底にいようと幸せにはなれるのだ。だからつむぎは、夏目に向かってこう言う。
「夏目くん、憎いなら俺を殴ってくれて構いません」
夏目は端正な切れ長の目を見開いて、それから眉間の皺を深くする。何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言い返してはこなかった。
つむぎは無感動に続ける。口元にかすかな笑みすら浮かべて。
「どうせ俺は、いつでも他人事みたいで……。何をされても、感じませんから」
ふと、夏目の琥珀の瞳に憐れみの色が過るのをつむぎは見た。ひどく覚えのある色だ。そう……、あの人もこんな瞳をしていた。妻と子を見限り出て行ったつむぎの父親。かれもまた幸せになりたかったのだ。それを否定する権利は誰にもない。最大多数の最大幸福、そのために流される誰かの血……、何ひとつとして間違っていることはない。
お母さんにこれ以上どうしろって言うの、つむぎ。貴方ひとりが我慢すれば、みんなが幸せになれるのよ。……
薄い微笑みを張り付けたままつむぎは、いつか聞いた母の言葉を思い出している。