とっと様リクエスト
荒船と男前少女の恋。


 荒船が彼女を初めて見たのは、友人である影浦の家にお好み焼きを食べに行った時のことだった。影浦の家はお好み焼き屋で、友人のよしみということや単純に美味いからという理由でよく村上や穂刈と一緒に顔を出していた。
 その日も、荒船は村上たちと一緒に影浦の家へとお好み焼きを食べに来ていた。暫く家の手伝い中らしい影浦をからかいつつ箸を進めていると、影浦が誰か知らない奴と話をしているのが見えて、なんとなく気になってそちらを見た。普通に考えれば、今影浦は店員なのだから客と店員のなんてことない、背景に溶け込むような情景だっただろう。しかしどうやらそれだけでないようで、二人は割と長めに話し込んでいる。しかも、その相手は女ではないか。影浦が女と話し込んでいる。ますます気になった荒船は、二人を食い入るように見つめた。暫くすると、影浦が俺たちの席を指差してなにか言った。女の顔が、こちらへ向いた。

「………は」

 ドクン、と、普段ならば絶対に聞こえない心臓の音が、ダイレクトに自分の耳へ響いてきた。あまりに大き過ぎて、少し左胸の辺りが痛くなった。原因は分かっている。たった今、こちらに顔を向けた女だ。ありえないくらいに整った顔立ちの女が、こちらを見ていた。

 バクバクと五月蝿く鳴る心臓の原因も、理論として頭の中に入ってはいる。不整脈だの病気だのと騒いだりはしない。これは、もっと感情的なあれだ。ただ、認めたくなかった。自分が、顔だけを見て、女に一目惚れしただなんて。


 ▽


 荒船は理論や効率で物事を考える。顔だけで好きになるなど、荒船のプライドが許さない。恋とは、じっくりと相手の中身を見て、ゆっくり、じわじわと落ちていくものだ。そもそも一目惚れなど、本当の恋ではないと思っている。だってそうじゃないか。所詮は見た目だけを見て好きになっただけの恋が、どうして長続きするだろうか。勿論見た目だって相手を好きになるための大事な要素であるし、顔が整っているというのは、生まれつき人が持っている一種の才能であると思っている。だから顔を恋に落ちる判断材料に使う事自体を否定しているわけではないのを理解しておいてほしい。ともかく、そうではないのだ。恋とは、その人の人となりを十分に理解したうえで落ちるものであって、一目惚れの段階の恋などは、所詮は好きになるためのきっかけに過ぎない、というのが荒船の考えだ。
 特に誰に言うわけでもなく、荒船は頭の中でそう言い訳する。そうでもしていないと、頭が沸騰してしまいそうだった。今、目の前に件の女がいる。

「どうもこんにちは、真辺京です。影浦の幼馴染です。いつも影浦がお世話になってます」

 そう深々と頭を下げた女――真辺はどうやら、影浦とは幼馴染という間柄らしい。「テメエは俺の何なんだよ」と軽く頭を叩かれて、真辺は涼しい顔で「何とか以前に挨拶はちゃんとしなきゃいけないし」と影浦を説き伏せている。先程の挨拶やその言葉を聞く限り、礼儀正しく、良い奴のようだ。失礼は承知で、真辺をじっと見つめた。

「(ほんっとに綺麗な顔してんな)」

 人形のように整いすぎたその顔立ちは、もういっそのこと怖いくらいに人間味を感じさせない。こうして普通に喋っている姿が逆に不自然さを感じさせる。しかし、綺麗だ。とにかく美しい。
 だが、どんなに真辺が綺麗だとしても、顔の魅力だけで恋に落ちたというのが認め難い事実だ。しかし今彼女が数言話しただけでも、礼儀が正しいことは分かった。荒船の中で、グッと心の内が揺れた。
 少しばかり戸惑っていると、暫く影浦と話していた真辺が荒船の方を見た。真辺の澄んだ大きな瞳が自分に向いたのに驚いて、少し目を見開いた。真辺がふわりと笑う。

「荒船くん、だよな。同じ学年の」
「……は?」
「嗚呼、君は同じクラスにはなったことないから知らないかもしれないな。君と私、同じ学校なんだよ」

 言われて、荒船は大層驚いた。同じ学校だと。記憶を探ったが全く思い当たらない。こんな美人が同じ建物内にいて、気付かないものだろうか。冗談かとも思ったが、影浦が「なんだよ知らなかったのか」と不思議そうにしているので違うのだろう。荒船は暫し黙り込んで、「ああ悪いな、知らない」と正直に答えた。変に取り繕うのもおかしい話だ。

「友達や影浦から話を聞いていて、凄い人だと思っていたんだ。話せて嬉しいよ」
「お、おう」

 褒められて悪い気はしない。荒船は少し照れて、口元を覆った。そういえば、噂くらいなら聞いたことがあったかもしれない、と、荒船は思い出す。文武両道、眉目秀麗、まさに才色兼備の女が同じ学年にいる、という話を、確か以前、犬飼辺りから聞いたことがあった。しかし荒船は実際にその人の人となりを見た上でその人を認識するので、あまり記憶に残っていたかったのだ。なるほど、眉目秀麗、は実際に見て分かった。文武両道かどうかは見なければ分からないことだが、まあそんなことはどうでもいい。

「まあ、よろしく、な」

 とりあえず、悪いやつではない。だからといって、俺が恋に落ちたことになどならないが。
 荒船は心の中でそう呟いて、大きく頷いた。


 ▽


「………っぐ…!」

 駄目だ。手強い。
 数日後、とある日の放課後、荒船は教室にて、机の上で拳を握り、そう呟いた。あれから数日経って、彼女と接する機会も増えたが、とにかく非の打ち所がない。というか、男前過ぎる。
 一度、荒船が教師に頼まれて荷物を運んでいたときがあったのだが、そこに真辺が通りかかり、手伝ってくれたのだ。もちろん女に荷物を持たせるなど出来ない荒船は丁重に断ったが、真辺は綺麗に笑って、「荒船くんとちゃんと話してみたいと思っていたんだ。荷物は荒船くん一人で運べるかもしれないが、よかったら私のために手伝われてくれないか」と言ったのだ。荒船の心が祭りの射的のコルク銃のようなものに撃ち抜かれ、グラっと大きく揺らいだ。しかしまだ倒れなかった。断るのも悪いのでその申し出は受けさせてもらい、一緒にその荷物を運んだ。そうしてその荷物を、教師に頼まれていた資料室に運んだ。運び終え、荒船が大きく伸びをしたとき、真辺が大きな声で荒船の名前を呼んだ。あぶない、とその声に荒船は咄嗟に反応出来ず、固まっていた。しかしそんな荒船の手を、真辺が力強くぐいっと引っ張った。ちょうどその場から荒船が動いたその瞬間、バサバサ、と本が何冊か、先程まで荒船のいた位置に落ちてきたのだ。「よかった」と耳元で真辺の声がした。抱きつく形になっていることにようやく気付いて、荒船は慌てて離れた。そこに、笑顔がひとつ。

「怪我がなくて良かった」

 パコーンと、コルク銃に心臓を撃ち抜かれて、荒船の心は真っ逆さまに落ちてしまった。お祭りの射的の景品のように落ちたそれに、真辺は気付かない。そりゃあ当然だ。気付かれたら荒船が困ってしまう。
 それはともかく、荒船は最初、見た目から好きになってしまった人を、もう一度好きになってしまった。仕方がない。認めたくはないが、彼女は抗えないほどに男前だった。

「で? アピールしてんの?」

 荒船の今までの話を、同じ学校でボーダーに入っているからという理由で聞かされていた犬飼は、面倒くさそうに聞いた。荒船は「当たり前だろ」と至極当然のように頷いて、今までの経緯を思い返した。
 まず、気持ちを自覚した荒船は真辺に言った。「俺と勝負をしよう」と。

「ちょっと待った」
「なんだよ」

 犬飼は思わず止めたが、あまりに荒船がその行為に不思議そうな顔をするので、自分がおかしいのかと自分を疑ってしまった。しかしすぐに慌てて考えなおし、荒船を見据えた。

「アピールだよね? なにそれ? なにそれ!?」
「当たり前だろ、何言ってんだ」
「なんで!! 好きな子に申し込むのが!! 勝負なんだよ!? 交際だろ普通!!」
「いいか、犬飼。聞け」

 絶対に自分のほうが正論を言っているはずなのに、どうしてこうも自分が正論だみたいな顔を出来るんだろう、と犬飼はげんなりと荒船の言葉を待った。

「相手はあの真辺だ。文武両道眉目秀麗才色兼備、オマケに性格も良い男前。そんなexカンストしてるような奴にどうやったら交際なんか申し込める? いやできない!」
「出来るだろ…」

 荒船ってこんなやつだっけ…?と犬飼は半ば諦め顔で続きを聞いた。

「そこで俺は考えた。何かしらの勝負で勝てば、告白する権利を得られる!」
「なんだよ権利って…!!」

 諦めつつも漏れてしまうツッコミに犬飼は頭を抱えた。駄目だこの理論野郎、恋に突っ走って頭がショート寸前だ。犬飼は頭を抱えたまま荒船を見た。

「んだが」
「? だが?」

 急にテンションが落ちて大人しくなった荒船に、犬飼は首を傾げる。いつ爆発するから分からないので若干椅子を引いて離れている。

「真辺との勝負に、未だ一つだって勝てていない…!!」
「あちゃあ…」

 まずテストから始まり、バスケ、サッカー、野球、テニスetc.…様々な勝負を挑み続けたが、荒船は未だ一度も真辺に勝てたことはなかった。
 犬飼は額を抑えて、溜息を吐き出した。毎度毎度申し込んでいる荒船も荒船だが、毎回付き合っている真辺も真辺だ。これはもう、実は脈があったりするんじゃないんだろうか、と犬飼は思う。

「で」
「…で?」
「今日もこれから勝負だ。今日は卓球」
「あっそう……ガンバッテネー…」

 大した時間話を聞いていたわけでもないのに、犬飼は妙に疲れてしまっていた。荒船の意外な一面を見たせいだろうか、と何度目かの溜息を吐き出す。
 そうしていると、真辺が教室の扉から顔を覗かせた。

「待たせて悪い。今日は卓球だったよな?」

 真辺はそう言って綺麗に微笑む。荒船も犬飼も思わず赤面した。しかしすぐに荒船が復活して、「い、いや、先生に鍵をもらってくる。待っててくれ」と走っていく。鍵くらい先に借りとけよ、と犬飼は荒船を見送りながら、軽く笑った。
 すると真辺が教室に入ってきて、話しかけてきた。

「君は……ええと、犬飼くんだ」
「え!? あ、ああ、うん。そう」

 名前を呼ばれたことに驚いて、犬飼は顔を上げる。そして、呼ばれたのに何も話さないのも失礼かと思い至り、好奇心も少し交わらせて、聞いてみることにした。

「真辺さんってさ」
「ん?」
「荒船のことどー思ってる?」

 聞いてから、少し直球過ぎたかと反省する。しかしまあ、自分のことではないのでまあいいかとスルーした。
 問われた当の本人はキョトンとして、そして少し、顔を赤くして笑った。お?と、犬飼は思う。

「えーっと」
「うん?」
「…いいライバル、かな」
「……………うん?」

 ずる、と犬飼は思わず転けそうになった。

「荒船くんって凄いんだ。いつも私が勝ってしまうのに、いつも負けじと勝負を挑んでくるし……それにすごくいい勝負をするんだよ。こんなのは初めてで、すごく一緒にいて楽しい、いいライバルだよ」

 おい荒船まるで伝わってないぞ!!と、犬飼は荒船に叫びたくなった。頭を抱えて黙り込んでいると、荒船が鍵を持って帰ってきた。じゃあ、と手を振り、真辺が教室から出ていく。

「………、」

 その間際、荒船と話す真辺の顔を見て、犬飼は眉を上げた。

「(…めっちゃ嬉しそう)」

 強ち、全く伝わってないなんてこともないんじゃかいか、と犬飼は思う。

「……あー、もう知らね!」

 お好きにどうぞ!
SANDGLASS