※出水が誰コレ状態※ゴメンナサイ※
出水とクラスメイト。
「キス、ってさ」
放課後の、教室。同級生の出水公平は突然、そう言葉を切り出した。私は突然特に仲の良いわけではないクラスメイトからそんな単語が飛び出したことにギョッとして、顔を上げた。
今日は委員会の仕事で、出水と二人、教室に残っていた。生徒会誌、という毎年発行されるそれぞれのクラスの一年の集大成をギュッと凝縮したようなそれの見開き二ページを、私達が作らなければいけないらしかった。ホームルームの時間に皆が面倒くさそうにお題である将来の夢を書いていたその小さな紙を、全て収まるように、デザインも考えて貼っていく。もう一方のページには写真も貼らなければいけない。片方のページに割と時間を食ってしまったので、恐らく明日もやることになるだろう。
そんな中のその単語は、私を驚かせるには十分だった。
「一秒間に二億個の細菌が行ったり来たりするんだってな」
紙の裏に糊付けしながら、出水は言った。まるで今日の晩御飯の話でもするように、何でもないように、言った。
私は驚いたまま、首を捻った。「はあ」と、ありきたりでつまらない返事しか返せなかった私に、出水は気にした風もなく、少しの間黙っていた。
私はなぜそんな話題が産まれたのか、彼の思考を本気で疑っていれば、出水がまた口を開いた。
「なんか、きもちわるいよなあ」
そこまで言われて、ハッとする。先程まで私達は、これでもかというほどに無言で作業をしてきた。もしや、それに気まずさを感じた出水が、気を遣って出した話題だったのではなかったのだろうか。だとしたら出水ちょっと話題提示が下手すぎないか。こんなへったくそな話題提示初めてだわ。なんでキスの話題なの。話したことほぼないのに。しかもキスが気持ち悪いって。じゃあなんでその話題選んだの。
「あー、えーと、そうだね…?」
何を返せば良いか分からず、とりあえずありきたりな返事を返しておく。うーん、我ながら本当につまらない返しだ。
首を傾げながら、乾いた笑いを零す。
「真辺ってキスしたことあんの?」
ねえよ。
というかその話題続けるのかよ、と頭を抱えつつ、愛想笑いを返して「ないよ」と首を横に振った。
「ふーん」
出水はそれだけ返して、また暫く黙った。いやいや、そこで切っちゃうのかよ! なんで! いやこの話題を続けたいわけじゃないけど? なんていうの? 居た堪れない? っていうか?
「…えーっと」
「なあ、真辺」
「え!?」
「キスしていい?」
「は!?」
何を言ってるんだろうこの馬鹿。なんて少々失礼なことを考えながら、私は目の前の出水を凝視した。いつもは妙に明るくて、同じクラスの米屋と馬鹿をやってるようなその姿はどこにもなくて、どこか真剣な顔でこちらをじっと見つめてくる。だけど出水の顔を見ているうちに、まあ流石に冗談だよな、と思い至り、少し顔を逸らす。そうして、笑い飛ばしてやろうともう一度出水に目を向けると、すぐ目の前に出水のかお、が、?
「え」
口許に、一瞬何かが触れた感覚があった。しかしそれはすぐに――一秒も経たないうちに離れていって、私はしばらく、何が起きたのかさえも分からず茫然としていた。
ありえないくらいに近くにあった出水の顔はすぐに離れていって、「よく分かんないな」なんてこぼしている。人にキスしといて、その言いぐさは何なんだ。
「(…きす)」
…そうだ、キスされた。出水に、きす、された。
「いっ、いず、」
「一秒も経ってなかったけど、細菌とか交換されてんのかな。二億個まではいってなくても、一億個くらい?」
ガン!と、額を机にぶつけた。ああ、なんなんだこいつは。興味本位で、こうして女の子にキスなんか出来るものなのか。私の感覚がおかしい? いや、絶対にコイツの感覚がおかしい。
「なにやってんの?」
「なにやってんのじゃないんですけど…」
不思議そうな出水の顔に、なんだか怒る気も失せてしまって、私は溜息を吐き出した。最後の一枚に糊付けして、立ち上がる。うん、犬に噛まれたとでも思って忘れよう。ファーストキスだったけど、ノーカウントだ。こんなのキスじゃない。
そう納得して、机の横にかけてある鞄に手を伸ばす。
「あ、真辺」
「なに」
「おれお前の事好きなんだけど」
ズルっ、ガン!と、思わず転けてしまって、机の角で頭を打った。いたい。なんなんだ、今日は。
「………出水くん?」
「はい」
「えっと、なんて?」
「おれお前の事好きなんだけど」
ガン!と、また角に頭をぶつける。何なんだろう、出水ってちょっと頭おかしい人だったの? なんでそれキスしたあとに言うの? おかしくない?
「あー、なんか照れるな」
そこは照れるんだ。
「返事はまたでいいから」
またって何、明日もこれやるんですけど。
「じゃあまた明日な」
帰るのかよ!
「………」
出水の居なくなった教室で、私は勢い良く溜息を吐き出した。
「なんでときめいてんだよあほか…」
割と私の頭もおかしいのかもしれない。