犬飼と恋愛に不器用な女の子。
「おれ、犬飼澄晴って言うんだ。あ、犬は飼ってないよ! 同じ銃手同士、仲良くしよー!」
そう言って、手を差し出されて、私はそれをしばらく呆然と見つめた。うわあ、なんだこのコミュ力モンスターは。それが、私の犬飼に対しての第一印象だった。その時の銃手志望の同い年が私と犬飼しかいなかったので、その時犬飼が私に話しかけてきたのはそういうわけだったと思う。多分、私が同い年じゃなかったら比較的歳も近くて性別も同じな若村くんのほうに行っていただろう。
犬飼は差し出した手をジッと見つめるだけの私を見て、あれ?と首を傾げた。私はハッとして、慌てて手を取った。よろしくの握手なんて、初めての経験だった。
「えっと……真辺京です。よろしく」
「うんよろしく〜」
私と犬飼はボジションだけじゃなくて、学校とクラスも一緒だった。教室で犬飼の姿を見つけた時は思わず叫んでしまったし、そんな私に犬飼は「あ、やっぱり気づいてなかった?」と苦笑していた。どうやら犬飼の方は気付いていたらしい。犬飼が同性の若村くんじゃなく私に声を掛けてきたのは、そういうわけもあるようだった。
ポジションも年もクラスも一緒な私達が仲良くなるのは自然なことだったと思う。犬飼は気さくで明るくて、気兼ねなくくだらないことをたくさん話せてしまう。聞き上手で話し上手。まさに第一印象のまま、犬飼はコミュ力モンスターだった。
なんでそんなコミュ力あるの? 生まれつき?と聞くと、犬飼は少しだけ遠い目をして「姉ちゃん二人に叩きこまれた」と言っていた。なんだかあまり突いてはいけない気がしたので、それ以上は何も聞かないでおいた。いや、でもお姉さんたちに感謝したほうがいいよ。そのコミュ力羨ましい。多分、持って生まれたものもあるだろうけど。
私と犬飼は友達だった。私は犬飼と出会って、あ〜、男女間の友情って本当にあるんだなーと、どこか他人事のように、そう思っていた。のだが。
「おれ、京のこと好きなんだ」
「…は?」
突然、犬飼から告白された。驚いて、なんだか間抜けな声が出た。犬飼の放った言葉の意味を、ゆっくり、咀嚼した。ええと。
「えっ、嘘」
「あっはは、予想はしてたけどひどい反応」
「えーだって……ってか冗談?」
「いや本当」
犬飼は冗談みたいな口調で、私に告白をしてきた。私は少し、黙り込んだ。犬飼のことは好きだけど、今まで友達以上には見たことがなかった。男女の友情は成立するのか、とか考えていたくらいには、犬飼との恋愛は私の頭にはなかったのだ。
「えーっと……ごめん…?」
「疑問形で断られた」
「いや告白なんかされたの初めてだし…えっと」
「いやいーよ。まあこれからもこのままでいてくれるとおれ的にはありがたいかな」
「え、うん……それは、いいけど」
犬飼は、なんでもないように笑っていた。本当にその告白が冗談だったみたいな笑い方だった。そんな犬飼に少しだけもやっとして、私たちはそのまま別れた。
「(…私、告白されたのか)」
その日の帰り道、ぼんやり犬飼のことを考えた。なんだか犬飼のせいで、告白された実感が湧かない。でもなんか、思い出したらドキドキしてきた。…ん? あれ、なんか変だ。
「(……犬飼に、好きって言われた)」
そう思うだけで、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
▽
「あ、京おはよー」
後ろから犬飼の声が聞こえて、私はあからさまにビクリと肩を跳ねさせた。思わず顔を覆った。アホか意識してんのバレバレだわ。犬飼が気まずくならないようにっていつも通りにしてくれているんだから、私だっていつも通りにしなければいけない。
平静を装って、挨拶を返した。
「…お、おはよう」
「……」
「…犬飼?」
「え? ああいや、なんでもないよ。早く教室行こうか」
「う、うん」
その日、最後まで犬飼と目を合わせることができなかった。
「……なんっか、変」
荒船は、目の前で机を叩いた私に面倒くさそうな目を向けてきた。やめて傷付く。今、私と荒船はラウンジで二人、向かい合って座っている。暇そうにしていた荒船を、私が引っ張ってきたのだ。
「なにが」
やっぱりめんどくさそうに、荒船が聞いてきた。早いとこ聞いて終わりたいっていう思考がにじみ出ている。このやろう。まあいいけど。それよりも。
「この前犬飼に告白されたんたけど」
「…は?」
「それから犬飼と目が合わせられない」
「ちょっと待てちょっと待て。犬飼に?」
「告白された」
「いつ!」
「先週かな」
「マジか……あいつお前のこと好きだったのかよ」
「だよねびっくりだよね?」
驚いた様子の荒船にうんうんと頷いて同意していると、「で?」と先を促されて、首を傾げた。
「いやだから、犬飼と目をね」
「そうじゃなくて。付き合ってんのか?」
「いや、断ったけど」
「は? なんで」
「なんでって……別に恋愛の意味で好きだったわけじゃないし…」
そう、犬飼への気持ちは友達へのそれで、私は別に犬飼のことを好きというわけじゃない。…ない、はずなのに。
「なんでかあれから犬飼の目が見れない…!」
なぜだ。なんでいつも通りに出来ないんだ。今まで自然に出来ていたことがまるで出来なくなった。犬飼と話すときは必要以上に緊張しているし、緊張のあまりちょっと素っ気なくなってしまう。いつもならこちらから見つけると声を掛けたりもしていたのに、今では見つけてもつい知らないふりをしてしまったりする。なんでだ。いつも通りに犬飼と話したいのに、犬飼を目の前にするとそれが出来ない。
「…お前それ、犬飼のこと好きなんじゃねえの」
「……、え?」
荒船の思わぬ言葉に、私は思わず固まった。私が犬飼を? 好き? は?
「いやいやいやいや、告白断ったのに!?」
「っ!? いや知らねーよ! 告白されて気付くってこともあるだろ!」
突然詰め寄ってきた私に荒船は驚いて体を後ろに引いた。なんだか少しげんなりしているように見える。いや、ごめんねなんか。
「えええ……嘘だあ……うわあ…」
「むしろなんで分かんなかったんだよ」
「いやだって……告白断った……し」
頭を抱えた。なんだよ、告白断ったばっかなのに今更好きになりましたとか馬鹿なんじゃないのか私。
「つーか犬飼もお前のこと好きって分かってんだから告白すりゃいいじゃねえか。何がダメなんだよ」
「いや……でもさ……犬飼もう私のこと好きじゃないかもしれないじゃん…」
「告白されたの先週だろ? そんなすぐすぐ人の気持ちは変わんねえだろ」
「私の気持ちは変わったけど」
「お前のは気付いてなかっだけだ馬鹿」
正論の上に正論で返されて、思わず押し黙った。いや、うん。確かにそうだ。そうなんだけど。
「…正直言うと今の状態で犬飼に告白できる気がしません」
「知るかよ。犬飼もやったんだからお前もやれよ。不公平だろ」
「うーん……でもさあ…犬飼私に告白してきたとき大分余裕そうっていうかさ……私みたいにいっぱいいっぱいって感じじゃなかったし…」
それこそ不公平じゃないか、と呟くと、荒船が不機嫌そうに「お前本気で犬飼が告白するときなんともなかったって思ってんのか?」と言われた。え、だってホントにいつも通りで…
「お前みたいなのでも好きな奴に告白してんだからそんなの緊張しないわけないだろ」
「……、」
犬飼の、あの時の姿を思い出す。なんてことない、日常の会話をするように言われた「好き」を、私はサラッと流すように受け止めてしまった。あの時、犬飼はどう思ったんだろう。あの時、犬飼はどんな気持ちで私に告白していたんだろう。そういえば自分のことばかりで、犬飼のあの時の気持ちなんて、少しだって考えていなかった。
「…荒船なんか詳しいね。恋愛経験豊富そう」
「まあこれ全部少女漫画からだけどな」
「少女漫画かよ。えっ、ていうか荒船少女漫画読むの? マジで?」
「最近少女漫画の回し読み流行ってんだよな。お前んとこ来てねえの?」
「来てない……大体そういうの犬飼から回ってくるし最近ギクシャクしてたから」
「仲直りしたら貸してもらえよ」
「うんそうする」
ちゃんと、犬飼と話そう。
▽
「あ、京だ」
「っ、」
その日の帰り、犬飼に会った。多分私が先に気付いていたものの、やっぱり自分から声をかけられず、少し遅れて気付いた犬飼に声を掛けさせてしまった。そしてやっぱり目が見られない。ああ、ダメだこんなんじゃ。ちゃんと話そうって決めたのに。
「今帰り?」
「う…うん」
「そっか。おれも防衛任務今終わって帰るとこ。京は何してたの?」
「えーっと…荒船とちょっと、話してて」
「…そっか」
犬飼にしては珍しく少し間が空いたのが気になったが、やっぱり犬飼の顔が見れずに俯いたまま首を傾げただけだった。犬飼が黙ってしまって、会話が途切れた。何か言わないと、今まで私達は何を話して過ごしていたっけ。
「…京」
「えっ、あ、はい!」
「あの日の事さ、なかったことにしていいから」
「…え?」
「あの告白のせいだよね? 最近京がおかしいのって。京って不器用だもんね。今まで通り、って言っても無理なの、分かってたのに。ごめん」
「い、いぬか、」
「いいんだよ、おれは京と一緒にいられないほうが嫌だから」
あの時の告白を、なかったことに。犬飼はやっぱりなんでもないみたいに、だけどどこか泣きそうな顔で、笑っていた。ああ思い出した。犬飼は、あの日もこんな顔をしていたんだ。
「いっ、いやだ」
「…、え。でも」
「ふ、普通にって言われたのに、普通に出来なくてごめん。でも、その……それは別に、犬飼の告白が嫌だったとか、気まずかったとか、そんなのじゃ、なくて」
犬飼の顔が見れない。顔が熱くて、クラクラした。上手く話せないのがもどかしい。でも、言わなくちゃ。犬飼を傷付けたままじゃ、ダメだ。
「…あの、えっと」
「……京」
「あ、あの、違くて、えっと」
「うん、ゆっくりでいいから」
上から降ってくる優しい声に、泣きそうになった。ああ犬飼は、こんなにも優しい。あんなに傷付けたのに、こんなにも犬飼は、優しい。
私は詰まる喉を叱咤して、必死に声を出した。頭が熱くて、自分が何を言っているのか分からなかった。だけど、言うべきことを、言わなければならないことを、私は紡ぎ出した。
「…っ、告白、されたあの日に、」
「うん」
「犬飼、のこと、好きだって、気付いて。あ、いやあの、正確には気付いたのは今日なんだけど、その、犬飼の目を見て話せなくなって」
「うん」
「えっと、だから。えっと。告白、断っといて都合いいかもしれない、けど。私、その。犬飼が、すき、です」
言い切って、しばらくの間、二人とも沈黙した。なんだか落ち着かなくなって、私は顔を上げる。
「い、犬飼……え」
「……」
犬飼の顔は真っ赤だった。犬飼のそんな顔を見たのは初めてで、また私の顔に熱が集まった。
「…ごめんおれかっこわるいね」
「そ、そんなこと…」
上手く言葉が出てこずに、とりあえず首を横に振った。そんな私に犬飼が破顔した。あ、この笑い方好きだ。
「ダメな奴同士、これからよろしくね」
そう言って、犬飼は手を差し出した。初めて会った時を思い出して、私も笑った。
「うん。こちらこそよろしく」
