太宰と友達だった女の子の話。悲恋…?


 プルルルル、プルルルル、延々と呼出コール音だけが、耳に響く。繋がらないそれをブツリと切って、携帯を閉じる。だらんと携帯を握っている手を下ろして、何度目かの溜息を吐き出した。

「…………太宰……」

 今日もあいつは、電話に出ない。


 ▽


 太宰治は、出会った時から変な奴だった。先ず、私と太宰の出会いはこの街で一番大きな川でだ。河原とか、橋とか土手とか、そういうのじゃなくて、川。川の中。太宰が川から流れてきて、私は大層焦った。溺れたのか、とか、もしかして死んじゃってるんじゃないのか、とか色々考えて、とにかく助けなきゃと、その時真冬で、私は濡れるのも構わずに太宰を助け出した。取り敢えず河原まで引っ張ってきて、全体的に大怪我をしている太宰に首を傾げながら、顔を覗き込む。もしかして死んだんじゃないかと不安になりだした瞬間、そいつはパチッと目を開けて、勢いよく起き上がった。咄嗟に反応して額をぶつけずに済んだが、その時はこの野郎、と、突然起き上がったそいつに殺意すら沸いていた。しかもその後、そいつは私の方を見て不機嫌そうに、さも私が悪いかのように、こう言ったのだ。

『君かい、私の入水を邪魔したのは』

 それにはもう、ぶち切れた。真冬に川に入ってまで助けてやったというのに、その態度は、その言葉は何なのだと。その時、私のその説教に太宰は『それは君の自己満足エゴだろう?』なんて尤もらしいことを言って私を黙らせたのだが私は今でもそれに納得がいっていない。助けてやった、というのは確かに偉そうだったかもしれないが、それでもあの言い方はないのではないだろうか。お礼が欲しかったわけじゃない。只、あれは人として駄目だと言いたかっただけだったのに。まあ今更どうこう言う気もないのだけども。
 そんな出会いの後、一応お礼がしたいとかで何か奢ってくれようとした太宰だったが、財布も一緒に流されてしまったらしく結局私が奢る羽目になった。本当にあいつは、どこまでもふざけんなだ。
 それから何故かまあ不運なことに、頻繁にそいつに出会す様になって、何時の間にか友人という間柄になっていた。友人とはいっても、私は太宰のことを殆どと言っていいほど知らないし、きっと恐らく、太宰も私の事を殆ど知らない。お互いに、会って話せば分かる最低限の性格や癖、ある程度の情報しか持っていない。私が太宰の事で知っていることがあるとすれば、太宰が自殺嗜癖じさつマニアであるということ、そして私と同じ年であるということくらいか。嗚呼後、同僚である中也≠ウんが嫌いだ、ということ。この中也さんには何度か会ったことがある。何だか少し変わった格好をしていたが綺麗な顔をしていて、とても目線が近かったので恐らく同じくらいの背なんじゃないかと思う。中也さんは太宰の仕事の相棒で、嫌いなのによく仕事で組まされるんだとか、そういう話はよく聞かされた。肝心の仕事の内容は知らない。私も聞いたことがない。別に知らなくていいと思っていたから。
 太宰と出会って、大分経った頃、いつも偶然ばったりと会うことが多い私達には珍しく、連絡を取り待ち合わせをしてあった日があった。その日は太宰からの誘いで、私は少々疑問に感じながら待ち合わせ場所である、いつも利用しているカフェに向かった。太宰はいつもの笑顔を浮かべていつもの席に座っていた。手を振る太宰に近寄り、自分も席に座った。太宰はいつものように遠慮無く私に珈琲コーヒー洋生菓子ケーキを奢らせ、そして悪びれた様子も有難そうな様子もなく、それらを平らげた。私だって別に裕福なわけじゃないんだぞ、と文句を言ってみても、太宰は素知らぬ顔で笑っている。それにまあ良いかと許してしまう私も、太宰に毒されているのかもしれない。
 その日から暫くして、太宰と連絡が取れなくなった。別に驚きはしなかったし、大泣きしたわけでもない。何処か、胸にぽっかりと穴が開いた気分になっただけ。太宰に繋がらない携帯を握って、部屋で一人、ぼんやりと座り込んでいた。太宰との連絡手段は、携帯に入ったこの拾壱桁の番号と、後は街でばったりと会うかどうかの運=B私と太宰との繋がりは、こんなにも軽薄で、細いモノだ。住んでいる場所も知らない。血液型は、誕生日は、好きなものは、何でいつも怪我をしているのか、本当に私は、太宰について何も知らない。もう一度、電話を掛ける。繋がらない。私は携帯をベッドに放って、天井を見上げた。何だか、虚しくなった。


 ▽


 暫くして、何度か会ったことのある、太宰の同僚の――中也≠ウんに出会した。中也さんはあ、と声をあげた私に気付くと少しだけ顔を歪めて、「太宰の…」と至極不愉快そうに呟いた。矢張り相当仲が悪いらしい。然しそれには構わず、私は中也さんに話し掛けた。太宰のことを聞くために。「太宰がどこにいるのか、知りませんか」中也さんの答えは「知らない」の一言。期待していたわけではないけど、どこか落胆している自分がいた。太宰は数日前に仕事を抜けて何処かへ消えてしまったらしい。途中何かを隠しているのか、「ま…」と言いかけて言い直す場面が多々合ったけれど、そんな事はどうでも良かった。太宰は、どこに行ったんだろう。中也さんは、あからさまに落胆する私に申し訳なさそうに「悪ィな」と謝り、何処かに行ってしまった。本当に申し訳なさそうに謝っていた辺り、中也さんは本当に良い人なのだと思う。
 その場に取り残された私は、唯一の手掛かりさえも失い、そこから動けずにいた。もう太宰には会えないのだろうか。何で、何も、一言も行ってくれなかったんだろう。ポタリ、涙が溢れた。莫迦野郎。あの自殺嗜癖じさつマニア。一回、本当に死んで、地獄に堕ちてしまえばいいのに。
 もう、二度と会ってなんかやるもんか。頼まれたって、会ってなんかやらない。さよならも言わせてくれないお前なんか、大嫌いだ。
 だけど、もし、もしも、もう一度会うことができたなら、一言言ってやろう。

洋生菓子ケーキ代返せばかやろう…っ」

 嗚呼、明日には、君を嫌いになっていたい。

あなたを嫌いな明日が欲しい

SANDGLASS