桃李くんの妹と弓弦。注意。

 私の兄である姫宮桃李は、可愛い。それはもう、少女と見まごうほどの可愛らしさで、そこら辺にいる下手なアイドルよりずっと可愛い。もう一度言うが、兄だ。男、なのだ。男のくせして、女の私より可愛い。私は桃李の妹のくせに全然可愛くなくて、寧ろ少し男寄りの外見をしている。桃李の髪は綺麗なピンク色なのに、私の髪は真っ黒。桃李は髪を両サイドだけ伸ばしているけど、私は全体的に短くショートカットにしている。桃李の目は大きくてキラキラしているけど、私の目はつり目で、生気が抜けてるってよく言われる。桃李は可愛らしい童顔だけど、私は全体的に大人っぽい、可愛らしさのかけらもない顔立ち。桃李はちっちゃくて可愛いのに、私は170cm近くあって兄の桃李よりも全然高い。桃李は私の事を羨ましい≠ニいうけれど、私は桃李が羨ましい。私と桃李の性別が入れ替わって生まれてきたなら、良かったのに。今まで、そう何度願ってきたことだろう。それを言うと、桃李のお目付け役である、使用人の伏見弓弦さんはいつも「それは、困りますね」と困ったように笑うのだ。どうして、と問うといつも柔らかく笑って「坊ちゃまが女性だと、今の倍性質が悪そうですからね」とそういうのだ。きっとこの答えはタテマエで、他に別の答えがあるのだろうと思う。弓弦さんはよく嘘を吐く。何か特に癖があるわけじゃないけど、あ、嘘吐いてるな、って分かるんだ。一回、弓弦さん自身にそれを伝えたことがある。その時、弓弦さんは少し驚いたような、怖い顔をして黙ったあと、しかしすぐにいつもの笑顔を浮かべて「そんなことはありませんよ」と誤魔化したのだ。その日から、弓弦さんが私に嘘を吐く回数が増えた。きっと、嘘を吐いていることを指摘してしまったのが、弓弦さんの気に触ったのだ。きっと弓弦さんは私のことが好きじゃない。嘘を指摘したことは勿論、こんな女の子らしくないやつが桃李の妹だから。弓弦さんは桃李のことが大好きだから、きっと私のことは嫌いだ。いつも笑って話し相手をしてくれるけど、それも演技だと、仕事のためだと思うと悲しくなる。私が俯くと、弓弦さんは「どうかされましたか、お嬢様」と顔を覗きこんできた。綺麗な赤紫の瞳がまっすぐに私を捉えて、ドキリとする。桃李が涙もろい証拠だ≠ニよく言っている泣きボクロが、少し色っぽい。何でもないよ、そう言って私も笑う。可愛くないから、せめて笑おう。桃李が、笑った顔が可愛いって言ってくれたから。しかし弓弦さんは少しだけ悲しそうな顔をして、首を傾げた。「言いたいことがあるなら、仰ってください」私は少しだけ迷って、口を開いた。

「弓弦さんは、私の事をどう思っていますか」

 少しだけ、動揺……したように、思った。少しの間、沈黙。ああ、嫌いです、なんて言われたらどうしよう。それとも、と好きですよ、なんて嘘を吐かれたら。弓弦さんの嘘は、すぐに分かってしまうから。弓弦さんは暫く何かを思案するように黙りこんで、静かに、ゆっくりと口を開いた。バクバクと、心臓が鳴った。それは綺麗な、微笑みだった。

「そうですね、それをわたくしの口から申し上げるのは、烏滸がましいことです」

 ああ、誤魔化された。
 怖がっていたくせに、どこか残念に思っている自分がいた。そうだ、弓弦さんはこういう人だ。あくまで自分は使用人だと、そういう認識で、私達とは一線を引いて、距離を取る。桃李とはその距離が私よりもほんの少し近くて、私はずっと、いつだって桃李よりも遠い場所にいる。桃李は線の、一歩手前。私は十歩くらい手前で、仲のいい二人をただ眺めている。桃李が羨ましい。どうして、桃李はいつも弓弦さんの近くにいれるの。私だって、弓弦さんのそばにいたいのに。そんな私の疑問と願望は、綺麗な微笑みを携える弓弦さんには届かない。「それでは、わたくしはそろそろ、坊ちゃまのところへ行かなくてはならないので」弓弦さんはそう言って立ち上がる。今日のお話は、これでお終い。いつも、桃李に弓弦を奪われる。もっと、もっとお話したいんです。弓弦さんは、嫌かもしれないけど。手を伸ばそうとして、止める。そんなこと、それこそ烏滸がましいことじゃないか。こうして話しているだけで、それだけで私は幸せなのに。

「はい、ありがとうございました」

 これ以上望むことなんて、何もない。


 ▽


 京お嬢様の部屋を出て、一人ふ、と笑みを零す。ああ、なんて、愛しいのだろうか。わたくしが会話を切り上げて、坊ちゃまのところに行く、と行った時の、あの寂しそうな顔が。何か言いたそうな顔を、懸命にこらえている、あの顔が。わたくしがお嬢様をどう思っているか、返事を聞く間の、あの不安そうな顔が。坊ちゃまへの劣等感で溢れかえった、あの自信のなさそうな顔が。お嬢様の、全てが愛しくてたまらない。お嬢様は決して女の子らしいとは言えないけれど、とても、それはもうとても、可愛らしい、と思う。正直に言ってしまうと、最初はあまり、お嬢様のことは好きではなかったのだけど。あまり、人と話すのは得意ではなくて、何を言っても笑わないしリアクションを見せない。背が高いくせに自信がなさそうで、いつも自信満々な坊ちゃまの影に隠れていたお嬢様。わたくしの前では特にその傾向が酷く、わたくしを避けるように坊ちゃまの後ろから顔を覗かせるその姿は、幼い頃使用人として連れて来られたわたくしの目にはあまり良くは映らず、いつもお嬢様の前では作り笑いばかり浮かべていた。どうせそんなわたくしには気付いていないんだろうな、と、そう思っていた。わたくしの嘘に気付けるわけがない、と。しかしある日、ふとした瞬間に、彼女は言ったのだ。「どうして嘘を吐いているんですか」と。驚いた。まさか、彼女が気付いているなんて思っていなかったから。どうやら彼女には、どんなに上手い嘘も通用しないらしい。嘘を吐くとき、彼女が少しだけ顔を歪めているのに気付いた。どんなに些細な嘘でも、嫌そうに、悲しそうに顔を歪めている。長い時間、一緒に過ごした坊ちゃまでさえ気付かなかったのに、どうして彼女は気付けたのだろう。どうして。その疑問の答えが見つからず、わたくしは答えを求めて彼女に吐く嘘を増やした。自分が嘘を吐くとき、無意識にしている癖はなんだろう。思い当たる癖をすべてやめても、彼女はいつも、同じように顔を歪めるのだ。そんなことを繰り返し、やがて一つの結論に辿り着いた。彼女はわたくしのことが好きなのではないか、と。だからわたくしの嘘に気付けて、その度に悲しそうな顔をしているのではないか、と。そう思うと急に愛しくなって、自分でもゾッとするほどに顔がニヤけてしまった。結果、それを抑えるための作り笑いが多くなってしまったのだけど。しかしその度に悲しそうな顔するお嬢様を見るのは楽しいし、何よりもその分、少しのことで喜んでしまうお嬢様はとても可愛らしい。坊ちゃまが少女のような見た目であるなら、お嬢様は少年のような見た目のお方だ。しかしよくよく見ればやはり姫宮家の人間と言おうか、とても綺麗な顔をしている。そんな彼女の偶の笑顔はそれはもう、格別に可愛らしい。しかしそれは本人には悟らせない。姫宮京は伏見弓弦に嫌われている≠サう思い込み、思い悩むお嬢様を見るのは密かな楽しみであり、お嬢様をよりわたくしに依存させるための一つの策≠ナあるから。きっとお嬢様はこれから先、わたくしのことを諦めようと、他の男と付き合うこともあるかもしれない。しかしその度に、わたくしがお嬢様の心を揺さぶればいい。そうすればお嬢様はわたくしの元にまた戻ってくる。他の男の元になど行かせない。ああ、今頃お嬢様はきっと、悶々と思い悩んでいることだろう。その姿を思い浮かべて、思わずクスリと笑みを零した。

「ああ、なんて愛しい」

 歪な笑みに、彼女はきっと永遠に気づくことはないのだろう。

歪な笑みに気づいてよ

SANDGLASS