おれには幼馴染がいる。笑うのが下手くそで、いつも人に気を遣っているような、不器用なやつ。勉強はそこそこ、運動はあまり得意な方ではないが、射的とかガンゲームをやらせると滅茶苦茶上手い。ゲームが得意というわけではなく、銃を使うゲームだけ妙に上手かった。クレーンゲームとかカーレースとかをやらせると壊滅的。ダンスゲームも下手するとコケる。かなりどんくさい。おれのことを昔から「出水」と呼ぶ。米屋に「幼馴染なのに名前で呼ばれてないんだな」って言われるまで気にしたこともなかった。そういえば、あいつはおれの名前を呼んだことがない。まさか知らないんじゃないのか、と思って「おれの名前出水公平って言うんだけど」と自己紹介をしたがかなり困惑した顔で「知ってるけど…?」と返された。アホな思考に陥ったのが恥ずかしくてデコピンをくらわせた。怒ってもいいのに、あいつはただただ困惑した顔でおれを見ていた。あいつは嘘を吐かない。というか、吐けない。嘘を言おうとしても吃りまくって、結局本当のことを言ってしまう。昔犬を拾ってきたあいつがおれや家族にもそれを隠そうとして吃りまくりの嘘を吐いたことがあったけど、結局問い詰めずとも泣きながら自分で勝手に本当のことを喋ってしまった。結局その犬は無事許しを得てあいつの家で飼われることになった。正直、というか、どちらかというと臆病なやつだった。嘘を吐いて怒られることや嫌われることが何よりこわい。だからあいつは嘘を吐けない。顔はあんまり可愛くない。美人ってわけでも可愛いってわけでもない。かといって不細工ってわけでもない。釣り気味の三白眼と自信なさ気に垂れた眉を不細工と言うのか、そうでもないと言うのかは人次第だろう。おれは別に可愛くも不細工でもないと思う。黙っていれば冷たそうに見えるのに、いざ話すとそんなことは全然ない。寧ろ気が弱くて、人に目一杯気を遣う臆病者。見た目と中身あってなさすぎだろ、とは米屋の言葉だ。
おれの幼馴染である真辺京は、こんな感じにとても変なやつだった。
▽
「私ね、孤児なんだって」
ある日、京がふとおれにそう打ち明けた。京の母親の顔も父親の顔も知っていたおれはその話を信じられず、眉を寄せた。そんなおれの反応に京は困ったような、相変わらず下手くそな笑みを浮かべて本当だよ、と首を傾げてみせた。どうやら京は孤児院から今の両親に引き取られてきた、孤児だったらしい。周りに知られていじめられたりしないよう、このことは絶対に秘密にするよう、幼い頃からよく言われていたのだという。そんな話をどうしておれに、と聞くと、京は曖昧に笑って「出水だから」とだけ、答えた。それ以上はどんなに聞いても答えてもらえなかった。おれだから教えたって、それは信用されてるってことなんだろうか。それにしてはこんなに長く付き合っていても他のやつらと距離がそんなに変わらないように思えるのはどうしてだろうか。気を遣ったような笑み、おどおどした態度、決して呼ばれない下の名前。どれをとってもおれは京の特別≠ネんかにはなり得ていない。今の「出水だから」という言葉の真意は分からないが嘘ではないのだろう。京は嘘が吐けないから。京が嘘を吐けばすぐに分かってしまう。だけど、それがおれに対しての特別≠示す言葉だとはどうしても思えなかった。いや、別に京からの特別がほしいわけではないのだけど。でもまあしかし、京の秘密を知ったというのは悪い気分ではなかった。とはいえそれからおれ達の関係が劇的に変化するなんてことはなく、それまでの日常をずっと過ごしていた。
「あーやっぱこいつ鬼側だったかー」
米屋が向かいで漫画雑誌を片手にそう言って空を仰いだ。今中高生の間で人気の少年漫画だった。鬼と人の争いや友情を描いたハートフルストーリー。おれも愛読している。ちなみにまだ今週号は読んでいない。
「おいネタバレすんなよ」
「ネタバレ気にしねーって言ってただろ」
「まーな。で、誰が鬼だって?」
「あー、こいつこいつ。見事に裏切って鬼側行った。実は鬼の子だったんだってさー」
「マジかー結構好きだったんだけど。ショックだな」
ガタン、と隣で音がして、そちらを見た。米屋の隣は京の席だ。京はなにか動揺した様子でおれと米屋を…というか、米屋の持っている漫画雑誌を見ていた。
「あれ、もしかして真辺さんこれ読んでた? ネタバレNGだったり? だったらごめん! マジでごめん!」
「え、あ、いや……その、読んでるけど、ネタバレは大丈夫。平気」
「あ、マジで? 良かったー」
京は基本的に嘘を吐かない。というか、吐けない、というのは何度も言っているが、例外はあった。人を気遣っての、嫌われないため、傷付けないための嘘なら吐く。あまり上手でないが、元々そんなに喋るのが上手ではないので気付かれることはない。京はネタバレが嫌いだ。昔おれがネタバレをしてしまったとき、一度だけ、京がすごく怒ったことがあった。京が怒るなんて初めてで、戸惑ったおれはつい、「なんだよめんどくせーな」と言ってしまった。それから京は怒らなくなった。ネタバレをしても、何をしても。米屋が「でもお詫びになんか買ってくるわ、ちょっと待ってて!」と出て行ったのを見送って、京に声をかける。
「おまえ、ネタバレ嫌いだろ」
「…あはは」
「椅子揺らして動揺するくらい嫌なくせに、なに無理してんだよ」
「あ、いや、あれは、出水が…」
なにか言いかけて、止まった。おれが、なんだ。首を傾げてその先を促すが、なにも返ってこない。口元を抑えてしまったという顔をした京は、ふるふると首を横に振った。スルーしてくれ、という意らしい。なんだそれ。
「まあいいけど。嫌いなものは嫌いって言えばいいだろ」
言えなくしてしまったのは自分のくせに、どの口が言っているんだか。
▽
おれと京はボーダーで、太刀川隊というところに所属している。おれがボーダーに入って、それに京がついてきた感じだ。京が太刀川隊にいるのも、銃手としての実力は勿論だがおれが太刀川さんに紹介したのも大きいと思う。じゃなければ、京は今頃B級で隊にも入れず右往左往していただろう。銃手としての腕はピカイチなのに、内向的で人との関わり方が壊滅的に下手くそだから多分そうなっていた。おれとしても、幼馴染だから無条件に紹介したとかそういうわけではなく、普通に銃手としての腕を信用しているからに過ぎなかった。下手くそだったら太刀川さんに紹介なんかしたりしない。だから別に親切心でやったことではないのだが、「ありがとう」とあの下手くそな笑い方でお礼を言われても全く嬉しそうに見えなくて、そこだけ少しイラッとした。喜んでないわけじゃないのは分かる。でも気持ちの問題だ、分かってほしい。
「真辺、また銃手ランク上がったんだってな」
「えっ? あ、はい。えっと…その」
「そんなに怯えなくていいだろ」
若干傷付いた様子で太刀川さんが苦笑した。まったくその通りだ、とその様子を見ておれは内心頷いた。京がなにをそんなに怯えているのかは知らないが、太刀川さん相手に構える必要はないだろう。誰に対してもこんな態度なのだから、他の隊から誘いなど来るはずもない。人一倍人に気を使うくせに、おどおど怯えた態度で人を困らせる。まったくもって理解出来ない。おれの幼馴染は。
「なー出水。真辺どうにかならないかもうちょっと」
「…どーにかってなんすか」
「どうにかはどうにかだよ」
礼儀正しくていいやつなんだけど、あの態度がなあ、と太刀川さんはひとりごちた。ついでにお前幼馴染だろ、と付け加えられた言葉に溜息を吐き出したくなった。どーにかできるものならとっくにしてる。
「あいつ、おれにもあんな態度ですからむりっすね。諦めてください」
「マジか。いつからの付き合いだよ」
「小学校入る前くらいに俺の隣越してきたから……九年くらい?」
「よく付き合ってこれたな」
仕方がない。家が隣だったのだ。京の両親は普通にいい人で、おれの親とも仲が良くて、京が越してきた日から口を酸っぱくして京と仲良くしてね、と言われていた。多分京の家でも同じようなことを言われていたのだろう。親からの呪縛もあって今日までの付き合いが続いている。それにしても九年。かなり長い。おれの人生半分以上あいつと一緒にいるのか、と思ったら笑いそうになった。なんだそれ、いっそギャグかよ。おれはいつまであいつと一緒にいるんだろう。不思議と離れる姿は想像ができなかった。
「あんなやつでもおれ、京のこと嫌いじゃないんですよね」
色々言ったが、おれは多分あいつのことが結構好きなのだと思う。
▽
太刀川隊が遠征に行くことが決まった。太刀川さんもそこそこ京の扱いがわかってきて、隊としてだいぶまとまってきた頃のことだった。おれは普段の任務と特に変わらない感じで頷いたが、京はなんだか変な顔をしていた。困ったような、迷ったような、でも少しだけ嬉しそうな感情も混じっていたように思う。来てしまった、みたいな感情もあるように見えた。A級一位の太刀川隊にいる以上、遠征に行くことになるのは分かりきっていたことなのに、今更なにを困惑しているのか、迷っているのか、俺には分からなかった。京は変なやつだが馬鹿なやつじゃない。そのくらい、ちゃんと分かっていたはずだ。
「辞退してもいいらしいぜ」
と、その日の帰り道、京に言った。「えっ?」と顔を上げておれを見た京に、遠征、と付け足す。度胸のないやつは遠征から辞退してもいい、というのは太刀川さんに聞いたことだ。まあそりゃそうだろうな、と、聞いたとき、一番に思ったことはそれだった。遺書を書かされるような危険な遠征だ、度胸のないやつに行かれたって困るだけだ。行くのが怖いなら、行かなければいい。京は困った顔のまま、また前を向いて暫くだまりこんだ。
「…わたし、は」
「……」
「行くのは、怖くない……近界民を殺すことになるかもしれないのも、怖くない……死ぬかもしれないのも、平気……だけど…」
「…けど?」
「…もっと別のことが、こわい」
何かが怖い、ってことしか分からないその言葉に、少しイライラした。近界に行くことも、近界民を殺すことになるのも、死ぬのも怖くないって言うなら一体何が怖いっていうんだ。こいつは何におびえてるっていうんだ。
「別のことってなんだよ」
「…えっと、それは……その、怖いっていうか、来てほしいけど、来てほしくないっていうか」
「…お前、もうちょっと分かりやすく喋れねえの」
「えっ、あ、いやその、…ごめん、言えない…」
京は嘘は吐かないが隠し事が多い、というのが最近気付いた新しいことだ。孤児だったこともそうだが、自分が嘘を吐くのが下手なことが分かっているからこうやって「言えない」という言葉でそれ以上おれに踏み込ませないようにしてくる。ずるい、と思う。かなり。
「…今からすっげえ恥ずかしいこと言うけどさ」
「え?」
「おれ、お前とはこの先一生離れるつもりないから」
「…え、あの、出水?」
「いつかお前がおれのこと、名前で呼ばなきゃいけなくなるようにしてやるよ」
なんだか悔しくなって、言うつもりのなかったことを言った。京はしばらくぽかんとしていたが、段々と意味を理解していったのか、じわじわと顔が赤くなっていくのが見て取れた。京が赤くなっている。なんだこれ、珍しい。楽しい。はは、と京を指差し腹を抱えて笑うと、京はやっぱり困惑した顔でおれを見た。
「え、あの、じょ、冗談…?」
「どーだろな」
「え、えええ?」
「お前が隠し事やめたら教えてやるよ」
京が隠し事をなくすのは多分絶対に無理だけど、この顔が見れただけ言った甲斐はあったと思う。
このときのおれの言葉が叶うことがない、というのを知ることになるのは、それから少しあとのことだった。
▽
「…は?」
今、なんて言った、と、おれは呟くように京に問うた。今、京が言ったことが信じられなかった。信じたくなかった。
「この国に残るって、どういうことだよ」
遠征で、一番最後についた国。そこは割と平和な国で、こちらの話し合いにも簡単に応じてくれた。そのため戦うこともなく、手厚い歓迎のもとおれたちは取引が終わるまでの数日を過ごしていた。そんな日々も終わり、今からこの国を発って自分たちの国に帰るぞ、というときに、京が言った。「この国に残る」と。
「どういうこと、って、そのまま。この国に、っていうか、その、近界に残る」
いつものおどおどした喋り方で、信じられないことを言う。キレそうになるのを抑えて、「なんでかって聞いてるんだ」努めて冷静に、聞く。京は少し迷うように視線を彷徨わせて、口を開いた。
「…私、その、近界民…なんだ」
「…は?」
「もともと、こっちの…近界で生まれて、6歳まで、近界に、住んで…た」
「…っお前な!! ふざけるのも大概にっ」
「っ!」
冷静に話そうと思っていたのについキレてしまって、京の肩を掴んだ。京はビクリと震えて、ギュッと目を瞑った。おれはハッとして、額に手を当てた。「とりあえず、遠征艇行くぞ。皆待ってる」そう言って腕を引くが、京は動かない。
「嘘じゃない……ふざけてない…っ」
「…っだから!」
「私はっ、近界民だから!! 出水と同じところにはいられない!!」
そう叫んで、京はおれの腕を振り払った。京に腕を振り払われたショックと京が声を張り上げた珍しさに、おれは黙りこむ。不思議と京が近界民だと言ったことへのショックも驚きも、あまりなかった。どちらかというと、今言われた内容のほうがショックで固まった。京は俯いたままぽつりぽつりと自分のことについて話しだした。
「6歳の時、ふざけて船に潜り込んで、出水の世界…玄界に来た。玄界が珍しくて見つからないように外に出て玄界を見て回ってたら、偵察を終えた船が私に気付かずに国に帰った。自分じゃ帰れなくて彷徨って泣いてたら孤児院に拾われて、今のお父さんとお母さんに、引き取られた」
淡々と、事実だけを口にしているようだった。嘘を言っているようには見えなかった。そもそも、京は嘘が吐けない。自分のための嘘は。
「…それが本当だとして、今はこっちに居場所があるだろ、なんで近界に帰らなきゃいけないんだよ」
「だって、故郷……だから」
「こっちだってお前の故郷だろ!」
人生の半分以上を過ごしたところより、生まれたところのほうがいいのか、と、憤りをぶつけた。京は俯いたまま、迷ったような顔で頷いた。相変わらず嘘が吐けない。
「おれ、この先お前と離れる気ないって言ったよな」
「……」
「勘違いじゃなかったら、お前もおれと同じ気持ちでいてくれてると思ってるんだけど」
「……」
「なあ京、帰ろう」
ぐらりと、京の瞳が揺れた。そこからぽつ、と涙が溢れる。京が泣いたのも、初めてのことだった。京は泣いたまま、首を横に振った。
「ずっと、帰ることだけ考えて、生活……してた、から……ずっと出水と離れないとか、考えたことない…」
「……」
「同じ気持ちなんかじゃない……一緒じゃ、ない…」
「っじゃあ、」
なんで泣いてんだよ、と、そう口にする前に、京が苦しそうな顔のまま、おれをみた。そうして、言った。
「私は近界民だから、近界民じゃない出水の隣になんかいたくない」
カチャ、と、京専用に小さいピストル型にカスタマイズしてもらった銃型トリガーが、腹部に当てられた。おい、と口に出す間もなく、京は引き金を引いた。
「ごめんね、いずみ」
ああくそ、お前は最後までおれの名前を呼ばないのか。
▽
目が覚めると、遠征艇にいた。近界に来るに当たって外されているはずの安全処理が、あの京のトリガーは施されていたままのようだった。目が覚めたおれを太刀川さんはまず心配して、それから、京の居所を聞いてきた。もう出なきゃまずい、と付け足されたそれにどう答えればいいか分からなかった。
「京は……その、よく分かりません…」
「…そうか」
まあ狭いけど休んでろ、と太刀川さんはおれの側から離れた。これからどうするか、話し合いに行ったんだろう。おれはぼんやりと天を仰いで、目元に腕を置いた。京は今、この遠征艇に乗っていない。まだこの国にいるんだろうか。話を聞く限り、京の国はここではないみたいだから、あいつはこれからこの近界で自分の国を探すのだろう。どの道もう、おれは京に会えないんだろうなと思った。近界は広い。探したとして、これから京に会える可能性が、一体どれだけ低い確率なのか、考えたくもなかった。
「出水」
「…太刀川さん」
「真辺は置いて、この国を出ることになった。もう時間がない」
その言葉に抗ってまで京を探す気力なんて、おれには残っていなかった。大人しくはい、と頷いたおれに、太刀川さんが本当にいいのか、と視線で問うてきたのが分かったが、何も答えなかった。もうどうしようもない。京は自らおれの側から離れて行ったのだ。
「私は近界民だから、近界民じゃない出水の隣になんかいたくない」
京の言葉を思い出す。おれを突き放すように言った言葉。初めて、自分のために吐いた嘘。そう、嘘だ。長年一緒にいたから分かる。あれは嘘。自分のために吐いた、でも最後に耐えきれなくなって零した「ごめんね」がすべてを台無しにしてしまった嘘。慣れないことをするから、ほらみろすぐに失敗する。変なところ気にしいだから、自分が近界民だってことに引け目を感じてずっとおどおどしてたんだろう。異端な自分ははやくいなくならなければ、と、ずっと考えていたんだろう。最後の不器用な嘘は、おれがさっさとお前を忘れられるように、おれがお前を想って泣かないようになんだろう。おれが分からないと思うのかよ。九年一緒にいたんだぞ。分かるに決まってるだろ。ばか。ばーか。
「ばか京…」
ぽたりと頬に雫が伝った。京の思う通りになるのは悔しいから、京も見たことないくらい沢山、沢山泣いてやる。それで、絶対にあいつのこと、忘れてなんかやるもんか。
お前の不慣れで不器用な嘘のせいで、おれはずっとお前のことを忘れられない。ざまあみろ。
