私の幼馴染の名前は、王子一彰という。美形しか許されない素敵な名前と、それに見合ったきれいな顔。幼いころから周りの女の子に「王子くんってほんとに王子様みたいだよね、幼馴染なんて羨ましい〜!」と羨ましがられていた。妬まれて嫌がらせを受けたこともあった。そのとき仲の良かった友達がいい子たちばかりでその嫌がらせから守ってくれたので被害は特になかったが、あのときは少し前の少女漫画のような展開に軽く笑ったような気がする。嫌がらせが終わったあとで王子にこんなことがあったよと報告すると、少し困ったような顔で「もっと早く言ってくれたら良かったのに」と言われた。もっと早くって言われても、友達のおかげでほんとに一瞬で終わったので言おうにも言えなかった。もう少し続いてたら言っていたかもしれないけど。王子は名前や顔や物腰からよく「豪邸に住んでる」だとか「お金持ちっぽい」とか言われるが、普通にみんなと変わらない一般家庭で育った、普通の高校生だ。馬やチェス、クロワッサンなどちょっと好きなものがオシャレだが普通にうちのお母さんの肉じゃがを美味しいと笑顔で食べるし、お風呂上がりに寝転んでテレビを見たりもする。皆の王子は案外庶民派なのだ。そんな王子は女の子によくモテた。変なあだ名を付けてくるような変でアホなところはあるけど、基本的に誰にでも優しくて頭も良くて、そしてなによりイケメンだ。幼稚園に通っていた頃から王子は女の子にとてもモテた。それ故の私に対してのあの嫌がらせだ。メンタルが強い方で良かったと思う。そうでもなければ王子の幼馴染なんて務まらない。だけどこれは私に元来から備わっている強さじゃない。嫌がらせも嫉妬も羨望の目も、全部笑い飛ばせるくらい強くいられるのは、私が王子一彰の幼馴染で居続けたいからだ。
▽
「真辺はずっとぼくのそばにいてくれる?」
「……」
唐突なその言葉に驚いて、私は何も言えずに黙り込んで、王子を見返した。きょとんとした顔で王子を見る私に、王子は軽く苦笑をもらして「そんなに変なことを言ったかな」と首を傾げた。
「変なこと、っていうか、どうしたの急に」
「どうしたの、っていうか。言葉のままだよ。真辺はずっとぼくのそばに居てくれるかなって」
「うんん…? いや、ほんと唐突だね……というかなんかプロポーズみたい」
「あはは、まさか。真辺みたいな可愛げのない女にプロポーズはしないよ」
「ぶん殴るぞこら」
誰だ、王子が優しいなんて言ったのは。私だばか。王子は基本的には優しいが、たまにこうして私に対して失礼なことを言う。嫌いじゃないけど、こういうところは腹が立つ。
「…この前彼女と別れたんだよね」
「え? …ああ、あのふわふわしててめっちゃ可愛い子。別れたんだ」
私とまるで正反対の、守ってあげたくなるような可愛い女の子。割とうまく行っているように見えたけど、そうか別れたのか。なんでまた。
「分からない。振られちゃって」
「ふーん? また変なことやらかした?」
「いや、なにも。真辺の言うとおりあだ名は付けなかったし、優しくしたし、彼女のことを一番に考えて頑張った。だけど、駄目だった。「王子くんは私のこと見てない」って言われたよ」
「…ふーん」
「もう分からなくなった。ぼくは彼女のことを考えてたつもりなのに、彼女はぼくが彼女のことを見てないって言う。所詮他人なんてこんなものか、って思って」
「…それで、なんでさっきのあれになるの?」
「恋人じゃなくて幼馴染なら、今までぼくに付き合ってこれた真辺なら、ずっとぼくと一緒にいてくれるだろ?」
「…はあ」
王子の思考回路がよく分からない。私は曖昧に相槌を打って、軽く溜息を吐いた。
「…それとも、真辺もぼくから離れていく?」
「……」
このところずっと彼女の方から同じ理由で振られ続けているので、きっと流石の王子も堪えてしまったのだろう。だから弱って、こんなことを言い始めてしまったのかもしれない。私は軽く頭を掻いて、へら、とした笑みを浮かべた。それにしたって、ひどいことを言うな、と思った。
「いいよ、ずっと幼馴染として、王子のそばにいてあげる」
私は、王子一彰というひとが好きだった。
▽
「また拗れたねえ」
ゾエさん、こと北添尋はからからと柔和な笑みを浮かべてそう言った。他の人ならきっとムカついていただろうそれも、ゾエさんならば全く気にならない。これが人徳か、と納得しつつ、頷いた。ゾエさんは、というか、私の友達の大半は私の王子に対しての気持ちを知っていた。
「なんで気付かないんだろう、あいつ」
「あれ、気付いてほしいの?」
「いや、それはやだけど」
面倒くさいことを言いながら、フッと顔を上げる。こんな面倒くさい女を前にしていても、ゾエさんはずっと優しい笑みを絶やさない。うーん、なんて出来た人なんだ、北添尋。好きだ。
「でも、いっそのこと気付いてくれたら楽なのに、って思う。そしたら王子との関係が修正できないくらい壊れて、そしたら」
「諦められる?」
「…かもしれない」
「うーん、もしかしたら王子も京ちゃんのこと好きかもよ?」
「…いや、ないよ。だって王子の歴代彼女、皆私と正反対の可愛い守ってあげたくなるような子ばっかだもん」
「うーん……京ちゃんは一人でも大丈夫そう、っていうかなんとかしそうな感じはするよねえ」
実際、守ってもらわなくても大丈夫なように振る舞ってきたし、今まで何があっても誰かに守られた経験なんて一度もない。嫌がらせも、嫉妬からの罵倒も、全部笑い飛ばしてきたし言い負かしてきた。そうじゃなきゃ王子の幼馴染なんてやってられなかったから、私は強くなければいけなかった。だけど王子の「恋人」であるためには、強い女の子ではいけなかった。
「…王子の彼女ね、いつも「私のこと見てない」って王子のこと振るんだ」
「うん?」
「いっつもそれ聞いて贅沢だなって思う。王子の彼女でいられるのに、なんでそんな理由で振るんだろうって。でも同時に、すごく安心する。王子が誰かのものじゃなくなるから」
「…うん」
告白して関係を壊す勇気もない私が言えたことではないが、私は歴代の王子の彼女たちが嫌いだった。守ってもらいたくなるような可愛い女の子。私と正反対の女の子。私は王子の幼馴染でいるためにこんなに頑張ってるのに、私が欲しい立場にいたあの子達は、その立場を簡単に放棄する。本当に、心の底から嫌いだった。
「…ごめん変なこと言って」
「いやいや、いいよ。だいぶ滅入ってたんだね〜」
「…うん」
ゾエさんが軽く頭を撫でてきた。それが心地よくて、目を閉じた。
目が覚めたら、王子への気持ちなんてなくなっていたらいいのに。
▽
「あの、おれ、お前のこと好きなんだけど」
クラスメイトの男子に告白された。そこそこ仲が良くて、たまに軽口を叩くような仲の男子。放課後の、誰もいない教室で、先生に呼び出されたらしい王子を待っていたらその子が入ってきて、名前を呼ばれた。そうして、冒頭のあの言葉だ。私は驚いて固まって、それからびっくりして変な声を出した。相手はそれに軽く笑った。恥ずかしい。
「あ、えっと」
「あっ、返事は今すぐじゃなくていいから。…ちょっと、考えてほしい」
「えっと、あ、はい」
告白なんて初めての経験で、私はしどろもどろにそう頷いてみせた。彼はすこし嬉しそうに笑った。私も曖昧に笑ってみせた。
彼はじゃあ、と片手を上げて帰って行った。まだ告白されたという事実に、心臓がドキドキしている。返事はどうしよう、と考えて、しかしすぐに王子のことを思い出して、「断ろう」と考えた。私は王子が好きなのだから、迷う必要なんてない。
「……、」
だけど、これはチャンスなんじゃないだろうか、と、ふと考えた。これは、王子を諦める絶好のチャンスなんじゃないか。もし私が彼と付き合ってしまえばもしかして、私は王子を諦められるんじゃないだろうか。もしかしたら。
そんな思考が頭をよぎったとき、ガラッと教室の扉が開いた。
「ごめん、待たせたね」
「っあ、いや、大丈夫」
「、…? どうかした?」
「え? な、なにが」
「いや、いつもなら憎まれ口の一つでも叩いてくるのに……それに、顔も赤いよ。熱でもある?」
「あ、えっと…」
どう説明するか悩んで、ふと先程まで考えていたことを思い出す。そうして、自己嫌悪に陥った。さっきまで私は、最低なことを考えていた。彼は真剣に告白してくれたのに、私は王子を諦めるためなんて不誠実な理由でその告白を受けようとした。まだ王子のことが好きなのに、諦める理由にしようとした。
「……」
「…? 真辺?」
「っ、あ、いや、えっと。…さっき、告白されて」
「…告白? だれに?」
名前を答える。王子は何故か眉間にシワを寄せて、「それで?」と続きを促してくる。
「それ、受けるの?」
「…受けようかと、思ったんだけど」
「けど?」
「やめた。私、好きな人いるから」
まだ、王子に気持ちを伝える勇気はなかった。だけどこれくらいなら言える。王子は驚いた顔をして、「すきなひと」と私の言葉を繰り返した。なにか、ショックを受けているようにも見えた。なんだろう。
「…真辺、好きな人いるの」
「え、…うん」
「なんで」
「なんでって、そりゃ好きな人くらいいるよ」
「…うん、それは、そうなんだけど」
王子は自分でも少し混乱しているようで、額を抑えて何かぶつぶつと呟いている。奇行はいつものことだけど、なんだかいつもより様子がおかしい。とりあえず少し様子を見ることにした。王子は少し何かを考えたあと、ふと何か思い至ったような、スッキリとした顔をした。そうして、私を見やった。
「ぼくは多分、真辺が好きなんだ」
は、と、王子の言葉を咀嚼して理解するまでに、数秒、理解を終えた私は叫んだ。
「はあ!?」
「うるさいよ」
「うっ、うるさいっていや、なんで」
「しょうがないだろ、今気付いたんだ」
「いや今気付いたって、言うまでにもう少し悩まないの!? しかも多分って」
「どうして悩むんだよ」
「は!?」
「好きな人に気持ちを伝えるのに、どうして悩む必要があるんだい?」
その、言葉に。私は何も言えずに少し黙って、額を抑えた。なんだろう、王子はこういうちょっと一直線馬鹿なところがある。ちょっと待って、私のほうがちょっと理解が追いついてない。
「…私のどこが好きなの、今までの彼女たちとはだいぶタイプがちがうけど」
「さあ、どこだろうね。ただ、なにかあるたびにぼくにも誰にも頼らずに何でも一人で解決するところはすごくムカついてたよ。たぶん、好きな子が頼ってくれないのが嫌だったのかもね。だから真辺と違うタイプの子に行ってたのかも」
「そりゃ私のこと見てない、って振られるわけだ」なんてさらっと言う王子。なんで、なんでこんなに軽いんだろう。なんか、すごい混乱してる。私のことが好きなのが本当だとして、告白がこんなに軽くていいはずがない。告白って、さっきの彼がしてくれたみたいな、緊張感があって甘酸っぱい、あんな感じのものじゃないのか。どうしてこの男の告白はこんなに緊張感がない。
「で、真辺は好きな人がいるって?」
「…ハイ」
「どこの誰? 告白してきた彼じゃないんだろ? 教えてごらんよ」
「…あの、王子くんはどうしてそんな涼しい顔で好きな人の好きな人なんて聞けるんでしょうか」
実は私のことそんな好きじゃないだろ、と訝しみながら、そう問うた。王子はきょとんとした顔で、当然のように首を傾げて、言った。私の今までの、関係を壊したくないという不安をぶち壊すように、言った。
「だってこの間約束したじゃないか、「ぼくの幼馴染として、ずっとそばにいる」って」

ゆびきり様提出