弓弦と幼馴染。悲恋。


 嫌い、嫌い、嫌い。そう思い続けれいれば、本当に相手のことを嫌いになると、誰からか聞いたことがある。教えてくれた相手は誰か、覚えていない。…いや、本当は覚えてる。だって教えてくれたのは、私の幼なじみで、私が今嫌いになりたい奴、まさにその人なのだから。
 私の幼なじみ、伏見弓弦はかっこいい。礼儀正しくて、いつでも笑顔で、でもたまに、少し怖い。だけど怖くなるのは、大体が弓弦が幼い頃から仕えてる姫宮家のお坊っちゃん、姫宮桃李くんに関してだけで、普段は温和そうな、優しい笑みを携えている。だけどそれは桃李くんが本当に大切で心配だからで、桃李くんが嫌いだからとか、そういうわけじゃない。弓弦は昔から桃李くんのことばかりで、私と遊んでいても、桃李くんに何かあるとすぐにどこかに行ってしまう。この前、久し振りにお休みをもらったとかで一緒に本屋に行った時も、道中ずっと桃李くんの話ばかり。坊ちゃまはわたくしがいなくて大丈夫でしょうか、坊ちゃまはちゃんとやっているでしょうか、なんて。馬鹿みたいに桃李くんのことばかり。私自身、中学に入るまで桃李くんとは会ったことがなかったのだが、弓弦に紹介される形で桃李くんと対面して、確かにこれは、弓弦もメロメロになるよなあと、どこか納得してしまった。
 私は弓弦が好きだ。恋愛対象として、ずっと好きだった。何だかんだで仲の良い桃李くんはそれを知っていて、何だかとても嬉しそうに応援してくれていた。弓弦を独り占めしてずるいなんて思っていたけど、そんなことで私は桃李くんにコロッといってしまった。桃李くんは可愛い。
 それはさておきとして、冒頭に戻るが、私がなぜ、弓弦のことを嫌いになりたいのか。それは、少し前のことだ。

「あれ、弓弦」
「……、ああ、京。お久しぶりですね」
「うん。久し振り。今から桃李くんのとこ?」
「ええ。坊ちゃまったら先に帰られてしまわれて………なぜ逃げるんでしょう」

 学校からの帰り道、偶然にも弓弦と会い、並んで歩いていた。桃李くんに置いて帰られてしまったらしい弓弦は憂いの溜息を吐き出す。追いかけ回すから逃げちゃうんでしょ、とは敢えて言わず、さあねぇ、と当たり障りない返事を返した。だってそのお陰で弓弦と並んで帰れているのだ。寧ろナイスだ桃李くん。

「私も桃李くんに会いに行っていい? しばらく会ってないからさ、会いたい」
「………」
「……弓弦?」
「、ああいえ、そうですね、坊ちゃまも喜ぶと思いますよ」

 一瞬だけ、反応のなかった弓弦に首を傾げるが、弓弦は既にいつもの笑顔を浮かべていた。隙がないなあと感心しつつ、そういえば、と弓弦の持ちだした話題に耳を傾ける。

「うちの学校に、一人女性の方が転校されてきたんですよ」
「………、え」
「あんずさん≠ニ仰るそうです。坊ちゃまが大層気に入っておられて」

 何で。その言葉が、頭を巡る。だって弓弦の学校は、男の子のアイドルを育成する学校で、女の子は入れない。だから私は弓弦と同じ学校に行くのは諦めて、普通の学校に入ったのに。誰、あんず≠チて。弓弦の話では、夢ノ咲学院が新たにプロデュース科≠作ろうとしているらしく、その試みの実験として来たのだとか。私は諦めなくちゃいけなかったのに、その子は行けたんだ、と、酷く頭が冷えた。どうして私じゃ駄目だったんだろう。私の頭の中は、醜い嫉妬で埋め尽くされた。泣きたくなった。

「……、京?」

 無意識のうちに、足を止めてしまっていたらしい。私はハッとして、何でもない、と気を取り直して弓弦の横に並んだ。大丈夫、弓弦の学校に転校生が来ただけだ。それが女の子だっただけ。そう、大丈夫。なんて事ない。
 そう思い、また歩みを進めていく。しかし、弓弦の話はずっとそのあんず≠チて子のことばかり。楽しそうに、嬉しそうに話している。
 とても、面白くて素敵な方ですよ。
 そう弓弦が言った瞬間、理解して、歩みを止めた。今度は無意識じゃなくて、意図的に。

「…? 京? どうしました?」
「………」
「どこか体調でも……」
「ごめん、ちょっと気分悪いからやっぱり帰るわ。桃李くんに会うのはまた今度にする」
「、京?」

 不思議そうな顔をする弓弦を置いて、私は駆け足で家まで向かった。
 弓弦は、追いかけて来なかった。


 ▽


『京、体調は平気ですか?』

 次の日の朝、携帯を見ると弓弦からメールが来ていた。着信も何件が来ていたようで、私が出ないので諦めてメールにしたらしかった。律儀な弓弦らしいと、昨日のことは忘れて思わず笑みを零した。弓弦の事で一喜一憂している私は酷く滑稽だろう。それでも、私は弓弦が好きなのだ。仕方がない。
 『大丈夫』と、そう返そうとスマホの画面に触れるが、手が止まる。弓弦はやはり、例の転校生が好きなのだろうか。弓弦があんな風に人のことを話すのを、私は桃李くん以外に知らない。いや、寧ろ弓弦はいつも私に桃李くんの話以外してこない。だから弓弦が桃李くん以外の子のことを話すというのは、つまりその時点でそういう事≠セ。スマホを持つ手が震えた。認めたくなかった。私はスマホの画面を閉じて深く、息を吐き出した。メールを返さなければ弓弦は私の事を気にしてくれるだろうか。

「………はあ」

 また、溜息。スマホの画面を開いて、さっさとメールを打ち返す。『大丈夫』。そう、大丈夫だ。問題ない。好きな人に、好きな人が出来ただけ。


 ▽


 その日の夕方、弓弦と女の子が歩いているのを見かけた。女の子は夢ノ咲学院の制服を着ていて、彼女がそうなのか、とどこかぼんやりとそう頭で理解した。可愛い、普通の女の子だ。弓弦は楽しそうに彼女と話している。…ああ、そうだ、あんずさん≠セっけ。弓弦が他の女の子を名前で呼ぶのも、初めて聞いた。ああ、嫌だ、嫉妬。嫉妬。嫉妬。私の頭の中は、醜い嫉妬で埋め尽くされていた。いやだな、弓弦に知られたくない。きっと私がこんなやつだって知ったら、弓弦は私のことを軽蔑する。ああ、だめだ。その前に。

「弓弦のことを嫌いになれたらいいのに」

 嫌い嫌い嫌い。何回唱えたって、嫌いになれるわけないのにね。

何もかも見失いたくなっちゃうよ

SANDGLASS