近藤くんに片思いする女の子。


 朝、学校に来ると、靴箱に手紙が入っていた。ご丁寧にハートのシールが貼られたそれは、どう見ても世間一般でラブレター≠ニ呼ばれるものだった。

「………」

 近藤幸男は、嬉しいはずのその手紙を微妙な面持ちで見つめ、大きくため息を吐き出した。以前、机の中に入っていた手紙のことを思い出す。

「なんか、デジャヴだ……」


 ▽


「え? また手紙が入ってた?」
「うん………多分絶対前みたいなことのような気がするからまだ手紙開けてないんだけど」

 とりあえず捨てるわけにもいかないので、手紙を持って教室へ上がった。そして気は進まないけど一人で抱え込んで悩むのも嫌だったので、早くに来ていた相沢に相談してみた。相沢は眉を寄せて、考えるポーズをとった。

「真辺京…か。隣のクラスの女子だな。可もなく不可もなく、って感じだけど……タイプは違うけど、顔面偏差値は真木ヨリコと同じくらい」

 相沢のその台詞に、ついこの間の記憶が蘇る。
 真木ヨリコという女子生徒に、今回と同じようなハートのシール付きの手紙をもらい、ラブレターだ告白だと浮かれていたら「凡人のくせに半田軍を気取るな」と容赦無い言葉で突き落とされたのは記憶に新しい。近藤は思い出して、頭を抱えた。開き直ったつもりだったが、思い出すと傷がしみてくる。

「ユキくん、開けてもいい?」
「え? …ああ、うん…」

 人からの手紙を他人に開けてもらうのは気が引けるが、どうせ今回もラブレターなどという浮かれたものではないのだから、恐らく問題はないだろう。
 相沢が丁寧にハートのシールを剥がし、手紙を開けていく様をどこか沈んだ気持ちで眺めながら、大きく、まだ一日が始まって浅いというのに何度目かのため息を吐き出した。相沢が手紙を取り出した。広げて、中を読む。

「…ユキくん」
「…なに?」
「放課後、裏庭に来てだって」
「デジャヴ…!!」

 近藤は頭を抱えて、机に突っ伏した。


 ▽


「あっはは! ユキっちまたラブレター()貰ったの? モテモテじゃん」
「レオくん馬鹿にしてるよね?」
「してないよ〜、でも今回はホントかもしんないじゃん。ね? つっくん!」
「そうだな、諦めるのはまだ早いぜ、ユキ」

 昼休み、同じ半田軍のメンバーである(そもそもそんなものに入った覚えはないのだが)二階堂と筒井にも相談すると、一番に帰ってきたのはやはりというか、二階堂の爆笑だった。近藤はうんざりしながら、二階堂へ冷め切った視線を送った。

「そもそもボク、真辺さんって子を知らないんだけどね」
「そりゃあまた前回と同じパターンだな…」
「うん……だから不安なんだけど。どんな子か、とか知ってたりしない?」
「オレしらなーい」
「オレもだ」

 そっか…と肩を落として、近藤は相沢が開けてくれた手紙に目を落とした。放課後、話があるのでご都合宜しければ、裏庭に来て下さい。真辺京£囈Jな字で、綺麗な便箋に書かれたその短い文章からは、悪意など一欠片も感じられない。寧ろその丁寧な文調からは好意すら感じさせる。しかし、やはり以前あったことがその思考を否定する。半田の人気を舐めてはいけない。近藤自身は半田のことを傷付きやすくて引っ込み思案だけど、優しくて誤解されやすい人≠ニ認識しているが、周りの半田信者はそうではないのだ。半田のことを、まるで神か何かのように信仰している。そこに若干の狂気を感じることもしばしばだ。
 ともかく、近藤はまったく期待などしていなかった。この間のようなことをいわれたら、どう言い返してやろうか、いやしかし、でも。どうしよう。そればかり、頭の中をぐるぐると回っていた。

「僕、真辺さんと話したことあるんだけど」
「えっ?」
「多分、そんなこと言うような子ではなかったと思うんだけどなぁ…」

 隣でずっと黙っていた相沢の言葉に、近藤はパッと顔を上げた。考え込むようなポーズをとっている相沢に、近藤は首を傾げた。

「でもほら、金城さん…だって最近まで普通の子だったのが、ね、今はほら……」

 ちらり、とそう言って半田の隣の席に座っている金城美代子ことイレイサーを見やった。しかし三人はそれに顔を見合わせ、「まあイレイサーはねぇ」「イレイサーだしな」「うん、イレイサーだから」とまるで意に介していない。あれ? と首を傾げるがなんとなく納得出来てしまう気もする。確かに彼女が特殊なのかもしれない。

「まあともかく、行ってみなよ。また何か言われたら僕達が守ってあげるから」
「うん………いや、守るのはいいよ。自分で言い返すから」

 そう? と首を傾げる相沢に笑顔で返して、近藤はまたため息を吐き出した。


 ▽


 真辺京には、好きな人がいる。想い人の名前は近藤幸男。京の知る限り、超平々凡々のテンプレートのような男だ。そんな近藤は最近、半田軍なる所謂イケてるグループ≠ノ所属し出した。それについて、あまり近藤の評判が宜しくないのを知った上で、京は近藤幸男という男に恋をしていた。
 近藤幸男という男は、先程も言ったように、半田軍に所属していること以外は至って普通の、平々凡々のテンプレートのような男だ。顔はモブ顔で印象に残りやすい顔とは言えないし、勉強も運動も平均並み。平凡を絵に描いたような男だった。それが最近、なんの間違いか半田軍という個性の塊のようなグループに所属し始めた詳しいワケを、京は知らない。そもそもそんな深い事情があるのかもよく分からない。しかしそのグループに所属していることで、近藤が悪く言われているのはあまり好ましく思っていなかった。京は近藤がどれだけ平凡でモブ顔でも、とても優しい人であることを知っていた。近藤は覚えていないだろうが、京は一度近藤に助けられたことがある。山積みのノートを職員室まで届けに行っているときのこと、誰かにぶつかりノートが散らばってしまった。ぶつかった相手は逃げるようにその場を去ってしまい、京は一人でノートを拾い集めていた。そこに通り掛かり、一緒にノートを拾ってくれたのが近藤だった。「大丈夫?」と、その優しい声色と笑顔を、その日から忘れたことはない。京はその日から、近藤に恋をしていた。

「よく分かんない」

 京の話を聞いて、友人は首を傾げてそう返した。「そもそも近藤って誰?」という友人の言葉に軽くショックを受けた。京は隣のクラスの近藤幸男くんだと一生懸命説明するが、友人は本当に知らないようでひたすらに首を傾げるばかりだ。

「っていうか、隣のクラスといえば半田組だよね! あそこ半田軍もいるんだよね」
「半田軍……近藤くんもそのメンバーなんだけど」
「え? …ああ、もしかしてあのモブ顔? あれがいいの?」
「モブ顔じゃないよ。よく見たら可愛い顔してるし」
「いやいや、あのメンバーの中にいたら霞むでしょ。メンバー知ってる? あの相沢と二階堂と筒井だよ?」

 あの、と言われても近藤以外の半田軍メンバーを京はよくは知らない。秀才とモデルと元男の娘だというのは基本的な情報で知っているが、それ以外は本当によく知らなかった。半田軍当の本人である半田のことについても、あまりよくは知らない。格好良いし、凄い人だと思うし彼に憧れる女子の気持ちも分かるが、それでも近藤への気持ちのほうが上だった。

「うん、まあそれでね、近藤くんにラブレターを出したんだけど」
「えっ、なにそれ」
「今日の放課後裏庭に来てくださいって。来てくれるかな」
「いや、来るでしょ。じゃなくて、え? マジで? ラブレター?」
「うん。靴箱に入れたから多分見てくれたと思う」
「もう、相談くらいしてよねー」

 近藤自体には興味のない友人だが、京の恋愛事情には興味があるらしい。友達の恋愛を協力したがるのが女子という生き物だ。
 昨日の放課後、勇気を出して近藤の靴箱に手紙を入れた。裏庭に来てほしいという趣旨の内容を丁寧な言葉で書いたのだが、今思えば少し堅苦しすぎたかもしれないと後悔している。

「まあいいや。今日の放課後? 頑張りなよ!」
「う、うんありがとう」

 友人に背中を押されて、京は机の下でグッと拳を握った。


 ▽


「すっ、好きです…!!」
「えっ」

 放課後、相当な覚悟を決めて裏庭に赴いた近藤は、そこにいた女子生徒――真辺京の意外な言葉に、思わず声を上げた。その反応に、京も首を傾げる。それに気づいた近藤が、慌てて首を横に振る。

「えっ、あ、ご、ごめん、びっくりして」
「え? てっきりあの手紙で分かってるとばかり…」
「いや……ちょっと色々あって…」

 言葉を濁し、苦笑いをする近藤に首を傾げながら、京はハッとして近藤を窺い見た。

「そ、それでその………へ、返事とか…?」
「え!? あっ、いやその、ボク真辺さんのことよく知らないし…」

 しどろもどろにそう返事をする近藤の後ろで、ダンボールの影に隠れた(隠れられていない)筒井が「そこはOKしろよ!」と怒鳴る。一緒にいる相沢と二階堂も同調する声が聞こえた。五月蝿い。近藤は心の中で返しながら、必死に言葉を紡いでいく。

「しっ、知らないけど、気持ちは嬉しいっていうか……だから、その………友達から、始められたらなっていうか……」
「えっ」
「い、嫌なら良いんだよ!? うん!」
「そっ、そんな! 私で良ければぜひ!!」

 ガバッと勢い良く頭を下げた京につられ、近藤も深々とお辞儀をする。近藤の後ろに控えている半田軍は、若干シラけた目で二人を見ていた。

「友達からって、小学生かよ…」
「小学生だってもっとマシな恋愛するよ」
「ユキっちの意気地なし〜」
「三人共聞こえてるよ!?」
「だって真辺さんが可哀想だよ。折角告白したのに、ユキくんってば酷いなあ」
「えっ、そ、そうかな…?」

 恐る恐る、京を振り返る。京は慌てて首を横に振って、へらりと笑った。

「ううん、知らない子といきなり付き合うなんて無理だよね。私、友達から恋人になれるように頑張るよ。どうぞよろしくお願いします!」
「そ、そんな、ボクの方こそよろしく!」

 またお互いに深々と頭を下げて、顔を見合わせて笑った。

 その後、二人が友人として交流を深め、友達のまま数年を過ごした後、漸く近藤が告白して付き合うようになるのはまた別の話。 

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