長谷部とものぐさ審神者/刀剣


 俺の主は、一言で言い表すならば、とても変な人だ、と思う。
 良く言えば優しく、悪く言えばお人好し。気が弱く面倒臭がりで、そしてとても臆病だ。鶴丸に悪戯を仕掛けられるたびに泣きそうになっている。しかし、それでも鶴丸を怒ろうとしないのだからやはりお人好しだと俺は思う。それか、怒るのが単に面倒ということもありえるが、人間関係を(俺達は刀であるが)とても大事にしたがる人なので、恐らくは前者であろうと思う。面倒臭がりの性が出るのは、主の場合、大抵自分のことだ。読み終わった本を片付けない、靴下を脱ぎっぱなし、脱いだ服を脱ぎっぱなし。こんなこともあった。とある日、主が湯浴みをしようと支度をしていた時のこと。俺が気を遣って部屋を出て行こうとすると、主が俺を呼び止めた。「あの、私の下着って…」絶句した。いくら刀剣であるとはいえ男である俺に、何を聞くんだこの人は。しかし俺が主を叱りつけようとそちらを見れば、顔を真っ赤にして俯く主の姿。流石に恥ずかしいという気持ちはあるらしい。それなら聞かずに探せばいいものを。恐らくは羞恥よりも面倒なのが嫌だったのだろうと思う。主は筋金入りのものぐさだ。パッと見、主はとてもしっかりしているように見える。しっかり、というか、とてもものぐさそうな性格には見えない。穏やかで、気が弱そうで、とても俺に下着の場所なんぞ聞いてくるようには見えない。しかしそういう主だ。羞恥はあるようだがそういう問題ではない。羞恥と面倒を天秤に掛けて面倒が勝ってしまうのだから、主の中の羞恥などないに等しい。それに関しては叱らせてもらった。下着の場所くらい把握しておいてくれ。何が悲しくて主の下着の場所を教えなければならないんだ。主は顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をしていた。流石に反省したのか下着の場所くらいは覚えたようだ。いや勿論それが普通なのだけど。とまあそんな感じに、主はとても変な人だ。見た目によらず、というのが一番しっくりくるだろうか。良い意味でも悪い意味でも見た目に裏切られる。悪い意味の方が若干大きいが。

「ああもう主! また読んだ本を投げっぱなしにして! 読書を禁止にしますよ!?」
「えっ……そ、そんな、私の楽しみが…」
「ならどうして片付けられないんです」
「……め、面倒で」
「貴方は!! 本当に!!」
「ひっ、ごっ、ごめんなさい…!」

 主は読書が好きだ。仕事がない日は大抵部屋で本を読み耽っている。割とどんなジャンルでも読むようで、一度俺達刀についての本を読んでいた。読み終わった主は俺について書かれていた頁を開き、「へし切長谷部って格好良い刀ですね」と興奮気味に語ってきた。本体を俺が持っているというのに写真を見せてくる主は間抜けだ。フッと笑って本体を差し出してやれば、主は気付いたのか顔を真っ赤にしていた。しかし同時に本体に感動したのか、恐る恐る手に取り、とても嬉しそうにしていた。「やっぱり本物は更に綺麗ですね…!」と更に興奮気味な主。まあ、褒められて悪い気はしない。
 とまあ話が逸れたが主は本がお好きだ。歴史書だろうが恋愛物だろうが推理物だろうがふぁんたじー?だろうが、極端な話、何かの取扱説明書だろうが、何でも読む。おそらく文字を目で追うのが好きなのだろう。仕事の書類も大層楽しそうに見ていらっしゃる。一度主の部屋まで夕餉を運んできた燭台切が、そんな主を見て「仕事をあんなに楽しそうにするなんて長谷部くんが近侍になったから頭がやられちゃったんじゃないか」なんて言い出した。それは俺にも主にも失礼じゃないか。睨めば冗談だよと苦笑顔。こいつはどんな顔をしても絵になるから腹立たしい。主の本好きの性を説明してやれば、燭台切は変な顔をして、「主も変な御人だなあ」と呟いていた。やはり俺から見なくとも主は変わっているようだ。
 それで、まあ、本が好きな事自体は問題ではないのだが。主の問題は、まだ他にもあった。これはなんだかんだと主大好きな短刀たちから、俺が鍛刀された当初から苦情の入っていることなのだが。主は暇さえあれば本を読んでいる。当然休日に本を読んで一日潰すことなんてザラにあって、主はあまり外に出ない。元々インドアな性分なのだと言っていた。だがそこで短刀たちから苦情が入る。主は一度本の世界に潜り込んでしまうと意地でも本から意識を手放そうとしないので、休日に短刀たち…と言わず、この本丸の刀剣たちと触れ合うことがまずないのだ。主大好きな短刀たちは毎度毎度、主が本を読み出す前にと腕を引っ張るのだが、主はすでに新しい本を読み始めていることが多く、中々タイミングが合わない。最近気付いたのだが、主は活字中毒なのではないかと思う。この間活字がないとイライラすると言っていた。恐らくそうなのだと思う。
 主は変な人だが、どういうわけか存外刀剣たちからは好かれている。それこそ短刀たちは休日に本を読まれて遊べなくなったとしてもめげることはないし、燭台切も変な人だとは言うがなんだかんだと世話を焼く。主の初期刀である加州清光はよく主にくっついて可愛がられようとしている。主も主で加州は初期刀であるからか特別可愛いらしく、本を読んでいるとき以外はあまりみせない笑顔で相手をしていることが多い。処構わず悪戯を仕掛け主を驚かせてくる鶴丸は主のいつまで経っても変わらない反応が好きらしく、飽きることなく毎度色んな悪戯を考えてくる。いい加減主の心臓も限界だろうからやめてやって欲しい。しかし主は「驚かせるのは鶴丸さんのアイデンティティのようなものですし…」と許容してしまっているからどうしようもない。と、まあそんな感じに主の周りはとても賑やかだ。それに主は時折戸惑っているような顔をする。一度、慣れていないのだと俺に話してくれた。あまり周りが賑やかなのには、慣れていないのだと。楽しくないですかと俺が問えば、照れたような顔で「楽しいです」と返ってくる。それならいい。そう思う時点で俺も主のことを慕っているのだ。

「あるじさま! きょうこそはあそんでもらいますよ!」
「わっ、い、今剣くん…」
「きょうはまだごほんよんでいないですよね? それならよまないうちにいきましょう! 長谷部さん、あるじをかりてもいいですよね?」
「俺に聞くな。仕事はないから好きにしたらいい」
「き、今日は新しい本を買ったばかりで……っわ、い、今剣くん力強っ、えっ?」
「ほら、みなさんまっていますよ!」
「あああ、太陽の光が…!!」
「貴方は吸血鬼か何かですか」

 到頭短刀たちに捕まってしまった主は、今剣に腕を引かれるまま、外に連れだされてしまった。今日は日が照っていて、インドアな主には中々辛いものがあるかもしれないが、これも全て日頃の体たらくのツケが回ってきたのだ。同情の余地はない。今剣の手助けをするように主の背中を押して外に出れば、庭には短刀たちや脇差、打刀など大勢の刀剣たちが揃っていた。主は驚いたような顔をして、俺を振り返る。俺は別段驚くこともなく、「ほら早く遊んできたらどうです」と前の方に押し出した。文字通り背中を押された主は俺を不安げに振り返り、「は、長谷部さんは…」と俺の参加の有無を問うてくる。俺は遠慮しておきます、と断ろうと口を開いたところで、左右からにゅっと手が出てきて、俺の口を塞いだ。

「勿論長谷部も遊ぶよねえ!! 当然だよな安定!」
「そ、そうそう! 長谷部さんが主と遊ばないわけがない!」
「むがっ…!?」

 俺の口を塞いだのは初期刀の加州と、加州と元の主を同じくする打刀の大和守安定だった。突然何を言い出すんだこいつらは。反論しようとまた暴れるが、「主が折角出てきたのに水刺さないでよ」「ご、ごめん長谷部さん、僕たちも主と遊びたいから…」と耳打ちされる。それに俺は押し黙り、更に目の前で嬉しそうな顔をする主を見てしまっては、何も言えるはずもない。…まあ、別にそんなに言うなら付き合ってやらんでもないが。俺がいるとわかって嬉しそうな顔をされて、悪い気はしない。

「まったく長谷部ったら妬けちゃうよねー」
「何がだ」
「だって主は俺達の℃蛯ネのにさ? 長谷部がいるって分かった途端あの顔だよもうばっかばかしい」

 加州の投げやりな言葉に俺は何も返せず困惑する。何を言っているんだこいつは。眉を寄せて加州を見るが、そいつはヘラっと笑って主の元へ行ってしまう。大和守がそれを追いかける。行き際にこちらを振り返って、「ごめんなさい」と謝られた。謝罪は本人がするものだ。代人が言うものではない。まあしかし俺も謝られて許さないほど子供ではない。今回は大和守に免じて許してやろう。
 主のいる輪の中心を見れば、そこには刀剣たちに囲まれて戸惑っている主の姿がある。主は囲まれることに慣れていない。主の視線が俺へと向いた。助けを求める視線だ。まったく。

「おいお前ら、主が困っているぞ。そんな一斉に囲んでやるな」
「おお、長谷部の旦那。助け船出しに来たみたいだが、こいつら聞いちゃいねえぜ」
「薬研。…そのようだな」
「まあ大将が休日に外に出てきたのは何日…何ヶ月ぶりかって感じだし、弟達がはしゃぐ気持ちも分かってやってくれや。俺らはあんたみたいに毎日大将に会えるわけじゃねえし」
「………」

 薬研の言葉に、俺は頷く。確かにそうだ。俺は毎日主の性格に呆れるほど会っているが、他の者はそうでないのだ。主は俺たち刀剣を平等に大事に思い扱ってくださるが、俺以外の刀剣たちとの距離感を測りかねているようにも見える。もしや、俺ばかりが主の傍にいすぎて、他の者との距離の測り方を決めかねているのではないのか。そんな考えがふと浮上して、俺は考え込む。もしそうなのだとすれば、俺はどうするべきだろうか。主を変な人だと思い、呆れてはいても俺は主の近侍であることを誇りに思っている。誰かに譲るなど、考えたくもない。だが。
 ちらりと、囲まれる主の姿を見る。
 相変わらず、困惑し、どうしたら良いかわからない様子の主。

「………」

 …やはり、このままではいけない。


 ▽


「というわけで、近侍を当番制にしましょう」
「………え? な、何がというわけで…?」
「まあそれは色々ありまして。とにかく、当番制にしましょう」
「き、近侍を」
「ええ、近侍を」

 しっかりと頷けば、主は困ったような、動揺したような目で俺を見た。恐らくは急な提案に戸惑っているのだろうが、ここばかりは引くわけには行かない。俺だって譲りたくはないが、これは主のためだ。主が他の刀剣たちと少しでも触れ合えるように、少しでも距離を縮められるように。そのためには、まず刀剣たちと主が触れ合う機会を作る必要がある。
 主は困ったような顔をしたまま、「えっと、」と何かを言いかけて止める。言うのを迷っているように見えた。俺はしばらく待ったが、主は何も言わず、首を振り話を切られて終わった。

「は、長谷部さんがそう言うのなら」

 どこか、自分の気持ちを抑えているようにも見えた。しかし俺はそこには触れず、黙って頭を下げた。他の男に下着の場所など聞かねば良いが、と心配をしながら、部屋を後にする。
 何故だかモヤモヤと晴れない胸の内を抑え、その場を離れた。


 俺が近侍を離れてから数日、俺が思っていたよりもこの制度は上手くいっているようだった。何より短刀たちにとても好評だ。主が本を読み出す前を狙って突撃をせずとも、主に会い話が出来る。主が頭を撫でてくださったのだと今剣が岩融に興奮気味に語っていたのは微笑ましかった。正直俺以外の刀剣に近侍を任せるのは不安だったが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。やはりどこか、胸の内がモヤモヤとした。

「ねえ長谷部くん」
「、あ、ああ。なんだ?」
「今日僕が主の近侍なんだけど、主の好きなものって何かな? 今日…というか最近は朝餉に来ないし、ついでに何か作って持って行こうかなって思って」
「ああ……それなら」

 朝餉の終わり、ボーッとしていれば燭台切が話しかけてきて驚く。俺は今日は何も入っていない。以前はいつでも近侍の仕事が入っていて暇がなかったので、こういった何もない日は何をしたらいいか分からない。俺は燭台切の質問に答えながら、今日は一日どうしたらいいのか、頭を巡らせていた。燭台切は今日主の近侍なのか、と少し羨ましく思う。交代制にしようと言ったのは自分だが、どうにも、寂しい、気がする。

「主はあまり朝餉は好まないが、今あげたものなら喜ばれるだろう」
「へえ、そうなんだ。そういえば朝餉はよく詰め込むみたいに食べてたね。昼餉と夕餉は美味しそうに食べてくれるのに、不思議に思ってたんだ」
「主は低血圧だからな。いつもなら俺が無理矢理にでもお連れするんだが…」

 と、そこまで言って、止まる。首を横に振り、とにかく、と話を変えた。

「持って行くならそれがいい。最近は食べていないようだから、嫌がっても食べさせてくれ」
「嫌がってるのに食べさせるのは可哀想じゃないかな?」
「三食きちんと、バランス良く食べなければ体に良くない。主は元々不健康な生活を送られてきているんだ。しっかり矯正せねば」
「矯正って…」

 燭台切は苦笑して、しかしすぐにいつものキラキラとした笑顔を浮かべ、「分かったよ、ありがとう」と主の元へ行ってしまう。俺はそれを見送って、行く宛もないまま、反対の方向へと足を向けた。


 ▽


「主ー? 入るよ?」
「えっ、あ、は、はいっ、ちょ、っと待っ、わっ」

 長谷部に言われた通りの食材を簡単に調理して、燭台切は審神者の部屋へとやってきていた。部屋の前で一度声をかけると、慌てたような声と、同時にバサバサっと何かが落ちる音がした。燭台切は慌てて障子を開けた。

「主!?」
「あっ、えっと、こ、こんにちは、燭台切さん」
「………ええと、何をやっているのか聞いてもいいかな」
「い、いえその………ちょっと、本を片付けようと思いまして……あはは」

 そう言って誤魔化すような笑みを浮かべる審神者に、燭台切は曖昧な笑みを返して首を傾げた。長谷部からたまに聞く話によれば、審神者は重度のものぐさで自分から片付けをするような人ではなかったはずだ。それが一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。燭台切は首を傾げたまま、本に埋もれている審神者をとりあえず助け出した。

「大丈夫? 怪我は?」
「だ、大丈夫です、すみません」
「謝られるようなことじゃないよ、怪我がなくてよかった」

 燭台切がそう言って微笑むと、審神者は驚いたような顔をして、そうして軽く微笑んだ。ぎこちない笑みだったがそれについては突っ込まず、その行動の理由について問うてみることにした。

「それで、どうして急に本の片付けなんか? 長谷部くんから聞いた話だと、君は本の片付けなんかする人じゃなかったと思うんだけど」
「ええと……はは、その」

 やはり誤魔化すように視線を逸らす審神者。ふとその逸らした視線の先に何かを見つけたらしく、あ、と声を上げた。燭台切もそちらを見ると、床に放置したままの料理がそこにあった。

「し、燭台切さん……朝食足りなかったんですか?」
「えっ? い、いや違う違う、これは君のだよ、主。最近朝餉に来ないだろ?」
「あ………その、私朝はあまり食べたくないので……ええと、折角ですけどそれは」
「ごめんね、そういうわけにはいかないんだ。長谷部くんに、嫌がっても無理矢理食べさせろって言われてるから」
「は、長谷部さんに…?」

 長谷部の名前に顕著に反応する審神者に、燭台切は何かに気づいて顎に手を当てる。とりあえず審神者に作ってきた料理を食べてもらおうと置いたままだった朝食を引っ張ってきた。

「長谷部くんに主の好きなものを聞いて作ったんだ。食べてもらえたら嬉しいな」
「……長谷部、さんに」

 やはり、と燭台切は首をひねる。審神者はどうやら長谷部について何か思うところがあるらしい。先程の本を片付けようとしていたことといい、何か関係があるのだろうか。

「主」
「え、あ、は、い?」
「悩みがあるなら話してほしいな。僕たちはいつだって主の味方だから」
「………」

 主はやっぱり困ったような顔で、燭台切を見上げていた。何か言おうとして口を開いて、しかしすぐに視線をふ、と下に下げて黙り込んでしまう。燭台切は困ってしまって、どうしたものかと頭を掻いて、とりあえず作ってきた料理を食べてもらうことにした。促すとこくりと頷いて、大人しく食べ始める。

「………おいしい、です」
「、そう? 良かった」
「………あの」
「うん? なに?」
「長谷部さん、の近侍の日は、いつ回ってきますか」
「え?」

 言葉に詰まってしまった。予想外の問いに驚いたが、少し考えて、答えた。

「長谷部くんなら、もっと後じゃないかな。順番は最後だったと思うから」
「………そう、ですか」
「……どうしてそんな事を聞くのか、聞いてもいいかな?」

 審神者は落ち込んだ様子で箸を一旦置き、話し始める。

「長谷部さんが、近侍を当番制にしようと言い出しました」
「うん、それは知ってる」
「…だから、その、私のものぐさ加減にいい加減に呆れてしまったのではないかと、思いまして。読んだ本は片付けられないし、いつかは長谷部さんに、その、し、したぎのばしょ、まで聞いてしまいましたし」
「あ、あはは」

 そのエピソードなら知っていた。長谷部から一度愚痴られたことがある。「主は自己管理能力値が低すぎる!」と怒りに震えていたあの姿を燭台切はきっと忘れないだろう。ついでにそのエピソードに衝撃を受けたのも、ある。

「長谷部さんが世話を焼いてくれるから、甘えていたんです。読んだ本も脱いだ靴下も服も片付けられない、外には出ないし会話はどもってしまってまともに出来ない。こんなポンコツにきっと呆れてしまったんだと、そう、思いまして」
「……だから片付けを?」
「はい………その、戻ってきてくれるかな、と。あ、いえその、皆さんと話せるのが嫌とかそういうのじゃないんですけど」
「うん、分かってるよ。主は長谷部くんのことが好きなんだね」
「えっ!? すっ…!? な、何言っ、」

 顔を真っ赤にして慌てだす審神者に、燭台切は可笑しくなって笑みをこぼした。燭台切に妹はいないが、なんだか妹を相手にしている気分になってきた。きっと妹がいたらこんな感じなんだろうか。

「か、神様にそんな烏滸がましい…!」
「そんなことはないよ、恋に種族は関係ない…って、確か乱くんの持ってた少女漫画に書いてあったよ」
「これって種族とかの問題なんですかね…? え? っていうか少女漫画…? 買った覚えがないような…?」
「あ、あはは。まあそれは置いといて。主は長谷部くんが好きなんだね」

 燭台切がそう繰り返すと、審神者は赤い顔のまま、困ったような表情になる。今度はなんだろうと出来るだけ優しく尋ねてみれば、少しの沈黙ののち、答えが返ってくる。

「でも……近侍を当番制に、ってつまり私の近侍の仕事が嫌になったってことですよね…? 元々好かれてるとは思ってない、ですけど………私嫌われてるんじゃ…」
「うーん………そうかなあ…」

 正直、燭台切も長谷部から近侍の仕事が当番制になったと聞いて、更にそれが長谷部の提案だと聞いて驚いたのだ。理由は誰も聞いていないようで、未だ長谷部の真意を知る者はいない。燭台切はどう答えたものかと頭を巡らせながら、とりあえず口を開いた。

「長谷部くんが何を考えて近侍の当番制を提案したのかは、僕には分からないけど」
「……、」

 燭台切は、先程会った長谷部の様子を思い返す。一見いつもどおりの様子だったが、どこか上の空で、発言にも、未練のようなものが感じて取れた。

「主のことを嫌いになったなんてことは、絶対にないはずだよ」
「……そう、ですかね」
「うん、そうだよ、絶対」
「……へへ、なんか、元気出てきました。ありがとうございます、燭台切さん」

 ようやく笑った審神者に、燭台切も笑顔を返す。思えば審神者の笑顔を見たのはこれが初めてのことかもしれない、と燭台切は思い起こす。記憶の限り、苦笑はあれど、この審神者は、少なくと燭台切の前ではこんな風に笑ったことはなかった。
 まあともかく、審神者が元気になって良かった、と燭台切はホッと胸を撫で下ろした。

「よし、そうと分かったらこれから長谷部くんに戻ってきてもらえるように片付け、頑張ろうか」
「は、はい!」
「今の所長谷部くんの目的は分からないけど、主の成長が嬉しくないはずはないよ。協力するから、一緒に頑張ろう」
「よ、よろしくお願いします!」

 気合の入った返事に頷きながら、燭台切は長谷部の目的に頭を巡らせた。


 ▽


「なるほどねえ」

 加州清光は、珍しく本が一冊も床に置かれていないその部屋を見て、ポツリと呟いた。今日は彼が近侍の日である。審神者は気心の知れた初期刀である加州にパアッと顔を明るくさせて、「清光」と名前を呼んだ。長谷部が来てからは加州も審神者と話すことは少なくなっていたが、一番審神者との付き合いが長く、気を許しているのは加州だ。その証拠に、他の刀剣たちとは違い一振だけ清光≠ニ名前で呼んでいる。敬語と敬称がデフォルトである審神者にとって、これは周りとの大きな違いであった。

「燭台切から話は聞いてたけど、ホントだったんだね」
「え、あ、き、聞いたんだ」
「うん聞いた。長谷部とか、趣味悪いね主」
「えっ」

 ガーン、とショックを受けている審神者を一瞥して、加州は部屋へと足を踏み入れた。改めて部屋を見る。服が散らばっていることも、本が重ねておいてあることも、片方の、相棒を亡くした靴下が隅の方に投げられていることもない。まあそれが普通なのだが、この審神者の場合それがデフォルトだったので、どうにも綺麗な部屋に違和感を感じた。

「で、でも長谷部さん、優しいし…」
「そりゃあ主命一番の主命馬鹿だからね。主の言う事なら聞くよ」
「…う゛……まあ、そう、だよね…」
「あーもうごめんって。悪かったよ、そうだね長谷部は超優しくて頼りになるよ」

 説教も話も糞長くて嫌になるけど、とは付け足さず、心の中にだけ留めておく。嬉しそうな顔をする審神者に軽く息を吐きだして、審神者の眼の前に座った。

「で、主?」
「は、はい」
「これから質問することに、正直に答えて。答えによっては、俺は一切協力しないし、むしろ邪魔するから」
「ええっ」

 驚く審神者を放り、加州はまっすぐに審神者を見据えた。

「長谷部と上手くいってもいかなくても、俺のこと、ちゃんと可愛がってくれる?」

 審神者はそれにきょとんとして首を傾げる。そうして、へらっと笑って答えた。

「何言ってるの、当たり前だよ。清光は大切な、私の初めての刀だもん」
「……そう、よかった」

 加州はその答えにふ、と笑みをこぼして、目を細めた。正直に言うと、加州は審神者の答えを分かっていた。この審神者が、誰か一振に現を抜かして自分を放ったらかしになどしないこと。しかし言葉で、審神者の口からきちんとした形のある言葉を聞きたかった。

「じゃー膝枕して」
「えっ、ちょ、近侍の仕事は…?」
「えー、んー、そうねー。あれ、長谷部をどう落とすか決めようか」
「なっ、何を!?」
「まーって言っても多分ほぼ落ちてるようなもんだろうけど。後はどう気づかせるかだよねー」
「きっ、清光?」
「なに、もう」
「わ、私多分長谷部さんにあんまり好かれてない……んだけど…?」
「はあ? 何言ってんの?」

 加州は強引に寝転んだ審神者の膝から勢い良く起き上がった。あの長谷部が、どう見たら審神者を嫌っているだなんて事になるのか。それに、燭台切が言っていたところによれば、嫌われてはいないはずだとフォローしていたはずではないのか。謎すぎる審神者の思考に、加州は首をひねった。

「あ、いや、嫌われてないのは分かってるんだけど……いや、ね。その……」
「なに?」
「は、長谷部さん、私といるとき大体顰めっ面なんだよね……笑ってくれたのとか、一、二回程度だし」
「……はー……」
「なっ、なんで溜息吐くの!?」
「いや……もう俺協力する気力なくなってきた…」
「早くない!?」

 ぽす、と再度審神者の膝に頭を乗せて、大きく息を吐き出した。なんて面倒くさい二人だろう。呆れ返って、加州は額に手の甲を当てた。その隙間から、審神者の慌てたような顔を見る。

「…あんたじゃなかったら、絶対投げてるよ、こんなの」
「えええ……そんな……」
「ばーか、褒めてるの。俺を動かせるのは主くらいだよって」
「そ、そう…?」
「そうそう」

 そうなのか…?と不思議そうな顔をする審神者をさておき、改めてその体勢から見れる範囲で辺りを見渡した。大体綺麗に片付けられているが、ちらほらと雑に棚の上に置かれた物達が見える。燭台切も一緒に片付けたと言っていたので、恐らく綺麗な方が燭台切の片付けたエリアだろう。この審神者は、本当に片付けが出来ない。

「あー近侍の仕事頭撫でてくれたらやってあげてもいいんだけどなー」
「清光はなんでそんな私にメリットのない取引を堂々と持ちかけられるのかな…?」
「メリットならあるよ? 俺は可愛がられてハッピー、主は俺に近侍の仕事をやってもらえてハッピー」
「やってもらえても何も清光の仕事なんだけどね!?」
「まーまー気にしないで。早く撫でてよ」
「はあ………まあそのくらいならいいけどさ…」

 呆れながらも眉を下げて笑いながら撫でてくれるその手にすう、と目を細めながら、加州は微笑んだ。
 困ったような笑顔が、不器用で正直下手くそだが優しく頭を撫でてくれるその手が、加州は大好きだ。初期刀である加州は審神者と一番その付き合いが長い。不器用だが一生懸命で、可愛い人だ知っている。だから加州も、自分への扱いが変わらなければ、審神者の初めてであろうその恋は応援してやりたいものだった。

「よーし主、仕事しようか」
「やっとやる気出した…」
「文句言ってないで早くやるよ」
「やらなかったの清光なのに!」

 加州の大好きな困ったような笑顔で、審神者は文句を溢しながら机に向かった。


 ▽


ものぐさ審神者
無意識に近侍の長谷部に頼りきりになってしまっている
本を読む時間が至福
初期刀は加州清光

長谷部と審神者がもだもだしてる話。
ちょっと長谷部が審神者に厳しめ…?

SANDGLASS