獅子の寝床
鍵を開け、オンボロ寮の扉を開く。いつもなら出迎えてくれるはずのゴースト達の姿が見えず、私は首をかしげた。
「ただいまー……?」
一歩足を踏み込めば、お化け屋敷さながらに床板が私の体重に悲鳴を上げる。すっかり聞きなれたそれに耳を傾けながらキッチン、洗面所、普段彼らが居そうな部屋を確認しながら廊下を歩く。
「お出かけしてるのかな……」
別に彼らはこの場所に囚われた地縛霊というわけではない。たまにはお出かけだってするんだろう。多分。
同居人の不在に理由を付けた私は鞄を自室に置いて、着替えを済ませてから談話室へ向かった。
少し建付けの悪い扉をいつものように開けば、火がともっていない暖炉が目に入る。……はずだったのに、何故か既に燃え上がっている炎が私の目に飛び込んだ。
消し忘れではない、というかゴースト達が後始末はしておくよと送り出してくれたと記憶している。
つまり、これは誰かがその後に火をともしたということで。
漸くゴースト達の不在の理由に合点がいった私は、暖炉に一番近いソファを背凭れ越しに上から覗き込んだ。
「やっぱり……。起きてください、レオナ先輩。もう放課後ですよ」
グリム以外にこの寮に無断で入れる存在──学園長なら入れるだろうが──は限られている。
それは、私と恋人関係で合鍵を渡している唯一の人。
お付き合いを始める前から『何もなくて、人けもなくて寝るにはもってこい』と称していた彼は合鍵を渡して以来、時折何の前触れもなくフラリと今のようにオンボロ寮で眠るようになった。
暖炉の前とはいえ少し冷たくなった体を揺する。がっしりと筋肉の付いた腕に躊躇なく触れられるようになったのはいつからだろう。
「先輩、レオナ先輩」
何度揺すってもサマーグリーンの瞳が煌めくことはなく、すやすやと眠るレオナ先輩の寝息と暖炉で火が弾ける音だけが響き渡る。
起こすことを諦めた私は、せめて風邪をひいてしまわないように近くにあったブランケットを手繰り寄せる。グリムもよくこうして寝てしまうし、広い談話室は暖炉だけで温めるには少し時間がかかるので常に手の届く範囲に置いてある。……ここで寝ているなら視界には入っていただろうに、なんで自分でかけないんだろう。
畳んだままのそれを広げる為、腕を伸ばした、その時だった。
「えっ⁉」
ぐ、と身体が何かに引きずり込まれる。腕を引っ張られ、背中が曲がる。
そんなに大きいわけでもないソファに背凭れ側から倒れこんだ私は、必然的に先にその場所を独占していた身体の上に倒れこむ。
「うっ……、せ、先輩! 危ないですよ!」
「ハッ、ぼーっとしてるのが悪いんだろ」
形の良い唇、先ほどまで隠れていた二つの宝石。そのどちらもが、私を揶揄うように弧を描いている。
「起きてたんですね? 一体、いつから」
「お前が帰ってきた時に決まってんだろ。この寮、足音がうるさすぎるんだよ」
今はお前の心臓の方がうるさいがなァ?と笑いながら腰に手を回すレオナ先輩は心底楽しそう。
レオナ先輩に腕を引かれ彼の上に倒れこんだ私は、頭は先輩の胸に、身体は足の間にすっぽりと捕らえられ身動きが取れそうにない。
「しょうがないじゃないですか、オンボロ寮なんですから。嫌なら他で寝てください」
「拗ねんなよ、別に悪いって言ってるわけじゃないだろ」
なんとか逃げ出せないかと藻掻いてみるけど、狭いソファの上で出来ることなど限られている。しかも、しっかりとレオナ先輩の腕に抑えられ、それすらも難しい。
結局、すごしだけ暴れた後、私は大人しくレオナ先輩の胸板に頭を預け、彼の身体にしなだれかかる。
そんな私の様子に満足したのか、レオナ先輩は私に回していない方の手で器用にどこかを探るとマジカルペンを取り出した。彼が軽く一振りすれば、先ほど引きずり込まれた時に手放したブランケットが背凭れの裏から現れる。
ふわりと浮いたそれは魔法の絨毯のようにはためきながら広がると、私たちの体を包み込むように覆いかぶさる。
「……お掃除、ご飯、やらなきゃいけないこといっぱいあるんですけど」
「んなもん後で良いだろ。どうせ毛玉が帰ってくれば喧しくしてやることになる」
「だからグリムが帰ってくるまでに準備を進めておきたいんですってば」
くぁっと大きく欠伸をし、眠る態勢に入ったレオナ先輩には何を言っても無駄なのは知っている。それでも文句の一つや二つも言いたくて、足に絡んだ尻尾をわざと太腿で挟み込む。
「……お前も大人しく寝とけ」
「起きたらちゃんと邪魔した分、手伝ってくださいね」
「わかったよ」
両腕を背中に回され、ぎゅっと私を抱きかかえるとレオナ先輩は瞼を閉じる。
ぽんぽん、と幼子を寝かすように優しく背中を叩かれ、私もレオナ先輩の鼓動とそのリズムに身を預け、眠りの世界へとおちていった。