その席、予約済


 休日、麓の街まで降りた私たちは宛てがあるわけでもなく、道沿いをひたすら歩く。
 住宅街、おしゃれなカフェ、波打ち際の光る砂浜。
 目的もないお散歩……というデートにレオナ先輩から誘ってくれると思っていなかった私は朝から上機嫌で、グリムの朝食にツナ缶を贅沢に二個も使って彼を驚かせた。
 ちょうどオンボロ寮にレオナ先輩用の物を増やしたいと思っていた私たちは、目についた店に入ってはああじゃない、こうじゃない、と言葉を重ねる。
 結局、オンボロ寮とレオナ先輩のお部屋の二か所に必要なものを買おうという結論に至り、異なるデザインの対のカップやお皿を二組購入することにした。
 お揃いの物が欲しいと希望したのは私なのに、財布を出すどころか荷物を持つことも許されなくて、絡めたのとは逆側のレオナ先輩の手には二人で選んだ食器が入った袋がぶらぶらと揺れている。

 なんだか新婚さんみたい……。

 そんなことを思っても口にするのは憚られて、単純な自分に勝手に恥ずかしくなった私は浮かんだばかりの思考をかき消すように彼の腕に頬をすり寄せる。
 鍛えぬかれた筋肉か、獣人特融なのか、少しだけ高い体温が心地いい。
 どうせなら今日はとことん甘えてしまえと身を寄せながら歩いていると、我が物顔で行く先を塞いでいた数羽の鳥たちが一斉に羽ばたいた。
 快晴の空を泳ぐように飛び回る鳥の背を追いかけるように、どこからか教会の鐘の音が響く。

「あ……」

 音色に釣られて顔を上げた私の目に飛び込んできたのは純白のドレスとタキシード。

「ん?」

 無意識に口から零れた音、少しだけ力を入れてしまった手のひら、とどめは完全にその動きを停止した私の両足。そのことにすぐ気づいたレオナ先輩は立ち止まると私の顔を覗き込む。

「どうした」

 ショーウインドウを遮るように目の前に現れた好きな人。純白の輝きに夢見たことがある私は必然的に二つを脳内で組み合わせ、あっという間に顔に逃がしたばかりの熱が戻って来る。
 視線でも「どうした?」と尋ねてくる先輩に返事が出来ずにいると、私から聞きだすことを早々に諦めたレオナ先輩はきっかけを探るために周囲を見渡す。
 と、言っても私が見ていたものなんて正面を見ればすぐにわかってしまう。
 ブーケ、タキシード、ウェディングドレス。きっと、この街唯一のブライダルショップだろうそこは、キラキラと眩い光を放っている。

「……ふぅん」

 目を細め、数秒の間。


 ──あぁ、揶揄われる。


 彼の口角が上がることを予測した私はせめてもの抵抗に、少し離れて防衛に入ろうとした。今の姿勢のままでは腰を抱かれ、そのまま彼の空気に飲まれてしまうのを経験上よく知っている。

「着たいのか?」
「あの……っ」

 手をつないだまま離れようとした体はすぐに腕ごと引き寄せられ腰を抱かれる。そこまでは予想通りだったけど、レオナ先輩の表情は先ほどまで買い物中に見せていたものと変わらない。真剣に、ただ私に問いかける。
 ぴたりとくっついた身体、どんどん早まっていく心臓の鼓動は伝わっている。
 口からは音になりきれない言葉がこぼれるだけで、まともに意思を伝えられそうになかった私は首を横に振った

「いいじゃねぇか」

 ニヤリと笑ったレオナ先輩は少し体を離すと何を思ったのか店へ向かって一歩踏み出す。

「どうせなら試着していくか」
「え⁉ ま、待ってください! お店の人に迷惑ですよ!」

 制服のまま外出した私たちはナイトレイブンカレッジの生徒だと一目でわかる。
 学生二人が揃って入店したところでお店の人達は心の中で深くため息をつくだけだと思う

「冷やかしだと思って相手にしてくれませんよ!」
「店に入ったら誰でも客だろ」
「それは、そうですけど……!」

 きっと接客はしてくれる。相手はプロだ。例え冷やかしの学生だろうと笑顔を崩さず、もしかしたら気の早い学生カップルが下見に来たのかと好意的に受け取ってくれるかもしれない。
 こんなことになるなら数少ない私服で出ればよかったと後悔が過ぎる。幾分かは今の状況をプラスに捉えることが出来た気がする。
 私の為にと特別に用意された女生徒用の制服は、本来存在するはずがないもので、外出するようになってから好奇の目で見られることが多々あった。それでも小さな街ではすぐに情報が広まって「なんだあの子は」なんて視線はいつのまにか消えていた。
 つまり、私という女生徒の存在が街中に知れ渡っている。ということに他ならない。
 そんな私がブライダルショップに制服のまま飛び込んだら、次に街に降りてきた時どんな視線を向けられるかは想像に容易い。
 無理にでも引きずろうと思えばできるだろうに、それをしないのはレオナ先輩の優しさなのか。頑なに足を動かそうとしない私をじっと見つめる。

「どうせ本番じゃこれと同じ部類は着れねぇぞ」
「え?」
「今のうちに着ておいた方がいいんじゃねェか」

 思わぬ言葉に踏ん張っていた足の力が緩む。バランスを崩した私は自ら先輩の胸に飛び込む形になって、身を委ねながらその瞳を見つめ返す。

「本番って……?」

 言葉の意味を理解しきれず、オウム返しに聞き返す。
 本番。本番、……本番⁉
 あのドレスを着る本番って意味なの⁉

「ウェディングドレスつったら結婚式だろ?」
「け、結婚って……!」

 さらっとレオナ先輩からの飛び出した言葉に肩が跳ねる。
 当然のことのように言ってのける先輩は平然としていて、揶揄っているわけでも、ふざけているわけでもない。
 言葉に詰まった私にレオナ先輩は少し不思議そうな顔で一瞬眉を寄せたけど、続けて口を開く。

「夕焼けの草原、それも王族となれば専用の衣装があるんだよ。例え、それが第二王子の妃だろうとな」

 だからお前はアレは着れない、そう付け足してレオナ先輩はチラリとショーウインドウに視線を移す。一度目を伏せ、暫くしてからゆっくりとサマーグリーンの瞳が顔を覗かせる。

「……あの衣装を着たお前も悪くないが、こういうの女は好きだし憧れるんだろ?」

 絡めたままの指先に力が入る。
 今、レオナ先輩は一体何を想像したんだろう。
 問いかけに何も返せないまま、三度店に向かった先輩の後ろに続く。
 すっかり力の抜けた両足はいろいろなものを置き去りにしたまま、お店の前へとたどり着いた。レオナ先輩がドアノブへと手をかける。ウェルカムと書かれた薔薇で囲まれたボードは本当に私たちを歓迎してるんだろうか。
 先輩、やっぱりダメですよ。目の前の背中に投げかけたい言葉は山のようにあるのに、胸が苦しくて上手く音にすることができない。

「あ、あの……その……」

 だって、つまり、その、レオナ先輩は今、私とのそういう未来があると、暗にそう言ったんだ。
 神に誓いを立てたわけでも、形のある何かをもらったわけでもないけれど、レオナ先輩の描く未来には隣に私がいる。

 こんなの、ほとんどプロポーズと変わらない。

「せ、先輩……!」
「ん?」

 からん、と扉の内側に取り付けられていた鐘が私たちの訪問を知らせるために鳴る。

「ずるい……です」

 熱くなったまま冷めない頬をあいている方の手で冷やす。
 本当にずるい。レオナ先輩がさっきの言葉の意味を自分で理解してないなんて、絶対ない。
 振り返った先輩の尻尾が機嫌の良さを表すようにゆらりゆらりと揺れ動く。

「……知ってる」

 目を細め、柔らかい笑みを浮かべたレオナ先輩に応えるように島のどこかでまた鐘が鳴った。

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