インスパイア


※Twst夢主元ネタであるインスパイア元の夢主の話が混ざっています


 黎明の国の美術館。その百周年記念アンバサダーに選ばれたナイトレイブンカレッジの生徒が館内を練り歩く。レオナと芽唯もその例に漏れず、いくつかの絵の前で立ち止まるのを繰り返しながら普段見ることがない絵画の世界に触れていた。

「レオナ先輩、この子は……?」

 芽唯が立ち止まったのは百獣の王の前。その姿は絵になっても当然わかる。もしわからないなどと答えようものなら『本当にナイトレイブンカレッジの生徒か?』と疑われても仕方がないだろう。
 けれど、芽唯がレオナに問いかけたのはその背に乗る小さな子供ライオンのことだった。
 揃いの生地が使われたジャケットを控えめに引けば、あくび零しながら振り向いたレオナは「ん?」と芽唯が指さした小さな姿を瞳に映す。サマーグリーンの宝石がゆっくりと細められ、眠気を振り払うように数度首を横に振ったレオナが口を開く。

「百獣の王の傍に居続けたメスの子ライオンだな」
「あ、女の子なんですね」

 幼いライオンの見分け方がわからない芽唯は、ぱちくりと瞳を瞬かせるとじっくりと見る為に絵画に向き合う。そう言われてみるとどことなく可愛らしい顔立ちを……いや、やはりわからない。
 うーんと唸った芽唯の隣に並んで、同じように絵画と向き合ったレオナを見上げれば、彼は顎で絵画の下に貼られた説明文を指す。

「……ほんとだ! 百獣の王と常に共にいたメスライオンの幼少期の絵。どういう子なんですか?」
「群れからはぐれた母と子を、自分たちの群れに受け入れたのが出会いらしい。……と言っても母ライオンは託すようにすぐに死んじまったらしいがな」
「へぇ……」

 この明るい表情の裏にそんな事情が隠されているなんて。百獣の王にじゃれつくように飛び乗る姿からはまったく想像ができない。絵を見る限り、百獣の王のおかげなのだろうか。彼自身も子ライオンの相手をするのが満更ではなさそうだ。

「なんだか、……レオナ先輩と私みたい」
「は?」

 まさか芽唯がそんなことを言い出すとは思っていなかったのか。隣を見れば、目を丸くし口を開けたレオナが芽唯を見つめて何度か瞬きを繰り返す。

「誰も知り合いがいない土地で急にひとりぼっちになっちゃって。でも、信頼できる人がいるから笑顔でいられる……。私のお母さんは元の世界で生きてますけど」

 腕に絡みつくように抱き着けば、芽唯の言葉を飲み込み切れない様子のレオナが戸惑いながらも受け止めてくれる。自分の髪が乱れない程度に頭をこすりつければ気分は子ライオンそのものだ。

「あー……」

 そんな芽唯を見下ろしながら自身の顔に手を当て覆い隠したレオナは、何度か同じような言葉にならない声を上げるとわざとらしく咳払いをする。
 それを合図に空いている方の手は芽唯の頬に触れ、そっと顔を上げさせる。大きな指の腹が愛しむように数度往復するのがくすぐったい。
 強制的に上げられた視界に入ったレオナの顔は少し上気したように赤く見える。軽く開かれた口から見える鋭い牙が美術館の照明に照らされてギラリと輝く。

「百獣の王は後にこの子ライオンを番にしたと言われてる」
「えっ、こんなに年が離れてるのに?」

 どう見ても大人と子供。よくて兄と妹。番……すなわち恋人や夫婦としての相手になるとは思えない。

「人と違って動物の成長は早い。ライオンはオスなら生後四年から六年。メスなら三年。彼女もこの絵だとかなり幼く見えるが、すぐ成獣になったと言われてる」
「それで……番に」
「どんな時も片時も互いの傍を離れず、最期の瞬間まで傍にいたんだとよ。彼女は王に危険が迫ってる時でも仲間の制止を振り切って支え続けた。その姿は多くの文献で語られている」

 人間で言うなら数年待ったと同じ感覚になるのだろうか。ならば番になったというのも不思議ではない。なにせ、目の前にあるたった一枚の絵画からも互いが特別なのだと伝わってくる。

「で。この二匹が俺たちみたい、だったか?」
「えっ、あっ、それは、えっと……!」
「確かに似てるかもなァ? ん?」
「いやぁ……」

 レオナの口角が緩やかに弧を描き、細められた瞳はまるで月のように輝く。先ほどまで少し彼の頬に差していた朱はすっかり芽唯に移ってしまったのか、少しずつ自分の頬が熱くなるのがわかる。
 そんなつもりで言ったわけではなかった。先ほども言った通り、見知らぬ地で信頼できる相手がいたことにより新しい環境でも幸せに過ごせていると。そのことに対しての『自分たちみたい』であって、この先の二人の事など芽唯はまったく知らなかった。
 レオナの語る彼女のように自分はレオナの傍に居続けられるだろうか。
 ぱくっ、と芽唯の唇が音を発さないまま開閉を繰り返す。その様子をニヤニヤとした笑みを浮かべながら見ていたレオナは、次第に耐えられないと言わんばかりに肩を震わせると「くはっ」と大きく笑いだす。

「くっ、ははっ! からかっただけに決まってんだろ! 単にこの絵に対しての印象を言っただけなことくらいわかってる」
「なっ」
「大体、『この子は?』なんて問いかけてきた奴が、この先の関係まで知ってるわけないだろ。素直に『知らない』って言えばいいのに、変に慌てるから妙な空気になるんだよ」
「ひ、ひどい!」

 くつくつと肩を震わせるレオナは、先ほどとは違った意味で己の顔を掌で覆っている。学園関係者しかいないが場所が美術館だからだろう。すぐに声を抑えたレオナは指の隙間から芽唯を見てはまだ足りないと笑い続ける。

「本当にからかいがいのある可愛い奴だよ、お前は。確かに、こいつがお前に似てるなら百獣の王が番に選んだってのも納得だ。いい趣味してる」
「変な理由で納得しないでください! 百獣の王はもっときっと優しかったです!」
「はいはい。からかって悪かったって。拗ねんなよ」

 逃げるように少しレオナから距離を取れば、すぐに腕を掴まれて引き戻される。
 飛び込む形でレオナの腕の中に閉じ込められると包み込むように後ろに回った彼に絵画の正面に立たされる。芽唯の肩に顎を乗せ絵画を見るレオナは少しだけ芽唯に頭をこすりつけと嬉しそうに喉をごろごろと鳴らす。

「……絵と逆ですね」

 絵画の中では百獣の王に飛び乗った子ライオンの方から身を寄せているが、レオナと芽唯は真逆だ。

「案外、百獣の王も彼女が成長したら似たようなことをしてたかもしれないがな」
「そういう言い伝えがあるんですか?」
「さぁな。ただ、最期まで寄り添った彼女に対してだけは本心を見せていたんじゃねぇかとは言われてる」
「本心……」

 サバナクローの象徴であり、不屈の精神を持っていたと言われている百獣の王。群れを率いていた彼にだって心安らげる時間はきっと必要だったろう。そして、その場所が成長したあの小さなライオンの傍だったというのなら、芽唯もレオナにとってのそんな存在になりたい。いつまでも、傍にいたい。
 体に回されていたレオナの腕に触れれば、応えるように力が少し強くなる。

「やっぱり……似てるかも、ですね」
「……かもな」

 グルル、と静かに鳴らされる喉の音が耳を打つ。
 ぎゅっと強くなる腕の力は睦まじいライオン達から離れるまで緩まることはなかった。

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