鈍感プレゼント
私が扉を閉めると同時に部屋の主が何かを放り投げた。
「やる」
ぽんっとベッドの端に置かれた箱は見るからに高そうで、そんな風に扱って良いものとはとても思えない。
「あ、あの、でももらえないです! そんな、こんな、あの……」
小ぶりだが高級感漂うその箱とレオナ先輩の顔を交互に見れば「なら捨てる」と言って、拾い上げたそれをゴミ箱目掛けて振りかざす。
「まっ、待ってください!」
本気で捨てそうな勢いで、思わず腕にしがみ付けばぐっと箱を押し付けられる。
「最初から素直に受け取ればいいんだよ」
そう言って、ふっと笑うレオナ先輩から箱を受け取る。何が入っているかなんてわからないけれど私の身に余る物なことは確かだろう。こんな時、ラギー先輩が傍にいれば遠慮せずもらえばいいと特徴的な笑い声と共に私に囁くのだろうが、彼は今バイトでこの場にはいない。だから代わりに私がここにいるのだけれど。
受け取ったことに満足したのか、戸惑う私のことを完全に放置してレオナ先輩は横になると数秒後には眠りに落ちてピクリとも動かなくなる。えぇ、どうしよう……。
外箱の少し可愛らしい色合い的に女性もの、だろうか。この学校で女子は私だけだし、先輩には不要なものだということはわかる。わかる、ん、だけど……。
「何が入ってるんだろう……」
出来れば今すぐ返品してきて欲しい気持ちが強くて開けるのは憚られたが、わからないものとはそれだけで人の興味を引くもので、レオナ先輩が私に何を贈ろうと思ったのか……。興味がないと言えば嘘になる。
思い返せば「バイトがあるから放課後レオナさんのお世話係を代わってほしい」と頼み込んできたラギー先輩はどこかニヤニヤとしていた気もする。もしかしたらレオナ先輩がこれを用意していたのを知っていたのかもしれない。渡す機会を作れとかなんとか言われたんだろう。また嵌められたんだ。
嵌められたなんて言い方が悪いかもしれないけどこの二人はいつもこうだから仕方ない。決して私にマイナスになることではない、というかプラスになることばっかりで申し訳なくなる。与えられるばかりで堂々としていられるほど私は図太くない。
「……困ります先輩。私、何もないんです。本当に何も……」
見返りが欲しいわけではない……と思う。私なんかでも贈れるものをレオナ先輩が自力で手にいれられないわけがないし。そもそも、王子様が欲しがるものなんて彼がマジフト大会の時に叫んでいたような王座以外に想像つかない。
「レオナ先輩……本当に寝ちゃったんですか?」
横になったまま動かない彼の傍、ベッドに少しだけ乗り上げて背後から彼を静かに揺らす。しなやかな筋肉で作られたその身体に触れるのはまだ少しだけ緊張するが、初めのころに比べれば随分と慣れてきていた。
昼食を共にして、レオナ先輩がいつのまにか眠りに落ちる。予鈴に耳は反応するのに瞼をぴくりとも動かさないレオナ先輩をもう何度無理やり起こして授業に送り出したかわからない。
今だって私の声に耳が反応してぴくぴく動き、煩わしそうに動くのに、逆にそこ以外はなんの反応も示さないのだから困ってしまう。
「もう……」
レオナ先輩の身体を揺すっているのとは反対の手で握りしめたままの箱は困り果てた私を笑うかのように部屋に差し込む日差しを浴びてブランド名であろう刻印をキラキラと輝かせていた。
◇◆◇
「それで迷子の子供みたいな顔でうちにやってきた、ってわけか」
肩を揺らしながら笑うトレイ先輩がケーキを差し出せばエースとデュースが慣れた手つきでとりわける。
困った時のハーツラビュル頼み。……というか、グリムを預けていたので自然と寮に赴いた私を見るなりに「どうした?」とトレイ先輩が問いかけてくれて、そのまま軽いお茶会の準備が始まってしまった。
「別にタダでもらえるなら深く考える必要なくない? ラッキー、って思って素直にお礼言って受けとりゃいいじゃん」
「それは……」
私の目の前にケーキを差し出しながらそう言って首を傾げたエースは「また難しく考えてるな?」と眉間にしわを少し寄せて自分の席に戻る。
「けどメイは一方的にもらうのが嫌なんだろう?」
「うん……。いつもお世話になってるのに、さらに何かもらうなんて申し訳なくて」
悩みの原因になってる箱を配膳されたケーキの隣にそっと置いて少しため息を吐く。問いかけてくれたデュースも少し困ったように眉尻を下げて笑う。
「僕もエースと同じ意見だけどな」
「えっそうなの?」
「だって普段からメイはキングスカラー先輩の食事係って仕事を立派にしてるだろ? もしかしたらそのお礼かもしれないし」
「うーん……」
てっきりデュースは自分と同じ意見だと思っていたので意外だった。母子家庭という境遇も似ているし、出来る限りお母さんに迷惑をかけたくないという考えも似ている。
そんな彼なら、普段からお世話になっている相手に一方的に良くしてもらうことに感じる居心地の悪さに共感してくれると思っていた。
「……メイはレオナのことをどう思ってるんだ?」
「レオナ先輩のこと、ですか?」
私たちにケーキを食べ始めるよう促しながら、ようやく自分も席に着いたトレイ先輩は正面に座った私の顔をじっと見つめる。傍らでとっくに食べ始めていたグリムがふがふがとケーキをかきこみながら、まるで授業のように手を上げる。
「オレ様の子分をこき使ってるやつ!」
「はいはーい! 何様俺様レオナ様!」
「ちょっと、二人とも……!」
グリムと同じように私より先に答えたエースにトレイ先輩は苦笑すると、もう一度私の顔をじっと見つめる。
「……意味もなく施しをする人とは思いません。なにかしらの意図があるんじゃないかなって。でも何も言ってくれなくて」
そもそもでこの学園の生徒で自分に利益がないことをする人がいるんだろうか。
オクタヴィネル程とは言わないけれど、基本的には何事にも対価が求められる。別にそれ自体は悪いことじゃない。お互いに気分のいい関係を築くには平等であるべきだし、何かを得るには同等の対価が必要なのは世の摂理だもの。
「なるほどな……」
ふむ、と唇で弧を描いたトレイ先輩は「ならこれは?」と自分の目の前にあるケーキをフォークで指す。
「確かに片付けは手伝ってもらおうと思っているが、別にそれ以上のことをお前たちに求めたりはしない。俺が作りたくて作ったものを『美味い』って食べてくれるなら十分満足なんだ」
「オレ様いくらでも食ってやるぞ!」
「ふっ、あぁそれは助かるよ。なんでもない日用の試作だとか、息抜きに作ったはいいものの、全部自分で消費しきるなんて無理な話だからな」
食べ物につられて喜ぶグリムを横目に見ながらトレイ先輩の問いかけの意味を考えて首をかしげる。
同じようにエースとデュースも二人を見つめては首を傾げた。
「つまり、オレらが今食ってるケーキはトレイ先輩的には消費してもらえて逆に自分がラッキー……って話?」
「でもメイへのプレゼントはキングスカラー先輩がやりたいことをして手に入れた物ってわけじゃないだろう?」
二人の視線が自然と箱へと注がれる。女性ものであろうそれが、偶然レオナ先輩の所にたどり着く経緯は私も想像できない。
もしかしたらレオナ先輩本人の意志ではなく、ご家族の誰かから……といったものかもしれないけれど、それだとレオナ先輩は本当にゴミ箱に捨ててラギー先輩の懐を暖めることになる気がする。
「察しが悪いなぁ……。レオナの苦労が目に浮かぶよ」
苦笑したトレイ先輩は既に最後の一口を食べ終えていて、優雅に紅茶で喉を潤す。
「なら中身に焦点を当てて考えてみたらどうだ? 男が女の子にアクセサリーを贈る意味」
「……あー」
「お、エースは気づいたか?」
きゅっと眉間にしわを寄せたエースが少し濁った声を出す。濁点の付きそうな声を出した本人は後頭部をがしがしとかくと居心地が悪そうに視線を往復させた後「なるほどね」と面白くなさそうに肩を竦ませた。
「エースはわかったの?」
彼の顔を覗き込むように覗えば、ぎゅっとさらに眉間の皴が深くなる。
「お前がなんかのお礼か、前払いの報酬かも〜なんて言うからわかんなくなったんだからな」
「えっ、私がいけないの⁉」
肺の底から吐き出すように深くため息を吐いたエースはケーキをフォークで突き刺すと、大きく口を広げて一口で半分を食べきっては私を睨みつける。
「鈍感」
「えぇ〜……」
「デュースと同レベ」
「僕っ⁉」
それはちょっと……と言いかけて、なんだかデュースへの悪口みたいで口を閉じる。
きゅっと口を結ぶ私をジト目で見るエース、戸惑うデュース。そして気にすることなく私の分までケーキを食べ始めたグリムを見守りながら笑うトレイ先輩の声が談話室に響いていた。
◇◆◇
諦めて開けた箱の中には小ぶりの可愛らしいネックレスが入っていた。
けれど、正直言って私はこれに合わせる服を持ち合わせていない。異世界に来てしまった私が持っているのは制服と友人たちからお下がりでもらった……つまり男性物、もしくはユニセックスで男女区別なく着れるデザインのものだけ。
この世界のブランドはわからないけれど、レオナ先輩が選ぶような品と組み合わせても違和感のない衣類は残念ながらない。
「それでアタシに縋ったってわけ? 随分頼りにしてくれてるのね」
ため息を吐いた、というよりは呆れたように息を吐きだしたヴィル先輩を訊ねたのは翌日の放課後だった。
昨日、ハーツラビュル寮から帰宅してメッセージアプリを起動した私は諦めてヴィル先輩に連絡を取った。もちろん、開封したてのネックレスの画像を添えて。
すると、何を問いかけるでもなく『明日来なさい』とだけ返ってきて、今に至るのだけれど……。
「鈍感」
出来の悪い我が子を見るような……。いや、可哀そうなものを見るような……。そんな、少し例えるのは難しい表情で私を見つめたヴィル先輩はまた深くため息を吐く。
どこからそんなに息が出るのかと問いたくなるくらい長いため息にとても居心地が悪くなる。思わず居住まいを正せば向けられていた視線がギロリと鋭くなった。
「まず聞くけど、アンタはどうしたいの? 迷惑だと思っているなら『こんな物もらっても困る』ってちゃんと言葉にしてつき返しなさい」
「それは……」
困ってる。それは間違いじゃない。……けれど、それだけじゃない。だからもっと困ってる。
「うれしい、とも思ってます」
大好きな人からプレゼントをもらって嫌だなんて思うわけがない。経緯はわからないけれど、もしかしたらレオナ先輩が私のことを考えて選んでくれたのかもしれない。
「でも、もらう理由もなければ、返せるお礼も本当になくて」
「……お礼、ねぇ?」
片眉だけを器用に上げたヴィル先輩は目を眇め、不満そうに私を見る。
「ホント困った子……。アンタ、いつもグリムを大層かわいがっているけど、それに対して見返りを求めてるの?」
「見返りなんてそんな! 私はただグリムにこの生活を楽しんでもらいたくて……」
あの子が嫌がりつつも学校に通って大魔法士って夢を追いかける姿を見るのがすごく好き。ツナが大好きで、それを使った料理を喜んで食べてくれるのを見ると、学園長からもらったお小遣いのやりくりをもっと頑張ろうって思える。ただ喜んでくれるだけで十分。
「あっ」
私が小さく声を漏らすとヴィル先輩が肩を竦める。
「……その、レオナ先輩も同じって……言いたいんですか?」
そんなまさか。なんて否定したいけど、絶対に怒られるから言えない。
「鈍感」
「でも、だって……」
少し唇を噛むとすぐに「やめなさい」と注意される。
「『でも』も『だって』もなし。アンタのその思考を普段なら咎める気はないけど、この件だけは別」
「で……っ」
思わずまた言いそうになって慌てて自分の口を手でふさぐとヴィル先輩は今日何度目かわからないため息を吐く。
「アンタが自分の気持ちをアイツに隠すのは別に構わないわ。異世界人というどうにもならない事情があるのも理解している」
ヴィル先輩は私の素直な気持ちを知っている数少ない人。
自分の世界とレオナ先輩を天秤にかけてずっとふらふらしているのを見守ってくれている。
初めて話した時「アンタこのアタシを誰だと思ってるの?」と不愉快そうに顔を歪められたのがすごく懐かしい。私が話そうと決意した時には既にヴィル先輩は私の気持ちに気づいていたらしい。
今のヴィル先輩はその時を思い出させる表情で私を見ている。
「だからってただ見て見ぬふりをするのは自分の為にもならないからやめなさい。その気がないならさっきも言った通りハッキリ迷惑だって今すぐ言いに行きなさい」
「あの、あっ……あの……」
でも、を禁止されると言葉が出てこなくて、それこそハッキリとした言葉を返せないまま私はうつむいてしまう。膝に置いた両の手でスカートの端をキュッと握りしめる。
私が何かを言いたいことだけはわかったからか、ヴィル先輩は一度そこで言葉を区切って何も言わなくなってしまった。
どうにか勇気を出して視線を上げれば、彼はずっと真っ直ぐな目で私を見ていた。
「え、っと……。どうしたらいいかわからないんです」
本当に、わからない。
「うれしいです。本当はもらった時にすぐに開けて、身につけて、お礼を言うべきだったのかもしれないです。……それだけでレオナ先輩は満足してくれたのかもしれないです」
仮に私がレオナ先輩の立場ならすごく喜ぶと思う。私が選んで、私が似合うと思ったものを喜んで受け取ってくれて、あまつさえ本当につけてくれたんだもの。
もしレオナ先輩もそうだとして、私はそれに応えていいのかがわからない。
「……難しく考えすぎるのはアンタの悪い癖ね」
ふぅと息を吐いたヴィル先輩は肩を竦めると表情が柔らかくなる。まだ眉間にしわは寄ったままだけれど、しょうがないと笑みを浮かべているようにも見える。
「アタシが呼びだした理由はわかってる?」
「……この件を怒るため?」
「違う」
間髪入れずに否定され、首を横に振ったヴィル先輩は頭痛をこらえるように額に手を当てる。
「アンタの思考がトンチンカンなのはいつものことでしょ。ぐるぐる無駄に悩んで、楽しそうでなによりだわ」
「うっ……」
別に楽しくないです。と否定したらもっと怒られそうで口を噤む。
「アタシはね、レオナに頼まれたのよ」
「レオナ先輩に……?」
「アンタそれに合わせれる服なんて持ってないでしょう? 当然レオナもそんなのわかってるわよ」
「あっ……」
そうだ。レオナ先輩がそんな簡単なことに気づいてないわけがない。
「どうせアイツのことだから何も言わずに押し付けたんでしょ。きっとこうなることすらお見通しね。アンタ揶揄われてる自覚はある?」
「……なかったです」
もしかして、私がぐるぐると悩み続けるのをわかった上でやったってこと?
この小さな小さな箱を渡されてから、頭の中がずっとレオナ先輩で埋め尽くされてるのも計算の内?
恐る恐るヴィル先輩の顔を覗くように彼を見れば、綺麗な笑みをこちらに向けていて。それが少し困ったようにも見えた気がして私は首をかしげる。
「レオナの事になると急に視野が狭くなるんだから……。アンタは素直に受け取ってお礼を言って、もらったものを正しく使えばそれでいいのよ」
「正しくって……」
あぁ、だからトレイ先輩もエースも理由がわかった人は呆れた目で私を見ていたのか。
「あの……ヴィル先輩」
「なに」
「頑張ってレオナ先輩には自分で連絡するので、これに似合う服を選んでもらえませんか?」
鞄からスマホを取り出して、メッセージアプリからレオナ先輩の名前を探す。
なんて打ったらいいのかは、まだちょっとわからないけれど。伝えたいことは決まってる。
◇◆◇
休日の朝。まだ出かけるのにはほんの少し早いけれど、準備をし始めるにはちょうどいい時間。
エースたちと過ごすと言い出したグリムを送り出してから自分の部屋に戻る。
最近やっと使い慣れたと感じ始めたクローゼットを開けて、見慣れぬ服に袖を通す。
棚の上にもらったままの形で置いてあったネックレスを取り出して身につければ、それだけで胸が高鳴りだす。
心臓を抑えるように胸に手を当て、おかしくないかと何度か小振りのそれに触れては確認する。
当然ながら変なところなんてない。びっくりするくらい自分にも、アクセサリーにも、すべてに対して「似合っている」の言葉以外、当てはまるものはない。
なにせあのヴィル・シェーンハイトが選んでくれたんだもの。
彼が動いてくれた理由は私のお願いだからなのか、元からレオナ先輩に頼まれていたからなのかはわからない。
けれど、その名に恥じない最高のプロデュースをしてくれたヴィル先輩のおかげで、鏡の中の私はレオナ先輩が贈ってくれたアクセサリーに似合う女の子になれた。
もし自分だけでどうにかしようとしていたら似合うはずもない友人たちのお下がりと合わせるか、制服の下にこっそりつける……くらいの楽しみ方しかできなかっただろう。
「メイ、彼が来たよ」
「はーい!」
扉越しにゴーストの知らせを受けた私は、最後にもう一度前髪を整えてから部屋を出る。
玄関が少し遠く感じるのはレオナ先輩にこの姿を見せるのが待ち遠しいから?それとも早く会いたいから?
わからない。わからないけど、足がすごく軽くて、まるで弾むよう。
「お待たせしました」
ギィっといつも通りのさび付いた音。
太陽を背負ったレオナ先輩の顔は良く見えないけれど、口角が上がったのだけは見えた。
「似合ってるじゃねぇか」
それは何に対してなのか。問いかけようと思ってすぐに口を閉じる。だって、結局は全部レオナ先輩の掌の上だったんだもの。
直接渡されたネックレスも。ヴィル先輩が選んだ服も。今私が身につけているものは、全部レオナ先輩が贈ってくれたと言っていい。
好きな人がくれた素敵なものを身に纏って、私がすべきことはただ一つ。
「ありがとうございます。今日のおでかけ楽しみです」
彼の隣で素直に笑う。ただ、それだけ。