かわいいの話


 大きなあくびをこぼしながらレオナは目の前の温もりを抱きしめた。

「ふふ、くすぐったい」

 軽く抵抗するように芽唯は身体を捩じるが本気の抵抗ではない。彼女が動いたことで都合よく顎を乗せやすい位置に来た肩に迷わず飛びつけば、くすぐったそうにもう何度か身じろぐ。

「もう、だめだってば」
「構ってくれよ」
「明日も朝早いって言ったの誰ですか?」
「……俺」
「ほらー寝ましょうよ」

 ようやく振り向いてレオナを視界に入れた芽唯は口では早く寝るように促しているが、身体に回した手に添えられた彼女のそれの動きからは違う意志が感じられる。ゆっくりとレオナの腕を滑って、筋張った掌を沿うように。レオナの指と指の間にそこに収めるべきだったと言わんばかりに自然に自分の指を絡める。

「……寝たくない?」
「んなわけねぇだろ」
「うん。レオナさん寝るの大好きだもんね」

 自分で聞いておいて芽唯はくすくすと笑い、ぐるりと器用に寝返りを打ってレオナと向き合う。
 そのまま胸に飛び込んできた自分よりも小さな身体を正面から抱きしめたレオナは深く息を吐いた。
 疲れは溜まっている。瞼を閉じたらすぐにでも寝てしまいそうだ。
 けれど、睡眠を取る以上にこの女が足りない。
 吐いたのと同じくらい息を吸う。吸って、吐いて。同じもので洗っているはずなのに少し違う香りを堪能する。
 時折ふふっと漏れる声はくすぐったいのか、レオナの行動自体に対してなのかはわからない。
 嫌、ではないのだろう。芽唯から回された腕の力は彼女なりにかなり力を入れている時のそれだ。彼女も求めてくれていると思っていいはず。

「レオナさんかわいい」
「…………」

 付き合い始めて、どれくらいの頃からだったろうか。
 芽唯はふとした瞬間、今の言葉をレオナにぶつけるようになった。
 彼女は本気で自分よりも大きく、力もあり、睨めば大抵の相手は怯ませられ、気難しく恐ろしいと陰口を使用人にすら言われた男に「かわいい」と心の底から言う。
 確かにどこぞのゴーストの姫に耳や尻尾がキュートだと言われたことはあるが、あれは獣人属の身体的な特徴に対してであり、芽唯はレオナの内面やらを全部含めて「かわいい」と称するので少し毛色が違う。
 結婚してからますますその機会は増え、特にベッドの上でこうしてただ抱き合っていると口癖のように言っている。
 なんだか子供扱いされているような……彼女の母性と呼ぶべき部分に何かが触れているのかもしれない。
 それが少し悔しくて、頭のてっぺんにめがけて顎をぐりぐりと押し付けてやれば腕の中で小さな悲鳴が上がる。

「あっ、も〜! 上からはずるい!」
「悔しかったら腕の中から抜け出してみろ」
「ん〜、それはイヤ」

 結局機嫌よくレオナに擦りついた芽唯はお前こそ寝る気分じゃなくなったのでは?と問いかけたいほどんふふっと笑みをこぼして楽しそうだ。
 不思議なもので、こうして身体を密着させていても所謂“そういう気分”になることはない。
 もちろん、芽唯のすべてを堪能する日もあるが、少なくとも今日は違う。抱きしめて、笑って、相手の存在を感じるだけで疲れが取れるし気分も良くなる。

「ふっ……」
「あ、笑った」

 よかった〜と少しレオナから離れ、少し力が緩んだ隙をついてレオナの頭を自分の胸元に抱き寄せた芽唯の口からはやはり「かわいい」が一緒にこぼれる。

「今日はかっこいいは売り切れか?」
「お仕事中ずっとかっこよかったから。今はかわいいでいいんです」
「なんだそりゃ?」

 仕事と言っても今日はただ真顔で国民の前に立ち、彼らと共に兄・ファレナの言葉を聞いているだけだった。……もちろん、話はほとんど聞き流した。
 形式ばったくだらない式典はこの国にいくつかある。そのどれもが主役は王か、もしくはその子供か。第二王子であるレオナはファレナが主役の席に着いた以上、脇を飾る花のような存在にすぎないのに出席義務というものはどうしても存在する。

「退屈そうな顔はしてたけど、式典ちゃんと出て偉いなー。かっこいいなーってずっと隣で思ってましたよ」

 かつてのレオナであればチェカの誕生式典のようにサボるのだが、芽唯と一緒になった今は話が違う。
 レオナの評価は芽唯に、芽唯の評価はレオナに繋がる。王家に連なる者であり続ける以上、それは避けられない。

「お義姉さんもレオナさんが式典にいるなんて偉いって褒めてたんですから」
「そうかよ」
「だからかな。お仕事中はあんなにかっこよかった人が今はこんなにかわいいなんて〜ってぎゅってしたくなっちゃうの」
「どこがかわいいんだよ」
「甘えてくるとこ」

 ぐっとレオナの眉間にしわが寄る。ベッドの上に寝転がった状態で、背丈が関係ないとはいえ、彼女の胸に抱き寄せられているのは確かにかっこいいとは少し遠いかもしれない。
 けれど、やはり好きな女にはかっこいいと言われたいのが男心だ。
 今ならグリムが自分はネコじゃないと嫌がる気持ちが少しだけわかりそうな気がする。

「じゃあ、せいぜいそのかわいいレオナさんを甘やかしてくれよ」
「えぇ? うーん……えっと、どうしたら……?」
「お前が考えろ」
「えー⁉」

 困り果て、眉を下げた芽唯はとりあえずそのままレオナをもう少しぎゅっと抱きしめる。
 レオナはもちろんそれに抵抗することなく、彼女の柔らかい胸に顔を埋める。自然と喉がごろごろと鳴る。
 後はどうしたらいいのだろう。そんな内容が頭上でぽろぽろと呟かれて、けれど彼女が動くことはない。
 うーんうーんと唸る声が愛おしくて、たったそれだけのことでレオナの心は癒されることに彼女は気づいていないだろう。
 先ほどまでの芽唯と同じようにくつくつと喉を鳴らすように笑うレオナはゆっくりと目を閉じた。

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