鈍感プレゼントSideL
「……困ります先輩。私、何もないんです。本当に何も……」
少し震えた声が耳を打つ。だが、知らぬふりを決め込んで黙っていれば、もう一言二言発し、何度か俺の身体を揺すっては諦めたのか。メイが部屋から去っていく。
彼女の気配が遠ざかるのを待って起き上がった俺は枕元に放置していたスマホを手に取りヴィルに連絡を入れる。
あいつが俺からの依頼を素直に引き受けるとは思えないが、そこにメイが絡むなら話は別だ。あいつはメイを贔屓にしている。もちろん、それが恋愛感情ならタダじゃすまないが、ヴィルがメイに向けている感情は違う。
どうして断言できるのかと問われれば、本人から直接『アンタに睨まれるようなことはしていない。むしろ感謝して欲しいくらいだわ』と憎たらしい顔で言われたからだ。あの時のあいつのツラをメイに見せてやりたいくらいだ。
メイに『あいつはお前を一種の娯楽にしてる』と伝えてやろうか?……いや、もしかしたらメイは気づいた上であいつを楽しませているのかもしれない。
鈍感なようで察しが良く、その喉笛に今か今かと噛みつこうとしている獣を見て見ぬふりをしている。それがメイという人間だ。
「目を背けるのは勝手だが、俺は俺のやり方で狩りを進めさせてもらうからな」
この俺から逃げられると思っているならせいぜい足掻けばいい。
「アンタのお姫さまからも連絡来たわよ。アンタにしてはなかなかいい趣味の贈るじゃない。あの子にきっと似合うわ」
「当たり前だろ」
「随分な自信ね。それなのに服はアタシに選ばせていいの?」
退屈な授業をどこでサボるか考えながら歩いていると正面から歩いてきたヴィルがスマホを片手に声をかけてくる。
画面に映っているのは恐らくメイとのやりとりだろう。贈ったネックレスらしき画像が見える。
「俺から直接なにもかも与えたらあいつの性格じゃ萎縮するだけだ」
「まあ、それはそうね」
確かに、全身を自分好みに着飾らせるのは悪くない。
だが、メイの性格を考えるとあいつはそれを喜びはしないだろう。なにせアレ一つだけでも昨日のような反応だ。全身となれば本気で突き返される可能性も少なくない。
「今日あの子と会う約束をしたわ。アンタの指示に従うわけじゃないけど、何点かアタシがピックアップした中からあの子自身に選ばせる」
「あぁ」
「アンタの趣味に合うかはわからないけど、その確認はしなくていいのね?」
「構わねぇよ。今後も機会は何度もある」
「まったく……。アタシの立場で言うのも変だけど、自分のモノになる前提で動いてるのがむかつくわ。あの子が諦めたり、自分の世界に帰るかもって微塵も思ってないの?」
目を眇め、呆れた表情でこちらを見やるヴィルはため息を吐く。
「例えそうなったとしても、俺が狙った獲物を狩り損ねるわけないだろ」
「はぁ……聞いたアタシがバカだった」
二度もため息を吐いたヴィルが「可哀想に」と呟く声と俺の笑いだけが魔法で声を閉じ込めた人気のない廊下に響いた。
◇◆◇
部屋の中をうろちょろと駆け回るラギーがちらちらと窺うようにこちらを見る。
「何か言いたげだな」
「あー、っと……折角お膳立てしたんスから、メイくんへのプレゼント作戦が成功したのかな〜とか気になっちゃったり?」
とぼけたように笑うラギーはわざとらしく首をかしげると最後の服をチェストにしまうと近くの椅子を引っ張ってベッドの真横に陣取る。
成功はしている。あいつが部屋に来た時点で九割その役目は果たしているのだから。
メイは受け取ろうが受け取るまいが、俺から贈りものをされることに対してどう足掻いても悩むことになる。
好意なのか善意なのか。……もちろん、この学園に後者が存在するかの議論は置いておく。
あいつが俺を『自分にそういった意識がある存在』と認識するということが重要であり、その先はすべて付属品にしか過ぎない。
「ずっと不思議なんスけど、レオナさんは自分からメイくんに付き合おうってアプローチする気はないんスか?」
「ない」
「それがわかんないんスよね。自分を意識させることはするし、既に自分のモノみたいに振舞うくせに肝心な決め手を打たないなんて」
みたい、じゃない。あれは既に俺のモノだ。
「あいつから言ってくるのを待ってる」
「そりゃまたなんで?」
狩りというのは確実に成功できるその瞬間まで息をひそめておくものだ。
まだか、まだかと焦れてくる心を抑え、獲物が油断しきるその瞬間までぐっと我慢する。
「お前も知っての通り、異世界だなんだと抱えてる問題が多いのがメイだ」
ヴィルも言っていたとおり、
ならば、まず恋人という関係になることをあいつに選ばせる。
己の感情に目を背け続けているメイを無理やり振り向かせることは簡単だ。俺の事が好きなのだろうと捕まえて、素直に頷くまで離さなければいい。
まあ、俺も同じ気持ちなのだということからも目を逸らし、気づかないふりを続けているあいつは困った顔でただ呻くだろうが。
「俺から迫って恋人になったところで、お得意の『でも』『だって』と足掻かれる」
「『でもレオナ先輩は王子様だから』『だって元の世界に帰るから』とかメイくんなら言いそう」
「だが、あいつから関係を望んだのならいざとなれば『でも』も『だって』も俺に言う権利がある」
「あー……」
あいつが俺を捨ててまで元の世界に帰りたいと望んだ時に「でも好きだと言ってきたのはお前の方だ」と言える権利は待つことでしか得られない。己に戻る世界があることを理解しながら、それでもお前が自ら俺の手を取ったのだと。それとも最初から捨てるつもりだったのか?そう彼女に突きつけることができる。
契約も願いも、望んだ方の立場が弱い。たとえ恋人という対等な立場でも、メイの抱えた問題を考えれば後々優位に働く方法を取るべきだ。
ぐらぐらと天秤のように心を揺らし続けているなら、俺の方に傾くように罪悪感だろうがなんだろうが、乗せられるものは無理やりにでも乗せてやればいい。
「えげつねぇ……」
「なんか言ったか?」
「いや、なーんも!」
昼間ヴィルがあいつに同情した時と同じような表情をしたラギーが目を逸らす。だが、すぐに笑みを浮かべると特徴的な笑い声をあげる。
「そういう方がレオナさんっぽいってオレは思うッス! なーるほどね〜」
納得したように数度頷いたラギーは「流石はライオンの狩りッスね」とこぼしながら立ち上がると背を向けて部屋を出ていく。
ようやく静かになったことに安堵し、天井を見上げれば自然と思い浮かぶのはメイの顔。
昼食の時、昨日のことを話題にしてくるかと思ったが彼女はいつも通り。手料理を振舞い、雑談をし、俺が眠る意思を示せば空気を読んで、ただ黙って本を読むなり己の時間を過ごしていた。
違うとすれば授業だからと腰を上げた彼女を見送る時、最後に少しだけ振り返り照れくさそうに笑っていた。今はその笑みが脳裏に浮かんでいる。
「……ったく」
振り回しているのは結局どちらなのだろうか。
マジフト大会の後、俺が断ち切ったはずの関係をあいつは難なく修繕した。
今も贈り物をすることで無理やり意識させているはずの俺の方があいつのことばかり考えている。
俺にここまでの感情を植え付けたくせに。俺の気持ちに気づいているだろうに。目を逸らし続けるメイの方が残酷じゃねぇか。
「ん……?」
少しずつ微睡み始めていた意識を覚醒させるようにスマホから受信音が鳴る。
通知に表示された短い一文だけで、メッセージアプリを起動させる前から俺の口元は自然と緩む。
『今度のお休み、一緒に麓町まで出かけませんか?』
さて、どう返事をしてやろうか──。