大注目の彼氏サマ


 何気なく入った店の一角。どこにでもある子供向けのぬいぐるみコーナー。
 いつものレオナなら立ち寄りもしない。もちろん、店自体に。
 だけど、今日のレオナはいつもと少し違う。
 なにせ最愛の少女を連れているのだ。彼女が店に入ればレオナも続く。
 立ち止まったなら一緒に棚だって見上げて、興味もない商品に少しだけ情熱を傾けてみようと意識だってしてみせる。
 要はレオナは彼女に特別甘かった。他の誰に聞いても頷く周知の事実。
 手放したくない唯一無二の存在の為ならなんでもすると誓った男は今日も彼女に従順だ。

「あの、レオナ先輩……」
「欲しいもんでもあったのか」

 二度、三度と棚の商品を上から下まで見てみても良さはさっぱりわからず、少し困った所に#名前#がおずおずと声をかけてきた。
 助け舟だと言わんばかりにつまらない棚から愛しい彼女に視線を移せば、何故か#名前#は自分の方が困っていると言わんばかりに眉をハの字にさせている。

「えっと……ですね」

 ぷつぷつと途切れる言葉。歯切れの悪さはいつものことだ。この少女は遠慮しがちで、恋人になった今でも時折己の顔色を伺ってくる。
 別にレオナは人の手におえない猛獣でもなければ、突然噛みついたりもしてこない。それが可愛い彼女なら尚のこと。……いや、彼女故に少しばかり齧ってしまいたい衝動に駆られることがないと言ったら嘘になるが、それはそれ、これはこれ。
 理性という名のブレーキは今のところは優秀だ。

「なんと言いますか……先輩と一緒に入ったのは失敗だったかな、なんて」
「はぁ?」

 目を泳がせながら何を言い出すのかと思えば。自分と入ったのは失敗だった?
 まるで自分を厄介者のように言うくせに頬を赤らめた#名前#にレオナは首を傾げる。
 失敗、ミス、後悔。つまるところ悪手と言っているはずなのに、鮮やかな薔薇色に染まるのは何故なのか。
 引き寄せられるまま#名前#の頬に手を伸ばしたところでレオナは漸く彼女の言葉の意味を理解する。
 決して#名前#がきっかけではない。彼女の説明は的を得ず、ヒントにすらなりはしない。
 亀のように首を引っ込め、恥ずかしがる#名前#は「み、みんな見てるからっ!」と小声でレオナを非難した。

 そう、みんなが見ている。

 レオナが#名前#の頬に優しく触れた瞬間、店内の女性客が色めき立った。
 ざわついたと言うよりは悲鳴に近かったそれはイヤでもレオナの耳に届く。手で抑え、隠しているつもりだろうが獣人の前では無意味に近い。

「……なるほどな」

 気づいているぞ、とこちらからも視線を送ってやっても良かったが、どうせ何をしても注目を逸らすことなどできないだろう。
 視線が向けられていることは店に入った時から知っていた。だが、レオナからしてみれば注目を浴びるなど日常茶飯事であまり気にしていなかった。
 寮長として部長として、そして第二王子として常に誰かしらの視線を感じて生きてきた。
 けれど今向けられているのはその時に向けられるどれとも違っていてむず痒い。

「レオナ先輩、かっこいいから。こんなお店ダメ……でしたね」
「どう、いう意味だよ」

 かっこいい。
 ストレートに褒められて思わず尻尾がピンと伸びる。
 #名前#は状況説明のために言ったのだろうが、無意識に溢れる言葉ほど素直なものはない。
 動揺と興奮を隠しきれないまま、少し詰まった相槌を打って続きを促す。

「だって、ここ女性向けのお店だし……。可愛い小物やぬいぐるみの中心に男の人が居たらそれだけで目立っちゃう。それに……」

 ちらちらと、棚の向こうにいるであろう女性客達に意識を向けた#名前#は口籠る。きゅっと結ばれた唇が完全にその意思を無くしてしまう前に滑らかな頬を数度撫で上げる。
 くすぐったそうに身を捩る#名前#は「もう……」と拳を握り少し怒ったような素振りをみせるが、緩んだ顔が喜んでいるなによりの証拠だ。

「それに、なんだよ」
「……彼女連れ、ってなったらあの子より私の方が……ってきっとなる……から」
「あァ……」

 なるほどな。合点のいったレオナはあくまでも#名前#にだけ聞こえるよう小さく声を漏らす。
 女という生き物は、いやヒトという生き物は実に面倒臭い。なんの根拠も無しに相手には自分が相応しいと押しの強い者にレオナは多少覚えがあった。
 勝手にそんなことの対象にされた側は「誰がお前なんか」と間違いなく思うだろう。レオナだってもちろんそうだ。
 いつもなら手を差し出せば頬をすり寄せてくる#名前#が若干逃げ腰なのが気に食わない。
 恐らく周囲から向けられる嫉妬のせいだ。オンボロ寮なんて過酷な場所で、学園唯一の女生徒という特殊な立場で一癖も二癖もある生徒達と渡り歩いているというのに、強気な態度も妙なところで頑なな一面も、堂々と胸を張れば良い場面に限って引っ込んでしまう。

「なら、なんだ。譲ってくれと頭でも下げられればお前は俺の隣を去るっていうのか?」
「そ、そんなこと絶対しません!」

 むにっと柔らかい頬を軽く摘めば#名前#が憤る。
 あくまでも小さな声は店内BGMにかき消され、他の客には聞こえてはいないだろう。

「へえ?」
「レオナ先輩は私の……だもん。羨ましいってみんなに思われるのは嬉しいけど……」
「だったら、ご自慢の彼氏サマの隣で堂々としてりゃいいだろ。俺だって見た目だけで寄ってくる女なんて願い下げだ」

 頬から首筋を指先で撫で、そのまま腕を辿って彼女の手を取る。
 絡めるように指を間に滑り込ませれば#名前#のそれもレオナの指の間にするりと納まる。

「視線がちくちく痛いです」
「そりゃ注目浴びてる中イチャついてりゃ、おまえの言うみんなが興奮して熱い視線を送ってくれるだろうからなァ」
「わかってて触ってきたくせに……」
「イヤだったのか?」
「そう、じゃないです……けど」

 お互い棚に向き合ったままだが#名前#の視線が泳ぐのがわかる。
 言葉では逃げられないと悟ったのか、深く息を吐いて#名前#は何かを振り払うように首を振っては諦めたように物色を再開した。
 そんな#名前#の赤らんだ頬に気分が上がる。どうも彼女は居心地の悪さを感じてるようだがレオナは逆だ。
 見たいならいくらでも見ればいい。お前らがいくら羨んでも自分の隣は彼女のモノで、そんな#名前#もレオナのモノだ。
 無意識に動きそうになる尻尾を彼女の足に絡めて、ほんの僅かに身を寄せる。

「せ、先輩。ちょっと……」
「別にいいだろ」

 ピタリとくっついて二人の隙間はどんどんなくなり、動きづらいが構うことなくレオナは距離を詰める。
 片手だけで棚を漁る#名前#はやりづらそうだが、おかげで視線の数は減ってきた。残っているのは野次馬根性丸出しの嫉妬ですらないもののみだ。
 自分の方が、と自己評価の高い者だろうと獲物が目の前でわかりやすく自分以外への執着心を丸出しにしてれば早々に諦める。
 #名前#は不服そうだったが、過剰なスキンシップもある意味彼女のためだった。

「恥ずかしいならとっとと見ろよ」
「う、ウインドウショッピングくらいゆっくりしたいです」
「そりゃ大注目のかっこいい彼氏が居て残念だったな。諦めろ」
「うぅ……」

 かっこいい、かっこいい、……かっこいい。
 見目を称賛されるなんて別にどうでもいい。
 けれどレオナの頭の中ではその言葉が#名前#の声で反響していた。

「なんかレオナ先輩機嫌よくないですか?」
「さあなァ……くくっ」
「絶対ご機嫌だ……。レオナ先輩もやっぱモテると嬉しいんですね」
「そういうことにしといてやるよ」
「……?」

 首を傾げて自分を見上げる#名前#の視線を顎で棚に促すと、緩む口角を隠すことなくレオナはその頭部を目を細めて見下ろした。

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