願いを込めた忘れ物


 観覧車、麓の街とは違った建物、大きな球体にウィッシュ・アポン・ア・スターに登場する親切なキツネと温厚なネコの像。そして誰もがスターになれるステージ。
 幻の遊園地プレイフルランド。SNSで誰もが声を揃えて「最高の遊園地」と語っているのがよくわかる。

しかし、それは表向きの顔に過ぎなかった。
 陽が沈み、そろそろ帰ろうと来た道を引き返した一行は既に罠に嵌められていた。
 堅く閉ざされた門。それどころか、遊園地は実は船になっていて、賢者の島から遠く離れた海上にいつのまにか移動していた。脱出不可能の園内では特殊な魔法で一人また一人と脱落していき、捕まった檻の中で完全な人形になるのをただ待つだけ。
 全員がフェローと魔法の前に敗北し万事休すかと思われたが、理不尽な上司に鬱憤が溜まっていたフェローの裏切りによりなんとかギリギリのところで解放された一行はあるものは安堵し、あるものは不満を零し、そして獅子は恋人の元へ駆け寄った。



「立てるか」

 最初に脱落した芽唯は魔法が解けた今もまるで足が木になっている気がして中々立ち上がれないでいた。
 檻の中に留まっていると先に動き始めていたレオナが扉を開け手を差し伸べてくる。

「もう本当にダメかと思いました」
「オレ様もこのまま売られちまうのかと思ったんだゾ」

 手を取りながら苦笑で返せばグリムと一緒に引き上げられる。動けなくなるどころか、声も出せなくなっていた恐怖が今になって襲い掛かり、レオナの胸に縋りつけば何度か頭を優しく撫でられる。

「だから言ったろ。キツネなんて信用するなってな」
「おいおい、その信用ならないキツネのおかげで助かったんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」

 レオナの背後から声をかけてきたフェローは日中見せていた紳士のような態度が嘘のように、目を吊り上げ口角も大きく上げてにやりと笑う。
 腕の中の芽唯を守るように抱きしめたまま振り向いたレオナが彼を睨めばばちばちと芽唯の頭上で火花が散る。
物理的にではないが、傍から見れば音を立ててもおかしくないほど緊迫した空気が流れだす。

「あ、あのフェローさんはもう上司に従うのをやめたんですよね。だから開放してくれたんですよね」
「そうさ、そしてこの遊園地を一緒に破壊して欲しい。手伝ってくれりゃあ賢者の島に帰してやるってんだから悪い話じゃないだろう?」

 何度説明されても耳を疑うような内容にレオナを見上げれば、今日何度目かわからないため息が零れる。

「信用ならねぇんだゾ」

 芽唯の足元でグリムがフェローを睨むが彼は「ファーッハッハッハ!」と笑うだけで気に留めない。
 どうしたものかと決めかねているのは皆同じで全員フェローを警戒するだけで彼の言葉に頷きはしなかった。けれど、結局は最後まで残って戦ったエース・オルト・カリムがフェローの提案に乗ると言うので一日を過ごした遊園地を破壊することになった。
 一同の信用を得るため真っ先にフェローとギデルは遊園地の破壊を始め、その様子を見ていた生徒たちが次々に得意魔法をあちこちにぶつけ始める。
 もちろんレオナのユニーク魔法は破壊するのにはうってつけで、砂に変わる建物を見てフェローは少し前まで敵に回していた男の力に冷や汗をかいていた。

「メイくんは随分お強い学者さんを恋人に選んだようで……」
「ふふ、レオナ先輩が注意書きの看板を見落としてなかったら危なかったですね」

 フェローの元までたどり着いたメンバーにレオナが残っていれば、きっと一時休戦して手を組むなんてことはなかっただろう。

「おい、メイ。何をのんきに談笑してやがる。危ねぇだろ」

 レオナは芽唯を腕の中に引きこむと誰かの魔法で崩れ始めた建物を砂にする。

「別にいいじゃないですか。フェローさんはもう危ない人じゃないですよ? 教えてくれた施設は本当に素敵なところだったし」

 フェローに勧められてレオナと二人で一緒に行った場所は日中でもダイヤのように輝く星々を見上げられる本当にロマンチックな施設だった。
 お土産には学園の星送りで使った願い星によく似たマスコットが付いたストラップをレオナとお揃いで購入させてもらった。
 願いを込めると効果があるとかないとか、遊園地のお土産にそんな効果があるかは疑問だが、レオナと一緒に想いを込めて買ったことに意味がある。レオナはどう思っているか知らないが、芽唯の中では既にこのストラップは大切な宝物だ。
そして、確かに酷い目にも合ったが、どれだけこの遊園地が恐ろしい場所だったとしても、そんな素敵な思い出が作れたことには変わりない。
 ポケットから取り出したマスコットが外灯の光を反射して煌めくが、すぐに誰かの打った魔法が外灯をへし折り光源を失ってしまう。

「あ、もうっ」

 誰が打ったのかと確かめようと振り向いた芽唯を見ていたフェローがくつくつ笑って芽唯からストラップを取り上げる。

「灯りがなくてもこいつはこうしてやればだな……」

 フェローは手袋を外して両手でマスコット部分を包み込むと星型のそれは形に恥じない輝きを放ちだす。

「わっ……」

 柔らかく優しい光はどこか温かさすら覚えるもので、そっと芽唯の掌の上に返されてもキラキラとまるで本物の星のように瞬いた。

「それにも魔法がかけられてるのか」
「ご名答! つってもちゃちな魔法だ。熱に反応して光るって単純なもんだが、そのうち効果がなくなってただのガラクタになっちまう」

 芽唯の手元を覗き込んだレオナは自身の分をポケットから出すと同じように手袋を外して熱を移す。
 光り始めたそれをころりと転がすように芽唯の手に乗せれば二つの星が芽唯の手の上で瞬くが、いつかこれが見られなくなってしまうと思うと少し寂しい。

「……んな顔しなくても単純な魔法だ。効果が切れたら俺がまたかけてやる」
「できるんですか?」
「お前、俺を誰だと思ってる」
「よかった……!」

 大事な二つの星を抱きしめるように胸元に抱えれば、フェローが意外だと言わんばかりに肩を竦めた。

「レオナくんは随分と恋人にお優しいもんだ。星が光ったところで腹が膨れるわけでもないのに」
「ロマンチックだなんだと勧めてきた奴がそれを言うのか?」
「あれは仕事の一環なんでね。管理人をやめた今の俺はただのフェロー。ロマンだけじゃ何もならないことを知ってるにがーい世界で生きてる悲しいキツネさ」

 そう言って杖を振るとフェローはこれまでの鬱憤をぶつけるように壁に向かって魔法を放つ。

「だが、自由を手に入れた!」

 彼が脆くした個所をギデルがハンマーで砕くと二人は愉快そうに互いを見て笑ってまた次を壊す。晴れ晴れしいその笑みは確かに遊園地の管理人として働いていた時とは違い、心の底からのものに見えた。

「そして今の俺には夢もある! 途方もなくて叶いそうにもないデカい夢だが追いかけるのが醍醐味ってもんだろ」

 一瞬驚きつつも頷くギデルと一緒に遊園地の破壊を続けるフェローはロマンを否定したのと同じ口で夢を語る。
 思わずレオナと芽唯が顔を見合わせれば「ファーハッハッハ!」とフェローの笑い声が響く。

「フェローさん逞しいですね……」
「転んでもただじゃ起きねぇタイプだな」
「なんだかラギー先輩と似てますね。二人が組んだら凄そう」
「やめろ、想像させるな」

 額に手を当て眉間にしわを寄せたレオナは既に想像してしまったのだろう。
 嫌な想像を振り払うように顔を横に振ったレオナは芽唯の手からストラップを拾い上げるとポケットにしまう。芽唯も同じようにポケットにしまってレオナの後ろをついて歩く。
 次々と壊される施設の破片や誰かが放った魔法がどこから飛んでくるかわからないが、レオナの傍に居れば危険なんてものはないのと同義だ。
 芽唯の横を通り過ぎるようにさらさらと何かが砂になって地面に落ちる。その向こうでグリムが火を吐き芝生が燃える。

「幻の遊園地プレイフルランド……本当に幻になっちゃいますね」

 もう誰も二度と訪れることが出来ない遊園地。まさか学生たちによって壊されたなんて遊びに行くことを夢見ていた人は誰も思わないだろう。

「こんな場所ない方が良いだろ。あいつらに会うのももうこりごりだ」

 肩を竦めながら暴れるフェローとギデルを冷めた目で見つめたレオナも憂さ晴らしをするように遊園地の破壊を楽しみ続けた。

◇◆◇

 プレイフルランドから無事に帰宅し、いつもの日常に戻った芽唯はあの一日が夢のように感じることもあった。
 けれど、オンボロ寮ではお土産に買ったストラップが輝いている。残念なことに揃いの片割れはもうどこにもないのだが。
 やっとの思いで学園に帰ってきた翌日、レオナが気まずそうに目を逸らしながら謝罪と共に「失くした」と小さな声で呟いた。恐らくはどこかでポケットから転がり落ちてしまったのだろう。
 あれだけ暴れていたのだから仕方がないと笑ってみせたがお揃いがいいと強請った自分よりもレオナの方がショックが大きそうで少し可哀想だった。
 今もソファに横向きに寝転がってくつろぎながら芽唯のストラップを握りしめては光らせている。

「レオナ先輩、お茶でも……」

 コンコン、コンコン。玄関を叩く音が響く。
 キッチンに向かうため立ち上がりかけていた芽唯は「見てきますね」とだけ声をかけ談話室を出る。

「あ?」

 少し反応が遅れたレオナが身体を起こすのを視界の端に捉えながら玄関に向かうとノック音は鳴りやんでいた。大体この時間の訪問は宅配ゴーストか遊びに来た誰かしらなのだがいつもは開けるまで扉を叩き続けるというのに珍しい。
 大人しく扉の前で待っているのだろうか。芽唯はゆっくりと玄関を押し開ける。

「どちらさまですか……?」
「こんにちは、素敵な学者のお嬢さん。どうかこのフェローをお屋敷に入れていただけませんか?」
「フェローさん……⁉」

 ギギギギ、と音を立てて開いた扉の向こう。最初に視界に入ってきたのは鮮やかな青。大きな耳、そして尻尾。瞼を縁取る派手なグリーンは相変わらず。芽唯に名を呼ばれたフェローは綺麗なお辞儀を終わらせ顔を上げるとにやりと笑う。

「立派なお屋敷に住んでいて実に羨ましい! オンボロだと聞いていましたがとんだ謙遜じゃあありませんか!」
「ど、どうしてここに! というか……どうやって⁉」

 確か学園は結界だのなんだの部外者が安易に入れない構造になっていたはず。いくらなんでもそれを避けて入れるような伝手がフェローにあるとは考えられない。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返す芽唯を見つめてにやりと笑ったままだったフェローは片目を眇める。

「ったく、相変わらずのんきだな。ここは悲鳴を上げて逃げるなり他の奴に連絡するなり、相応の対応ってもんがあるだろ」
「や、でも……」

 おともだち、というにはやや難があるが知らない人ではない。かといって安心も出来ないのだが、とことん犯罪者扱いを出来るかと言えば答えはノーだ。
 たじろぐ芽唯にため息を零したフェローはスンッと鼻を鳴らすと「いるんだろ、ライオンの王子サマ」と芽唯の肩越しに声をかける。

「ふざけるなよテメェ。どの面下げてきやがった」
「わっ」

 急に後ろから伸びてきた腕にギュッと身体を抱きしめられる。
 その体温はよく知っているもので、特に慌てることなく腕の中に納まった芽唯は顔を上げて自分を抱きしめた人物を見上げる。

「レオナ先輩……」
「お前は『誰か確認してから開けろ』って俺に何度言わせるつもりだ」
「ご、ごめんなさい……」
「ったく……」

 不用心にも程があると玄関対応を巡って何度怒られたことだろう。

「それで? なんでテメェがここに居やがる」
「おお怖い。そんな威嚇しないでくださいよ。俺はただ元管理人としてこれくらいのサービスはしようかと遠路はるばるお客様のためにやってきただけですよ」
「サービスだァ?」

 眉間の皴を深くするレオナと反対に、にこやかな笑みを浮かべるフェロー。
 二人の間に挟まれた芽唯は両者の顔を見上げることしかできない。きょろきょろと二人に視線を交互に向けているといつからそこに居たのかギデルが隣で芽唯に向かって笑いかけていた。
 きっとフェローに隠れて見えていなかったのだろう。ギデルに小声で挨拶すれば彼は別れた時と変わらず無言だが仕草で返事をしてくれる。

「レオナくんだけなら不要だと言いそうだが、メイくんが絡むなら喜んでくれるに違いない!」

 うんうんと頷くギデルを横目に笑みを浮かべたままのフェローが懐から何かを取り出した。

「次からはお気を付けください、お客様」

 指先で摘ままれたストラップ。その先では星型のマスコットがきらりと輝く。

「あっ、それって……!」

 まさにレオナが先ほどまで談話室で弄っていたものと瓜二つ。レオナを見上げれば珍しくぱちぱちと瞬いている。
代わりに手を伸ばし、フェローからストラップを受け取った芽唯がマスコットを握りしめれば柔らかな光を放つ。

「実は皆さんを港で降ろした後、遊園地で移動中にまだ動いていた人形が落とし物だと持って来ましてね。最初はもう不要な物だと処分しようかと思いましたが、ふとお二人が大事そうに持っていたのを思い出しまして」

 目を閉じて顎に手を当てなにかを思い出す仕草をわざとらしくしたフェローは何度か頷くと片目を開けてレオナを見る。

「どこで拾ったのか問えばちょうどお二人と話していた場所だと言うじゃありませんか!」

 両手を広げ、わざとらしく大げさに振舞う仕草は管理人業を終えた今でも変わらないらしい。
 けれど、レオナと芽唯には既に正体がバレているからか。にやりと笑う姿は何かを企んでいることを隠しもしない。

「それで? 恩着せがましく持ってきて、何をさせようとしてやがる」
「とんでもない! 本当にこれはただのボランティア。こんな後々苦労しそうなお二人が本当に付き合ってるのかと半信半疑で覗きに来たなんて口が裂けても言えません!」

 肩を竦めて笑うフェローは声のトーンを落として素に戻る。

「まあ敢えて言うなら親切なキツネと温厚なネコを敬って小さな親切をしてみただけだ」

 芽唯の手の中で光る星を見つめて笑うフェローは本当にただそれだけなのだろう。ギデルもうんうんと頷いていてレオナと芽唯は思わず顔を見合わせた。
 何度か瞬きを繰り返した芽唯はレオナから視線を外してフェローを見る。

「あの、ありがとうございますフェローさん」
「いえいえ、それにどんな願いを込めたかは存じ上げませんが落し物はしっかり届けさせていただきましたよ」

 マントをひらりと広げお辞儀をするフェローと共にギデルも頭を下げる。
 元管理人のフェローは当然この小さな星に願いを込めると叶うという売り文句を知っているのだろう。己の手の中の星を見つめて笑う彼の願いを知っている芽唯は小さな願い星を指先で転がしながら口を開く。

「フェローさんも学校作り頑張ってくださいね」
「んな簡単には行かねぇだろうがな」
「ハハ、これは手厳しい。確かにまだ希望の欠片も見えちゃいないが、黙って待ってるのは性に合わないので俺ららしく頑張りますよ」

 肩を竦めたフェローは自分の傍に寄りそうギデルを見て口角を上げる。
 頑張るのは自分のためというのもあるが、信じてついてきてくれるギデルのためでもあるのだろう。

「お互い星に願いを叶えてもらおうなんて夢見た生き方は出来ないようだな」

 芽唯の手からストラップを拾い上げたレオナも少し笑って、そして大事そうに星を握りしめる。
 レオナの熱を吸って輝きだした星は確かに何の力もないが、目指す夢の後押しくらいはしてくれるに違いない。
 きらりと輝く星に目を細めながら見上げていればレオナは芽唯を抱きしめる腕の力を強めてフェローから離すと彼に向かってシッシッと手で払う。

「用が終わったならとっとと失せろ。それとも不法侵入者として通報されてぇか?」
「おお、怖い! こりゃ本気で通報される前に逃げたほうがよさそうだ。行くぞギデル」
「ちょ、レオナ先輩ったら! せっかく届けてくれたのに酷いですよ!」
「なら茶でも出してもてなせってか?」
「そうは言ってないけど……」

 答えあぐねてフェローを見れば彼は気にすることなく笑いながら背を向ける。

「はいはい、邪魔者はとっとと居なくなりますよ。じゃあメイくんお達者で」
「あっフェローさん! ギデルくん……! ……もう行っちゃった」

 逃げるようにフェローとギデルはオンボロ寮から去っていく。どこから来たのか早速道から逸れていくフェローを追いかけるのは無謀だろう。
 せめてその姿が見えなくなるまで見送った芽唯はレオナと共に談話室に戻る。そっと彼から離れ、机の上に放置された自分の分のストラップを拾い上げた芽唯が振り返れば芽唯と同じようにストラップを持ったレオナが近づいてくる。

「やっと揃いましたね」
「……だな」

 少し不服そうに、けれど満足そうに口角を上げたレオナはいつのまにか定位置になっていた場所に自分のストラップを置く。
 芽唯も自分の分をそこに置くとレオナの隣に戻って彼の腕に抱きついた。ようやく揃った二つの星を満足そうに眺めた二人はゆっくりとその場を去る。
 小さな星は熱から離れ、少しずつ輝きを失っていくがまたいつか煌めくだろう。レオナと芽唯のどちらともこの星にかけた願いを手放すことはないのだから。

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