手のひらの上で踊った夜
「やっぱりメイちゃんとレオナくんはお付き合いしてるのね……!」
「さ、サリーさん声が大きいですっ……!」
「あら、私ったらごめんなさい」
そう言って自分の口を塞いだサリーが可愛らしくふふっと笑う。
芽唯が慌てて振り向けば、その場に集まっていたメンバー……リドル、トレイ、エペル、ジャミルは声に釣られて彼女を一瞬だけ見てすぐに自分の作業に戻ろうとしたが、芽唯と目が合うと口角を上げ近付いてきた。
「なんだメイ、サリーさんに話してなかったのか?」
「そうですよミス・サリー。レオナ先輩と彼女は恋仲でとても仲が良いんです」
「素敵ね。色々とお話を聞かせてもらいたいわ……!」
トレイとリドルに声をかけられたサリーは当然二人の話題に喰いついた。
「ちょ、ちょっと……!」
慌てて止めに入ろうとした芽唯だったが、ぐいっと肩を引かれてサリーから引き離される。
「おっと、君はこっちだ」
「っ、ジャミル先輩邪魔しないでください!」
「邪魔なんてしてない、かな。聞かせてあげるくらいいいんじゃない?」
「エペルまで……!」
肩を掴まれたまま動けない芽唯は左右をジャミルとエペルに挟まれたまま、満面の笑みでトレイとリドルの言葉に耳を傾けるサリーを見守ることしかできない。
聞かれて困る話も……ないわけではないが、彼女をあそこまで喜ばせるようなエピソードが自分たちにあっただろうか。日頃学園内でも注目を浴びている自覚はあるがあまりピンとくるものは思い浮かばない。
「あぁ、そうだ……。サリーさん、実はメイもレオナ先輩にお弁当を毎日届けているんですよ」
「え、本当に⁉」
会話の切れ目を見計らってジャミルが声をかければサリーの注目がこちらに移る。
ぐいぐいと近づいてきて芽唯の手を取り握りしめるとサリーは「私たち同じね!」と嬉しそうに微笑んだ。
「同じ……、そう、ですね」
パッチワークのように身体を縫い合わせているサリーの手を引っ張ってしまわないように芽唯は少し近付くと照れたように笑う。リドルたちの視線が生暖かくむず痒いが、好きな人にお弁当を作っているのは事実であり否定する必要はない。
「彼のどこに惹かれたのかとか聞いてもいいかしら?」
「えっ」
「ふふ、冗談よ。レオナくんはとっても紳士的で素敵な男の子だって私も知ってるもの」
一瞬ドキッと心臓が跳ね上がるがくすくすと笑うサリーにからかわれたのだと悟る。
「そういえば凄かったんだよ。レオナサンがサリーサンをエスコートしたんだけどまるで王子様みたいだったんだ」
「みたい、ってレオナは正真正銘の王子だろ」
「エスコート……?」
ぐい、と前のめりになったエペルの後ろでトレイが苦笑する。
レオナがそう言われるのは特別珍しいことではないので気にならなかったが、聞き慣れないエスコートという単語に首を傾げた芽唯はサリーを見る。
「レオナくんとってもスマートにエスコートしてくれたのよ」
ぱちぱちと瞬きを繰り返した芽唯だったが、確かにレオナは普段の荒さとは裏腹に上流階級の存在であることを証明するように洗練された仕草をするシーンも多い。
「何を不思議がってるんだ。君だってフェアリーガラの時にレオナ先輩にエスコートされてただろう」
「あ、いえ……。学園には私以外女性がいないから、レオナ先輩って他の人にもするんだなぁって改めて思ってただけです」
「なんだ嫉妬か?」
「そうじゃないんですけど……」
「ははっ、そこは嫉妬したって言ってくれた方がきっとレオナは喜ぶんじゃないか?」
「……?」
ジャミルとトレイの質問に首を横に振った芽唯は最後の言葉にまた首を傾げる。
レオナの所作は美しい。客観的に女性をエスコートするレオナを見てみたかったというのが芽唯の本音だ。
日常生活でも渡したお弁当を食べる時ですら好むのは肉ばかりで偏りが酷いが食器の扱いは上品で美しい。
文字も流れるような筆跡はきっと後世に残されても恥ずかしくない。芽唯の宝物である手紙にはそんな美しい文字で彼から芽唯への愛の詰まった言葉が綴られている。
なら、レオナが女性をエスコートする場面もきっと美しいに違いない。
確かにジャミルの言う通りレオナのエスコートを自分も受けたことがある。とても歩きやすく不安がすべてなくなった。逞しい腕に絡めた手がほどけない限り、自分は最も安全な場所にいるのだと錯覚した。
けれど、あまりに近い距離に高鳴る胸や緊張が邪魔をして自分の腕を引いてくれるレオナを冷静に観察することなんてできなかった。
「見てみたかったなぁ」
ぽつりと零した言葉にやれやれと肩を竦めるジャミルたちと一緒に笑うサリーが芽唯の手を強く握った。
「ねえ、メイちゃん。私もっとあなたとお話したいわ」
◇◆◇
一日の作業を終えホールに戻ってきた一同はようやくハロウィンの準備が整いそうだと安堵と共に就寝の準備を始めていた。
本番を明日に控え、まだやることはいくつか残っているが起きてからでも十分間に合うだろう。
棺桶の蓋をずらしたレオナが手招きするので芽唯は魔女やジャックが用意してくれたブランケットを持って駆け寄る。
「そろそろ寝るぞ」
「はい」
頷いて寝床を整える芽唯は棺桶の中にまず枕を二個並べる。狭い棺桶はそれだけでぎゅうぎゅうになってしまうのだが、かえってそれがどこに頭を置いても枕から頭が落ちることがない空間を作り上げる。
どちらにしろ芽唯はレオナの腕枕なのだが、それでも一列ふかふかの枕であることは重要だ。
後は元々人体が寝そべるのを想定して作られているので横になってから二人揃ってブランケットをかぶるだけでいい。寝床が整うとコートを脱いで髪をほどき、眼帯も外したレオナが棺桶に先に入る。
「ん」
レオナが腕を広げたのを合図に芽唯もゆっくり棺桶に入るとレオナがしっかりと身体を支えてくれるので難なく二人で横になれた。他の面々も寝る準備を整え終えたのかホールの灯りが落される。
「なんだかこの寝方にも慣れてきましたね」
「こんなことに慣れたくもねぇが、何日も過ごしてりゃ自然とな」
カビ臭い、硬い、寝心地が悪いと文句ばかりだったレオナだが相変わらず一度寝てしまえばぐっすりでなかなか目を覚まさず、しかも芽唯を腕に閉じ込めたままなので先に起きた面々に呆れた顔をされていたがようやく明日は全員自分の部屋で寝れるだろう。
ハロウィンタウンで過ごす時間も悪くはないが、オンボロ寮や自分のベッドへの恋しさはなくならない。
「明日成功させて学園に帰りましょうね」
「あァ」
レオナの腕の中で芽唯が少し見上げながら言えば、レオナは頬ずりをしているのか芽唯の頭上でもぞもぞと頭を動かす。
「ふふ、くすぐったいです」
ほどかれたレオナの長い髪が頬をかすめる。大きな手が逃げるなと言わんばかりに全身にまわされ、後頭部に触れている指先は芽唯の髪を梳いて遊ぶ。
ガタガタと棺桶が揺れ、レオナの満足そうなくつくつと喉を鳴らす音と芽唯の鈴を転がしたような笑い声をかき消す。
「ちょっと、アンタたち何してるのか知らないけどいい加減にしてちょうだい! これ以上寝不足になったらどうしてくれるのよ!」
ヴィルの苛立った大きな声がホールに響いた。
ただでさえ慣れぬ環境、寝具ですらない長椅子や棺桶。初日から体の痛みを訴える者は多かったし、なにより彼にとって睡眠不足は美容の大敵。
ホールは一瞬にして静寂に支配され、目を丸くしてきょとんとレオナを見つめた芽唯は思わず眉間にぐっと皴を寄せたレオナの口を手でふさぐ。
「むぐっ……」
「ダメですよレオナ先輩、絶対舌打ちする気だったでしょ」
小声で囁くようにそう言えば、図星だったのかレオナは目を泳がせて観念したように瞳を伏せる。
幸い今の芽唯の声はヴィルには届かなかったのか「まったく……」と呆れながら彼が横になったことを知らせるようにカタコトと長椅子が動く音がした。
「もう、レオナ先輩が悪戯するから怒られちゃったじゃないですか」
「一緒になって笑ってたお前のせいでもあるだろ」
少し棺桶の蓋を閉め、声のボリュームを落として囁き合う二人はしばらく見つめ合ってから目を閉じる。
「……あァ、そういえばサリーから聞いたが随分俺のことをお褒め頂いたようで」
「えっ」
「俺としては直接伝えてもらえた方が嬉しいんだがなァ?」
思わず目を開ければ暗闇の中でもきらりと光る三日月のような弧を描いたレオナの瞳と目が合った。
二、三度瞬きをした芽唯は目を逸らすとレオナのワイシャツの裾を掴んで彼の胸元に顔を埋める。
「だって……」
「恥ずかしい、か?」
紡ごうとした言葉をレオナに取られ、黙って頷けば頭上からため息の音がする。
「それにレオナ先輩が他の人をエスコートしてる姿が見たかったなんて変に思うでしょう?」
「は?」
「え?」
問いかけにほぼ疑問符だけの返答が返ってきて思わず顔を上げればレオナは目を丸くしてこちらを見下ろしている。
あ、返事を間違えた。
芽唯がそう気づいたのはレオナの腕が腰に周り、離れられないよう体を固定されてからだった。
「あ、あの、その、なんていうか……」
慌てて取り繕うように言葉を探し出す芽唯を黙ってずっと見つめるレオナの表情は硬い。
にこりともぴくりとも動かない美貌はまるで彫刻のようで、向かい合っていると息をするのも忘れてしまいそうだ。
言い訳のいの字も出てこなかった芽唯は諦めて深呼吸を数度繰り返してから思ったことを素直に口にすることにした。
「だって……絶対かっこいいじゃないですか。エペルもすごい褒めてたんです。王子様みたいだったって」
「…………正真正銘王子なんだよ」
何度も聞いたその台詞を呆れながら紡いだ唇は芽唯の言葉をまだ待っているのか、またぴたりと閉ざされ真一文字にきゅっと結ばれる。
「レオナ先輩に腕を引いてもらったことは何度かあるけど、客観的には見られないというか、ドキドキしちゃっていつもよくわからなくなっちゃうから……」
ただ幸せだという感情と腕を引いてもらった感覚・事実だけが残って、周囲に自分たちがどう見えていたかなんてさっぱりわからない。
レオナのことだから王子様として完璧なエスコートをしてくれたに違いないが、隣を歩く自分がどうだったろうといつも思ってしまう。
幸いなことに酷評を受けたことはないので目を向けていられないほど酷い有様ではないだろうが、やはり隣を歩く相手も洗練された動きの人の方がより美しいに違いない。
「サリーさんは素敵な方だし、きっと絵になっただろうなぁって」
実年齢がどうかはわからないが、サリーは芽唯から見たら少し年上のお姉さんのような存在だった。
そんな素敵な女性をエスコートするレオナはそれこそエペルやリドルが手放しで褒めたくなるほど素敵だったはずだ。
「お前、そこは自分にだけしてほしいとかだろ」
ぐっ、と眉間にしわを寄せたレオナが大きなため息と共に首を横に振る。
どうしてお前は……、欲がない、なんでそうズレてるんだ。ぐちぐちとレオナの口から零れ落ちる言葉は独り言とも思えるほど小さくて、けれど静かなホール……しかも棺桶という狭い空間で密着している芽唯の耳にはしっかり届いた。
「嫉妬……してたらキリがないじゃないですか……」
対抗するように芽唯もぽつりと呟いた。当然レオナの頭上でぴるぴると動く可愛らしい耳が拾い損ねるはずもなく、芽唯の腰から背中を往復していた腕に力がこもる。まるで続きを促すようなその動きに芽唯はもぞもぞと身じろぎながら続きを紡ぐ。
「学園の中だけなら女の子は私しかいないけど、外に出たらレオナ先輩のことを素敵だって思う女の子なんていっぱいいます……」
それこそ麓の街に出たらレオナをちらちらと見る女の子は山ほどいる。
「ご実家でどうだったかは知らないですけど、レオナ先輩を見て素敵だなって思わない人の方が絶対おかしい」
嫌われ者の第二王子、なんて卑下する言葉は王宮のほんの一握りの狭い世界での認識だ。
少し……ちょっと……、いや、かなり意地悪だけど、優秀な魔法士としての実力もさることながら、培われた知識の多さ、頭の回転の速さ、運動神経もずば抜けていて、おまけに見目も麗しい。
「サリーさんはジャックさんって想い人がいるみたいだし、レオナ先輩のことも素敵ねって純粋に褒めてくれただけだし……それに……」
「それに?」
「……とってもお似合いねって、褒めてくれたんです」
柔らかい笑みを浮かべたサリーの声は今も耳に残っている。
サリーはレオナの行動を紳士の振る舞いとして誇るべきものであると教えてくれて、それが出来るレオナを素敵な恋人だととても褒めてくれた。
『レオナくんと思いが通じ合っててメイちゃんは幸せね。私から見ても二人がお互いを想い合ってるのが伝わってくるもの』
残念なことにサリーはジャックに片思い中らしいのだがサリーの恋だっていつか叶うに違いない。
「だから、私は嫉妬する暇があるなら素敵ね、お似合いねって言ってもらえるような子になりたいなって思いました」
「……そうかよ」
なんだか少し不満そうな声が耳に届く。
「嫉妬して欲しかったんですか?」
「別にそういう意図でした訳じゃない。が、意外な答えだと思っただけだ」
「ふふ、大丈夫ですよ。意地悪な人が相手だったら私だって対抗心くらい燃やします」
仮にレオナにエスコートされたことを自慢してくるような相手だったら違ったかもしれない。
あんな素敵な人はあなたに似合わない。そんな風に芽唯とレオナを比べて勝手な評価をする女性だったら流石の芽唯も嫉妬や怒りを覚えただろう。
けれどサリーは同性の芽唯から見ても素敵な女性で、彼女に褒められた芽唯は喜びはあっても醜い感情は一つも湧かなかった。
「あァ、そうだな。お前はサリーに俺のどこが好きかと懇切丁寧に語ってやったらしいしな」
「えっ、待ってください! サリーさんにどこまで聞いたんですか?」
「さてどうだったかな。そろそろ眠くて記憶が曖昧になってきた」
「都合よく眠くならないでください……!」
ギラギラと瞬いた瞳をわざとらしく伏せたレオナは芽唯を抱き込んで動かなくなる。
「ちょっと、先輩! レオナ先輩ってば!」
頭上で大きく息を吸い込むレオナにまるで髪の匂いを吸いこまれてるかのようでむずむずする。しかし逃げ出そうにもレオナの力に敵うはずもなく、芽唯は暴れることすらできないまま彼の胸に身を委ねることしかできない。
くつくつと喉を鳴らす笑い声が響いた後、柔らかな何かが旋毛に触れる。
「おやすみ、メイ」
ちゅ、と音を立てて離れたそれが何かすぐに察した芽唯は、耳を打つレオナの低音と頭上で起きたであろう出来事のせいで自分の顔が真っ赤になっていくのが嫌でもわかった。
「なっ、うっ……」
何も返せず狼狽えているともう一度満足そうにレオナが笑う。
「ばか……」
レオナがサリーにどこまで話を聞いたのかは結局わからずじまいだったが、素敵だと思う部分も好きな部分も一つも嘘は言っていない。
ひさしぶりに同性と話せて、お互いの好きな人のことを共有する時間を楽しみすぎてしまったのかもしれない。まさかサリーがレオナに話してしまうのも想定外だった。
今のボヤキがレオナとサリー、どちらに向けてのものだったのかは芽唯自身にもわからない。
ただ照れ隠しだったことは確かで、レオナは何も言わずにそれを察してくれたことだけはわかる。
大人の余裕が溢れる二人の掌の上で踊らされていた芽唯は熱を冷ます方法すら見失ったままレオナの胸に身を寄せると、それが正しい選択なのだと肯定するようにレオナの腕の力が強まった。