簡単な儲け話
「あれ、レオナさん?」
部活終わりに無くなっていた洗剤を買いに購買に来たラギーは商品を片手に店内を見渡していると珍しい姿を見つけて瞬いた。
あの獅子はつい先ほど別れたばかりだし、自分に財布を預けているはず。こんな所に居てもお金もないだろうに何をしているのだろうか。
「…………」
思わず声をかけてしまったがレオナはラギーの声に気づいていないようで、真剣なまなざしで棚の商品を見つめたまま動かない。
獣人属であれば誰もが己の聴力には自信があって当然彼もその一人。現に耳だけはぴくぴくと動いて音を拾っているのに意識からはシャットアウトしてしまっているようだ。
「レーオーナーさーん」
なんとなく面白くなくて近付きながら声をかければようやくレオナの意識が己に向いた。
自分を見てくるレオナを無視し隣に並び立って、逆に今度はラギーがレオナが見ていた棚に視線を向ければそこにはリボンをあしらえたヘアゴムが並んでいる。
「あー……」
一目見て状況を察したラギーは面倒な気配を察してしまい尻尾が項垂れる。余計なことに首を突っ込んでしまった。
「メイくんにッスか」
けれど後戻りなどできはしない。仕方なくそう問いながらレオナを見れば、彼は口をへの字にさせてまたリボンに向き合った。
「…………」
無言は肯定。違うのであれば否定するはず。
何か二人の記念日だったろうか。
いや、そうでなくてもレオナは彼女に何かにつけてプレゼントを贈っている。
アクセサリーに始まり、服、ブランケット、高級フルーツ、分厚い肉、ツナ缶……は彼女の親分にだが、両手でも数えきれないほどなのは確か。
別にレオナに貢ぎ癖があるわけではない。彼女が置かれている環境が劣悪すぎるのと、彼女の力ではそれを改善できないのと、当の本人はその状況を受け入れてるものの時折その苦労がにじみ出るほど疲弊している時がある。
ラギーはオンボロ寮の錆びついた門を直させられたことがあるし、レオナ自身も彼女が頻繁に使う部屋には隙間風が入ってこないよう魔法で修理をしたと聞いたことがある。
知らない世界、不慣れな環境、知り合ったばかりの頃彼女が定期的に微熱を出したり体調を崩していたのを思い返せば好いている相手に対しての行動としてレオナの行いはきっと何も間違っていない。
そして恋人となった今、その行動が加速しても芽唯本人が嫌と言わなければ他人が口を出すほどのことでもないだろう。
「レオナさん……?」
だが、隣に立つ獅子は無言でリボンを見つめたまま動かない。
何を悩んでいるのかわからないまま時間だけが過ぎていく。
「あーっと、これとか似合うんじゃないッスか?」
何気なくレオナが見つめている色……サマーグリーンのリボンを手に取ればレオナは首を横に振る。
「その色はもう持ってる」
「……そ、ッスか」
ずっと無言だったレオナになんとか切り出した話の腰を一刀両断されたラギーはすぐに元の場所にリボンを戻す。
ならなんで見てたんだよ!という怒りは隅に置いておき、次の色を持ち上げてはレオナに否定されるのを繰り返す。
「もしかしてここにある色全部贈ってるんじゃないッスか?」
ふと芽生えた疑問を口にすればレオナの動きが止まる。ああ、当たりだなと確信したラギーは大げさにため息をつく。なんて無駄な時間だったんだろう。
「ならリボンは最初からプレゼントの選択肢から外すべきでしょ。なにやってるんスか?」
「別に」
何度目かの短い返事にラギーは項垂れる。今更レオナを残して去るのも憚られる、というより後で何を言われるかわかったもんじゃない。
現状わかっているのはレオナがなにかしらを芽唯に贈ろうとしているが品物が決まらないということだけだがどうすべきだろう。
「……運動着の時に使ってる髪留めが壊れたんだと」
「へ?」
「メイが昼飯の時に言ってたんだよ。……アイツ、髪留めに関してはこだわりがあるだろ」
彼女の髪を彩る鮮やかな色が脳裏に浮かぶ。
「アクセサリーなんかは『そんな高いモノ受け取れない』だとか言って断られるが、この類は嬉々として受け取る。……なら、買ってやりたいと思うだろ」
「そういうもんなんスかねぇ。オレ、彼女いないんでわかんないッス」
芽唯の気持ちもレオナの気持ちもわからなくてラギーは肩を竦める。
もし自分が芽唯の立場なら貰えるものはなんでも嬉しいし、髪留めが壊れたと言われても「直そうか」とは思うが「買ってあげよう」と思うかはよくわからなかった。
ラギーの返事にレオナも肩を竦めて今度は別の棚を見る。けれど、どれもしっくり来ないのかすぐに別の棚に移ってしまう。
ふらふらと店内を彷徨い始めたレオナを見ていたラギーはふとレオナの後頭部で揺れる金と赤に目が行った。
「あっ!」
「あァ?」
大きな声に当然レオナが不快そうに振り向いてラギーを睨むが、そんなことを気にせずラギーはレオナに駆け寄った。
「思い出したんス! メイくん前に『レオナ先輩の髪留め可愛いですよね』って言ってたんスよ!」
「髪留め……ってこれのことか」
「そうそう!」
レオナは己の髪をまとめていた髪留めを外して掌の上に乗せてじっと見つめる。
まさか自分が身に着けているものに芽唯が興味を示していたとは思ってもなかったのだろう。何度かぱちぱちと瞬いて乗せている手の指先で握りしめるように弄ると「そうか」と一言零す。
「……お前はそれだけ買いに来たのか」
「そッスよ。洗剤なきゃ今日のこの泥汚れすら落とせないッス」
「……、他に買いたいものがあれば好きに買え。俺の財布は持ってるだろ。釣りも持ってけ」
「マジッスか⁉」
「あァ、俺は働きに対して褒美は出すからな」
それだけ言って少し口角を上げたレオナは購買部から何も買わずに去っていく。
けれどその背中は満足そうで、ラギーの助言……と言えるかは微妙だが、髪留めに関する話がお気に召したのは確かだろう。
「よくわかんないけどラッキー! 足りなかったもんぜーんぶ買って帰ろっと。あ、サムさんこの洗剤もう3箱くらい欲しいんスけど、あと……」
シシシ、と特徴的な笑い声と共にラギーは店の奥へと駈け出し店主を呼ぶ。
あれもこれもと買い足して、両手いっぱいに袋を抱えたラギーは満ち足りた気分で寮へと戻った。
◇◆◇
「一年は飛行術かぁ……」
魔法薬学室への移動中、箒を片手に運動場を目指す一年生たちを横目に廊下を進んでいたラギーはすっかり見慣れた少女がいつもと違う髪留めを付けているのが目に入って足を止める。
「メイくん!」
片手を上げて大きな声で呼べば芽唯がすぐに振り返る。
一緒に居た一年生二人をおまけに駆け寄ってきた芽唯は「ラギー先輩こんにちは!」と笑みを浮かべた。
「どうもッス。髪留め新しくしたんスか?」
事情を知っているのにわざとらしくそう問えば、照れくさそうに頬を染めた芽唯は何度か頷く。
「実はこの間壊れちゃって。でも、その話をしたらレオナ先輩がお揃いの髪留めをくれたんです!」
「へぇ、よかったッスね」
あくまで何も知らないのを装って彼女が後ろを向いて見せてくる髪留めをまじまじと見る。丁寧に編み込まれた髪をレオナが運動時に使っているのと同じ金と赤の髪留めが束ねている。
「ラギー先輩聞いてくださいよ。メイってば運動着に着替えるたびにずーっとこの話するんスよ」
「よっぽど嬉しかったのかずっと触ってるしな」
「なら普段も使えばいいじゃんって言うと『これは運動の時だけなの!』とかわけわかんない拘りあるしさぁ」
トランプ兵二人は彼女の惚気に辟易しているのか忌々しそうに髪留めを見つめてはため息を零す。
まあ確かにエースの言うことはもっともだし、何度も話されれば嫌にもなって来るだろう。
「別にいいんじゃないッスか。メイくんが嬉しいなら贈った本人も満足でしょ」
だが自分はこの髪留めを贈ればいいという情報で得した立場だ。たったこれだけのことで丸儲けできた。
彼女が喜べば喜ぶほどレオナは喜ぶし、レオナの機嫌が良くなるきっかけを作った自分にはそれに見合った利益がある。辟易している二人には悪いが惚気話の被害者になってもらうしかない。
「シシシ、良く似合ってるッスね」
「ありがとうございます……!」
頬を染め、レオナとのお揃いを喜ぶ少女のおかげで甘い汁を吸うことに成功したラギーは芽唯と同じ満面の笑みで返した。