美粧の街編01


「わあ……! すごいかっこいいです……!」

 仕立ての良い黒のスーツはシンプルながら上品な色合い。合わせた少し色味の違う黒ワイシャツの襟元には目立ちすぎない細かな金色の刺繍がされていて、レオナさんが嫌がるネクタイをしていなくても見栄えが良く、仮に上着を脱いでも地味になりすぎないデザインになっている。

「お前、何を着てもすぐ褒めるじゃねぇか。参考にならねぇぞ」
「だってレオナさんがかっこいいから、何着ても似合っちゃう……」
「へえへえ、お褒め頂き光栄ですよマイレディ。だがお前が褒めるもん全部買ってたら王宮にクローゼットがいくらあっても足りねぇよ」

 そう言ってレオナさんは試着室の中に戻ってしまう。
 ──花の街を後にした私たちは同じ輝石の国にある美粧の街を訪れていた。そう、学生時代に一緒に行こうと約束をしたあの場所に。

「メイ様、レオナ様にはこちらも似合うと思うのですが如何なさいますか」
「これも素敵ですね……!」

 当然、というべきか。どこのお店もふらりと立ち寄ったにもかかわらず、私たち夫婦にすぐ気づいて好待遇で接してくれた。
 まるでヴィル先輩に連れてきてもらった時のように専属のスタッフさんが私のふわっとしたお願いをプロの視点で再現してくれる。
 今の服もレオナさんが締め付けられることを嫌うのを考慮しつつ、フォーマルなスーツでの出席を求められた時に良いものはないかと相談したら彼女が用意してくれたものだった。
 夕焼けの草原特有の装束で出向くこともあるけれど、場所によってはそうしたものがそぐわない場合もある。そんな時に選べる「これだ!」という一着を求めて立ち寄ったお店で私たちはかれこれ数時間レオナさんを着せ替え人形状態にしていた。
 レオナさんは最初こそ面倒そうだったけれど、段々と気乗りしてきたのか出てくる度に「どうだ」と私に感想を求めては次の服に着替えてくれる。

「さて、と……」

 それからも何着か試着を繰り返し、数回目の着替えの後カーテンを開けて出てきたレオナさんは最初の服に戻っていて、持っていたスーツも「買う」と一言付けてスタッフさんに手渡した。

「次はお前の服だな」
「えっ」

 両手が開いたレオナさんは腕を組み、私を頭のてっぺんからつま先までじっくり見ると口角を上げてにやりと笑う。

「散々俺を着せ替え人形にしたんだ。お前も俺と同じ目に合ってもらうぜ」
「や、え、あっ、だ、わ、私は大丈夫です! それこそレオナさんがいーっぱい買ってくれるからお洋服屋さん顔負けのクローゼットなのレオナさんだって知ってるでしょう⁉」

 私の分はいらないと拒絶すればレオナさんはわざとらしく肩を竦めて悲しそうな顔で首を横に振る。

「おいおい、俺を甲斐性なしの旦那にするつもりか? 可愛い嫁に自分だけ服を選んでもらって、お前には何も贈らせてもらえないだなんて悲しすぎるだろう。なあ?」
「ふふ、そうおっしゃると思ってご夫婦で揃えられる品をお選びしていたんですよ」
「スタッフさんまで……⁉」

 彼女がそう言って笑うと隣にパーティードレスが何着も下げられたハンガーラックを移動させながらもう一人スタッフさんが現れる。

「ってことだ、大人しく今度はお前が着替える番だぜ」
「も〜〜〜〜っ!」

 ハンガーラックから適当に一着選んだレオナさんは私に押し当てて満足そうに頷くとその服と私を一緒に試着室に押し込める。
 カーテンが閉められてしまえば大人しく着替えるしかないだろう。着替えず出て行ったところでまた同じように押し込められるのはわかりきっている。
 今日は私の分は買わないつもりだったのにな……。
 予想外の展開に私は大きく息を吐きながら着替え始めるのだった。

◇◆◇

 何着目かわからないドレスを着てレオナさんの前に姿を見せる。

「これも悪くないな。買おう」
「またですか⁉ レオナさん本当に買いすぎ……!」
「お前に貢ぐのが趣味みたいなもんなんだ、好きにさせろよ」
「しゅっ……もう!」

 上機嫌のレオナさんは私の肩を掴んで背を向けさせると背面までしっかり確認してから頷いてスタッフさんに購入意思を告げる。
 同じように頷いたスタッフさんはハンガーラックから次のドレスを手に取ると口を開く。

「こちらも如何でしょう。先ほどメイ様が希望されて購入を決めたレオナ様用のスーツと揃いのデザインになっています」
「そうか、彼女に渡してくれ」
「かしこまりました。さあメイ様次はこちらに」
「まだあるんですか……⁉」

 それだけ私がレオナさんを着せ替えていた、ということなのだけれど……。結局レオナさんの購入分と同じくらい……ううん、それ以上の服を着せられ、買うことを決めてしまっている。

「レオナさんいくらなんでも買いすぎですよ」
「別にいいだろ。俺たちが自分で稼いだ金で買うんだから誰にも文句も言わせねぇ」
「でも……」
「俺がお前に着てほしいんだよ。その気持ちすらも迷惑だって言うのか?」
「うっ……それを言われると…………」

 学生の頃なら「それって国のお金なんですよね?」とある程度は断れた。けれど、旅費や食費と同様にここの支払いも私財から出す。つまりレオナさんからの純粋なプレゼント。
 さっきも自分で言っていたけれどレオナさんは本当に私に貢ぐのが趣味みたいで、私たちが住む離宮には買ったものを置くための専用の部屋まで用意されている。
 家にある山のような贈り物で既に物欲を満たすには十分すぎるけど、それでもレオナさんが望んでくれるなら旅の思い出と一緒に新しいお洋服を増やしてもいいかもしれないと思ってしまうのだからタチが悪い。

「今回だけですからね……」

 着てほしい、なんて言われたら断るなんてできっこない。
 上機嫌に尻尾を揺らすレオナさんは私を抱き寄せ額にキスを落とすと「早く着た姿を見せてくれ」と私が持ったままだった服を押し当ててきた。

「まっ……! もう、わかりましたよ!」

 こうして結局私たちはスタッフさんに見守られながら何着も袖を通してたくさん服を買ってしまった。
 幸い、お店から直接自宅に送ってくれるとのことでほとんど荷物は増えなかったけどあれを実際全部着終わるまでには何回パーティーにお呼ばれすればいいんだろう。

「明日は私服でも見に行くか。今日は正装だけで終わっちまったし」

 腕を絡めてクリスタル・ギャラリアを歩く私たちはお店の外観を見ながらホテルへの帰路につく。

「まだ買うつもりなんですか……⁉」
「んなに警戒すんなよ。スーツやドレスならともかく、この街で俺たち好みのもんはそんなにないだろ」
「それは……確かに、どちらかと言えばヴィル先輩が好みそうな煌びやかなものが多いかも」

 多様なブランドがあるものの、お店の扱うジャンルと趣味が合わなければ意味はない。
 美粧の街はその名にふさわしく美しさを際立たせるためのデザインの商品が多く、レオナさん好みのゆったりとした服はあまりないかもしれない。

「まあ……それならいいんですけど……。あ、そうだ。流石にもう同じデザインの物はないと思うんだけど、昔来た時にレオナさんに着てほしいなって思った服が売ってたお店があって……」

 お店の看板を見上げながら歩いてみるが学生時代……それも一年生の頃なのでどのお店だったかは流石に記憶が曖昧だ。

「お洋服だけでもこれなのにお化粧品や宝石、お菓子なんかもまだまだいっぱいあるんですよね」
「旅行なんてそんなもんだろ。今日はホテルで一旦着替えたらそのままレストランでいいんだよな」
「はい! ヴィル先輩のお父さまに会ったお店なんですけど、高級店だから買ったスーツとドレスが早速役に立ちますね」

 あの頃と違ってしっかりマナーも身に着けたから余裕をもって料理を楽しむことが出来るだろう。
 レオナさんの奥さんになるまでは本当に大変だったけど、こうした場面で緊張せずに済むようになったのはありがたい。
 住む世界が違いすぎると思っていたのに、キファジさんを始め、色々な人のおかげで私はレオナさんの隣を胸を張ってどこでも歩けるようになった。
 どこか遠い映画の世界に思えた美粧の街もレオナさんと一緒だと華やかな自分たちのためのステージのように思えてくる。

「レオナさん、美粧の街も楽しみましょうね」

 腕を絡める力を強めて抱き着けば私を見下ろしたレオナさんが微笑む。
 そんな彼の背後で揺らめく外灯がまるで彼を照らすスポットライトのようで、その眩しさに私も思わず目を細めて微笑み返した。

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