太陽のあたる場所
地平線に沈みゆく夕日。
用意された客室からの眺めは格別で、こんな綺麗な景色が実在しているのかと息を飲んだ。
いつだったか、レオナ先輩が「自然だけは売るほどある」と言っていた通り、夕焼けの草原という国は産業が盛んで環境破壊という代償を支払って発展した日本では見ることが出来ないであろう景色で溢れていた。
「まだ見てたのか」
「レオナ先輩……。なんだかもったいなくって」
一度自室に荷物を取りに行くとレオナ先輩が部屋を出ていく前から、私は激しく燃える今日という一日を照らしていた輝きから目を逸らすことができないでいた。
第一王子夫妻との晩餐までには沈みきるとは思うけれど、多少は約束の時間よりも早く移動しておくべきだろうか。
王族、という階級のある方達と接するなんて元の世界でも、こちらの世界でも一学生でしかなかった身分には無きに等しく──レオナ先輩は例外とする──何が失礼に当たるのか、想像するより他なかった。
隣に並んだレオナ先輩の横顔をちらりと盗み見る。黙ったまま、私と同じように夕日を見る彼をオレンジ色の光が照らしている。昼でも夜でもない、夕暮れだけが作り出す幻想的な空気は彼の美しさをより一層際立てた。微動だにしないその姿は、実は芸術として切り取られた絵画だと言われても納得するだろう。本当に、この美丈夫が私なんかを選んでくれたのが不思議でならない……なんて言葉にしたら怒られてしまうので言えないけれど。
「──『太陽のあたるところ全てが私たちの国だ』」
「え……?」
「この国に生まれた王族は幼いころにそう教えられる」
口ぶりから恐らく今のはレオナ先輩自身の言葉ではなく、誰かからの受け売りだと察せられる。
「私“の”国…じゃないんですね」
「国は誰のものでもない、だが守らなければならない。それが王の務めだ。そう言ってたな」
レオナ先輩の言葉をゆっくりと自分の中で咀嚼する。あぁ、だからこの国は何かに染まっているわけでもなく、雄大な景色は異世界から来た異端児である私すらも包み込むように受け入れ、今も温かく照らしてくれているのだろうか。
「……だからってわけじゃねぇが、おまえに一度この景色を見せたかった」
国を見てみないか、そうレオナ先輩に誘われたとき、正直な話よそ者であることを実感させられ、この人の隣に立つのにふさわしくないと現実を突き付けられるのではと覚悟していた。
「すごく、素敵な国……だと思います。ずっと王様が守ってきたものなんですね」
「あぁ。ま、俺がその役目を継ぐことはねぇがな」
皮肉めいた言葉に思わず先輩の顔を見る。が、以前の……オーバーブロットした時の様な暗い感情は見えず、それどころか少し晴れやかなようにも感じられる。
私の視線に気づいてこちらを見たレオナ先輩と目が合う。先輩はスッと目を細めて口角を上げた。
「ここからの景色も、昔は嫌いだったんだがなァ……」
そう区切ると腰に手を回され、引き寄せられる。大人しく胸板に頭を預けて見上げれば少し熱を持った瞳が私を見つめる。
「国は王の物だと思ってたし、王になるのは兄貴。手に入らないものを見せびらかされてるようで吐き気さえした」
「……今は好き、なんですか?」
「ってわけでもねぇが……。お前が気にいってくれれば良い、とは思ってる」
規則正しく脈打つ鼓動は穏やかで、この心音からレオナ先輩の考えが読み取れればいいのにと瞳を伏せて耳を傾ける。
今、私を包み込んでくれている優しい腕も、体温も、レオナ先輩を形作る全てはこの国で育まれた。お日様の様に暖かな国。でも、そこには第二王子であるレオナ先輩に落ちていた暗い影もあることを私は知っている。
私が傍に居ることで、レオナ先輩がこの国を好きになって、国の人々もレオナ先輩を好きになってくれればいいのに……。自分にそんな力がないことは重々承知しているけれど、少しでもこの人の幸せの為に役立てる存在で有りたい。
「好きです。私、好きですよ。お日様みたいで温かい国でした」
「……そうか」
「でも、もっと好きになりたい。だから、レオナ先輩も好きになれる国になればいいなって、そう思います」
レオナ先輩の体に腕を回して抱き着けば、腰に回っていた手が一瞬びくりと跳ね上がったものの、応えるようにもう片方の手と尻尾が私の体に巻き付いた。
甘えるように胸板に頭を擦り付ければ回った手がゆっくりと背中を撫でる。
「お前な……」
困ったように笑う先輩はそれ以上は何も言わず、ただ私を抱きしめる力を強めた。
難しい話だということは分かってる。
光があるところには影が生まれる。レオナ先輩はその影に無理やり押し込められたようなものだ。第一王子であるお兄さんが与えられるものに、どれだけ手を伸ばしても振り払われ、ユニーク魔法も恐ろしいものだと恐怖し、表面だけを見た人々はレオナ先輩自身を怖いものだと忌み嫌った。
それでもこの国が「太陽のあたるところ全てが自分たちの国だ」と、そういうのであれば、レオナ先輩にもその太陽のあたるところに居て欲しい。私の大好きな人もその温かさで包んであげてと願わずにはいられない。
「この国のこと、いっぱい教えてくださいね。もっともっと好きになったら、今度は私が先輩にこの国の良さを紹介します!」
「ばーか、なんでそうなるんだよ」
フっという笑い声と共に少し体が離れたかと思うと、大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「やっ、だめ! これからお兄さん達とご飯なんですよ!」
せっかく整えた髪はあっという間に崩れてしまった。ボロボロになった私を見てレオナ先輩は目を細め、そのままこつりと額を合わせると瞼が伏せられサマーグリーンの瞳が隠れる。
「傍にお前がいてくれるなら、どんな場所でも俺は構わねぇよ」
穏やかにそう言って微笑むレオナ先輩の横顔を照らしていた夕日が地平線の彼方へと消えていく。
入れ替わるように鳴き出した虫たちの声と、少し冷たい風を感じながら私は唇に落とされる熱に身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。