おチビさん
つんざくような赤ん坊の泣き声が屋敷内に木霊する。
慌てて駆け寄ったメイくんがその小さな体を抱き上げてゆらゆらと揺れれば『それが欲しかった』と言わんばかりにすぐ泣きやむ。彼女が来れば秒で機嫌が治るだなんて父親にそっくりだと思わず笑ってしまったオレをキョトンとした顔でメイくんが見る。
「なんだか嬉しそうですねラギー先輩」
「変なとこばっか父親に似ていくなーって思っただけッス」
「変……?」
オレの言葉に首を傾げたメイくんの腕の中で小さな獣はもうすやすやと寝息を立てている。やっぱり父親によく似ている。
「おいメイ。泣き声が聞こえたが大丈夫か?」
「あ、レオナさん。大丈夫。もうぐっすりだから」
ほら、と自分の腕の中で眠る我が子をレオナさんに見せるメイくんは写真でも撮ったらどえらい値段で売れそう……じゃない、注目を浴びそうな所謂『母性の溢れた笑み』を浮かべる。
今ここに王宮の広報担当が居たらすかさずカメラを構えていただろうし、スマホでも良いから押さえておけば高く買い取ってくれるんだろう。けれど、そんなことをすれば間違いなくレオナさんの機嫌を損ねかねない。
オレは欲求になんとか耐えてただ二人を見守るに徹する。
今更レオナさんがそんなみみっちいことでオレをクビにするなんてことは万が一にもないだろうけど、いらない波を立たせて損をするなんて絶対に嫌だ。
なんてことをオレが考えてるとも露知らず、寄り添って我が子の寝顔を見ている二人はレオナさんが赤ん坊を受け取ろうとその腕に抱いたところで動きを止める。
「どうしたんスか……?」
おしめか、それともまたぐずりそうなのか。
我が子をじっと見つめて固まる二人の視線を追えば、体はレオナさんに受け渡されているのに小さな手がメイくんの服を掴んでしまっている。
それが赤ん坊にしてはあまりにも力強く、メイくんの服がびよーんと間抜けに伸びてしまっている。
「ぷっ……ハハ! レオナさんじゃイヤみたいッスね!」
近づいて覗き込めばレオナさんは渋々メイくんの腕の中に我が子を戻す。
少しだけくしゃりと歪められていた顔が安堵の笑みを浮かべ、母親の腕の中が良いのだと静かに主張する。
「ったく……。誰に似たんだか」
「それアンタが言うんスか」
アンタだ、アンタ。そう言ってやりたいのを堪えながらもほぼ同じことをぶつければレオナさんはぎゅっと眉間にしわを寄せ目を閉じてくしゃりと顔を歪めてため息をつく。あ、ほらそっくり。
「わ、そっくり」
レオナさんを見上げて呟くメイくんの言葉がオレの脳内での呟きとぴったり重なる。
オレとメイくん、二人に見つめられたレオナさんは目を丸くして、でも何も言い返さなかった。くそ、とめんどくさそうに後頭部を雑にかきむしるとメイくんを近くの椅子に座らせた。
自分もその隣に腰を下ろすとメイくんごと抱き寄せて赤ん坊特有の柔らかい頬を優しく摘まんで遊ぶ。
「やだ、レオナさんダメ。起きちゃう」
「これくらいのことじゃ起きねぇよ。俺に似てんだろ?」
「もう……」
確かに、寝穢さがレオナさん譲りであればそれくらいのことじゃ起きないだろう。
学生時代、オレが何度この人をベッドの上から足首を掴んで引きずり落としたかなんてわからない。
「逆に気持ちよさそうッスね」
ぴるぴるとレオナさんから受け継いだライオンの耳が頭の上でもっと続けろと主張する。
「ほんとだ……」
こうして見るとどこもかしこもレオナさんそっくりで大きくなったらメイくんを賭けて争いそうだなとあまりにも濃く受け継がれた遺伝子に笑ってしまう。
その時はきっと俺らの王様は大人げなく我が子を全力で負かすんだろう。メイくんに関しては絶対に譲らない人だから。
「そういやまた昔の寮生から一目会いたいって連絡来てたッス」
「またかよ……。あいつら自分の親戚のガキと勘違いしてるんじゃねぇだろうな」
「実際そんな認識じゃないッスか? 特にレオナさん在学中の奴らは『姫さん』ってメイくん含めて慕ってたんだし、その二人の子供ってなったら可愛くてしかたがないんスよ」
第二王子であるレオナさんの子供はチェカくんほどではないにしろ国のあちこちで祝いの席が設けられたし。なによりも世界中にも誕生の知らせが響き渡った。
それを祝ってくれるのは当時の寮生だけじゃない。あの時代、一緒にナイトレイブンカレッジに通っていた名だたる人物たち。熱砂の国の大富豪、輝石の国出身のトップモデル、茨の谷の王を始め、着実に店舗を増やそうとしているどこぞの人魚や薔薇の王国のケーキ屋。本当に色々なヒトがこの小さな命の誕生を喜んでくれた。
この部屋にはそんな彼らからの贈り物がギチギチで、事前に子供部屋を用意していた親バカ……もといレオナさんの準備のよさに従者一同これほど感謝したことはなかっただろう。
「いつも通り何人か予定まとめて会わせるんで大丈夫ッスよね」
「任せる」
レオナさんに連絡を取ってもなかなか確認されないことはわかっているんだろう。
あの頃からマジカメの連絡先だって変わってないのに、……変わってないからこそあいつらはレオナさんじゃなくオレにアポを取ってくる。何年も前に卒業したってのに自分たちの王様の性格を忘れていないらしい。
「あ、エースたちも遊びに来たいって言ってました」
「それっていつもの一年生たちで?」
「はい!」
「りょーかい。そっちはジャックくん通せば全員連絡付くだろうし、合わせて予定組んでおくッス」
「ありがとうございます!」
代わる代わるいろんな国からいろんな人たちが訪ねてくる。レオナさんの屋敷が王宮とは別じゃなければこんな簡単に招き入れることは出来なかっただろう。
「ほーんと、大人気のおチビさんッスねぇ」
メイくんの腕の中で眠る小さな命に声をかければその瞼がゆっくりと持ち上げられる。
まるで大きな飴玉のように艶々でころりとしたサマーグリーンがオレを見つめて瞬いた。
「シシシッ」
なんの苦労もせずこの人気者に毎日会えるのは傍から見れば大きな特権なのかもしれない。
会いたいとせがむ奴らの顔を思い浮かべ笑うオレをレオナさんとメイくんが顔を見合わせ笑っていた。