チョコ中毒


 持ち手のついたチョコのお菓子。そう言われてあなたは何を想像しますか?
 私はもちろん、細くて、長くて、クッキーをチョコで覆ったあのお菓子。
 元の世界でどこにでも売っていたそれは、こちらの世界にも存在していた──。


「なぁ、メイの世界にはポッキーゲームってあんの?」
「あるけど……?」

 購買から戻ってきたエースは手に持っていた箱を開けると一袋差しだしてくる。
 見慣れたパッケージを受け取れば、何本か多少折れてしまっている感覚はあるけれど長さを保ったままの物の方が多そう。

「それ、やるよ。レオナ先輩とやれば?」
「や、やればってポッキーゲームを⁉」
「そ。だって今日ポッキーの日だし」

 スマホを取り出したエースはロック画面の日付を見ろと言わんばかりにこちらに向ける。
 表示された数字は全て真っ直ぐな一本線を描いて並んでる。お菓子企業が自社製品を売り込む為に制定したあの日。
 お菓子どころかそんなイベントまで自分の世界と共通だなんて不思議な気分になってしまうけれど、今はそんなことを呑気に考えている場合じゃない。
 まず、なんでエースは私にそんなことを勧めるの?
エースとお菓子を交互に見つめても答えなんて出るわけがない。けれど、私の視線はきょろきょろと動揺を隠すことなく二つの間を行き来する。

「たまには自分から恋人っぽいこと提案したほうがいいんじゃねーかなって。レオナ先輩って結構繊細なとこあるし? たまにはおまえから誘ってあげた方が喜ぶと思うんだよね」
「え、エースにそんなこと心配される必要……」

 ──ある、かもしれない……。

 正直、恥ずかしいという気持ちが先行してしまうことが多い。
 やっぱり、恋人同士でそういうのってダメなのかな……。多少は以前より素直になれているとは思うけれど、き、キスとか……そういうことを自分からする勇気は私にはない……。
レオナ先輩の方が年上だからと何かとリードしてもらいがちだけれど、エースの言う通りたまには私からも率先して誘ってみるべきなのかもしれない。
 じゃないと飽きられちゃう……、とか本で読んだ気がするし……。

「……ゲームって子供っぽいとか思われないかな」

 なんとなく、こういうのは高校生がノリでやるものというイメージが強い。
 大人っぽい、というより実際二十歳の大人なレオナ先輩からしてみれば「くだらない子供のお遊び」になってしまうのでは……?
 貰いもの片手にしょうもないことを提案して、いつも通りベッドの上で気持ちよく眠っていたレオナ先輩の気持ちを害してしまう……、というのは避けたい。

「おまえ、そうやっていつも考えすぎ。それこそ恋人なんだし、気楽に甘えられた方がレオナ先輩も喜ぶって」

 息を深く吐き出したエースは呆れたように肩を窄める。

「……なんか、今日はやけにレオナ先輩の肩を持つっていうか、先輩の目線になって語るね? どうしたの?」

 いつもは「お前らのイチャイチャに巻き込むなー」とか文句ばかりなのに、購買から戻ってきたエースはなんだか変。
 男の子が恋人にされたら喜ぶことを教えてもらえるのは助かるけれど、相手の為を思って……なんて動機でこの学園の生徒が動くとは思えない。それがいくら親しくしている友達だとしても。
 私の問いにそれまですぐに返事を返してくれていたエースが言葉に詰まった。ギギギ、と油の切れた機械のように急に動きが固くなる。
 あからさまにおかしいその反応にもう一方踏み込もうとしたが、エースは開封したばかりのポッキーを何本か口に押し込んでは雑に席に座る。籠った音が聞こえるのでもごもと動かしている口で言葉を発してはいるようだけれど何を言っているのかさっぱりわからない。

「なに? なに言ってるの?」
「んぐっ……ん、もー、いいだろ! なんでも!」

 飲み込んで空になった口の中に残りのポッキーも全部放り込んでしまったエースは再びもぐもぐと口を動かすだけになってしまった。
 それ以上追及を許さないというか、答える気はないと態度で示す友人の姿に何も言えず。渡されたポッキーを鞄にしまい込んだ私は違和感を拭えないまま放課後を迎えることになった。

◇◆◇

 いつも通りサバナクローの談話室を通り抜け、レオナ先輩の部屋を目指す。
 通い慣れたその道を通ればすれ違った寮生達が挨拶をしてくれる。すっかり私もこの寮に馴染んでしまったなぁ……。姫さん!と元気に呼びかけてくる人もいれば、ただ会釈だけをしてくれる人もいる。
 体格に恵まれた生徒が多く、体育会系の印象が強いサバナクロー。まさか私がこれからそんな人たちの寮長を捕まえてポッキーゲームを提案しようだなんて考えてるとは思わないだろう。
 誰も呼び止めてこないということはレオナ先輩は間違いなく自室にいる。彼が不在の時はどこに居る、とか待っていれば来るはずだから、とか寮生たちはみんな親切に教えてくれる。
 きっとレオナ先輩が彼らに何かしら言ってくれてるんだとは思う。もしくは群れの一員と見なされて、しかもトップで彼らを率いているレオナ先輩の彼女という立場を鑑みて優しくしてくれているのかもしれない。
 獣人達の群れという思考はいまいち馴染みがないけれど、度々会話の中に『群れ』という単語が飛び出てくるので彼らの行動で疑問に思ったことの大半はそのどちらかだろうと思うことにしている。


 何事もなく辿り着いたレオナ先輩の部屋。扉は固く閉ざされている。合鍵を渡されているので黙って入ることも出来るけれど、なんとなくノックをして扉が開くのを待つ。
 何度も訪ねているはずなのに胸がキュッと締まるのは緊張からか。ずかずかと部屋に入って何も知らないで寝ているレオナ先輩に詰め寄って「ポッキーゲームしませんか」なんて言う勇気は当然ない。
 できたら私の訪問に気付かないでいて欲しい。そうしたら「寝てるみたいなんで……」とか、それっぽいことを理由にこの場を立ち去る理由が生まれる。
 ポッキーの日は今日一日だけ。日付が変わってしまえばまた来年までお預け。
 ポッキーゲームをポッキーの日以外にしてはいけない、……なんて法律はないけれど喉元すぎれば……は別の意味だっけ。
とりあえず、過ぎ去ったことを掘り返すのはナンセンスだと私は思う。要は今日会えなかったからタイミングがなかった!と誤魔化したい。
 寮長に部長と何かと忙しいポジションの人だし毎日会えるとは限らない。……実際には会ってるんだけど。……とにかく、ポッキーの日以外に実行するのも……ね!という空気を醸し出して結果を聞こうとするであろう明日のエースのにやついた顔を黙らせたかった。
 だから、どうかレオナ先輩部屋から出てこないで……!
 思わずきゅっと鞄を握る手に力がこもる。けれど、そんな私の願いを無視して無常に扉はギィッという音を立ててゆっくりと開かれた。

「なんだよ、黙って入ってくればいいだろ」
「あぁう……ぁ……えっと……」

 やっぱり眠っていたのだろう。気怠そうに乱れた前髪をかきあげたレオナ先輩はとろんとした瞳で私を見る。扉の隙間からは彼が投げ捨てたであろう装飾や上着が床に散らばって元の場所に戻して欲しいと嘆いているのがわかる。
 欠伸を噛み殺すレオナ先輩は何も言わない私に痺れを切らしたのか、手を引っ張って部屋へと引きずり込む。
 やはり、というべきか想像以上に散らかった部屋は今日は誰も片付けに来ていないことを物語っている。

「あの、ラギー先輩は……」

 いつもならラギー先輩が手を入れて多少なり片付いているはずなのに、どうも彼が訪ねた形跡がない。

「実入りの良いバイトがどうの言ってたな」
「あぁ……」

 バイトと天秤にかけられて負けたんだ、レオナ先輩……。
 普段もバイトに部活とレオナ先輩のお世話と色々掛け持ちでこなしているラギー先輩だけれど、レオナ先輩のお世話を放り出してでもそっちに行くということはよっぽど良いバイトなんだろう。

「なら一言連絡くれればいいのに」
「あ? あいつに……」
「先輩?」
「……いや、なんでもない」

 何か言いかけたはずのレオナ先輩はかぶりを振るとぽすりとベッドに座る。こっちに来いと言わんばかりに手招きのおまけつきだけれど、それを無視してサイドテーブルに鞄を置いて散らかった洗濯物やアクセサリーを拾い上げる。

「後でラギーにやらせればいいだろ」
「そうやって後回しにするからダメなんです!」

 散らかした本人がこれだからいくら片付けてもすぐに元の姿に戻ってしまうけれど、片付けないとなんだか落ち着かないからしょうがない。

「……わかった、それが片付けばいいんだな?」
「え?」

 片付けという言葉に反応して顔を上げればレオナ先輩は面倒そうにベッドの隅に放り投げていたマジカルペンを握ると一振りする。ペン先から放たれたピクシーダストがキラキラと宙を舞ったかと思えば私が拾い上げたものも含めて勝手に動き出す。
 まるで手足が生えているかのように自分で戸棚を駆け上がり、袖は手旗信号のようにキビキビと動いて畳まれる。満員電車に乗り込むサラリーマンのようにクローゼットの隙間に飛び込む衣類がハンガーに収まるのを見届けていると気がつけば転がっていた衣類や装飾は全てあるべき場所に戻っていた。

「……一瞬で片付けられるならいつもやってくれればいいのに」
「こんなの魔力の無駄遣いだろ」

 来いよ、とマジカルペンを手放して再度の手招き。
 二度目のこれに応じなければレオナ先輩が機嫌を損ねるのは明白だ。魔法を使って片付けをしたのに恋人が冷たいのだとわざとらしく嘆き始めるレオナ先輩が脳裏にチラつく。本当はそんなこと思ってもないくせに、満足するまで離して貰えなくなる。
 甘え上手なんだか下手なんだか。そんなところも可愛いと思ってしまうのはいわゆる惚れた弱みというやつなのかな。
 大人しく近寄れば満足そうに上がる口角。大好きな人に両手を広げて迎え入れられてしまえば、その胸に飛び込んでしまうことを責められる人はいないだろう。それに、私自身もレオナ先輩の温もりに触れることは嫌いじゃない。

「それで今日は何を企んでるんだ? 扉の前でノックして待ってるなんて、やましいことがあるって言ってるようなもんだろ」
「やましいだなんて、人聞きが悪いです!」

 今日が終わるまで会いたくなかった。なんて言ったら拗ねられるだろう。別に本当に会いたくない訳じゃないし……。そもそもなんで私はエースに言われるがままポッキーゲームを先輩とやらなきゃと思っているんだろう。別に「やったよ」って口から出まかせを言えばいいだけなのに。……まあ、エース相手に私が嘘をついたところですぐばれる気がするのもあるけど……。
 じっと見つめてくるレオナ先輩。その視線から逃れるように抱き着く力を強めて胸に顔を埋めてしまえば彼から私の顔は見えなくなる。

「面倒に巻き込まれてないなら別にいいけどな」

 そう言って優しく頭を撫でてくれるレオナ先輩は編み込みをたどるように手を動かすと、髪を結んでいるリボンを慣れた手つきで解いてしまう。

「面倒事……と言えば、ある意味そうかもしれない、です」

 主に人の恋バナにつっこんでくる友人が。とは言えなくて語尾がもごもごとしてしまう。エースは私とレオナ先輩……というか私をからかうことを楽しんでいる。……相談に乗ってくれるのはとてもありがたいんだけど。

「へぇ?」

 私の態度から大した内容ではないと察したのか、もしくはその前から全て悟られているのか。
 レオナ先輩は言葉の先を促すでもなく、それだけ言うと私の解けた髪を梳き続ける。節くれだった男の人の手が流れるような手つきで髪の間を通る。時折肌に触れる温もりが心地いい。
 なんだか甘やかしモードに入ってるし、今日はこのままレオナ先輩に甘えて終えてしまってもいいんじゃないだろうか。ポッキーゲームなんてやらない恋人も多いだろうし……。
 そう思った私は向き合う体勢から身体をひねり彼を背もたれにベッドに座る。二人で過ごすとき、先輩の腕に捕まった後はこの体勢に無理やり変えることが多々あるのだけれど、レオナ先輩は文句も言わずにただ黙って顎を私の肩や頭の上に乗せてはぐりぐりと押し付けてくる。
私が何かしていれば一緒にそれを見たり、手持無沙汰な両手で悪戯してきたりと割と楽しんでいるんだとは思う。
 少しの間身じろいで位置を調整してから自分の鞄に手を伸ばす。今日は図書室でレオナ先輩も好きそうな小説を借りてきた。まぁ、先輩が好きそうと言っても読んでる途中で彼は寝てしまうのだけれど。目覚めた後に「結局どうなったんだ?」と聞かれるのは嫌いじゃない。
 途中までは目を通しているので登場人物を一から説明する必要はほとんどないし、レオナ先輩は物語自体よりは私が語る≠ニいう部分を重要視しているらしく、上手く伝わらなくても満足そうな反応を見せる。
最初の頃はどう説明したらいいのか悩むことも多かったけれど、最近は読みながらどう話すかを考えたり、より深く物語を理解しようと難しかったり、曖昧に理解していた言葉を改めて覚え直したりと勉強に繋がる部分もある。
 今日はどんなお話に出逢えるのかとワクワクしながら少し腰を上げて鞄から本を取り出す。
すると、引っかかった何かが一緒にぽろっと飛び出した。

「あ」

 日差しを反射しきらりと輝くそれは包装紙。まるで忘れることを許さないとでもいうかのようにぎざぎざのお山が「さぁ、ここから開けるんだ」と言わんばかりにこちらを向いている。
 部屋に来た当初の目的が自ら顔を出した気まずさで動けないでいるとレオナ先輩が興味なさげにそれを拾い上げる。なんでもないただのポッキーをしばらく見つめると先輩は何を言うでもなくパッケージの端を掴むと当然のように引き裂いた。
 ほとんど力を入れることなく誰にでも開けることが出来る企業の画期的な発明はレオナ先輩の手にかかると自分で開けるよりもさらに脆いものに見える。
 中から現れたポッキーは特別語ることもない一般的なチョコ味だ。持ち手になる部分が少しだけ残されていて、その他の部分は大抵の人は喜ぶ甘くて茶色いコートに包まれている。
 当然、レオナ先輩もコーティングされていない部分を指で摘まんでポッキーを持ち上げる。
本を取った姿勢のまま固まっていた私は何故か肩を掴まれ立つことを強制され、先輩自身も立ち上がった。
少し押される形で数歩後ろに下がった私と向かい合った先輩は何を思ったのかそのままポッキーを私の口へと運ぶ。
 咄嗟に反応出来なかった私はポッキーを唇の間に挟む形になり、必然的にポッキーゲームを行える状態になってしまう。ぱちくりと何度も瞳を瞬かせ、レオナ先輩の顔を見ればニヤニヤと笑みを浮かべている。
 既にポッキーからレオナ先輩の手は離されているし、両肩を先輩に抑えられていて口を開いてしまえばポッキーが落下してしまう。
 困惑から眉根が寄っているのがわかるが、レオナ先輩はそんな私を見てもただ楽しそうに笑い続けるだけだ。疑問を投げかける意味で首を傾げると急にレオナ先輩の顔が眼前に迫ってきた。

「んっ……⁉」

 驚いて息が詰まるのとククッと喉を鳴らして笑う先輩がポッキーの先端を齧るのはほぼ同時だった。カリッと小気味のいい音を立てて先輩の口の中に消えたポッキー。カリコリと連続して聞こえる咀嚼音と共にレオナ先輩の顔が少しずつ近づいてくる。

「んーっ!」

 両肩を先輩に捕まれているので逃げ出すことも出来ずに徐々に縮まっていく距離に悲鳴を上げる。くぐもった音とわざとらしい咀嚼音だけが室内に響き渡る。
 先輩が片側を食べているのだから落ちる心配もないしポッキーから口を離してしまえばいいんだろうけど、逃げることを許さないと言わんばかりに細められた瞳がこちらを見据えている。せめてもの抵抗に瞼を閉じてしまいたいが、そんなことをしてしまえば逃れるタイミングも見失ってしまう。それに、こんなに緊張している状態であの柔らかい感触が不意打ちで唇に触れたら見ている以上に驚いてひっくり返ってしまいそう。
 逃げるという選択肢が消されてる以上、不本意ながら始まってしまったポッキーゲームを続けるしかない。意を決して少しだけ自分からもポッキーを噛み砕けばレオナ先輩は一瞬瞳を見開いたものの、ますます楽しそうに目を細めて笑った。
 ドキドキと高鳴る心臓が煩すぎて段々他の音が耳に入ってこなくなる。ポッキーの長さなんて大したことないはずなのに距離が縮まらないのはお互いの食べるスピードがやけに遅いから。
 いつもキスをされる時は熱いくらい熱を持った眼差しが向けられるのに、今日は獲物をどう甚振るか狩り方を考える狩人のそれだ。
 両肩を掴んでいたはずの左手はいつの間にか腰に周り、右手は私の後頭部を押さえて逃がす気はないのだと示している。

「んんっ〜〜!」

 耐えきれなくて食べ進めるのを止めればレオナ先輩の動きも止まってしまう。
 つまり、この状態を脱するには私も自分から距離を縮めるしかないということ。すごく、すごく意地悪だ。いっそのことレオナ先輩の方からパクリと食べてくれればいいのに……!
完全に私の反応を楽しんでのことだろう。弧を描く瞳が、私の一挙一動を見逃すまいとねっとりと見つめてくる。
 元からポッキー一本分しかなかった二人の距離。目前に迫ったと言っていいレオナ先輩の胸板に両手を添えれば先輩の鼓動が手のひら越しに伝わってくる。こんな状況でも私のように早鐘を打つわけもなく、それでも平時よりは少しくらいは早い……のかな。自分の音に比べれば至って普通と言えるその音に妙な敗北感を覚えてしまう。


 ──私ばっかりこんなにドキドキしてずるい。
 ……やられっぱなしは、悔しい!


 レオナ先輩の胸に手を添えたまま、先ほどよりも大きくポッキーを食べ進める。
 動いていなかった間、じれったそうに私の腰を撫でていたレオナ先輩の左手が少しだけはねたけれど、すぐに元の位置に戻り、その唇も動きを再開する。
 また私がすぐに耐えきれなくて動きを止めると思っているのだろう。ゆっくり、じわじわと進むレオナ先輩の唇には少しだけ溶けたチョコが付いていた。多分、私もそうなってるんだろうけど。
 ぱくり、ぱくり、と数度繰り返せば唇と唇が触れ合うのなんて時間の問題。何度も繰り返すけれどポッキーの長さなんて大したものじゃない。しかも二人で両端から食べてるんだもの。レオナ先輩がどれだけゆっくり追い込むように食べようと、私の方からそこに飛び込むように大きく進めばあっという間になくなってしまう。
 わずか数センチの甘いお菓子はあと三センチ、二センチ、一センチ……。
 羞恥心より悔しさの方が勝っていた私はレオナ先輩の方から唇を寄せてくる前にポッキーごと、かぷり……とレオナ先輩のチョコのついた唇に噛みついた。
 噛むと言ってもどちらかと言えば、チョコを舐めとった言った方が近いだろうか。
ちゅうっと間抜けな音を立ててすぐに唇を離せば先ほどより大きく目を丸く見開いたレオナ先輩が目の前に。
勝った!浮かれた私は笑みを浮かべてそう口にしようとした。けれど、未だに後頭部に添えられていたレオナ先輩の手をすっかり忘れていたのがよくなかった。
不意を突いたことで一瞬緩んだからほんの少し離れられただけで、私は完全にレオナ先輩の腕の中と言っても過言ではない。
言葉を発すれば触れ合ってしまうであろう程度にしか離れていなかった私達は彼の右手によってあっという間に距離を失う。おまけに腰に添えてあった手が背中に回ってしまえば私は身動きすら取れやしない。

「んっ〜〜!」

 仕返しだと言わんばかりに唇を甘噛みされては舐められる。
 何度も何度もリップ音を立てながら離れる唇から時折覗く舌が熱い。

「甘ぇ……」

 ぽつりと呟いたレオナ先輩の唇だって十分甘い。……甘かった。
 ちろちろと私の唇を舐めていた舌は繰り返し続けられるキスに耐えられなくなり緩んだ隙間から口腔内へ入り込む。
 口の中なんてもっと甘いだろうに、レオナ先輩の唇は離れることはなく。それどころか舌は蹂躙するように私の中で好き勝手暴れまわっては私の舌をも絡めとる。
 お菓子にでもなってしまったかのように、レオナ先輩もとっても甘い。
 私の方からもその甘さを追いかけるように舌を絡み返せばレオナ先輩の抱きしめる力が強まった。
 二人の間に挟まれた私の手に伝わる心音はどちらのモノかはもうわからない。
 お互いの甘さに酔ってしまったかのように何度もキスを繰り返して、一体何が甘いのかもわからない。鼓動だって混ざってしまった。
 一つだけわかるのは、きっとレオナ先輩だって私と同じくらいドキドキしてくれたってことだけだった。



 結局、ポッキーゲームをしたのは最初の一本だけ。
 あの後すっかりキスに夢中になってしまった私達は時間も忘れて唇を重ね続けた。
 チョコレートには中毒性があると聞いたことがあるけれど、今回はそのせいだと思いたい。……普段も先輩は割とキスをよくしてくるけど。多分そう。きっとそう。キスにまで中毒性があったら身が持たない気がするもん。
 甘い雰囲気を残したままベッドに二人腰かけて残ったポッキーを見つめるけれど、流石にもう食べようとは思わなかった。……甘いのはもう十分。

「なんだよ、まだ足りないのか」
「ち、違います!」

 じっと袋を見つめているとわざとらしくチロりと舌なめずりをするレオナ先輩が私の顔を覗き込む。本当に意地悪なんだから……!

「残っちゃったの、どうしよっかなって。もうポッキーゲームはおしまいでしょ?」
「別に俺はしてもいいぜ?」
「私はもういいです!」

 食べたい気分ではなかったけど変なことになる前に早く食べちゃおう。ぱっと持ち上げると袋の中に指を入れ先端を掴んで口に運ぶ。小袋入りのお菓子なんて食べ始めてしまえばあっという間になくなるものだ。

「…………うぅ」
「どうしたんだよ、顔真っ赤だぜ」
「なん、なんでもないです……っ」

 甘い味が口の中に広がって、それはもちろんさっきまで味わっていたものと同じなわけで。……レオナ先輩とのキスをどうしても思い出してしまう。
 ちまちまと食べ進めていればレオナ先輩の手が伸びてきて、袋の中からポッキーを一本取っていく。
 パキッと先ほどの食べ方が嘘のように大胆に折られたポッキーはあっという間に先輩の口の中に消えてはまた次の物が運ばれる。
 甘いもの好きだったかな?と凝視していれば、なんだかいまいちぱっとしない表情で飲み込んだ。

「物足りねぇ……」
「そんなに甘いものお好きでしたっけ……?」

 レオナ先輩が進んでチョコをこんなに食べるのを初めて見た気がする。
 つまらなそうに最後の一本を手に取ったレオナ先輩は黙って首を横に振るともう片方の手で私をゆっくりベッドへと押し倒す。

「せ、先輩……?」

 ……嫌な予感がする。
 馬乗りに私の上へと覆い被さるレオナ先輩から逃げるようにずりずりと後ろ手で下がっていけば枕元へと追い込まれる。逃げ場を失った私が大人しく枕へ頭を預ければ片手にポッキーを持ったままのレオナ先輩がニヤリと笑う。──あぁ、デジャブ。

「やっぱこうじゃねぇと、なァ?」

 イヤイヤと首を横に捻っても、唇の間にゆっくりとポッキーが差し込まれる。
 再びポッキーを咥えることになってしまった私は先輩の「物足りない」という言葉の意味をここでようやく理解した。

「二回戦目と行こうぜ?」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 

 もう、私がレオナ先輩の前にポッキーを差し出すことは二度とないだろう。

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