貴方によく似たぬいぐるみ


 丁度目線の高さ。戸棚の中段を陣取ったそれと目が合った芽唯は首を傾げた。

(誰が買うんだろう……)

 黄色い身体、白い鬣。長く鋭い爪……はないけどキュートなお耳と尻尾はある。ぬいぐるみ≠ニ呼ばれる縫製作品は居心地悪そうに購買の片隅に鎮座していた。

「流石小鬼ちゃん! それに目を付けるとはお目が高い!」
「絶対誰も買いませんよね……この子……」

 男子校であるナイトレイブンカレッジ。しかも寮暮らしと来たら、仮にぬいぐるみが好きという生徒がいたとしても周囲になにを言われるか……という意識から買いたくても買えない、というのが実情だろう。
 別に男性でぬいぐるみが好きなことに偏見があるわけではない。それでもこの年頃の男子というものは「女々しい」という言葉に敏感だ。……もしかしたらお化粧などを日常的に施す文化が男子にも馴染んでいるように、こちらの世界にはそう言った差別はないのかもしれないが、芽唯の感覚としてはぬいぐるみというのは「女性もの」というイメージが強かった。
 芽唯の問いかけに店主であるサムは何を言うわけでもなく、ただニコリと笑みを浮かべた。
 何を意味するかはわからないが、彼なりの無言の肯定なのかもしれない。

「らいおん……」

 雄々しいと言うべき量の鬣は思い浮かべた人とは似ても似つかない色をしている。左目に傷だってない。種族が同じというだけで、太々しい表情以外に共通点はない。それなのに手に取ってしまったのはだいぶあの恋人に毒されてきているからだろう。
 サバナクローを意識して黄色いもの。彼の瞳を彷彿とさせるサマーグリーン。後は言わずもがな、ライオン≠ニ名のつくものに随分弱くなってしまった。

「Thank You、小鬼ちゃん!」

 ほら、今まさに売れただろう?
 そう言わんばかりに笑うサムにしてやられたと内心白旗を振る。
 初めから彼の狙いは自分だったのだ。両腕に抱え込んだ傷のないライオンは相変わらず彼と似ても似つかないけれど、芽唯の腕の中にすっぽり収まり抱き心地が良い。
 グリムが嫌がる時の代わりにちょうどいいかな……なんて自分に言い訳しつつ。新しく迎え入れた布と綿で出来た家族を抱えたまま、夕飯の材料と共に帰路に着いた。



「出来た……!」

 オンボロ寮にだって針と糸くらいある。……家具の修復に必要だから、と学園長に頼み込んで得たものだ。
ベ ッドの敷物や、今でも大事に使っているソファーにカーテンと言った布地を使った家具のお医者さんとも言うべき裁縫道具たち。
 貴女、裁縫が出来るんですか?と首を傾げたクロウリーの顔が懐かしい。
彼のような魔法士にとって裁縫道具というものはちまちま自分で丁寧に一針ずつ縫いつけるものではない。
 ほんの少しの魔力で針も糸も、ついでにハサミだって生地と共に踊りながら、針がまるでオーケストラの指揮棒のようにも見える華麗な動きであっという間に縫ったり切ったりお手の物。
 魔法を使うことが当然の学園長には手縫いをするという芽唯の回答は寝耳に水。仮面で見えるはずがない瞳を細め「そういえば、そういう使い方もありましたね」なんて言うのだから肩をすくめることしか出来なかった。
 なるほどなるほど……と納得したのか、していないのか。曖昧な返事をする学園長に必要経費として別途購入してもらった裁縫セットはこうして今日も役立っている。
 買ってきたばかりのライオンの顔にほんの少しだけ加工を施した。左目の上を縦断するように一筋の線。瞳の色は違えど刺繍で傷を付けてあげれば、もうその容姿は恋人のそれにしか見えなくなるのだから単純なものだ。

「今日からよろしくね」

 抱き上げれば長い尻尾が空中で揺れる。そんなところも恋人の姿を思い起こさせ、機嫌よくベ ッドに飛び込んだ芽唯はぬいぐるみを胸に抱いたまま目を閉じた。
 細かい作業に集中した後は目が疲れる。その疲れが抜けきるまでのほんの一時ゴロゴロ過ごそうと軽い気持ちの時ほど人とは深い眠りに落ちるものだ。芽唯も例外ではなく、まだ制服にも袖を通したままの彼女は抱き心地の良いライオンを胸に夢の世界へと迷い込んでしまった──。
 
◇◆◇

 やけにふわふわとした物の中に身体が沈み込む。まるで泡立てたばかりの角が立つほどしっかりとしたクリームの中を泳いでいるような気分。
 そんな自分の腕の中でもぞもぞと動いているのはきっとグリムだ。抱き心地の良いそれは妙にフィットしていて離すのが実に惜しい。
 けれど、このまま抱きしめる力を強くすれば機嫌を損ねるのはわかりきっている。まだ夢見心地な芽唯は寝ぼけ眼で腕の中から抜け出す獣を良しとした。
 芽唯の未練を知る訳もなく。あっさりと出ていた温もり。まだ温かいとは言い難い季節で少し身震いがする。少しでも寒さから逃れようと自身を抱きしめるように腕を背中に回そうとするが、その前に何かが割り込んだ。
 胸に擦りつくように納まるそれはにはふわふわとした耳が付いているらしい。毛深い部分に指が触れた。その温かさは毛布やタオルとは違う。生きている温度だ。

「ぐりむ……?」

 おかしいな。先ほど手放したばかりなのにもう戻ってきたのか。
 オンボロ寮で眠っている自分の腕の中に納まる他のものは思い浮かばない。
 いや、待てよ。そもそもでオンボロ寮のベ ッドがこんなに寝心地がいいはずがない!

「え、ここ、どこ……?」
「なんだ、漸くお目覚めか。この浮気者」
「へ……? れおな、先輩……?」

 気分的にはがばり!と勢いよく起き上がっていた。けれど、腕の中に納まっていたとばかり思っていた温もりが自分を捕らえて離さなかった。いつのまにか背中に回っていた彼の腕は力強く、身を起こすどころか寝返りを打つことさえ出来ないだろう。
 己の胸に頭を預ける恋人が不機嫌そうな理由もわからなければ、寝心地の良い──要は高いというわけだが──レオナのベ ッドに寝ている理由もわからない。記憶が確かなら自室で眠ったはず。
 それに、確か腕の中に居たのはグリムではなく……。

「ライオンのぬいぐるみ、知りません……?」
「グルル……」

 こてん、と首をかしげて尋ねればレオナの喉が何故か唸りだす。
 まだはっきりと目覚めていない頭では彼が何に対して唸っているのかはわからない。
 それどころか、ぬいぐるみの顔を思い出してはやっぱりそっくりだなぁ……と場違いな思考が顔を出す。

「浮気者」
「えっと、あの……身に覚えがないのですが」

 もしや異性の匂いでおしたのだろうか。
 レオナも嫌がるし、基本的に芽唯も他人との距離感が近い方ではない。あまり近寄ったりすることはないが、どこかでクラスメイトの匂いでも移ってしまったのではと解釈した芽唯はほんの少しだけ傾けることが出来た首を回して己の肩の匂いを嗅ぐ。すんすんと数度繰り返してもやはり人間の嗅覚に訴えかけてくるものなど無きに等しい。
 身に覚えもなければ匂いもしない。困り果てた芽唯は答えを求めるように縋る目でレオナを見た。

「……そうじゃねぇよ」

 鼻を動かす芽唯に深く息をついたレオナは視線を芽唯から外して何かを見る。
 レオナのベ ッドに寝かされていた、ということは見渡して目に入るのはレオナの部屋……なのだが、彼の持ち物としては不釣りあいな可愛らしいものが目に飛び込んできた。

「あ、私のライオン」

 買ったばかりの可愛いライオン。左目を縦断する刺繍もあるので間違いない。
 どうしてそんなところに置かれているのだろう、と左手を伸ばそうとしたがレオナの右手に阻まれる。手首を掴んできたかと思えば辿るように手のひらを包み込まれ、指を絡めとられた。
 二人で寝ても広々としたベ ッドの上に横向きに抱き合う形で眠っていたのに、手を取られてから押し倒される形に変わるまではほんの数秒だった。
 カーテンのように降り注ぐレオナの髪に視界を遮られ、ライオンのぬいぐるみは見えなくなる。

「あの……?」

 むっと尖った唇は彼の機嫌の悪さを表している。そのまま首筋に顔を埋められてしまえば髪が肌を滑ってくすぐったい。

「もぉ、やだ、先輩ってば……」

 ふふっと零れる自分の声とは反対に、グルルと唸り続ける彼の喉。徐々に冴えていく頭の中で彼を拗ねさせた原因を考える。
 確か起きて早々「浮気者」と罵られた。浮気?誰が?私が?まったく身に覚えがない。
 けれどレオナは繰り返しそう言っていた。そうだ、確かぬいぐるみの話を振ったら機嫌がさらに悪くなったのだ。

「もしかして……ぬいぐるみのこと言ってます?」
「当たり前だろ。俺以外のライオンと寝やがって」
「そんなこと言われても……」

 あれは所詮ぬいぐるみだし……。なんて言える空気ではない。鋭く細められたサマーグリーンの瞳が射抜くようにこちらを見ていた。
 何か、何か彼にあの子の存在を良しとする理由を作らねばならない。でないと最終的には砂に変えられてしまいそうだと芽唯の何かが訴えかけた。

「刺繍は見ました……?」
「顔の傷のことか。俺と同じ位置についてたなァ」
「あの子、一応レオナ先輩のつもりなんですよ……?」
「それがどうした」

 あ、だめだ。説得失敗。
 レオナの傷をなぞりながら告げたそれは、結構勇気がいるものだった。ぬいぐるみに恋人を重ねてました、なんて芽唯にしてみれば大層恥ずかしい告白だったのだがレオナには全く響かなかったらしい。

「寂しいってなら本物がいるだろ。それともお前はあんなぬいぐるみが居れば俺はいらないって? 随分寂しいことを言ってくれる恋人も居たもんだな」
「ち、ちが! そういうわけじゃなくて……。どちらかと言えばグリムの代わりと言うか……」
「あァ? あの狸の……?」

 怪訝そうな顔。まったく意味が分からないと言わんばかりにレオナは芽唯をじっと見る。

「レオナ先輩だって私のこと抱きしめて寝るじゃないですか……。あれと同じで、オンボロ寮で寝るときグリムを抱っこしてるとよく眠れるんですよ!」

 温かさが重要と言えばそうなのだが、抱き枕と呼ばれるものも世の中にはある。腕の中に納まりの良いものがあるのは眠りの質を上げるには大切だ。芽唯にとってはそれがグリムであり、あのぬいぐるみもちょうどいい大きさで、予想通りぐっすり眠ることが出来た。

「だからって……ならあの狸に似たやつにしろよ。用事を済ませて会いに行ったら自分に見立てたライオンと寝てんのを見ることになった俺の気持ちも考えてくれ」
「えっと……ダメなんですか……?」
「……そりゃ、まぁ……な」

 曖昧な言葉で濁される。何が駄目なのかをはっきり口にしてくれない。
 少しだけ気まずそうに泳いだレオナの瞳をじっと見つめれば問い詰めるのにも飽きたのか、ごろりと横に大きな身体が降ってくる。
 レオナは褐色の長い腕を伸ばしてライオンのぬいぐるみを手に取るといつのまにか自由になっていた芽唯の両腕に押し付けた。
 戻ってきたライオンをぎゅっと抱きしめれば、やはり抱き心地が丁度いい。

「ふふ、ほら。レオナ先輩そっくりじゃないですか? 傷跡は刺繍で自作したんです」
「おまえ、やたらライオンモチーフの物を買いたがるよな? それは俺のことを意識してるって自惚れていいのか?」

 もふもふとした両手を掴み上げ、レオナの胸板をぽすりと叩く。向かい合うように横になったレオナは柔らかなそれを受け止めると顔を掴み上げては「似てねぇ」と呟いた。

「似てなくてもいいんです! ライオンって言ったらもう私の中ではレオナ先輩なんで!」
「へいへい、そうかよ」

 ぬいぐるみごと芽唯を抱きかかえたレオナは深く息を吐く。

「もう嫉妬は終わりですか?」
「あー……嫉妬じゃねぇんだが、もうそれでいい」
「違うんですか……?」
「説明すんのもバカらしい……」

 枕に突っ伏すように顔を埋めたレオナはそれ以上何を問いかけても答えは返してくれそうにない。
 仕方がなく、レオナの腕の中目を閉じようとした芽唯の脳裏をふとグリムの姿が過る。

「グリムの晩御飯……!」

 サーっと血の気が引いていく。レオナに見立てたぬいぐるみをグリムの代わりだなんだと言っておきながら、肝心の本人のことを忘れていた。
 今日のように放課後、別行動をとった日は時間のかかる料理を作っていることが多いので今日も食に煩い相棒は期待をしながら帰宅してくるに違いない。

「んなもん腹が減ったら適当に自分で食うだろ」
「だ、ダメですよ!」

 一体今は何時だろうと時計を覗き込むにもレオナの腕に阻まれる。すっかり眠る態勢に入ってしまったレオナと抵抗を始めた芽唯。彼女が彼に勝てるとは誰も思わないだろう。もちろん、その通り。
 終いには身動きが取れなくなるほどの力で抱きしめられ、様子を見に扉の隙間から覗き込んだラギーと目が合っても何も訴えることが出来ないまま芽唯の夜は更けていった。

    TwstMenu/INDEX

ALICE+