そっくり


 のしのしと丸い身体を揺らしながら歩く小さな生き物。その近くに居た者は小さな体から発せられる謎の迫力に気圧され自然と道を譲るように彼を避けた。まるでそれが当然だと言わんばかりに気にせず歩く生き物を屈みながら見つめていると、その生き物はこれまた当然のように膝の上に飛び乗った。

「レオナ先輩にそっくり……」

 己の恋人である獅子の顔を思い浮かべながら瞬いた芽唯は膝の上に乗ったツムと呼ばれることになった彼を手に乗せる。
 抵抗することなく芽唯の手に乗るとそこでくつろぎ始めたツムはごろんと横になり、やはり彼そっくりな姿ですぴすぴと寝始めた。

「本当にそっくり……」

 普段は警戒心むき出しなのに自分を目の前にすると急に家猫のように大人しくなる姿なんて特にそっくりだ。

「ねえ貴方、私に似たツム知らない?」

 芽唯の問いかけに片目だけをぱちりと開けたツムは眉間にぐっと皴を寄せ困ったように視線をうろうろさせる。

「そっか……そうだよね。あの子どこ行っちゃったんだろう」

 レオナ似のツムの行動を彼も探していたのだと受け止めた芽唯は周囲を見渡してから立ち上がる。
 芽唯が動き出すと質問はもう終わったと判断したのかレオナ似のツムは腹を上にしてまるで服従した獣のようにまた無防備に眠りだす。
 どうしてこれで「似ていない」と否定できたのかが不思議なくらい恋人にそっくりなツムをそのまま連れて行くことにした芽唯は、ツムをお弁当を入れている鞄にしまうと植物園へと向かう。
 なるべく眠りを邪魔しないように水平を保ったまま運べばツムはすぴすぴと寝息を立てて気持ちよさそうに眠り続けた。
 


「レオナ先輩お待たせしました。……って、その子⁉」

 いつもの場所へ向かうと寝転がっているレオナの肩に乗り、彼の髪に身を埋めているツムの姿が目に入る。
 芽唯が驚いて声を上げると起こしてしまったのか鞄の中からレオナ似のツムが飛び出し、レオナの肩に乗っているツムを見つけるとそちらに向かって駆けていく。

「あ? どこに行ったのかと思えばお前が連れてやがっ……おい、俺を足場にするんじゃねえ!」

 タッ、タッ、と短い手足で器用にレオナの身体を登るとレオナの似のツムはもう一人のツムに体当たりするように突撃する。
 勢いの割にはぽすんっと柔らかそうな音を立ててぶつかった二匹のツムがレオナの肩から転げ落ちる。ころころと転がり落ちた二匹は地面まで落ちると弾んでひっくり返るがどこにも怪我はなさそうだ。

「この子校舎の廊下を歩いてたんです。植物園に移動する間に先輩から逸れちゃったのかな……」
「……こいつらの様子を見るに俺に似たツムはお前に似たツムを探してたんだろ」

 手足をぱたぱたと動かし器用に身を起こすレオナ似のツムを見ながらレオナの隣に腰を下ろした芽唯は、レオナの目の前に転がったもう一匹のツムを手で起こす。
 ナイトレイブンカレッジの制服のようなものに身を包んだそのツムはスカートらしきものを穿いていて、後ろから見るとパンツが丸見えなことが気になって仕方がなかった。
 なにせそのツムがナイトレイブンカレッジの生徒で、しかもスカートを身にまとっているということは自分似のツム以外の何物でもないからだ。

「もう……、この子の後ろ姿どうにかなりませんかね……」
「どうもこうも、こいつらが四本足で歩く以上どうにもならねぇだろ」

 つつ、と指一本で芽唯似のツムのお尻をレオナが押すとレオナ似のツムが慌てて彼女の傍に駆け寄ってくる。
 そのままレオナの指に体当たりして離れろと訴えると芽唯似のツムに寄り添って二匹は何かを話しているように顔を寄せ合った。

「……いっちょ前に番を守ってるつもりか」
「えっ、この子たちって恋人同士なんですか……?」
「恐らくな」

 昨夜突然オンボロ寮の上空から現れたツムたちは謎だらけで、近くにいると積み上がろうとする性質から便宜上ツムと名付けられたが、彼らが学園にやってきた理由もその生態も何一つわかっていない。
 容姿が似ている生徒と一緒に居ようとする彼らを該当する生徒が世話することになり、レオナと芽唯似のツムたちもその例に漏れなかったはずなのだが、どうにもこの二匹は一緒に居ようとする性質の方が強いらしく、レオナと芽唯が授業の為に離れている間にお互いを探して学園内で迷子になってしまったんだろう。
 丸い身体をくっつけあって、満足そうに横に並んで寝たツムたちを見下ろしながら欠伸を掻いたレオナは芽唯の鞄から慣れた手つきで弁当箱を取り出した。

「こいつらのせいて俺は寝不足だ。さっさと食って昼寝しようぜ」
「は、はい」

 ツムを芝生の端に寄せたレオナに従い芽唯は昼食の準備に取り掛かる。
 一瞬、寝ている時のレオナのようにレオナ似のツムが片目を開けてこちらを見たが、彼はまた目を閉じると芽唯に似たツムにぴたりとくっついて寝息を立て始めた。

◇◆◇

 芽唯の膝の上でレオナが寝て、その隣ではレオナ似のツムが芽唯似のツムに寄り添って眠っている。
 ツムたちを見下ろしていると少し寝ぼけた顔で自分に似たツムがこちらを見上げて芽唯は首を傾げる。

「起きちゃったの?」

 ぱちぱちと瞬いてレオナ似のツムと芽唯の顔を交互に見たツムはレオナ似のツムに自ら身を寄せ目を細めた。
 確かに恋人という認識で間違いなさそうだ。この生き物が自分に似ているのであれば、レオナが自分に寄り添って安心して眠ってくれることに幸せを感じていないわけがない。

「その子のこと好き?」

 なんとなく気になって言葉を投げかければ芽唯似のツムは頬を赤く染めレオナ似のツムにすり寄った。

「そっか……。私もレオナ先輩のこと大好きなの」

 くすっと笑いながら自分も同じ気持ちを持っていることを告げればツムは目をキラキラと輝かせ小さな手をパタパタと動かした。多分喜んでくれているのだろう。
 彼女がレオナ似のツムにすり寄るのを真似るように芽唯もレオナの髪を梳く。
 大好きな人が睡眠というもっとも無防備になる瞬間を自分の隣で過ごしてくれる心地よさをツムも知っているのかと思うとますます他人な気がしなくなる。

「私に似たツムがレオナ先輩に似たツムのことが好きなんて、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな」

 まるで自分たちが惹かれ合うのは運命だと、そう言われている気になってしまう。
 例えどんな世界、どんな姿だろうと自分たちは結ばれると決まっている。そんな御伽噺のようで心が弾む。

「そっちのレオナ先輩と仲良くね」

 自分似たツムを自分自身だと思うことにした芽唯はその頭を優しく撫でる。
 大人しくされるがままのツムは満足そうに撫でられながらすぴすぴと寝息を立てているレオナ似のツムにしっかり寄り添う。
 この二匹を含めツムたちが元の世界に帰る方法を学園長が探しているらしいが、無事に皆帰れることを祈るように芽唯は瞳を閉じる。

「ならお前はこっちのレオナ先輩と仲良くしてくれよ」
「えっ⁉」

 ツムの頭を撫でていた手を急に掴まれ、思わず身体が跳ねあがるが膝に体重をかけられて思うように動けない。
 捕まった手は誘導されるようにレオナの頭の上に乗せられ、その動きを視線で追えばぱちりとしっかり目を開けていたレオナと目が合う。

「い、いつから……」
「随分楽しそうな話をしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」

 つれねぇな、と笑いながら芽唯を見上げたレオナは身体を起こすと芽唯の腰を抱き寄せる。

「お前もそう思うよなァ?」

 ぴたりと密着するレオナにツムの姿が重なった芽唯が思わずそちらを向けば、芽唯似のツムが顔を真っ赤にさせて飛びあがってる横でレオナ似のツムが目を細めていた。
その姿が口はないはずなのにニヒルに笑っているように見えた芽唯は数度瞬くと自分に似たツムと同じように顔を真っ赤にさせてレオナの胸を押す。

「も、もう! 起きてるなら最初から言ってください!」
「別に寝たとも言ってねぇだろ。俺たちはくつろいでただけだ。そうだろう?」

 レオナの問いにレオナ似のツムも身を起こし芽唯似のツムにぴたりと寄り添う。

「なっ、もう、盗み聞きするなんて……って、えぇ⁉」

 ああ言えばこう言うレオナに文句の一つも言ってやろうと口を開いた芽唯だったが、芽唯と同じように顔を真っ赤にさせていた芽唯似のツムがブクーと音を立てながら段々と膨らみ始めて思わずレオナに飛びついた。

「は⁉ くそ、メイ……っこっちだ!」

 これには流石のレオナも予想外だったのか目を丸くして立ち上がると、芽唯の手を引きツムから離れるように駆けだした。
 彼女の隣に転がっていたレオナ似のツムも慌ててはいるが、同じように身を膨らませ落ち着かせようとしているのか芽唯似のツムに数度タックルする。

「わっわっ⁉ あ、あれって意味あるんでしょうか⁉」
「俺が知るか! テメェ、俺に似てるって言うなら番をしっかり宥めてみせろ!」

 ドス、ドスと音を立ててレオナ似のツムがぶつかるが顔を真っ赤にさせて膨らみ続ける芽唯似のツムは気にする様子もなく、横は植物園の道幅と同じくらい。縦もその辺に生えている木の高さは軽く超えてしまった。

「お……お、っきい……」

 同じようにレオナに対して怒っていたはずの芽唯は流石の事態に怒りなどすっかり忘れ、自分似たツムを口をぽかんと開けながら見上げる。この大きさでタックルされたら絶対に潰れてしまうに違いない。
 幸いぱたぱたと駄々をこねる子供のように手足をばたつかせているだけなので被害はないが、少し転がっただけでも大惨事を引き起こしかねない。

「お前どうにかできねぇのか。仮にも俺に似てるって言うならこうなったメイとどう接するべきかくらい知ってるだろ」

 レオナが声をかけると困った顔でどこか肩を落としているようにも見えるレオナ似のツムはレオナを見上げると芽唯と芽唯似のツムを交互に見る。

「えっと……?」

 何かを伝えようとしているレオナ似のツムと見つめ合った芽唯は、顔を真っ赤にさせて少しだけ目元から涙を零している自分に似たツムを見上げ「もしかして……」と呟いた。

「何かわかったのか」
「えっと……、あの子も私なら……その……。レオナ先輩たちに優しく撫でられながら謝られたら許してくれるかもかも……なんて」
「ハァ?」

 ツムが大きくなり始めた時と同じように目を見開いたレオナは芽唯をじっと見つめ、そのまま芽唯似のツムを見上げる。

「…………」

 少し悩んだようにぐっと眉間にしわを寄せながら芽唯似のツムにレオナがそっと手を伸ばすと、レオナ似のツムも彼女に寄り添い頭を擦りつける。いや、小さな手で彼女を撫でているのかもしれない。
 彼と同じように芽唯似のツムに手を伸ばしていたレオナは気まずそうに目を逸らすと芽唯似のツムを優しく撫でる。
 あまりにも大きいその身体のせいで頭というよりは頬を撫でているが、そこは気持ちの問題だろう。
 それに、レオナに頬を撫でられると気持ちが良いことを芽唯は誰より知っている。
 二人のレオナに手を伸ばされ、優しく触れられたことに気づいた芽唯似のツムは、揺らしていた体を止めて二人を見下ろすと、ようやく落ち着きを取り戻したのか、真っ赤だった頬も落ち着いていき、やがてしゅるしゅると音を立てて小さな姿に戻ってくれた。
 彼女に合わせてレオナ似のツムも小さな姿に戻り、芽唯似のツムに寄り添うと謝罪するように頬をすり寄せる。

「なんとかなった……、か」

 芽唯似のツムに潰されて散らばった芽唯の荷物を魔法で片付けたレオナはため息をつくと芽唯の腰を抱き寄せる。

「ったく、確かにあいつはお前そっくりだな」
「それってどこがですか……?」
「キレると俺ですら迂闊に手が出せなくなる」
「もう! 私も怒りますよ!」

 拳をぎゅっと握って手を上げればレオナはハハッと笑うだけで本気では受け取ってなさそうだ。
 それどころか、先程ツムにしていたように芽唯の頬に手を添えると一緒に顎を掬うように指を這わせてゆっくりと撫でる。

「っわ、私はそれじゃ騙されません……から、ね」
「そうか。そいつは困ったな。ならどうすれば許してくれるんだ?」
「ど、どう……? え、えっと……」

 強気で跳ね返してみたものの、レオナはそれすら楽しむように目を細めて笑うと芽唯の腰をさらに抱き寄せ、先ほどと同じようにぴたりと身体をくっつける。

「〜〜〜〜〜っ!」

 ぐっと近くなったレオナから目を逸らせばツム二匹は自分たちを見上げながら仲睦まじそうに寄り添って笑みを浮かべている。
 口をパクパクとさせた芽唯は言葉を探すが、結局何も考えられないまま振り上げていた拳を降ろす。

「本当にそっくり……」

 自分で言っておいて自分似たツムとの共通点が恥ずかしくなって大人しくなった芽唯が大人しくレオナに身を預けると、くつくつと満足そうに笑ったレオナも「ああ、そっくりだな」と呟いた。
 結局自分も、自分に似たツムもレオナにお願いされてしまえば何をされても許してしまう。
 見下ろした視線の先に居るツムと同じように、少しだけくしゃりと笑った芽唯はレオナに寄り添ったまま黙って目を閉じる。
 そんな二人を見上げたツムたちもまた身を寄せ合って目を閉じた。

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