溢れるくらいがちょうどいい
「早くアタシにも抱っこさせてちょうだい!」
「ふふっ。はい、どうぞ」
早く早くと手を伸ばすヴィルの腕に我が子を託す。
芽唯の腕からヴィルに重みが移り、彼の腕がそっと小さな体を支える。
「キャーッ、か、かわいい……!」
ぱち、と瞬くサマーグリーンの瞳が不思議そうにヴィルを見つめれば「あら、なあに?」と先ほどまで小声で悲鳴を上げていた時とはまったく違う、世界中の誰もが卒倒しそうな艶のある声と共に微笑みかける。
「うー、あー!」
まるでその声に応えるように小さな手が伸ばされヴィルの頬にぺちぺちと触れる。その感触を楽しむように「あらあら」と目を細めたヴィルは咎めることもなく好きにさせることにしたようだ。
「ったく、次から次に俺のガキをおもちゃにしやがって……」
仲睦まじい様子を黙って見守っていると腕を組みながら芽唯の隣に座っていたレオナがため息をつく。
レオナの誕生日パーティー会場……もとい第二王子夫婦の子供をお披露目する会に集まった懐かしい面々はレオナよりも腕に納まる小さな命に夢中だった。
学園にあったモストロ・ラウンジに似た雰囲気の内装の店内は、今日は安全を考慮して足元までしっかりと照らされている。
この新店舗に芽唯とレオナが入店する頃には既に全員揃っており、二人を出迎えた彼らの最初に発した言葉は「誕生日おめでとう」ではなく「出産おめでとう」だったのは言うまでもないだろう。
「写真は送ってもらってたけど実物はこんなに可愛いだなんて。もっと早く時間を作って会いに来ればよかったわ」
「テメェのガキじゃねぇんだから大忙しのヴィル・シェーンハイト様は黙って雑誌の表紙でも飾ってりゃそれでいいだろ」
「あら、大事な妹分の子供なんだもの。アタシの親戚同然よ。ねー?」
「やめろ、そいつに同意を求めるな。まだ言葉なんてわかんねぇよ」
レオナは赤ん坊と目を合わせて問いかけるヴィルの顔をしっしっと払うと無理やり彼から奪い取って腕に収める。
意識が未だヴィルに向いているのが気に喰わないのか、柔らかくもちもちとした肌を指で軽く突いて自分に視線を向けさせから「アイツに騙されんなよ」と先ほどの自分の発言を忘れたかのように語り掛ける。
「もうレオナさんったら……。そうだ。ヴィル先輩、この間送ってくれたベビー服を着せた日の画像あるんですけど送っても良いですか?」
「もちろんよ! 贈った分だけこの子の可愛い姿が見れると思うと次々に選んじゃうんだけど迷惑じゃない?」
「大丈夫です。レオナさんが産まれる前からこの子のために一部屋用意してたからスペースは十分あって、自分たちで買ったものや皆さんから贈られてきたものを詰め込んでも全然広くて!」
「あー……、もう、ほんっと親馬鹿ね」
ヴィルは目を細めてレオナを見ると鼻で笑う。だが、彼の腕の中で父親に構ってもらってきゃっきゃと笑う赤ん坊の姿に「けど」と言葉を続ける。
「気持ちはよくわかるわ。だって、アタシから見てもこんなに可愛いんですもの!」
「あっはっは! やっぱ子供って可愛いよなー。オレもきょうだいが産まれる度に可愛くて仕方がなくてさー。とーちゃんもいろんなもん買い与えてるからどこん家もそうなんだろうな!」
満面の笑みを浮かべながらレオナの隣に腰かけたカリムが赤ん坊の顔を覗き込む。慣れた様子で赤ん坊をあやすカリムを見つめていれば彼のすぐ傍でジャミルが肩を竦める。
「旦那様のアレが一般的かと言われれば疑問だが……うちにナジュマが産まれた時もお祭り騒ぎだったしな」
アジーム家に仕えるバイパー家。カリムの性格が両親譲りだと考えれば、きっと彼の両親も身近な家庭に子供が生まれた時は同じように盛大に祝ったに違いない。
安易に想像できるその様子に芽唯が苦笑しているとテーブルを挟んで反対側に座ったエースが芽唯を見つめて口を開く。
「メイとレオナ先輩はともかくグリムは赤ん坊の相手とか出来るわけ?」
「大丈夫だよ。結構ちゃんとお兄ちゃんしてくれてるんだよ?」
「マジ? 今もあの調子なのに?」
エースが首を捻って視線を移せば、その先ではグリムがシェフの足元で自分の皿にアレを盛れ、これを盛れと騒ぎ立てていた。
既に肉とツナが山のように盛られているのに今度は肉じゃがと角煮だと言うので傍に立っていたアズールがトレーと別の皿を用意してシェフに渡している。
「まあ、今も昔も食いしん坊だけど……多分あれは……」
芽唯が言い終わる前にトレーを受け取ったグリムが動き出す。
「エース邪魔なんだゾ!」
魔法を補助に使って器用に零さず料理を運ぶグリムはエースを押しのけ芽唯とレオナの前に料理を置く。
「せっかくレオナが主役なのに全然食ってねぇだろ! 好きそうなの持ってきてやったから小さい子分はオレ様に任せてお前らも食べろ!」
「へえへえ、じゃあ大魔法士のグリム様にお任せするか」
「任せとけ!」
えっへんと胸を張ったグリムがいそいそとベビーカーをテーブルの傍らに寄せるので、言われるがままグリムに従って赤ん坊をベビーカーに固定したレオナはグリムが用意した料理をフォークで口に放る。
「なっ……」
一連の流れを見守っていたエースがぱちぱちと瞬きし、その後ろで同じように様子を見ていたデュースもまったく同じ顔で固まっている。
「ふふっ……」
「メイ」
マブ二人がグリムの様子に驚いているのを見て笑っているとレオナが肉を口元まで運んで来てくれていたので大人しく齧りつく。
流石はアズールたちが仕入れた品だけあって、夕焼けの草原でも十分客が付きそうな良質の肉に頬が綻ぶ。
「凄いなグリム……。この間会いに行ったときはこんなテキパキ動いてなかったよな?」
エース越しに声をかけてきたデュースは未だに信じらえないといった顔でグリムを見つめる。
その視線の先ではグリムはソファの上に立つとベビーカーを覗き込み、近くに転がっているオモチャで自分よりさらに小さな命をあやす。
そんな姿を物珍しそうに見つめるのはマブだけでなく、「ほう」と近寄ってきたマレウスやリリア、セベクとシルバーも感心したようにグリムを見つめた。
「どうやら口先だけではなかったようだな」
「うむ。立派に兄をしておるな。実に良い事じゃ」
うんうんと頷くセベクとリリアに首を傾げたエースが口を開く。
「口先だけ……ってどういうこと?」
「先日マレウス様たちと共に離宮を訪ねた際『小さな子分のことで大変そうなメイの役に立ちたい』と嘆いていたグリムに、親父殿が『その気持ちをメイに打ち明けてみろ。そうすればお前に出来ることをちゃんと教えてくれるはずだ』と助言をした。その結果がアレなんだろう」
小さな手がむにっとグリムの頬を無遠慮に掴む。けれど、グリムは振り払うどころか笑みを浮かべて「いい子なんだゾ」と彼曰く『小さな子分』の頭を撫でた。
「本当に兄貴みてぇだな」
「お、実際にお兄ちゃんのジャックくん的にも高評価? よかったじゃんグリムくん」
「実際にって……下の面倒見るのは兄貴の役割だからそう言っただけッスよ。揶揄わないでくださいラギー先輩」
「シシシ。ま、実際グリムくんはよくやってるッスよね、メイくん」
ラギーに話を振られた芽唯は大きく頷くとレオナに寄り添う。
「自分はお兄ちゃんだからって張り切ってて、私たちが手を離せない時は使用人よりも先にあの子の面倒を見てくれてるの。ね、レオナさん」
「兄貴なんだか親分なんだか、その辺りはいつも曖昧だがな」
「フヒヒ、小動物が赤ん坊を必死にあやしてるとかバズりそうな映像ですな」
「すっごい可愛いね! 僕の視覚映像で動画に収めてるから後でメイさんのアドレスに送るよ!」
「本当に? ありがとうオルト!」
グリム氏は優秀なモフモフですな、と眺めるイデアは「オルト、その映像僕にも後で頂戴」と交渉しながらレオナに紙の束を渡す。
「これ、あの子の検査結果。どこも異常なし。どっからどう見ても数値は獣人属とヒト属の子を表してた。異世界人って言ってもそこら辺は普通みたいだね」
「……そうか」
飲み物を軽く仰ぎながら書類を見つめたレオナは深く息を吐く。それは安堵から来るものだろう。
学生時代は魔力を持たないことを異常とされたが、それはあの学園に滞在しているからで。外の世界には魔力を持たない人間なんてごまんといる。むしろそれが普通だ。
それでも異世界人が母体となれば一抹の不安が残る。そこで優秀な魔法士と異世界人の子供の検査を、この世界である意味最も信頼できる検査が出来る特殊機関S.T.Y.X.に委ねていた。
「まあ、普通って言っても父親であるレオナ氏の力を十分引き継いで、既に立派な魔力を秘めてるみたいですから? 将来はナイトレイブンカレッジかロイヤルソー……いやいや、レオナ氏の子供があんなキラキラの陽キャ揃いの学校に行くわけありませんな! これは失礼!」
「あ? そりゃどう意味だよカイワレ大根」
「そのままの意味ですが? 夫婦そろってナイトレイブンカレッジきっての問題児。その子供にロイヤルソードアカデミーから入学許可が下りたら、それこそなんかの間違いでしょ」
「えっ、私も問題児扱いなんですか⁉」
二人の会話に黙って耳を傾けていた芽唯は、突如自分に話が振られてぱちぱちと瞬きを繰り返す。
オーバーブロットをした面々はともかく、自分までイデア曰く「SSR前代未聞の問題児」に含まれるなんて心外だ。
「いや、ある意味メイ氏こそが一番前代未聞の問題児ですが……?」
「そうね。一番のトラブルメーカーはアンタじゃない」
「ヴィル先輩まで……!」
もう!と声を荒げた芽唯はレオナに縋るが、夢中で肉を咀嚼するレオナは黙って首を横に振る。自分も同意見、ということだろうか。
「トリックスターはいつでも渦中の中心にいるからね」
「そんなぁ……」
ニコリ、と笑ったルークの言葉がとどめのようでがくりと芽唯は肩を落とした。
「おやおや、僕の契約書を砂に変えたお二人の手腕忘れたとは言わせませんよ。そんな二人の血を受け継いでいるんですから、産まれた時から立派な
「アズール先輩もそんなこと言うんですか……?」
「当然です。僕があれからまた契約書を集めるのにどれだけ苦労したか知らないわけじゃないでしょう?」
芽唯とレオナに飲み物を給仕しながら会話に割り込んできたアズールはグリムがあやすベビーカーの中身を見つめながら遠い目をする。
「この子が将来どう育つか。今から末恐ろしいです」
「えー? 小エビちゃんとトド先輩の子供ってだけで面白そうじゃん」
「そうですよ。あらゆるトラブルを呼び込んで僕たちを楽しませてくれるに違いありません」
くすくすと左右で色の違う瞳を覗かせ笑うフロイドとジェイドは巨体を縮ませ赤ん坊の頬を突く。
「あー! やめるんだゾ、そっくり兄弟! せっかく今落ち着いてるのにお前らに怯えて泣いたらどうすんだ!」
「これくらいで泣くわけないじゃん」
「酷いですグリムくん。まるで僕たちを化け物のように扱うんですね」
「似たようなもんなんだゾ!」
シャーッと毛を逆立て威嚇するグリムだが、彼を無視した二人に頬を突かれた本人は「きゃっきゃ」と嬉しそうに笑い声をあげている。
店内には赤ん坊の笑い声が響き渡り、その声に釣られて場に居た全員がくすくす笑う。
「どうやらグリムの心配は本当に無用なようだね」
遠巻きに様子を見守っていたリドルが近くに腰を下ろすと彼を見つめてグリムはむっと口を尖らせる。
「さっすが、メイちゃんとレオナくんの子供なだけあるー。図太いっていうか、どこでも生きていけそうっていうか」
「確かに大物になりそうではあるな」
苦笑するトレイ隣でパシャリとスマホで写真を撮ったケイトはいつものようにマジカメに上げるのではなくここに集まったメンバーだけで作られたグループに画像を送る。
グループ内に作られたアルバムの中には芽唯が撮影した贈られてきた物を使っている様子を撮ったものや、こうして集まった時の様子が詰め込まれ、集まったメンバーにとっては宝の山のようなものだった。
「あ、トレイ先輩。あの、この子がもう少し大きくなってケーキが食べられるようになったらバースデーケーキを先輩のお店に頼んでも良いですか?」
「え? それはありがたい話だが……。また噂が広まって忙しくなりそうだな」
「結婚式のケーキをお願いした時も凄かったですもんね」
絶対にトレイの作ったケーキが良い。結婚式に関して、基本夕焼けの草原のしきたりを尊重するため黙っていた芽唯だったがケーキに関しては絶対に譲らなかった。
在学中から何度もトレイのケーキを食していた芽唯は彼以上においしいケーキを作るパティシエはいないと豪語していて、ケーキが必要な場面では必ずパティスリー・クローバーにお願いしたいと珍しく我を貫いている。
そんな第二王子妃が頬を綻ばせ、夫である第二王子の口に嬉しそうにケーキを運ぶ姿は当然世間に注目され、パティシエは誰だ、どこの店の者なんだと一緒に注目されることとなった。
「ご近所からは元々一定の評判はあったが、最近は国外からのお客さんも多くてな。おかげでありがたい悲鳴を上げ続けてるよ」
ズレた眼鏡をどこか誇らしげに直したトレイは「子供用のケーキか……」と既に新作レシピに意識が持っていかれてしまったようで、隣のリドルが肩を竦める。
「まったく、大きくなったらと言っているのに気が早いね」
「ふふ、でもありがたいです。みんなこの子のこと考えてくれてて」
「真っ赤なほっぺたが林檎みたいにとっても可愛いから当然、かな」
エペルらしい例えを向けられた頬を今も誰かが優しく突く。
大勢の大人に囲まれても泣くことなくキャッキャと笑い続ける我が子は、確かに将来大物になるのかもしれないと芽唯が目を細めるとテーブルの下でレオナが芽唯の手を握る。
「ったく、こいつらも自分のガキみたいに騒ぎやがって」
「会う人みんなに愛されて、きっと受け止めきれないですね」
元サバナクロー寮生もここに集まった友人たちも、我が子のようにたった一つの小さな命を構い倒す。
屋敷に居る時も使用人の手も借りているので一般的な家庭より負担は少ないが、ここに居ても誰かしらがあの子を構ってくれるので例え大泣きしてもレオナと芽唯が駆り立てられることはなさそうだ。
「きっとお前に似て貪欲だから、溢れるくらいがちょうどいいだろ」
「もう……」
愛情をたっぷり受け止めた我が子の声にぴるぴるとレオナの耳が動く。
「レオナ様」
「ん?」
すっかり二人に背を向け赤ん坊を囲んで盛り上がる面々の気を逸らさないよう小声で名を呼ぶシェフがテーブルの上にケーキを乗せる。
「お誕生日おめでとうございます」
二人分のケーキが目の前に現れて顔を見合わせたレオナと芽唯はぱちりと互いを見つめ、一瞬きょとんとしたがすぐに笑みを浮かべた。
「レオナさんもいっぱい愛されてる」
「あァ、どっかの誰かのおかげでな」
くつくつと喉を鳴らすレオナが片眉を上げて笑ってみせればシェフは満足そうに他のメンバーのケーキを切りに戻る。
「じゃあ私からも」
はい、とフォークでケーキを掬ってレオナの口元に運べば大きな口がぱくりと飲み込む。
「お誕生日おめでとう、レオナさん。お屋敷に帰ったらまた改めてお祝いしましょうね」
「おいおい、まだ祝ってくれるのかよ。嬉しくて俺からも愛情とやらが零れ落ちそうだ」
満更でもないくせに、肩を揺らしてレオナはやれやれと苦笑する。
「溢れるくらいがちょうどいい、なんでしょう?」
「ハッ、そうだったな」
聞いたばかりのレオナの言葉を反芻すれば目を細めてレオナが笑う。
こんなに幸せでいいんだろうか。少し不安になるくらい幸せで、それがおかしくて芽唯は目を閉じた。
すると近くに居たマレウスが芽唯を見て口元を緩ませる。
この幸せはきっといつまでも続くのだろう。それがこの家族に与えられた祝福なのだから──。