もてなしの準備


 ちゃり、と手の中で金属の音を鳴らしたレオナは顔を顰めて芽唯を見る。

「これはなんだ」
「オンボロ寮の合鍵……ですけど?」

 首を傾げながら答える芽唯にため息をついたレオナはもう一度それを握りしめた。
 対した質量もないそれがやたらと重く感じる理由が頭の中を駆け巡る。信頼、責任、……男として見られていない事実。

「なんでそんなもんを俺に渡すのか聞いてるんだよ」

 いらねぇ。そう言って突き返してしまえばいいのに、手放す気にならない自分の愚かさにもイラつきながらレオナは芽唯を見下ろす。
 いっそ「やっぱり返して」と彼女の方から言ってくれれば楽なのに。

「だってレオナ先輩よくオンボロ寮に寝にくるじゃないですか。だったら自由に出入りできた方がいいのかなぁって」

 善意からそう言っているのがわかる笑みを浮かべた芽唯に、苦虫を噛みつぶしたように苦々しい顔をしたレオナは目を閉じ、またため息をつく。
 信頼されすぎているというのは考え物だ。
 例え恋人であろうと、男をホイホイ自分のナワバリに入れるのはどうなのかと説教の一つもしてやればいいと思う自分と、与えられた幸運を手放すことが出来ない自分が延々と脳内で揉めている。

「レオナ先輩……?」

 流石に不安そうに眉を顰めた芽唯を改めて見下ろしたレオナは言いたいことをすべてのみ込んで鍵を失くさないようポケットの奥へ奥へと押し込んだ。

「なんでもない。なら精々毎日もてなす準備をしておけよ」
「はい!」

 もちろん、と笑みを浮かべる芽唯の眩しさに今日ばかりは少し眩暈がした。

◇◆◇

 レオナは大抵の物の管理が粗雑だ。
 というのも、脱ぎ捨てた服や広げた本、ベッドメイキングに至るまで、すべて自分がするものではなく使用人がするものだったからだ。
 今はその役割をラギーが請け負い、たまに芽唯もやっているが……とにかく自分の私物に他人が触れることを気にしないし、仮に財布や高級品を無造作に置いていてもレオナから盗ろうと思う度胸のある奴もいない。
大半の物は盗られたところで特別騒ぐ程でもない。というものあるが、今手元にあるこれに関してはそんな甘いことをいう訳にはいなかった。

「それどうしたんスか? やけに大事そうにしてるけど」

 ベッドに寝転がり、顔の前に鍵を掲げて見つめていたレオナを見たラギーが片付けをしながら声をかける。
 レオナの私物を恐らく一番管理しているであろうラギーはレオナの手の中の物が見慣れない物だとすぐにわかったに違いない。

「あ、わかった。オンボロ寮の合鍵とか!」

 シシシと特徴的な笑い声をあげたラギーはきっと冗談半分だったのだろう。
 微妙な沈黙流れ、カチカチと時計の秒針が耳障りだと感じる頃にラギーがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
返事をする気にならなかったレオナがその沈黙を破ることもなく、結局また口を開いたのはラギーの方だった。

「えっ⁉ まさか本当に合鍵⁉」

 レオナが否定しないのを肯定と受け取ったのか。ラギーは洗濯物を集めていた籠を乱暴に置くと軽くベッドに乗り上げてレオナの手の中の鍵をまじまじと見つめる。
 驚きを張り付けたような顔が近付いてくるのが煩わしく、彼の顔をもう片方の手で抑え込んだレオナは「うるせぇ、見るな」と鍵を持った手を遠ざける。

「いや、それ肯定してるのと同じだから! えー、メイくんって割と大胆……」
「………………」

 あらぬ妄想を繰り広げているのか、口元を手で覆ったラギーがへーと鍵を見つめ続けるので、視線を遮るように鍵を握りしめるとレオナは身を起こし、そのままラギーを突き飛ばすようにベッドから降ろす。

「いいから、さっさと片付けろ。サボってんじゃねぇよ」
「って、アンタが散らかしたんでしょ!」

 あー、もう。まったく。ぐちぐちと文句を言いながら片付けを再開したラギーは服を拾い上げ、その下から出てきた本を手に取ると棚に押し込む。

「その鍵くらいはちゃんと自分で管理するんスよ」

 落ちていたアクセサリーを定位置に戻し、ついでに近くに財布も置く。

「レオナさんが鍵失くしたってなったら悲しむのも困るのもあの子の方なんスから」
「…………」

 ラギーの言葉に芽唯の姿が脳裏を過る。
 レオナがそういう男だとわかっていたと笑うだろうか。それとも鍵の行方や悪用されないかと不安に顔を曇らせる?
 なんだかどちらも違う気がしてレオナは黙ったまま目を閉じた。
 そもそも、レオナがこの鍵を手放すこと自体がありえないのだから。

◇◆◇

 与えられた権利は行使するためにある。
 芽唯の言う通り、レオナはふらりとオンボロ寮に訪れては寝床として活用した。
 最初の内はゴーストたちが「おやおやサボりかい?」と声をかけてくるのが少し煩わしかったが、授業を終え、オンボロ寮に戻ってきた芽唯がレオナの姿を見つけると嬉しそうに駆け寄るのを見てからはそれもほとんどなくなった。
 ゴーストと暮らしている不思議な境遇の少女はゴーストたちに本当の娘のように可愛がられている。要は芽唯に危害が及ばず、彼女が喜ぶならば大半のことには目を瞑るのだ。

「目に入れても痛くないとはまさにこのこと」
「まあ、目に入れたところですり抜けるけど」
「わしらはゴーストだからなぁ!」

 わっはっは!と飛び交うゴーストジョークに耳を伏せたままソファに寝転んでいたレオナはふと沸いた疑問をゴーストにぶつける。

「これに関して何か言ってたか」

 チャリ、と変わらぬ金属音を立てて鍵を取り出せばゴーストが頷く。

「合鍵を用意した時、真っ先に『レオナ先輩に渡そう』と喜んでたなぁ」
「年頃の女の子だし、俺たちとしては止めるべきか悩んだけれど……」
「基本わしらがおるし、もしお前さんなら間違いを起こしても責任は取るじゃろう」
「………………」

 ゴーストたちの言葉にぐっと眉間の皴を深めたレオナは息を吐いて体をソファに沈ませる。
 普通ならば「間違いは起こさない」と言うべき場所で、責任を取るか取らないかの方を重視する辺り、ゴーストになり果ててもナイトレイブンカレッジに身を置いている理由がよくわかる。

「とにもかくにも、それは信頼の証だから」

 そう言うと、微笑んでゴーストたちは姿をくらます。スーッと溶けて消えたゴーストたちが居た場所を見つめたレオナはそのまま目を閉じれば自分を信頼しきっている芽唯の姿が脳裏に浮かぶ。
 まろい頬を赤く染め、嬉しそうにゴーストに合鍵の話をする。そんな姿が頭から離れなかった。

◇◆◇

「……だゾ。デケェ図体で堂々と邪魔だし」
「疲れてるのかもしれないし、ご飯が出来るまでそっとしといてあげて」

 耳元で騒ぐ聞き慣れた声、遠くから聞こえる愛しい声。その二つに意識を呼び戻されたレオナは耳をぴるぴると動かし音を拾いながら目を開ける。

「なんだ……?」
「あ、起きた!」

 ニコ、っと音が付きそうな笑みを浮かべたグリムが目の前に現れ、眉間にぐっと皴を寄せたレオナは彼をそっと押しのけながら体を起こす。
 ソファを一列使いながら眠っていたレオナが座り直せば、その隣にグリムが座りレオナの太腿をぺしぺし叩く。

「子分が飯作ってくれてるけどレオナも食うよな?」
「……今何時だ?」

 ポケットに入れっぱなしのスマホを手に取り時間を確認すれば、画面には一緒に複数のメッセージが表示される。
 ほとんどラギーからのもので「どこに居る」「飯は良いのか」といった内容で中には芽唯のモノも混ざっていたが、最後のラギーからのメッセージには「メイから連絡をもらった」と記されていた。

「……食う」

 なんとなく流れを把握したレオナはスマホをしまいながらグリムに告げる。

「にゃは、そうだよな! 子分―。レオナの分もそのまま準備してくれー」
「はーい!」

 遠くから芽唯の声が聞こえる。キッチンで調理している最中なのだろう。料理の匂いと共に彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
 欠伸を噛み殺しながら芽唯を待っていれば静かに扉が開く。

「グリム、扉開けてくれる?」

 少しだけ開いた隙間から顔を覗かせた芽唯に呼ばれたグリムが立つが、その前にレオナがマジカルペンを一振りする。
 魔法で扉が開き、芽唯が両手に持っていたトレーも宙に浮く。「あっ」と反射的に芽唯が追いかけようとするも無視して飛んだ料理は食事をとる時の定位置に降りると動きを止めた。

「ありがとうございますレオナ先輩。後、おはようございます!」

 寝起きに見たグリムと同じように笑った芽唯が席に着くのでレオナとグリムも自分の席に移動する。
 オンボロ寮で食事をするのが当たり前になって、当然のようにレオナ用の食器も用意されるようになったのはいつからだったろう。
 グリムも含め、まるで家族で囲むような食卓に腰を下ろしたレオナは「あぁ」とだけ返事をする。

「レオナ先輩いつからここで寝てたんですか? ラギー先輩がすごい探してて、見つけたら教えてって言われたから連絡しておきましたよ」
「知ってる」

 大方何かしらのトラブルが起きたのだろうが、レオナが芽唯とオンボロ寮にいるのを邪魔した方がやっかいだと判断したのだろう。その程度のことならラギーだけでも十分対処できるはず。

「気にするな。俺が居なきゃ何も出来ないような躾け方はしてねぇよ」
「ならいいんですけど……」

 いいのかな?と顔に書いてある芽唯は首を傾げながら夕飯に手を付ける。
 ツナの乗ったサラダを頬張りながらレオナをじっと見つめた芽唯は「今日も合鍵使ってくれたんですね」と嬉しそうに笑う。

「……まあな」

 利用できるのならば使わなければ勿体ない。
 ただそれだけのことだと言うことも出来たが、嬉しそうな芽唯の笑みに捻くれた返事はなりを潜めた。

「レオナがいると子分の料理が豪華だからいつでも居ていいんだゾ!」
「あ、ちょっと、グリム……!」
「へえ? そうなのか?」

 グリムが何気なく零した言葉に芽唯が慌てて彼の口を塞ぐ。
 ぽっと頬を染めた芽唯を一瞥してから、わざとらしく片眉を上げて目を眇めながら机を見下ろしたがレオナにしてみればいつも通りの彼女が作る夕飯だ。

「ん〜〜〜っ!」

 口を塞がれたままもごもごと何かを叫ぶグリムを見やり、芽唯の顔と交互に視線を送れば、観念したように芽唯がぽつりと呟く。

「だ、だって……レオナ先輩にはいつだっておいしいって思って欲しいから……」

 もじもじとそう告げる芽唯がやっとグリムの口からを手を離す。
 芽唯の手料理を不味いと思ったことなど一度もないが、自分がいない時はどんな料理なのだろうかと少し興味が湧き始めてしまう。

「ハッ、なら今度は抜き打ちで尋ねてやろうか。これがあるから入り放題だしな」

 ちゃり、と音を立てながら鍵を取り出せば芽唯は慌てて立ち上がる。

「えっ⁉ そ、そんなことのために渡してないです!」
「自由に出入りしろと言ったのはお前だろ」

 反射的に慌てて手を伸ばした芽唯から鍵を逃がし、ポケットへと戻したレオナがにやりと笑えば芽唯は困ったように頬を染める。

「ぐ、グリムが変なこと言うから……!」

 もう、と拗ねたように唇を尖らせた芽唯はレオナの皿を掴むと唯一彼には取り分けていなかったサラダをこれでもかと乗せ始める。

「は? おい、メイ!」

 グルルル、と思わず喉を鳴らしながら威嚇をしても彼女は無視し続け。二人の倍ほどサラダが盛られた状態でレオナに皿が戻される。

「せっかく普段は気を使ってお野菜少なめのお肉中心レシピにしてるのに! そんな意地悪言うなら今日思う存分食べていってください!」

 さあ!と差し出されたサラダを見下ろしたレオナは眉間にぐっと皴を寄せる。
 もしやグリムの言っていた「豪華な料理」とは肉料理中心の食卓のことで、レオナが居ない日はそれ以外のメニューということだったのだろうか。
 食べ盛り……かどうかはわからないが、あれも獣の端くれ。野菜よりも肉の方が豪華と捉えても不思議ではない。
 余計なことを言ったせいで山盛りになってしまったサラダを前にどうしたものかと目を伏せたレオナは、食事前に尋ねる時は必ず連絡をしようと誓いながらため息をついた。

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