もてなしの答え
合鍵を渡してからというもの、レオナがオンボロ寮を訪ねる回数が増えた。
訪ねる……というよりは、先に滞在していると言った方が正しいのだが……。以前よりも格段にレオナがオンボロ寮で過ごすことが多くなった。
ふらりと気まぐれに現れる彼の様子を猫のようだと思いながら接している芽唯は、大抵レオナが寝ている間に食事の準備を済ませていた。
いつも授業を聞きながら頭の片隅で夕飯について考えているのだが、最近はメニューを二つ用意している。
一つはレオナがいなかった時。もう一つはもちろんレオナがいた時に作るメニューだ。
栄養を考えればまんべんなく色々な物を摂取して欲しい。けれど喜ぶ顔が見たくて肉料理ばかり出してしまうのもまた事実。
レオナがいる日は野菜中心の料理は避けて、肉をメニューの中心に添えるよう心掛けている。
合鍵を渡したとき、毎日もてなす準備をしておけと言われたのも理由の一つだが、仮に野菜中心のメニューを出して手を付けてもらえなかったらと思うと自分自身がショックを受けそうだったからだ。
といいつつ、この間グリムのせいで彼に料理のことを弄られ、頭に血が上った結果、これでもかという量のサラダをレオナの皿の上に乗せてしまったのだが……。
やってしまったと後悔する頃には時すでに遅く。けれど、渋々といった様子で不服そうに野菜を食べるレオナは意外にも文句を言うことはなかった。
普段、昼食にそれとなく野菜を混ぜても同じような反応を見せるが、思えば芽唯が作った物を彼が拒絶したことは今まで一度もない。
「実はご飯なんでもよかったりする……?」
冷蔵庫の中身を睨みながら眉間にぐっと皴を寄せた芽唯は首を傾げる。
今日もレオナは談話室で気持ちよさそうに眠っていて、これから食事の準備に取り掛かろうとしていた芽唯はふと沸いた疑問を解消すべく、珍しく野菜が多めの献立を選んだ。
足元でそれを見ていたグリムは少しショックを受けていたが、完成品が並ぶ頃起きたレオナは少し眉をぴくと跳ねさせたがそれ以上の反応はなく、食べ終えた最後に「悪くない」とだけ感想を零した。
「……なんだ、意外そうな顔をして」
「だ、だって……いつもはお野菜なんていらないって言うじゃないですか」
「『こんなもん食えるか』とでも言えばよかったのか? 悪かったな、ご期待に沿えなくて」
「別にそうじゃないですけど……」
拒絶されるのも嫌だが、反応があまりないというのも今までの努力は何だったのだろうと首を傾げてしまう。
そんな芽唯の考えがわかっているのか、フンッと鼻で笑ったレオナは机に頬杖ついて芽唯を見ると口角を上げる。
「確かに、これが出会ったばかりの頃だったら『肉にしろ』と突き返してたかもしれねぇな」
レオナの言葉に弁当を作り始めた頃のことを思い出す。
芽唯の料理に静かに手を付け、ゆっくりと咀嚼するレオナ。あれは自分が食べるに値するかどうかを見定めていたのだろうか。
気が付けばそんなレオナも芽唯が食事を運んで来れば「早くしろ」「今日はなんだ」とまるで芽唯の手料理を楽しみにしていたかのような反応で、芽唯がちまちまと準備を進めていると自らの魔法で補助してくれることもある。
「……もしかして、レオナ先輩って私の料理が好き、だったり…………?」
浮かんだ疑問を口にすれば、レオナの尻尾が不機嫌そうにゆらゆら動く。
「もしかして、ってのはどういう意味だ」
「だ、だって……お野菜でも文句を言わずに食べるなんて普段のレオナ先輩からは想像つかない……」
要望を聞けば「肉」としか答えないレオナは野菜を「草」と呼び、肉食の獣がそれを食べるのは弱っている時であると言い続け、芽唯が知っている限り必要を訴えたことはない。
あのラギーでさえ「レオナさんは野菜食わねぇから」と摘んだ野草を片手に愚痴るのに、芽唯の料理は野菜が中心でも文句を言わずに平らげる理由が他に思い浮かばなかった。
「………………」
芽唯の問いかけにレオナはきゅっと眉間の皺を深めると視線を逸らす。ぷいっと背けられた横顔はどこか不満そうに見えるのは気のせいだろうか。
ぱち、っとそんな様子を瞬きして見つめていると視線だけが芽唯に戻る。
唇だけが小さく震え、言いにくそうにはくはくと動いたそれがゆっくりと音を紡ぐ。
「でなきゃ昼食係なんて続けさせてねぇよ」
不満たっぷりそうな声音。なのに頬はほんのり赤く染まっていてなんだか可愛らしい。
「そ、う……だったんですね」
想定外の言葉にぽつぽつと途切れた言葉を返した芽唯は自分の顔に熱が集中するのがわかる。
まさか、レオナがそんな風に思っているなんて知らなかった。
なんとなく習慣になって、恋人になったからそのまま続いているだけだと、ずっとそう思っていたのに。
普段は他人の皿に移してまで拒絶する野菜すらも食べていいと思えるほど自分の手料理が好まれているとは気づかなかった。
「……その、今日のご飯お野菜ばかりでごめんなさい。あとこの間のことも」
「別に構わねぇよ。お前が意地になった理由もわかってる」
「オレ様はこの飯結構気に入ったんだゾ!」
ツナもたっぷり使ったからか、文句も言わず晩御飯を食べ続けていたグリムが突然顔を上げてそう言えば、ちらりと彼を見たレオナは芽唯に向き直って肩をすくめる。
同じように少し肩を竦めた芽唯はグリムの頬についている食べカスを指先で取る。前回は喧嘩のような形になってしまったのに、結局レオナもグリムも何を出しても満足するだからいったい自分は何と戦っていたんだか。
まだほんの少しだけ心に残った疑問の答えを探してレオナを見れば、頬杖をつき芽唯とグリムを口角を上げて見守っていて。きっと口にすれば怒るだろうが、愛おしいとか慈愛とかそんな言葉が似合いそうな姿に些細なことはどうでもよくなってしまう。
じっと見てしまったせいで視線が絡むとレオナが「ん?」と優しく首を傾げるので、芽唯は「なんでもないです」と噛み締めるように返事をする。
そう、なんでもない。なんでもない、ちょっとした喧嘩だったのだ。
たまにはこんな日があっても悪くない。そう思える程度の。
「明日のお弁当はお肉たっぷりにしますね」
嫌いな物を食べさせてしまったお詫びと……やはり少しでも手料理を好きだと思って欲しいという自分の為に肉中心の生活はやめられない。
芽唯の言葉に耳をぴるぴると動かしたレオナは一瞬きょとんとして、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、そうしてくれ。お前の手料理に勝る肉はないからな」
結局お肉がいいんですね。そんな言葉は飲み込んで、満足そうなレオナを見て自分も満たされた芽唯は力強く頷いた。
レオナをもてなすにはお肉が一番なんだと、改めてそう思った。