空を掴む


 スポットライトがレオナ先輩だけを照らす。
 客席に向かってまっすぐ伸ばされた手は空を掴み、まるで風に砂を攫わせるかのような仕草は周囲の映像も相まって本当にそこに砂が舞い上がっているようだった──。

◇◆◇

 半年前にグルーヴィー・アリーナで開催されることが決まった『ブレイジング・ジュエル』。
 なんでも学園長がその音楽堂の関係者と知り合いだそうで、『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』……通称VDCでヴィル先輩率いるNRCトライブのステージに感銘を受けて是非にと依頼してきたらしい。
 私とグリムは各寮から選ばれたメンバーがちゃんと練習をしているか、仕上がりはどうかなどの確認をする監督役に選ばれ、彼らとはまた違う立場だけれどこの公演に深く関わることになった。
 基本的に私はいつも通り見ているだけで、立ち位置、ダンスの振り付けアレンジや演出など細かいことはすべて各寮生に委ねられている。
 出番があるとすれば揉めそうになったり、サボっていたり、要するにトラブルが起きそうになった時くらいで、後の時間はお客さんも同然。今だってソロ曲を本番同様の状態で練習するレオナ先輩を客席から見ているだけで何もしていない。
 一応、物販で売られる予定のペンライトを両手に握って場を盛り上げようとしたのだけれど、レオナ先輩が熱唱するバラードの雰囲気に呑まれて微動だにすることが出来なかった。

「メイ、どうだった」
「わっ⁉」
「驚きすぎだろ……」

 曲の終わりに客席に背を向け、暗闇に向かって舞台から捌けて行ったはずのレオナ先輩が隣から顔を覗き込んできて肩が跳ねる。
 ペンライトを握りしめたままだった右手で胸を抑えた私はありきたりな「よかったです」という感想しか言えなかった。

「よかったって……なんか他にあるだろ」
「だ、だって……。こんな特等席であんなの見せられたらそれ以上コメントのしようがないですよ……」

 まだお客さんが入ってないのをいいことに、アリーナ席よりも前方の……しかもセンターからステージを見上げていた私の視界には歌っているレオナ先輩しか目に入らなかった。
 本当は監督役として映像とのマッチングや振り付けの魅せ方など着目しなければいけない場所はいっぱいあったはず。
 立ち位置に関しては……レオナ先輩はサバナクロー寮メンバーでの出演シーン以外はほとんど動かず、特にソロ曲はセンターでスタンドマイクに寄りかかるように歌っているだけなので特に注意することはない。
 というより、だからこそ私はソロ曲を歌うレオナ先輩から目が離せなくなってしまったのだけれど……。

「あの、でも……」
「ん?」

 ステージではどこか遠くの人のような気がしたレオナ先輩の袖を掴んで視線を合わせる。
 触れられる距離にいるレオナ先輩はいつもの、私の知っているレオナ先輩なのに、さっきまでのレオナ先輩は今にもどこかに消えてしまいそうで不安だった。それこそ、砂のように風に攫われてさらさらと流れるように消えてしまうんじゃないかって。

「かっこよかったです。なのにちょっと寂しくて……やっと手の届くところに先輩がいてくれて今は安心してます」

 少なくとも今の私たちは同じ場所に立っている。声をかければレオナ先輩は私を見てくれるし、返事もしてくれる。行かないで、と言ったらきっと立ち止まってくれる。

「なんだそりゃ。ただステージの上で歌ってただけだろ。大げさだな」
「そうなんですけど……」

 歌詞の内容のせいなんだろうか。それとも映像……もしくは演出?今にも手の届かない遠くにレオナ先輩が行ってしまいそうで怖くて、苦しくて仕方がなかった。

「ほら、歌詞をなぞってレオナ先輩が手を伸ばして空を掴むところとかあるじゃないですか」
「ああ……」

 光はそこにあるのに何も掴めないと、いつだって自分の手は空を握るという歌詞。そして最後にはオーバーブロットしたあの時のように、ならばすべて砂に変わってしまえばいいのだと静かに諦める。

「この距離なら触れられるのになって、ちょっと思っちゃって。先輩が何も掴めないはずないのに、って」
「まあ歌詞はそういう内容だからな。…………けどな」

 するりとレオナ先輩の手が動いて、袖を掴んでいた私の手を摑まえると指を絡ませる。

「先輩?」

 何をしているのかと見守っていれば、ぎゅっと握られた手を見せつけるように持ち上げたレオナ先輩は私の指先に唇を落すと目を伏せる。

「俺はお前に向かって手を伸ばしていたつもりなんだが。伝わってなかったようで残念だ」
「わ、たし……?」
「なんだよ、もっとキザな言葉で言ってやらなきゃ伝わらないか?」
「だ、だいっじょうぶ、です! 多分。なんとなく……」

 慌ててレオナ先輩の唇が触れている方の手を自分へと引っ張るがぴくりともしない。
 ぎゅうぎゅうと握られた手はレオナ先輩から逃げることを許されず、指同士はもっと深く絡み合う。
 まるで先程掴めなかったことを悔しがるように、絶対に離さないと言われているかのようで顔に熱が集中する。

「あ、あの放してください! レオナ先輩まだこの後ラギー先輩とジャックとステージに登らないとですよね⁉」

 最初にいくつか寮ごとの歌を挟んでMC。そしてツノ太郎から始まったソロがレオナ先輩、ヴィル先輩と何曲か続いてまた寮ごとに歌うことになっている。まだヴィル先輩のリハーサルは始まっていないけれど、立ち位置の確認や振り付けの再確認などやらなければいけないことは山ほどあるはず。

「俺はただ確認してるだけだぜ? なにせ俺は小心者だからなァ。こんな広いホールでステージに立つなんて緊張しちまう。我らが監督生殿に自分のパフォーマンスの仕上がりを聞いて自信を付けたいんだよ」
「もう! 嘘ばっかり!」

 くつくつと喉を鳴らして笑うレオナ先輩はまるでダンスでも踊っているかのように私の腰を引き寄せると「なあ、俺の歌はどうだった?」と耳元で囁く。
 なんだかバレエのポーズをとらされているかのような形になって、ポムフィオーレのダンスが脳裏をチラつく。あれ?そう言えば次って……。

「ちょっと、メイ! レオナ! アタシのリハを見る気がないならどっか行ってちょうだい! 気が散って仕方がないわ!」
「ヴィル先輩⁉」

 カッ、と大きな音と共に私とレオナ先輩が照らされる。
 どうやらヴィル先輩の指示で客席にスポットライトが向けられたみたいで、ステージ上のヴィル先輩すらも差し置いて私たちが主役のようにアリーナで不可思議なポーズをとっているのが衆目にさらされてしまう。
 スタッフの人たちはただ指示されたままライトをこちらに向けているだけのようで、不思議そうにこちらを見つめているけれど「あれってナイトレイブンカレッジに通ってる噂の第二王子だよな」といった声が聞こえて、私たちに興味を若干でも持たれていることは間違いない。

「わっ、わかりました! わかったからレオナ先輩放してください!」

 あまりの状況に耐えられず、体だけでも放そうと腰を捻れば案外簡単にレオナ先輩は離れてくれる。それどころが「行けばいいんだろ、行けば」とヴィル先輩に背を向けて私の手を引いてスポットライトから外れて客席を後にする。

「レオナ先輩どこに行くんですか……?」

 やだやだと足掻いたものの、せっかく繋いだ手を離すのも惜しくてついていけば「次の出番が来るまで休む」とレオナ先輩は欠伸をし始める。
 寝ている暇なんてそんなにないだろうに思わず「わかりました」と頷いた私は、舞台裏に一緒に戻るとしばらくの間抱き枕をすることになったのは言うまでもないだろう。

◇◆◇

 ついに迎えた本番当日。
 たかが学生のライブといえど、VDCで世間の注目を浴びたNRCトライブのメンバーを始め、ツノ太郎やレオナ先輩といった有名な生徒が多く出演することが話題を呼んで客席は満員。
 関係者の特権を活かさなければ、本番の前方センターなんて良席は確保できなかったと思う。

「お願いだから大人しくしててねグリム」
「ミスしたらあいつらのことからかってやるんだゾ!」
「もう……」

 ペンライトの代わりにグリムを抱き上げた私は、これから訪れる楽しい時間への興奮と共に出演者をよく知る者として緊張感に包まれる。
 エースやデュースは失敗しないだろうか。さっきまで楽屋に一緒に居たからちゃんと来ているのは知ってるけれど、レオナ先輩は自分の出番を寝過ごしたりしないだろうか。
 いろんな人の顔が浮かんでは消え、またいろんな不安と共に浮かび上がる。
 私の代わりにペンライトを両手に持ったグリムはただ楽しそうだけれど、VDCの時からこの感覚には慣れる気がしない。
 けれど、私のそんな不安をよそにNRCトライブの登場と共に幕を開けたライブは大きなミスもなく順調に進む。
 マジフト大会の映像で見かけた子だとか、一般開放日にモストロ・ラウンジを訪れた時に見たとか、どこでも目立つみんなを知る人は思っていたよりも多く、客席は凄い盛り上がっている。
 当然、その中で一番歓声やファンがグッズを身に着けている率が高いのはヴィル先輩なのだけれど、他のみんなも負けないくらいの人気で本物のアイドルのコンサートに来たのかと錯覚してしまう。

「みんなすごい人気だね」
「へーんだ、オレ様だってステージに上がってれば『キャー、グリムくんかっこいいー!』って人気者だったんだゾ」
「ふふ、そうかもね」

 けれど、やっぱりヴィル先輩を除けばほとんどは一般人の集まりなので歓声よりも笑いが起きたり、フロイド先輩に至っては拍手がオットセイみたいで面白いと煽ったかと思えば「飽きたからもういい」とばっさり切り捨てたりなど普通のコンサートではきっと起きないようなやりとりがたくさんあった。
 最初のMCが終わるとMC中にずっとそわそわしていたセベクがきっと食い入るように見ているに違いないツノ太郎のソロ曲が始まって会場が彼の歌唱力に圧巻される。
 それまでひそひそと聞こえていた声はどこからも聞こえなくなり、客席は彼のパフォーマンスに飲まれるようにライブにもっと熱狂していく。
 どこか切ないツノ太郎の心の叫びにも似た歌声が終わるとついにレオナ先輩のソロ曲が始まった。
 雷が落ちるようなツノ太郎の激しくもどこか寂しさを感じる曲と振り付けとはうって変わって、静かな曲調のバラード。それに合わせるようにレオナ先輩もスタンドマイクに両手を乗せるとセンターから動くことなく歌い上げる。
 客席はすでに曲の世界観に浸っていて、ゆっくりと黄色に灯されたペンライトが揺らめくけれど、やっぱり私は微動だにすることが出来ずただレオナ先輩を見つめ続け、腕の中のグリムも私が真剣に見ていることを察したのかペンライトをじっと握って静かにしてくれている。
 夕焼けのようなオレンジ色は暖かい色のはずなのに哀愁が漂い、レオナ先輩はやっぱり歌詞の通り何も掴めないと空を握る。けれど、リハーサルの時と違ってその視線の先に居るのは私なのだと、その手はわたしに向けて伸ばされているのだと思うと自然と頬に熱が集まった。

「っ……」

 思わず伸ばしかけた腕をぎゅとグリムを抱きしめて誤魔化してレオナ先輩を見つめる。
 客席には人がいっぱいいるはずなのに、まるで世界に二人きりのように錯覚し始め、目が合ったような気すらする。早く、リハーサル後のようにその手を握り返したい。
 最後にレオナ先輩が背を向けてステージから消えていくとあちこちから拍手が沸き上がる。
 すごかった、かっこよかった、あの人誰?そんな言葉が飛び交って、でもすぐに次のヴィル先輩の曲が始まってみんなそっちに心を奪われた。
 ……けれど、私は────。

「レオナのやつ、何も掴めないなんて嘘ばっかりなんだゾ」

 私を見上げたグリムは呆れたようにそう呟いた。

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