祝福セレモニー
「そういえばメイさんはレオナさんとどんな式を挙げるご予定で?」
「………………………………、はい?」
一瞬思考が停止した芽唯はまるで魔法で石にでもされたかのように固まった。それでもなんとかひねり出した言葉は答えというには短すぎるし、声もやけに裏返ったものだった。
だが、問いかけてきた人物──芽唯たちを群青の街に招いたジェイド・リーチは特に気にする様子も見せず、逆に満足そうにくすくす笑うと目の前に広がる海を見つめる。
「珊瑚の海で育った僕は残念ながら夕焼けの草原の文化には大変疎く、エタニティ・フロートのようなセレモニーがあれば是非教えていただきたかったのですが……その様子ではご存じなさそうですね」
「ご、ぞんっじって! わ、私だって知りませんよ! そ、そんな……むしろなんで知ってるって思ったんですか⁉」
「レオナさんとそういう話になることもあるかと」
「なっ、……くはない…………、かも」
即座に否定しようとした芽唯の脳裏にいつだったか賢者の島で聞いた鐘の音が響く。
今日と同じように見知らぬ誰かの結婚式に想いを馳せた日であり、慌てふためいて真っ赤になったところまで一緒だな……とごにょごにょ言葉を濁した芽唯は口を閉ざした。
「ジェイドさん、レオナさん……というのは?」
「メイさんの恋人ですよお母さん。フィアンセ、と言った方が正しいでしょうか」
「まあ、メイさんにはそんな方がいらっしゃるの? 夕焼けの草原ということは獣人属かしら」
ジェイドの隣に並び立つ彼そっくりのすらりとした背の高い女性が芽唯の顔を興味深そうにのぞき込む。
口元に浮かんだ笑みも、ギラギラと獲物を見つけたかのように光る瞳も、ジェイドとフロイドにそっくりで彼女が彼ら二人の母親であることを改めて認識させられる。
ぐいぐいと近づいてくるジョルジーナに気圧された芽唯は後ろに数歩下がりながらも「フィアンセではないですけれど……」と訂正しながら頷いた。
レオナは確かに恋人だし未来を見据えた話もしたことがあるけれど、あまり先走りすぎるのは良くないだろう。なにせ彼は……。
「その、変に噂が立つと迷惑をかけてしまうかもしれない立場の人なので内密にお願いします」
「事情がありますのね? もちろん言いふらしたりなんてしませんわ。けれどジェイドさんが知っているということは学園内ではお二人の交際は周知されているということかしら」
「ええ、二人の仲はボクたちも存じています。紳士的とは言えない部分も多い方ですが、学園では寮長や部長を務めていて彼女のこともとても大切にしています」
ジョルジーナの質問に最初に答えたのはリドルだった。
「そうだね、
「みなさんにそう言われるなんて、メイさんはとても良い人と番になったのね。お相手が居なければうちのジェイドさんかフロイドさんは如何かしらとオススメしようと思っていましたのに」
「えっ⁉ え、っとそれは……」
「お母さん、勝手なことを言って彼女を困らせないでください。僕もフロイドも彼女とはそんな関係ではありません」
焦る芽唯とは裏腹に冷静に返すジェイドは肩を竦めると「申し訳ありません」と芽唯に笑みを向ける。
「この場にレオナさんが居なくて実に残念……いえ、よかったです」
「はは……ほんとに…………」
謝罪の言葉とは裏腹にジェイドの浮かべた笑みはニヤリとどこか含みがあるもので、芽唯を揶揄っているのか、それともレオナと一触即発の状況にならなかったことを惜しんでいるのかは測りかねた。
なんとか笑って返した芽唯だったが、そんなジェイドの隣でジョルジーナも同じ笑い方をしているので背筋が震える。ジェイドもフロイドも自身にそういった好意を持っていないことはわかっているが、仮に本気で自分を番にしたいと狙っていたらきっと親子揃って外堀を埋めに来たに違いない。
自分には関係ないことなのに、いつか彼らにそうやって囲われる相手がそれを喜べる人であることを祈りながら他の参列者に囲まれて祝福されている新郎新婦に視線を送る。
「わ、私はエタニティ・フロートをすることはないと思うんですけど……。とっても素敵なセレモニーだなとは思いました。ちょっと不思議な部分もあったけど、大切な人との幸せな未来を願ってっていう気持ちはわかるし」
次々と襲い掛かる試練に耐え抜くだけならば絆を試されているのだと理解は出来るが、エタニティ・フロートで最も良いとされているのは新郎新婦が乗り込んだ船が転覆すること。愛の試練を乗り越えれば、後は浮かんでいくだけという考えと共に、逸話と一緒に語り継がれてきた伝統は先ほどジェイドの手で最高の形で成し遂げられた。
「そうだね。夫婦の門出としてとても素晴らしい。夕焼けの草原にもいくつか同様の伝統はあるけれどレオナくんがどれを行うかは流石の私にもわからないかな」
「そっか、ルーク先輩って夕焼けの草原出身でしたよね」
「ウィ! 覚えていてくれて嬉しいよ。軽く例を挙げるとするならば雨は吉兆をもたらすとされているね」
「サバンナである夕焼けの草原では雨は恵の象徴。結婚式の当日は雨が降ると夫婦の未来が渇きや飢えに苦しむことがないことを約束される……というのはボクも文献で読んだことがあります」
「雨かぁ……」
ルークの話を補足するように語るリドルの言葉に耳を傾けていた芽唯は思わず空を仰ぎ見る。どこまでも快晴が広がる空は雲もほとんどなく晴れ渡っていて雨が降ることはないだろう。
「私の世界では六月に結婚すると一生幸せな結婚生活を送れるって言い伝えがあったんですけど、住んでた国はちょうど梅雨の……雨季になってしまうので晴れることを願いつつ日程を決めたり、逆に雨を演出に取り入れるなんてこともあるって聞いたことがあります」
言い伝えの由来はわからない。けれど結婚と言われて思い浮かぶのはジューンブライド──六月の花嫁。
「雨が降ると良いなんて言い伝えがあったらもっと結婚式が集中しちゃいそうですね」
「ふふ、それぞれ国の事情が見えて面白いものだね」
「ねえツノ太郎。茨の谷にはそういうのってあるの?」
「ん……? そうだな……」
ずっと聞く側に徹していたマレウスに声をかければ首を捻った彼は瞼を閉じる。
「僕は民の婚姻に関わることはなかったのであまり詳しくはないんだ。妖精族と人の子の婚姻も近年増えてきたが谷で暮らすものもいれば国を出て行く者もいる」
「そっか……。今度いろんな国のそういうの調べてみようかな……」
きっとトレイン辺りに訪ねれば喜んで教えてくれるだろう。婚姻一つとってもその国特有の文化や歴史が見えてくる。
もしかしたら茨の谷のことに関してもトレインがマレウスも知らないことを教えてくれるかもしれない。
「祭事に関してはわからないが、僕ならお前とキングスカラーの式に恵みとやらはもたらせてやれるかもしれないな」
「へ?」
「ああ、そういえばマレウスさんは天候にすら影響を及ぼせるとか」
「それは……人為的に雨を降らせるということかい? 恵みと言っていいのか疑問なんだけれど……」
ぱちくりと瞳を瞬かせると芽唯の隣でジェイドとリドルがそれぞれの反応を示す。
「ふふ、その場合は自然の恵みではなく
「ツノ太郎からの……」
ルークの言葉を受けてマレウスに視線を送れば、彼はただ不敵に微笑んだ。
◇◆◇
夕焼けの草原の大地を雨が濡らす。
天高くから降り注ぐそれは雨季が自然ともたらしたものであり、明日行われるレオナと芽唯の式を祝うものだと誰もが口にした。
「もう、ツノ太郎ってばそんな顔しないでよ。予報が変わって雨になったんだからいいじゃない」
新婦である芽唯の家族として呼ばれたマレウスは空を眺めては不機嫌そうに雲を睨みつけている。
「ったく……そんなトカゲ野郎は放っておけよメイ」
塊肉を自慢の牙で噛み千切ったレオナはため息をつく。マレウスは食事もとらずに空を眺めてから数時間が立とうとしていた。
「そうじゃぞメイ。せっかくお主が作ってくれたというのに食事が冷めてしまう。その頑固者に付き合っていたら明日の式が始まってしまうぞ」
「でも……」
我関せずと先に食べ始めているのはレオナとリリアだけで、護衛、そして参列者として付いてきたシルバーとセベクもマレウスが席につかなければ従者として主人より食事を始めることはできない。
自分たちの会話が聞こえているかも怪しいマレウスの手を強制的に握った芽唯は「ツノ太郎、ツノ太郎」と何度か彼の名を呼び、ようやく意識を自分に向けることに成功した。
「ご飯、冷めちゃうよ」
「……僕のことは良い」
「私たちが困るの! シルバー先輩とセベクだってずっと困ってる。セベクのお腹の音が聞こえるでしょ?」
「おいメイ! 僕の腹の虫を引き合いに出すんじゃない!」
ぎゅる、ぎゅるるると盛大に鳴るセベクのお腹の音は耳を傾けなくてもよく聞こえる。
「マレウス様、メイや親父殿の言う通りです。せっかくの料理が冷めてしまいます」
「………………」
彼を囲うように芽唯とシルバーが訴えかければ不満そうな表情は変えられなかったがようやくマレウスが席に着く。
あのレオナがかつてのディアソムニア寮生と席を囲んでいるのはなんだか不思議な気分だが、婚姻をするにあたって話をスムーズに進めるためにと芽唯が書類上マレウスの養女になってからは度々目にする光景だった。
「で、今回は何を拗ねてやがるんだ」
面倒くさそうに問いかけたレオナはマレウスを見やると飲み物を一気に飲んで喉の渇きを潤す。すでに皿の上から料理はすべて消えていて、レオナの皿を使用人がそっと下げる。
「雨が……」
「雨…………?」
フォークを手に取ったマレウスはナイフで小さく切った肉を頬張りながら恨めしそうに窓の外を睨む。
「すまんのうレオナ。マレウスは自分の力でこの雨を降らせてやりたかったんじゃ」
「はあ? どういうことだよ」
「かつて人の子と約束をした。お前とキングスカラーが式を挙げるときは僕が雨を降らせてやると」
マレウスの言葉に群青の街での会話をレオナに伝えたことはなかったことを思い出した芽唯は、彼の耳元に唇を寄せて囁くようにあの日の約束を伝える。
「昔ジェイド先輩に誘われて結婚式を見に行ったことがあったでしょう? その時、夕焼けの草原で縁起がいい式の話しになって、私たちが結婚する時に雨が降らなかったらツノ太郎が降らせてくれるって約束してくれたの」
「……それは降らなかったらって約束なんだろ? 自然に雨が降ったならそれでいいだろ……」
「ツノ太郎そういうとこ結構こだわるから……」
あの日、約束した時にマレウスはそれを祝福として贈ろうと言ってくれていた。マレウスにしてみれば贈り物をする機会を奪われたに等しい気分なのだろう。
「相変わらず図体がデカいだけのガキみてぇな奴だな……」
呆れてため息をついたレオナはマレウスをじっと見つめる。
年齢だけ考えればマレウスはかなりの年上だ。レオナと芽唯が生きれる年齢はとっくに超えていて、けれどドラゴンは千歳でようやく一人前というなんとも複雑な関係で、精神年齢だけならばこの場に居る誰よりも幼いのかもしれない。
「そもそも、角が折れた時に天候を変える力はなくなったんだろ」
「失ったわけではない。角が成長するまでの間使うことが出来ないだけだ」
「それを失ったって言うんだよ!」
相変わらずそりが合わない二人の会話はどこか見ていてはらはらとする。苦笑しながら見守っていた芽唯はそんな二人の争いなど気にすることなく降り続ける雨へと視線を向けた。
レオナと芽唯の結婚に浮足立った国民たちは予報が外れたことは気にしておらず、二人の愛が天候すらも変えた、空が祝福しているのだと都合のいい解釈をしている者すらいる。
「祝福か……」
あの日青空の下で話したのは様々な歴史や伝統、結婚式にまつわる伝統から見えてくる国の背景。
「ねえ、だったらツノ太郎が一番いいと思う方法で祝ってみて」
「何?」
「誰もやったことがないことが、それをきっかけに引き継がれていくかもしれない。私とレオナさんの名前が歴史から消えても、エタニティ・フロートみたいに由来だけは残るかもしれない。そうなったら素敵じゃない?」
いくつかの国を訪ねたことがある芽唯は名前は知らない素敵な誰かの経験をたくさん耳にした。それは遠い時代のお姫様だったり、心優しき青年や異種族同士の結婚だったりと状況は様々だ。
ならば、異世界人の芽唯と一国の王子であるレオナの話も未来の誰かに届くことがあるかもしれない。気が遠くなるほど長く、果てしない話だ。芽唯がその結果を知ることはないだろう。
「ツノ太郎ならどうなったか見守っていくことが出来るし当事者としての話もずーっと出来るでしょう? もし伝統として残ったら私きっと嬉しくてゴーストになってでも見に行っちゃうな」
「おいメイ、あまりこいつに変なことを吹き込むな……」
マレウスと睨み合っていたはずのレオナが芽唯の肩を掴む。一方で、芽唯の話を黙って聞いていたマレウスは瞳をぱちくりと瞬かせると口角を上げてにやりと笑う。
「まったく、お前は本当に僕を楽しませてくれる。伝統として残したいというならば人の子でも再現できるものにしなければならないな」
肩を震わせ笑ったマレウスはリリア、そしてシルバーとセベクに目配せをする。
「明日のお前たちの式は歴史に深く刻まれ、誰もが羨み、自分たちもと懇願した人々ににより夜空に光り輝く星々と同じようにその形を幾度もなぞられる。そんな結婚式にすると約束しよう」
「マレウス様に頼み事など図々しいにもほどがある……と言いたいところだが、僕とてお前の頼みは無下に出来ん。精々祝われる準備をしておくことだ!」
「すまないメイ……。わかっているとは思うがセベクに悪気はないんだ。俺も誠心誠意を持って明日の婚儀を祝わせてもらおう」
「くふふ、そうと決まれば腕が鳴るわい。こうした祝い事に参加するのはいつぶりだったか。茨の谷の妖精として、その名に恥じぬよう盛大に祝ってやらねばな」
次々と立ち上がった四人はいつのまにか食べ終えていたのか空の皿を残して席を立つと、軽くお辞儀をしたかと思えば緑の光を纏って姿を消す。マレウスが得意としている転移魔法で用意しておいた宿泊部屋へと帰っていったのだろう。
「あいつら……落ち着いて飯を食うことも出来ねぇのかよ」
「ふふ、いいじゃないですか。妖精からのお祝いなんて、きっとファレナさんたちももらってないですよ」
「そりゃそうだろうが……面倒なことにならなきゃいいが……」
額を抑えたレオナはため息をつくとテーブルに肘をつく。ジト目で芽唯を見つめるサマーグリーンには呆れが含まれている。
「大丈夫ですよ。流石にツノ太郎たちも結婚式を台無しにしたりしないだろうし、何かあったらまた頑張ればいいだけです」
例えまたマレウスが参列者どころか国全体を眠りにつかせても絶対に起こせる自信がある。彼らが妖精としての誇りを持っているように、ナイトレイブンカレッジの猛獣使いの名は伊達じゃない。
積み上げてきた経験と共に胸を張ればレオナは「そうじゃねェだろ」と肩を落とした。
「だって、レオナ先輩と私の結婚式が本当に伝統として残ったら素敵じゃないですか? もちろんキングスカラー家の歴史としてちゃんと刻まれるとは思うんですけど、誰かが私たちの式に憧れて同じことをして……。見も知らぬ誰かが語り継がれた私たちに想いを馳せてくれるんですよ」
エタニティ・フロートの由来になった人魚と人間のカップルの名前を芽唯は知らない。もしかしたら名前自体は残っていないのかもしれない。
けれど、あのセレモニーが今も続いているのは彼らや、その後に続いた人達が幸せになったことの証明だと芽唯は信じている。
「見も知らぬ誰かねぇ……」
興味なさそうに瞳を眇めたレオナは芽唯を見つめて口角を上げる。ゆっくりと伸ばされた手が揃いの指輪をはめた芽唯の指先をなぞるように動くと指と指が絡み合う。
「ならしっかりと伝統として残るように、お前を幸せにしなくちゃならねェな」
「ふふ、任せてください。絶対に幸せにしてみせます」
「おい、そこは『お願いします』っていうところだろ』
「夕焼けの草原は強い女性の方が多いから、こっちのほうが残りやすいかもですよ?」
「なんだそりゃ」
芽唯がくすくすと笑えばレオナも肩を揺らして笑う。
窓の外では仲睦まじい二人を祝うようにいつまでも恵みの雨が降り続いていた。
──二人の結婚式がどうなったのか、そもそも人々の記憶に残っているのか。
茨の谷の王はその話題になると必ずこう口にした。
「夕焼けの草原を訪ねるといい。彼らの話を知らぬものはいないだろう。永く、永く今も変わらず愛され語り継がれている。……それが僕からの祝福だ」