光は自ら収まった
頭の中でメロディーが流れる。目を閉じればサバンナの景色が浮かび、眩しい夕日に照らされている獣の遺伝子を継ぐ三人の姿がそこにある。
「ただ一瞬煌めいた〜♪」
耳から離れない曲に合わせるように口ずさむのは彼らがステージで見事歌いきったあの曲。
違うのは目の前にいるのは観客ではなく、これからレオナに食べてもらう予定の朝食になる予定のもの。フライパンの上に転がしたソーセージは油を跳ねさせながらパリッと皮が割れ、食欲を誘う匂いが漂う。
「鮮やかな光〜掴むため〜♪」
気分よく歌い始めてしまった芽唯は調理を進めながらサバナクローの皆が踊った振り付けを思い出す。
彼らは特別歌やダンスのレッスンを受けてきた訳ではない。純粋な技術を比べられたら日頃から訓練してきた人に負けてしまうだろう。
けれど、レオナが冷静にそれを分析し、自分たちならではのパフォーマンスでその溝を埋め経験者のいる寮と比べても遜色のないステージを完成させた。
「かっこよかったなぁ……」
歌詞の内容が不屈の精神を持つサバナクローに合っていた。そしてステージに立つ誰よりも雄々しく、迫力のあるダンスは今思い出してもうっとりしてしまう。
特にレオナは寮に与えられた曲だけでなくソロでも一曲歌いきり、観客の心はもちろん芽唯の心も当然掴んだままだった。
「そんなに褒めるなら直接言ってくれても良いだろう?」
「わっ⁉」
ぬっ、と肩のあたりに気配を感じたかと思えば後ろからレオナに抱きしめられる。
芽唯が驚くことは予想済みなのか、フライパンを握っている手はしっかり掴まれ、例え芽唯が手を緩めてしまったとしても危なくないよう配慮されているのが憎らしい。
「もう……」
肩を竦めた芽唯は良い感じに焦げ目のついたソーセージを皿に盛るとフライパンをシンクに移して水をかける。温まったフライパンがじゅわーっと音を立てながら冷えていくが、芽唯の頬に集まってしまった熱はそうはいかない。
「危ないですよ、レオナ先輩」
「それは失礼。何度か声はかけたんだがな。歌うのに夢中で気づいてなかっただろ」
「やだ、いつから聞いてたんですか?」
「お前がサビを歌い始めたところから」
「最初からじゃないですか!」
聞かれていただなんて恥ずかしい。
ますます頬に集まる熱を逃がすように皿に多めに野菜を盛ってやれば「おい」と非難の声が飛ぶが聞こえないふりをする。
「グリムって起こしてくれましたか?」
「ふなふな言ってたが無理やり洗面所に押し込んでおいた。そのまま洗面所で寝なきゃ顔洗ってすぐ出てくるだろ」
「ありがとうございます!」
レオナは先に洗顔を済ませたのか、服装こそ寝間着のままだが髪は既に編まれている。
芽唯から離れたレオナは準備が終わった皿を食卓に運んでくれて、芽唯がレオナの前に着席する頃にはグリムもまだ眠そうな顔だったが顔を洗い終えたのか席に着いた。
「オレ様まだ眠いんだゾ……」
「打ち上げだーって遅くまで遊んでるからでしょ? 結局何時に寝たの?」
「あいつらが帰らねぇのが悪いんだ。でも、それくらい楽しかったから仕方がねぇんだゾ」
ブレイジング・ジュエルが無事に成功し、昨夜はそのままオンボロ寮で打ち上げが始まった。
皆ライブを終えて疲れているはずなのに、どこにそんな体力が余っているのか参加した全員が集まったパーティーは夜遅くまで続いてグリムは最後の最後まで残っていたらしい。
玄関の施錠をしっかりしてくれたのでありがたいのだが、きっと今日は恐らくどこかのタイミングで眠ってしまうだろう。
「まァ、まだメイも昨日の余韻が残ってるみたいだしなァ?」
「もう……ちょっと歌ってただけじゃないですか。そんなに揶揄わないでくださいよ」
だって昨日のステージはそれくらいすごかった。
今日だけと言わず、明日も明後日もこの半年ずっと聞いてきたみんなの歌を口ずさんでしまうだろう。
「でもなんだか不思議な感じ。昨日一日がすごい非日常だったのに、急に現実に戻ってきたみたいな」
食パンに齧りついたグリムの口元に着いたパンくずを払いながら芽唯はレオナを見る。
鋭い牙がソーセージを噛み千切り、皆同じ大きさのはずのパンをほんの数口で食べて終えてしまう。
「別に昨日だってそう変わりないだろ」
「レオナ先輩は試合とかでも慣れてるからそうでしょうけど……。私にしてみればマジフト大会とかVDCとかのばら城に招待された時並みにドキドキの連続でしたよ」
まあ、前者二つのイベントにはオーバーブロットという特殊な状況も付いてくるのでまったく同じかと言われれば違うのだが。
前日から胸を高鳴らせて迎えたイベントがこんなにも増えたのかと改めて噛み締めた芽唯はレオナを見つめる。
ステージに居た時はどこか遠くの人に見えたレオナだが、一度降りてしまえば普通に触れられて胸をなでおろしたのが昨日の夜のこと。
芽唯の希望で渋々打ち上げに参加したレオナはなんだかんだ文句を言いつつも楽しんでいたのか、芽唯の隣から離れなかったものの同じ寮であるラギーやジャックはもちろん、エペルやイデアといった他寮生ともなにやら話していた。
特にエペルはサバナクローのダンスがかっこよかったと話していて、すぐにヴィルが混ざってばちばちと軽く火花が見えた気がした。
最後の挨拶の時、どの寮も寮長が自分たちの寮が一番よかっただろうと客席に問いかけていたが、全員が自信を持ってそう言うのも頷けるくらい素晴らしいステージだったから仕方がない。
打ち上げでは客席から見ていたというのもあり、芽唯に直接どうだったかと皆問いかけてきたが「えっと……」と困った顔で芽唯がレオナを見るのですぐに察して「ま、そうだろうな」と勝手に納得してしまうことが多々あった。
別に恋人だからと贔屓することはないのだが、レオナのソロ曲やダンスを見てしまったら申し訳ないのだが「レオナ先輩」以外の答えは言えそうにないので間違ってはいない。けれど「やれやれ御馳走様」みたいな空気を出されるのは正直恥ずかしかった。
「もう一回見たいなぁ」
いや、もう一回と言わず何度だって見たい。
学生の出し物だということが嘘のようなステージは今も目に焼き付いているが、きっと徐々にこの記憶は薄れていく。そうならないよう、何度も何度も見れたらいいのにと目を閉じる。
「気が向いたらまた歌ってやるよ」
「本当ですか?」
「料理中に歌いだすくらいには気に入ったみたいだしなァ? 何度もステージに立てと言われるのは面倒だがお前の為に歌うくらいなら構わねぇよ」
くつくつと喉を鳴らしながらニヤリと笑ったレオナはどこか満足そうで、その笑みを見ながら朝食を食べ終えた芽唯が立ち上がるとレオナも一緒に席を立ってキッチンへ皿を運ぶ。
「ネイル落とさないとですね」
隣のレオナの爪を見て芽唯が呟けばレオナは嫌そうに深く息を吐く。
「……窓開けてくる」
「ふふ、そうですね。レオナ先輩とグリムには匂いが結構きついかも。お皿洗ってる間に準備お願いします」
ステージに上がった生徒は皆それぞれの寮をイメージしたカラーで爪を飾った。もちろんサバナクローも例外なく塗っていて、一晩経ったがレオナの爪は黄色で彩られている。
レオナだけでなく、ジャックもラギーもネイルに関しては塗っている時から「匂いが……」と不満を口にしていたが妥協は許さず、指の先まで神経を張り巡らせるダンスをする以上爪先までしっかりと魅せるべきだとネイルを塗った。
レオナの爪は塗るのからオフするまで全部芽唯が担当することになっていて、シンプルにただ一色塗るだけなのにレオナの爪を黄色に染めるのはとても緊張したのは記憶に新しい。
「よし……」
遅れて食べ終えたグリムの分まで皿を洗い終えた芽唯が軽く手を拭いて戻ると開け放たれた窓から入り込んだ風がカーテンを揺らす。
「あれ、グリムは?」
「臭いのは嫌だと出て行きやがった」
「あはは……。ネイル塗ってる時も最初は興味津々だったのに匂いを嗅いだ途端出て行っちゃいましたもんね」
また似たような匂いを嗅がされると勘づいて颯爽と出ていく姿が脳裏に浮かぶ。芽唯の親分はそういう勘は良い方だ。
眠い眠いと言い続けていたし、きっとどこかでもう一眠りするのだろう。
「ん」
「はいはい」
差し出された手を見てレオナが腰を下ろしていたソファの正面に座った芽唯は彼が用意してくれたコットンに除光液を染み込ませ、自分の手よりはるかに大きい褐色の手のひらを握り、一番大きな親指から順にコットンで数秒爪を押さえてからつまむようにしてネイルを落とす。
人差し指、中指……と順番に続け、また親指に戻って取り切れなかった分を落とすしていると「くせぇ……」と不満そうな声と共にレオナが手元を覗きこむ。
「嫌ならこっち向かなきゃいいのに」
「どこ向いてたって変わらねぇよ」
「ふふっ、鼻が良すぎるって大変ですね」
元の色に戻ったレオナの爪をじっと見つめたままくすりと笑えば、不満を訴えるようにレオナは芽唯の手をぎゅっと握って離さない。
「先輩、そっちの手もやらないと」
レオナの手から逃れようとしてみるがまったく力が緩まない。それどころか、するりと指の間にレオナのそれが入り込み、ぎゅっと握られてしまって芽唯はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「レオナ先輩?」
行動の意図が読めなくて顔を上げてサマーグリーンを覗き込めばレオナの目元が優しく蕩ける。
「せん、ぱい……?」
そのままレオナを見つめていれば絡んでいた手が少しだけ離れ、改めて掴まれ持ち上げられたかと思えば指先に唇が落された。
ちゅっ、と軽くリップ音を立てて目を伏せたレオナは唇で弧を描くと瞼を開けて芽唯を見つめる。
「悪いな。昨日散々空を握ったもんで、手元に獲物が転がり込んで来たから手放し難くなった」
「獲物って……昨日リハーサルでも言いましたけど、レオナ先輩が何も掴めないはずないです。ジャックたちと歌ってる『鮮やかな光』っていうのも絶対に掴めます」
サバナクローの曲も、レオナがソロで歌った曲も懸命に何かに手を伸ばすことを歌っている。
けれどソロ曲は何も掴めず諦めてしまう心情を歌い上げ、サバナクローとしての曲はたった一瞬見つけた光を掴むまで諦めないことを歌う相反する内容だ。
ぎゅうぎゅうと芽唯の手を握るレオナは「どうだろうな」と首を捻った。
「掴んだ瞬間消えちまうかもしれねぇだろ」
「……少なくとも私はどこにも行きませんよ」
いつ元の世界に戻されるかわからない自分がそんな保証できるわけがないのに芽唯はレオナの手を握り返しながらそう言うと、そっと手を離して投げ出されていた左手の作業に取り掛かる。
「レオナ先輩が求めてくれる限り、私からも手を伸ばし続けますから」
一瞬どころか相手に強烈に焼き付いている光が自分である自覚がある。きっとお互いに。
レオナには芽唯が必要だし、芽唯にはレオナが必要で。もし離れ離れになったとしても双方から手を伸ばしていれば、どちらかの手は届くだろう。
「はい、おしまい」
ネイルを落とし終えた手をゆっくり手放した芽唯は立ち上がるとレオナの隣に腰を下ろす。
ぴたりとくっつくために身を寄せれば、黙ったままだったレオナが戸惑いながら「おい」と零す。
「私だって寂しかったので……。今日はこのまま二人でのんびりしたいです」
ただの歌詞だということはわかってる。
けれど耳から離れないあの歌がまた互いの手が届かない距離に身を置くことになってしまうのではないかと不安にさせてくる。
「次に歌う時は手の届く距離にいてくださいね」
こてん、とレオナの肩に頭を乗せた芽唯が投げ出されたままのレオナの手に自分の手を重ねればゆっくりと指が絡み合う。
「それじゃあ歌に気持ちが込められそうにねぇな」
「いいじゃないですか。獲物を無事に狩ることが出来たってことで」
くつくつと喉を鳴らして笑うレオナは目を細めると芽唯の方へ自分からも体を寄せる。
ぴたりと隙間なくくっついた二人は互いの温もりに安堵し、沈黙が続けばきっとこのまま眠りに落ちてしまうだろう。
そんな安心感に包まれた芽唯はネイルが取れていつもの手触りに戻ったレオナの爪を指先で撫でながらくすりと笑う。
「私だけはずーっとレオナ先輩に捕まってます」
何も掴めないと歌うレオナを見てグリムが嘘だと呟いていたがきっとその通りだ。
ステージ上で空を掴んだ瞬間も、鮮やかな光を追い求めると歌っていたあの時も、レオナは芽唯の心をずっと掴み続けている。
そして、それはステージを降りた今も変わらない。
「絶対、手放さないでくださいね」
「………………ああ」
きっとレオナならこの先どんな運命が待っていたとしてもこの手を離さないでいてくれるだろう。
大勢の客を魅了したあの曲の歌詞のように。