満たして癒して


「えっレオナ先輩、雷霆の槍を一人で扱ったんですか⁉」
「おい、動くな」
「あぅ、ごめんなさい……」

 長い長い夜が明け、漸く帰路に付いた私達。
 つい先ほどまで世界を賭けた戦いをしていたというのに、差し込む朝日を見ているとすべてが夢のように思えてくる。
 何席も占領して横になり、私の膝の上に頭を乗せているレオナ先輩は見目が変わり果てわんわんと泣き続けるヴィル先輩を睨みつけては深く息を吐く。

「いい加減にしろよヴィル。おちおち休むことも出来やしねぇ」
「レオナ先輩は十分休んでるように見えますが……」
「あ? なんか言ったか蛇野郎」
「いえ……」

「ったく……」と軽く舌打ちをしたレオナ先輩は耳をぺたりと畳むと位置を決める為、何度もごろごろと私の膝に頭をこすりつける。
 そんなレオナ先輩の姿にジャミル先輩は再度口を開きかけたが首を振って言葉を飲み込む。
 ジロリ、と向けられる視線に苦笑で返せば「……そっちのチームはどう扱ったんだ?」と話しが元へと戻される。

「どう……って、みんなで持ち上げて、ルーク先輩が狙いを定めて……」
「メイサンも頑張って支えてくれたんです」

 ね!と笑うエペルはヴィル先輩の背を擦りながらこちらを見る。

「力を合わせて仲良しこよし、ね。美しすぎて泣けてくるなァ」
「そう思ってる風にはまったく見えませんが……」

 肩を震わせて笑うレオナ先輩を不満そうに見るリドル先輩。彼もきっとアズール先輩と協力してなんとか雷霆の槍を使ったのだろう。
 膝の上でまだ小刻みに揺れているレオナ先輩の髪にそっと指先を差し入れる。
 指の間を流れる髪は土埃を被って、綺麗とはとても言えない状態。それでもさらさらと抜けていくのは元の質が良い証拠だろう。
 
「お疲れ様です、レオナ先輩」
「……あァ」

 雷霆の槍。その凄さはこの目で見たのでよく知っている。
 そもそも、並大抵の魔法士ならまず起こすことが無いオーバーブロットを体験した『優秀な魔法士』が五人も揃っているのに、単体で扱うことが出来たのはレオナ先輩ただ一人。
 しかも、そのレオナ先輩ですら使いこなすのに時間が必要だったし、二度目を撃った後は撤退を余儀なくされた。

「帰ったら全員魔法医術士に見てもらわないと、ですね」
「やっと検査地獄から抜け出したってのに、また身体をあちこち測られるのはごめんだ」

 ごろんと顔を私のお腹に埋めて、耳を畳んだレオナ先輩の絡みつく腕の力が強くなる。

「いたたた、で、でも。魔力だっていっぱい消費したんでしょう?」

 珍しく力いっぱい抱きしめられているのは彼なりの抵抗なのだろう。
 同じく二人組で槍に魔力を注ぎ込んだリドル先輩とアズール先輩を見やれば二人は頷く。

「えぇ。まぁ……レオナさんもジャミルさんも、そこの誰かさんと違って余力を残してはいるのでしょうが、身体に負担がかからない訳じゃない」
「誰かさん、というのはもしかして僕のことかい?」
「僕は別に誰のことも名指していないのですが。自覚があるようで結構です」
「ウギィ……ギギ……」

 少し顔を赤らめたリドル先輩だったが、大きく息を吐いて自分を律する。その後少し間が空いたのは、自分を宥めるためだろうが、疲れが大きいというのもあるのだろう。
 恨めしそうな目でアズール先輩を見て「まぁ、君に助けられたのは事実だからね……」と忌々しそうに呟くと、まるでハーツラビュルの薔薇のように色が変わった白髪をかきあげ耳にかける。

「全員魔法医術士にかかるべきなのは僕も同意見だ。『冥府』に近づきすぎたのもあるだろうが、あの長期戦に加えて、不足分を補うための魔力消費でブロットの溜まり方が尋常ではない。療法をしっかり指導してもらうべきだよ」

 まだ鈍く光を放ってはいるが、元の輝きからは程遠い魔法石を取り出した全員がゆっくり頷く。
 黒く染まる姿にいい思い出はないが、少なくともこの穏やかな時間の中で誰かがオーバーブロットを引き起こすことはないだろう。

「もちろん、レオナ先輩にも必ず受けてもらいますから、そのつもりでいてください」
「あァ? 俺は肉食って寝てりゃ治る。必要ねェよ」
「また貴方はそういう勝手を……!」

 苛立ちを隠すことなくレオナ先輩を睨みつけるリドル先輩にいつもの覇気はない。
 全員気丈にふるまってはいるが、相当な疲れを感じているはず。
 横目でリドル先輩を見たレオナ先輩は「ふぅ……」とため息を零すとマジカルペンを取り出して私に投げつける。

「わっ……と、ん……あれ?」

 慌ててつかみ取ったマジカルペンに朝日がきらりと反射する。
 その色はどこかみんなのモノよりも澄んだ色をしている気がしなくもない。

「ブロットが抜けてる……?」
「言ったろ、必要ねぇって」
「そんな馬鹿な……! 魔力量は人それぞれだとしても、ブロットの限界に個人の差はあまりないはず。どうしてレオナ先輩だけ既にこんなに回復してるんだ!」

「ありえない!」と声を荒げるリドル先輩が私の手からマジカルペンを受け取ると自分の物と並べて見比べる。
 赤黒く濁ったリドル先輩の石と比べて、レオナ先輩の物は既に朝日を反射する程度には輝きを取り戻している。
「これはこれは……」と興味深げに眼鏡の位置を直して見つめるアズール先輩は思い当たる節があるようだ。

「そりゃあ……当然でしょ……ぐすっ」

 ぐす、ぐす、と鼻をすする音と共にヴィル先輩が涙に濡れた瞳でこちらを見る。
 どうやら泣きながらもこちらの会話に耳だけは傾けていたようだ。

「ブロットっていうのは魔力の消費はもちろん、感情にも影響を受ける……っていうのはアンタたちならよくわかってるでしょう」

 自分のマジカルペンを取り出したヴィル先輩は黒く濁ったそれを軽く見ては元に戻す。やはり、先輩の物も他の皆さんと差ほど状態は変わらない。

「怒りや悲しみ、負の感情がオーバーブロットを引き起こしやすいのだからその逆もしかり……」

 恨めしそうにレオナ先輩を睨むが、瞳からぼろぼろと零れ落ちる雫がとてもヴィル先輩のものとは思えない皺だらけの肌の上に線を描く。

「うっ……うぅううう!」
「あぁ、ヴィル。そこから先は私が代わろう」

 背を黙って擦り続けていたルーク先輩がハンカチを差し出せば、バッと奪ったヴィル先輩が顔を強く押し付ける。決してごしごしと肌を傷つける拭き方をしないところが彼らしい。
 再度嗚咽を漏らし始めたヴィル先輩の背を支えるエペルが苦笑する中、注目を集めたルーク先輩が躍るようにレオナ先輩と私の前へと移動する。

「獅子の君(ロァドゥレオン)の魔法石が何故私達よりも早く輝きを取り戻したのか。それは単純明快だ」

「君だよ、メイくん」とウィンクするルーク先輩は愉快そうに口角を上げて笑う。

「私、ですか?」

 私とブロット、一体何が関係しているのだろう。
 思わずレオナ先輩を見下ろして、彼の頭を撫で続けていた手を止めればレオナ先輩の耳がぴくりと反応する。

「おい、ルーク」

 低く唸る声。少しだけ顔の角度を変えたレオナ先輩が頭上のルーク先輩を睨みつける。

「ふふ、そう怒らないで。なにせ君は今この瞬間誰よりも安らぎを得ているのだからね」
「一人だけ彼女の膝の上で寝てるなんて、ほんといい御身分よね……」

 ずびび、と鼻をすする音がやけに響く。
 ぐす、ぐすとヴィル先輩の漏らす泣き声の合間に「はっはーん……」と納得した先輩達の声が混ざる。

「なるほど。いつものことだと気にしていなかったが、俺達の前で堂々と彼女に甘えているから回復が早かった、と」

 くふ、とジャミル先輩が肩を揺らして笑いをこらえる。

「言ってくださればあちらにカーテンもあるのでもっと大胆に甘えて頂いても構わないですよ。ねぇ、リドルさん」
「あぁ、まだ学園に付いたわけではないし、一人でも早くブロットの蓄積量を減らせるに越したことはない」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるアズール先輩と至極真面目に受け応えるリドル先輩。意見は一緒のようだが、言葉に含まれているものは違うと思う。

「あ、あの……!」

 先輩達に揶揄われているのはレオナ先輩だけなのに、巻き込まれた私の頬に熱が集中し始めたのは仕方がないことだろう。
 私に寄り掛かるように座っていたグリムは耳を伏せたまま「しょうがねぇやつらなんだゾ……」と飽きれているし、膝の上に頭を乗せていたはずのレオナ先輩は笑われていることに耐えかねたのか、がばりと体を勢いよく起こす。

「くっそ……! テメェら、いい加減にしろよ!」

 どこか頬が赤く染まったレオナ先輩が奪うようにリドル先輩からマジカルペンを取り返したかと思えば、腕を引かれて立ち上がらせられた。そのまま肩を抱かれ、アズール先輩が先ほど指さしたカーテンで仕切ることが出来る空間へと連れていかれる。
 勢い任せで歩くレオナ先輩の起こす振動でぐらぐらと機体が揺れて、思わず彼にしがみつく。

「きゃっ。レ、レオナ先輩、もっとゆっくり歩いて!」
「レオナ先輩、女性は丁重に扱わないと!」
「うるせェ! 黙ってろ!」

 野次を入れるジャミル先輩を一喝すると、レオナ先輩はすぐにカーテンを閉めてしまう。
 区切ることが出来るとはいえ、結局同じ空間で。背後から先輩達の笑い声(とすすり泣く声)は聞こえてくる。
 ドスッと音を立てて座ったレオナ先輩に手を引かれるままその隣に腰を下ろす。
 苛立たし気に腕を組んだ先輩は、少しの間固まっていたが結局また私の膝の上に頭を乗せる。
 投げ出された長い脚は席が足りなくてほんの少しだけ宙にはみ出した。
 背後からはヴィル先輩のすすり泣く声だけが聞こえていて、もしかしたら先輩達はこちらの会話に耳を澄ましているのだろうか。
 なんとなく、会話をするのが憚られて、それでもレオナ先輩と心を通わせたくて彼の頭を髪を混ぜるようにゆっくりと撫でる。
 ぴるぴると動く耳がまるでもっともっとと強請るように見えて、レオナ先輩が瞳を閉じたのをいいことに頭を抱え込むように体勢を変える。
 初めのうちは眉間に寄っていた皺も徐々に消え、その頃には先輩達も元通りそれぞれ会話を始めていた。
 これなら聞かれる心配もないかもしれない、とそれでも出来るだけ小さな声で先輩の耳元で囁くように言葉を落とす。

「ブロット、本当に私がきっかけなんですか?」
「……さぁな」

 肯定も、否定もせず。けれど甘えるようにすり寄る姿を見ているとルーク先輩の言っていたことはあながち間違いではないのだと思えてくる。

「ふふ、まぁ、どっちでもいいか」

 だって、今レオナ先輩が私を求めてくれていることには変わりない。
 ブロットに効果があろうとなかろうと、レオナ先輩の何かを私が満たして癒すことが出来ていればそれでいい。
 レオナ先輩の掌の中、魔法石の輝きがまた少し増した気がした──。

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