ゴールドサムチケット


「ええ……というわけで、大いに盛り上がったニューイヤー企画『ライブアクションSUGOROKU』──栄えある優勝チームは……」

 サムの声を合図にドラムロールが鳴り響く。
 中継に使われている巨大なモニターに映し出されるのはグリム、そして芽唯の名前だ。

「にゃははっ!! オレ様たちが一番なんだゾ!」
「最後の最後で上位陣をごぼう抜き! フロアを熱く沸かせたグリムくんとメイくんだ!」

 喜ぶグリムを見つめた芽唯は会場に微妙な空気が流れていることに気がつき萎縮した。
 それもそうだろう。なにせ自分たちは一度振り出しまで戻されている。
 優勝どころか入賞すら絶望的。上位陣の様子をモニターで眺めるしかない……はずだった。
 だが、そんな芽唯の予想に反してころんと小さな手のひらが転がした賽子は何度も同じ目を出し、数多のチームを追い越した。
 つまりは運がもたらした勝利。まぐれ勝ち。上位チームも彼らを応援して楽しんでいた生徒もこのどんでん返しにがっかりしたに違いない。

「さよなら、オレのバッシュ……」

 少し離れたところではエースが何かをぼやいて肩を落とす。
 他の公式プレイヤーたちもため息とともに落ち込んでいるのできっと何か内々の契約が交わされていたんだろう。でなければ、あのレオナが公式プレイヤーなんて面倒な仕事を引き受けるわけがない。
 むすっと目を閉じていたレオナを見つめていれば瞼を上げた彼とちょうど目が合ってしまい芽唯は慌てて顔を逸らす。

「それじゃ約束通り、優勝賞品の『ゴールドサムチケット』一枚を贈呈しよう」

 正面に向き直れば、まさにグリムが優勝賞品を受け取るところでサムがチケットを取り出した。
 ふたりでひとりと押し切って一人分の参加費で挑戦させてもらったので受け取れるチケットは一枚だけ。
 優勝するとわかっていたなら節約なんて思わずに自分も参加費を払っていればよかったとそう思わなくもないが、グリムが嬉しそうだからよしとしよう。

「メイ! 受け取るのは当然、オレ様だよな⁉」
「うん。グリムが出資者だから」
「じゃあ、グリムくん。前に出て賞品を受け取ってくれ」

 小さな手がサムからチケットを受け取る。
 グリムを緊張しながら見つめているサムは内心ヒヤヒヤしていることだろう。公式プレイヤーとして参戦するレオナに聞いた話だと願いによってはサムの店が潰れてしまうらしい。
 ゴールドサムチケットは望めば何でも手に入るという謳い文句通り、貴重な魔法薬の材料やビル一棟だってもらえる。
 確かに、そんなものを願われた日には大赤字間違いなし。それを阻むための公式プレイヤーだったのだが、運の女神は彼らを見放し芽唯の親分に微笑んでしまった。
 数多の願いを蹴散らして手に入れたあのチケットにグリムは一体何を願うんだろう。
 思わず自分も手を握りしめた芽唯はグリムを見る。
 参加すると言って聞かなかった彼の望むものを芽唯も詳しくは知らなかった。
 わかっているのは、へそくりと称して溜めていたお小遣いを使っても良いと思えるほどの物を頼もうとしているということだけ。

「ひゃっほ〜〜う!! やったやったーー‼」

 チケットを片手に喜び出したグリムの姿にごくりと息を呑んだ芽唯。目の前のサムと目が合うと彼は静かに頷く。
 見守る周囲に緊張が走る中、無邪気に飛び跳ねていたグリムはチケットを両手に持つといっそう嬉しそうに掲げて瞳を輝かせる。
 
「コレで最高級ツナ缶はオレ様のモノなんだゾー!」
「は?」

 一瞬、会場の時が止まったように静かになる。

「…………え? それってもしや普段からミステリーショップで売ってるツナ缶のこと?」
「ツナ缶にしては超高いけど美味いらしいっすね。それでも参加費と同じくらいの値段だったような……」

 公式プレイヤーとして参加した面々がグリムの願いに瞬く。そして、驚いたのは彼らだけではない。
 ぱちりと瞬きを繰り返し、一瞬状況を見込めなかった芽唯だったが、次の瞬間には声をかけようとして身体が勝手に動いていた。

「グリっ……えっと、親分! 考え直した方が……!」

 思わぬ発言に慌てた芽唯は親分と呼んだ方がグリムが話を聞いてくれることを咄嗟に思い出して呼び方を改める。

「なんでだ? アレ以上のものなんてサムの店にあるわけねーんだゾ!!」

 けれどグリムは真っ直ぐな瞳で芽唯を見つめるとパチパチと瞬いた。
 これまで対戦してきたプレイヤーだってサムの店に今は置いていない物を願っていたのに、グリムはどこまでルールを正しく把握しているんだろう。
 さすがに少しくらりとしてきた芽唯がよろめくとすぐ後ろでイデアが納得したように頷いた。

「……た、確かにグリム氏にとってはプライスレス……まさにド正論……まぶしいほどに欲望に忠実……」
「いや、でも、あの……」

 エースが言っていたようにあのツナ缶は参加費と値段がさほど変わらない。
 だったら自分の分の参加費だったと思ってツナ缶を買ってあげて、ゴールドサムチケットは他に使った方が絶対に良い。

「グリムあのねっ……!」

 慌ててグリムの前に膝をついたが、それよりも早くサムが声を上げる。

「い……いやー、お目が高いっ! これ以上タイトな商品はこの店にないさ。お求め誠に誠にセンキュー!」
「えっあっ、ちょ……さ、サムさん……!」

 何を言うべきか迷ってしまった。けれど、ここから巻き返せる言葉なんて悪知恵の働く先輩たちと違って芽唯には簡単に思い浮かばない。
 止める間もなくサムがどんどん進行し、喜ぶグリムの前には項垂れる芽唯。
 安堵から嬉々としてライブアクションSUGOROKUの閉幕を告げるサムの声だけが場内に響き渡った──。

◇◆◇

「ったく……働き損だし、毛玉は欲がないし散々だったな」

 にゃっはー、と未だに喜びながらゴールドサムチケットと引き換えに貰ったツナ缶を頭の上に掲げるグリムを横目に店前で合流したレオナはため息をつく。

「あはは……ほんと……なんて言ったらいいか…………」

 あれよあれよと公式プレイヤーとして参加することになったレオナが、まさかサムに希少な本を出汁にされていたとは知らなかった。
 本当は一般プレイヤーの優勝を阻止することで貰えるはずだったその本は、結局入賞賞品としてもらった商品券との引き換えで普通に購入したらしい。
 本を片手にグリムがいる方に視線を送ったレオナは彼の頭の上で太陽光を反射して輝くツナ缶を見つめて目を細めた。

「普段の躾けがこういう時にものを言うんだ。よーく躾けられててよかったじゃねぇか」

 芽唯の隣に並び立ったレオナはそう言って芽唯の腰を抱き寄せると頭に頬をすり寄せる。
 その温もりが、今日だけはどこか責めているように感じた芽唯は一瞬だけ躊躇って、それでもレオナに身を預けると口を開く。

「うっ……その、もうちょっと節約とは無縁な生活をしようと思います……」

 お得、という言葉には芽唯も弱い。
 きっと、それがグリムにはゴールドサムチケットの使い道を選ぶきっかけに繋がってしまったんだろう。
 すごろくも楽しめて、その上ツナ缶もタダで貰えるなんてグリムにとってはこの上ないお得な買い物だ。

「ツナ缶はちゃんと買ってあげてるんだけどなぁ……」

 まるで大事なお宝のようにツナ缶を離さないグリムを見つめた芽唯はため息を零す。
 あのツナ缶よりはかなり安いが、それでも最低でも二日に一回はツナ缶をなにかしらに使っている。
 グリムを喜ばせるためでもあるし、喜ぶグリムの姿を見るのが芽唯自身好きだからだ。

「サムの店と麓の街の店しか知らねぇ毛玉にしてみれば、あれが世界中のなによりも高級な品なんだろ」
「うう……もっと世界は広いって教えてあげなきゃ……」

 それこそツナ缶よりももっとおいしいと思えるものが存在するかもしれない。
 何を食べても結局グリムはツナ缶を選ぶ気もするが、少なくともツナ缶は現金で買った方がお得だったのでは?と思えるようにはしてあげたい。

「なあなあ子分、あっちでキネとウスってやつを使ってMOCHIを作るらしいんだゾ!」
「え? お餅?」
「そういや、エースがMOCHITSUKIをやったとか言ってやがったな。ふあ……」

 朝から働かされて眠たいのか、大きな欠伸をしたレオナは本を袂にしまうと芽唯の手を取る。

「反応を見るにMOCHIのことは知ってるんだろ。専用のライスを潰したもんってのはいまいち想像がつかねぇが……食いに行くか?」
「いいんですか?」
「別に構いやしねぇよ。もう働かされることもねぇだろ」

 人だかりに近づくと、どうやら大会を見て興味を持った生徒が自主的に餅つきに参加しているらしい。
 専用のライス……もち米をどれだけ早く潰せるか。そしてどれだけ伸びのあるお餅を作れるかを競い始めた生徒がいたらしく、二セットしかない貴重な臼と杵には常に誰かしらが張り付いている。

「あ、寮長! お疲れ様です!」
「ああ」

 やはり……というべきか。中心になっていたのは体力自慢の多いサバナクロー寮生で、レオナを見るとぺこりと頭を下げる。
 
「姫さんもよかったら食ってけよ」

 そう言ってさっと椅子を用意した生徒はレオナと芽唯を座らせるとヒートアップしている生徒に近づき、二人と一匹が来たことに気づいた寮生はさらにやる気を出してつき始めた。
 近くには彼らがついた餅を売っているサムの姿もある。
 きっと二組を競わせて、バイト代のかからない餅販売に勤しんでいるのだろう。

「寮長これどうぞ……! 俺のついたMOCHIなんです!」

 尻尾をぶんぶんと振りながら皿を持ってきた寮生はレオナに渡すとお辞儀をしてすぐ輪に戻る。
 何が彼らを熱中させるのかはわからないが、普通の料理とは違うパワーが必要な調理は対決という要素も相まって彼らを夢中にさせるのかもしれない。
 
「お餅なんてひさしぶり……!」
「子分、MOCHIってなんなんだ?」
「うーん……平たく言えばお米の塊……? 小さく切ってくれてるみたいだけど喉に詰まりやすいから、よく噛んで食べてね」

 レオナから皿を受け取った芽唯はきな粉がまぶされた餅をグリムの口元へ運ぶ。
 芽唯の言葉に少しだけ瞬いたグリムはなんのことかわかっていないのだろう。
 それでも食欲に負けたグリムが警戒しながら少しだけ噛みつけば、つきたてということもありよく伸びる。
 
「ふなっ、ぐぐぐぐ……! どこまでもついてくるんだゾ!!」
「暴れて切ろうとするな。んなことしても切れるわけねぇだろ」
「ああ、もうっ一口で食べないから! 待って、今切ってあげる」

 皿をレオナに預けびよーんとどこまでも伸びてしまう餅に翻弄され、何故か後ろに下がろうとするグリムを片手で押さえた芽唯は伸びて細くなった部分を箸でつまむ。
 グリムとは反対方向に引っ張ってあげれば、ようやく切れた餅に安堵したグリムは味わうように舌を動かす。

「みょんみょん伸びて食いにくいけど、かかってる粉が甘くてうめぇんだゾ!」
「気に入った? これはきな粉っていうんだけど、他にもいろんな組み合わせと味があるんだよ」

 サムがどこまで調味料を用意しているかはわからないが、餡子に納豆、砂糖醤油に磯辺焼き……。
 元の世界で正月の定番だったお餅の知識がツイステッドワンダーランドに来て役に立つ日が来るとは思わなかった。
 芽唯の説明に目を輝かせたグリムは「それも食いてぇ!」と販売をしているサムの元へと駆けて行く。

「ああ……行っちゃった……。まあ、後は自分のお小遣いでなんとかするかな……?」

 そうじゃなくても、きっと周囲のサバナクロー生が面倒を見てくれるだろう。

「ほら、口開けろ」
「え? んっ」

 離れていく背中を見つめていれば唇にずいっと餅を押し付けられる。
 突然触れた甘さに反射的に口を開けば餅を入れられたが、食べやすいサイズに切られたそれが芽唯を翻弄することはなかった。

「ん…………んんっ!」

 おいしい!
 そう感想を言いたいのにきな粉が飛びそうでしっかりと飲み込むまで口を開けそうにない。

「ははっ、慌てんなよ」
「ん〜〜っ」

 ほら、ともう一つ放り込まれ慌てる芽唯を尻目にレオナは自分も餅を食べる。
 思えば朝食からかなり時間が経っている。レオナもきっとお腹が減っているんだろう。

「肉には負けるが悪くねぇ」
「っん……そんな、お肉と比べないでくださいよ……」

 レオナの中でお肉と比べさせたら何もかもが負けてしまうに違いない。

「私は、……今まで食べたお餅の中で一番おいしいかも」

 つきたて、というのはもちろんある。
 けれど、まさか異世界に来て大好きな人と肩を並べて餅を食べられる日が来るなんて夢にも思っていなかった。
 しかもレオナは少々洋装のアレンジを加えられているものの和服に身を包み、まさに年末年始といった格好だ。
 指先で軽く口元を拭った芽唯はレオナに身を寄せると彼の肩にもたれかかる。

「なんだか、私の国のお正月みたい」
「…………へえ」
「って言っても、必ずこんな風に過ごすわけじゃないんですけど」

 現代で和服を正月に必ず着るかと言えば答えはノーだ。
 大抵の家庭は正月番組を流し見て、気が向いたら福袋を買いに行ったり初詣に行ったりと思い思いの正月を過ごす。

「確か福笑いとカルタもやってましたよね。後は……」
「水風呂我慢対決に雪合戦なんてもんもやったな」
「え……? そ、それはお正月というか……?」

 後者はともかく、前者はまるでバラエティ番組のような内容で、瞳を瞬かせた芽唯は少しレオナから離れて首を傾げた。

「それって……レオナ先輩がやったんですか?」
「俺が? 雪合戦はともかく、水風呂はもやし野郎だ。なにせ水はネコ科の大敵なんでね」
「えぇ……?」

 単に入りたくなかっただけなんじゃ?とは流石に言えなかった芽唯は口を閉ざすとちらりとレオナを見る。
 雪合戦に参加したという割には乱れた様子もなく、今朝着付けを手伝った時のままのように見える。

「どこ見てんだよ」
「え、や……あの……着崩れしてないんだなって……」

 記憶が確かならレオナは卓球もやっていたはず。
 そうでなくとも動きが大胆で、ゆるめがいいと大きく開いた胸元と同じくらい足元も無防備だった。
 着やすくていいとレオナは気に入っていたが、芽唯からしてみれば目のやり場に困ってしまう。

「ああ……それは適度に魔法で直してたからな。着方さえわかればそれくらいわけねぇよ」
「あ、そうなんだ……。それってすごい便利ですね……」

 現代では日本人ですら着物をまともに着れない人が多い。
 芽唯も今朝はサムが手配してくれた資料を頼りにレオナの着付けを手伝っただけで、自分が一から何も見ずに着ろと言われたら完璧に着るのは難しい。
 それに例えプロに着付けてもらっても、その後の動き方次第では簡単に着崩れを起こして無惨な姿になってしまう。
 すごろく大会の公式プレイヤーとして参加するなら他のメンバーのように袴の方がよいのではないかと思っていたが、レオナにはいらぬ心配だったようだ。

「レオナ先輩、後でその格好で一緒に写真撮ってくれますか? レオナ先輩の和服なんてもう見る機会ないかもだし」
「別に構わねぇが……。着る機会なんてまたいくらでもあるだろ。それに、その時はお前も着ればいい」
「え?」
「サムの野郎は東方の国から取り寄せたとか言ってたが、そのくらい俺にだってできる。きっとお前に合うデザインも存在するんだろ? そのうち見繕ってやるよ」

 パチパチと瞬きを繰り返した芽唯はそんなこと微塵も考えていなかったので不意を喰らってしまった。
 レオナの隣に立つ和服を着た自分。
 想像してみたところであっという間に霧散してしまうそれは、それこそゴールドサムチケットにでも願わなければ叶わない願いに思えた。

「お取り寄せって……すごく高そう」
「俺が値段なんて気にすると思うか?」
「……時間だってかかるだろうから、今回はもう間に合いませんよ」
「別に、来年になったって良いだろ」
「……そう、ですね」

 そうか。レオナの中では来年も自分は彼の隣にいるのか。
 まるで当たり前のように告げられる言葉にうっすらと頬を紅く染めた芽唯はその温もりを噛み締めるようにゆっくりとレオナにもたれかかる。

「なんだかずるいです……」

 和服の着心地は気に入ったと言っていたけれど、まさかそんな風に考えてくれるとは思ってもみなかった。
 また着てくれるんだ。自分の分も用意してくれるんだ。──ずっと傍にいてくれるつもりなんだ。
 言いたいことはたくさんあるのに、ずるい以上の言葉が出てこない。

「チケット、私には必要ないですね……」

 だって、なんでも叶えてくれる人が常に隣にいるのだから。
 
「ハッ、そうかよ。毛玉並みに欲のねぇ奴だ」

 そう言ってどこか満足そうに笑ったレオナは芽唯をさらに傍へと抱き寄せた。

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