気配


「さみい……」

 我が物顔でオンボロ寮に入ったレオナは迷わず談話室の暖炉前を陣取った。
 静まり返った寮内にはレオナが息を吐く音だけが響く。
 それもそのはず。今はまだ授業中だ。彼以外の生徒はよほどのことがない限り、机の前にお行儀くよく座って教師の話に耳を傾け、勉学に勤しんでいる。
 もうすぐ鐘の音が鳴る時間とはいえ、好き勝手うろついているのはレオナだけ。
 ゴーストだって……いや、彼らはまだ活動時間じゃないのかもしれないが……。レオナだけが自由だった。

「……もう少し燃やすか」

 誰に聞かせるでもない独り言を零したレオナはポケットからマジカルペンを取り出すと軽く振る。
 よく乾いた薪はなんの情緒もなく炎の中に飛び込む。
 芽唯が居ないならパフォーマンスのような動作も必要ない。
 まるで自室にいる時のように必要最低限の動きしかしない魔法を使ったレオナはラグの上に寝転がると猫のように体を丸める。
 長い尻尾がぺたりと床を這い、レオナは近くに置いてあるクッションに手を伸ばすと慣れた手つきで頭の下に滑り込ませた。
 ぱちぱちと薪が燃える音だけが室内に響く。子守歌には丁度いい。
 
 ぱちぱち、ぱちぱち。

 早く彼女が帰って来ればいいのに。
 うるさい毛玉も付いてくるだろうが、あの鈴の音を転がしたような声が恋しかった。

◇◆◇

「ただいま〜」
「帰ったゾ〜……ってレオナ⁉ なんでお前がここにいるんだゾ⁉」
「ったく……帰ってきて早々にうるせぇな……」

 にゃにっ⁉と最初に驚いたのはグリムだった。
 自分の近くに彼が駆けてきたことには気づいていたが、寝起きの頭にはその声がやけに響く。

「レオナ先輩来てるんですか? ダメですよ、暖炉の前で寝ちゃ」

 何か買い物でもして来たのか、カサカサとビニールの音をさせながら芽唯の声が遠ざかる。

「今日寒いですね」

 んなことを言うならこっちに来い。
 まどろんだままのレオナの口からそんな言葉が出る前に「今飲み物出しますね〜」と呑気な声だけがオンボロ寮に響いた。
 
「………………」
「あ、起きた。お前いつからここにいたんだ? まさかまた授業サボったのか?」
「……うるせぇよ」

 グリムの質問攻めを無視しながらむくりと起き上がったレオナは芽唯が向かったであろうキッチンへと視線を送る。
 ぱたぱたと波打つ尻尾は彼女が腰を下ろすはずの場所で静かに不満を訴えた。

「………………」

 立ち上がったレオナは寝ている間に少し火の弱まってしまった暖炉に新しい薪をくべると少しだけ火を見つめてからキッチンへと向かう。
 入口の扉に寄りかかるように室内を見れば、頬を薄っすらと紅く染めた芽唯がせわしなく動き回っている。
 買ったばかりの……あれは卵だ。卵を冷蔵庫の定位置に並べ、ついでに別の食材も片づける。在庫がなくなりかけていた銀の缶詰が補充されるとレオナの足元で歓喜の声が上がった。

「やったー! メイ、今晩はツナ缶使うのか?」
「んー……そうだなぁ。グリムは何が食べたい?」
「ツナ缶丸ごと焼いたやつが食いてぇんだゾ!」
「ツナステーキかぁ……今日はチーズもかけてみよっか」

 嬉しそうに頷くグリムに「決まりだね」と笑った芽唯は冷蔵庫を閉じると火にかけていたケトルを見るがまだ沈黙したままだった。
 その様子を見て先にマグカップの準備を始めた芽唯が棚に手を伸ばすので、近くに立ってその指先を追い越し二人分のカップを取る。

「わっ、レオナ先輩あっちでゆっくりしてていいですよ?」

 こてん、と首を傾げた芽唯を無視してカップをシンクに並べれば「ありがとうございます」と少しだけ弾んだ声が返ってくる。
 
「私とグリムはココアで……レオナ先輩はコーヒーでいいですか?」
「あぁ」

 準備に勤しむ芽唯をじっと見つめれば彼女の頬は変わらず赤く、思わずその頬に触れる。

「っ!」
「んむっ、ん、なに⁉」

 ひんやりとした感覚が手のひらに広がり、尻尾の毛がぶわりと広がる。
 それでも構わず両手で頬に触れれば芽唯はぱちぱちと戸惑いながらも瞬きを繰り返した。
 氷のように冷たい、とでも言うのだろうか。あまりの冷たさに頭上でぺたりと耳もたれるが、こんな状態で平気そうに動き回っていたことへの不満に後ろの尻尾はすでに別の動きを始めている。

「お前な……」

 飲み物よりも先にお前を温めるべきだろ。そう言いたいがもてなそうという彼女気持ちを無下にするのも気が引ける。
 温まってからにしろと言ったところで彼女は「でも……」と落ち着かないに決まっている。
 結局いい言葉なんて見つからなかった。
 そんなものを探すより、早くここから彼女を連れ出すべきだろう。

「貸せ」

 芽唯の手からインスタントコーヒーを奪う。
 瞬く芽唯は戸惑いながらも自分とグリムのココアをカップに入れる。
 
「レオナ先輩、暖かいですね」
「あ?」

 後は湯が沸くまで待つだけだとケトルを見れば芽唯がぴたりとレオナに寄り添う。
 腕に巻き付くように抱き着いてきた芽唯はレオナに体重を預けるとその腕にぴたりと頬を付ける。

「……そもそもオンボロ寮が寒すぎんだよ」

 他の七寮では考えられない環境だ。
 いくら学園内の環境は妖精が契約に基づいて維持しているとはいえ、冬になれば雪は積もるし、オンボロ寮に至っては隙間風が酷い。
 
「もう少し着込んで調理したらどうなんだ」

 制服のままキッチンに立つのは寒いだろうに。
言われて自分の姿を見下ろした芽唯は苦笑すると「でも」と口を開く

「キッチンに立つ時は燃え移ったら危ないから……」

 袖を気にする仕草をした芽唯は、注ぎ口が鳴らす甲高い音にすぐ反応して火を止める。
 湯気と共に注がれるお湯がマグカップを満たすのを眺めながらレオナはどうしたものかと目を伏せた。

◇◆◇

「なあメイ、このブランケットって」
「あー、ちょっとデュース。それはやめとけ。寒いなら暖炉の前行けよ」
「え、なんでだよ」

 デュースが手を伸ばしたブランケットを遠ざけたエースは彼の身体を押すと暖炉の前に座らせる。
 不満そうに顔をしかめたデュースだったが「まあいいか」と正面に向き直って燃える炎を瞳に映す。
 その後ろでは「どうしたの?」と首を傾げながら飲み物を用意した芽唯がやっと席に着く。

「なあ、これっておじたん?」

 やけに暖かそうなブランケットを手に取ったエースは芽唯からトレーを奪うと彼女の代わりに四人分のカップを配膳する。
 一方でエースから受け取ったブランケットを膝にかけた芽唯は頷いた。

「うん。それにこの服もレオナ先輩」

 体のラインにぴたりと沿っていて、袖まわりもすっきりしている。
 キッチンでは危ないから、と恰好を気にする芽唯にはありがたい品だろう。

「なんでわかったの?」
「なんでって……明らかに高そうだし、ブランケットはもう一組あるじゃん」

 エースが指差したのは丁寧に畳まれている別のソファにかけられたブランケットだ。
 芽唯の白色のそれと同デザインで色は黒。揃いで買ったと主張している。

「服もレオナ先輩の部屋にあるよ。最近お泊りに来るとよく着てるかな」
「わー……。いや、まぁ、いいんだけどさ。大事にされてよかったじゃん」

 色々と言いたいことが脳裏を過るが、レオナに伝わったら後が面倒だ。
 大人しく口を結んだエースがココアを啜れば暖炉の前で温まっていたデュースも席に着く。

「キングスカラー先輩もここで温まるのか?」
「うん。さっきデュースが座ってた辺りでよく寝てるよ。ほら、そのラグもレオナ先輩が買ってくれたものだから」
「ああ……道理で手触りがいいわけだ」

 納得して頷いたデュースは「いただきます」とココアを啜る。
 そういえば芽唯が使っているカップもキッチンに対の物があるはずだ。

「なんていうか……。まあ、うん。大事にされてるみたいでよかったじゃん」
「?」

 芽唯がぱちりと瞬き首を傾げる。
 あれもこれもお揃いってどんなバカップルだよ。
 本当はそう言ってやりたいが、誰かと揃いの……繋がりのある物があるのは芽唯にとっていいことだろう。
 あっちにもこっちにもレオナの気配があって友人としては落ち着かないが、そのどれもが芽唯を守っているのもまた事実。
 苦笑したエースはデュースと芽唯が首を傾げて見つめ合うのを見て肩を竦ませた。

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