Aの日常


 メイは不思議な女の子だ。
 別に不思議ちゃんってわけじゃない。もちろん、異世界から来たってこと自体は不思議だけどそのことでもない。
 アイツはお転婆とかじゃじゃ馬とか、そういう言葉が似合うタイプってわけでもないのに気が付けばいつも騒動の中心に居る。
 もちろん原因は本人だったり、グリムだったり、他の奴だったりと色々あるけど、誰がきっかけでも困った顔で真面目に問題と向き合ってる。
 オレがやめとけって言っても「少しだけだから」と顔を突っ込んで、最後には誰かに助けてもらって……なんてことは片手じゃ足りないくらいあった。正直、勘弁してほしい。オレが何回肝を冷やしたかわかってんのかアイツ……。
 ……けど、そういうところが人の心を動かすのか、猛獣使いの名前は伊達じゃないことを証明するように一癖も二癖もある生徒は気が付けば誰もが自然とアイツに手を貸すようになっていた。

「なあ、エースってメイのことどう思ってんの?」
「は?」

 たまたま隣の席に座った奴が声をかけてくる。
 ずっとそわそわしてたかと思えば、んなこと聞くためだったのかよ……。

「意味わかんないんだけど。どういう意味?」
「そう邪険にすんなよ。可愛いなーとか、実は好きだった―とか、そういう話ないの?」
「くだらな……。あるわけないじゃん」

 ニヤニヤと笑ったそいつはえーと不満そうに漏らすと「結構可愛いと思うんだけどなぁ」とぼやく。

「……なに、あいつに告白でもしたいとか?」

 オレを仲介役にでもしようってのか?
 せっかくの休み時間にくだらないことで声をかけられてうんざりだ。
 そもそも、こいつも知らない訳じゃないだろうに。

「いやいや、あの子サバナクローの寮長と付き合ってんだろ? 流石に俺もバカじゃねーよ」
「ならなんで……」
「単純に興味本位かなぁ。ほら、いつもデュースとグリムとセットでいるじゃん。多少そういう気持ちがあった時期もあんのかなって」
「別に……」

 メイにそういう感情を持つ暇なんてなかった。
 入学式をめちゃくちゃにした女の子をそれこそ興味本位で見に行けば、グリムの馬鹿がハートの女王の像を燃やしちゃうし、同じ日にシャンデリアを壊したせいで危うく退学……。
 退学を逃れるために行ったドワーフ鉱山ではおっかない魔物に襲われるし、そっからはあれよあれよと寮長と揉めて、決闘を挑んだと思えば寮長がオーバーブロット。

「あるわけないじゃん。友達だよ、友達」

 その頃にはもうメイはレオナ先輩を頼れる人のカテゴリに置いていた。
 アイツの世界の中心は気が付いた時にはあの人で埋まっていたんだ。

◇◆◇

「なあ、メイが告白されたって話知ってるか?」
「えっ、はぁ⁉ ちょっ誰に⁉」
「あーエースも知らされてなかったのか……」

 トレイ先輩はぎこちなく笑うと肩を竦めた。
 思わず俺は辺りを見回すが、幸いなことに寮内には珍しくオレとトレイ先輩しかいない。

「実はみんなに内緒にしてほしいってメイに相談されたんだ。『どう断ったらいいんでしょうか』ってな」
「いや、レオナ先輩と付き合ってるって言えばいいんじゃ……!」
「ははっ、それで身を引くような奴ならそもそも告白なんてしないだろ」
「笑い事じゃねぇし……! えっ、それでトレイ先輩はなんて?」

 確かに、この学園の生徒が『恋人がいるから』なんて身を引く奴ばかりじゃないってのはわかる。
 なんなら『アイツから奪ってやった』『しかも相手は寮長だ』仮にもしレオナ先輩からメイの恋人の座を奪えたら、きっとそいつはそう自慢するだろう。

「恋愛なんてしたことがないから上手い返しは考えてやれなかったよ。けど、俺からレオナに伝えておいた」
「なるほど……って、はぁ⁉ いやいや、なんで⁉ 内緒にしてって言われたんでしょ⁉」
「してほしいとは言われたが、すると約束はしてないからな。それにレオナが知ったほうがメイの悩みも解消するだろ」
「えー……」

 っていうか、オレにも話しちゃってるし……。
 なんていうか、トレイ先輩ってこういところが怖いんだよな……。
 何一つ罪悪感のなさそうな笑みを浮かべたトレイ先輩の言う通りメイを悩ませている告白相手とやらはどうにかなるだろう。
 もちろん、レオナ先輩の手によって。
 それが悪いことだとは言わない。どうせ、誰かしらは気づいてるだろうし、遅かれ早かれレオナ先輩の耳にはきっと届くに違いない。

「けど、それをトレイ先輩から聞かされたレオナ先輩って……」
「あー……相当機嫌が悪そうだったな」
「やっぱり……」

 レオナ先輩がどんな反応をしていたのか想像がつく。
 グルルルとオレたちヒトにはない器官を鳴らして、文字通り獣のように唸る。
 前にジャックは狼の獣人属は大切にする相手は生涯一人って決めてるとか言ってたけど、ライオンの獣人属もそうなんかな。
 つっても、そもそもレオナ先輩は王子様だし、一般人とは前提が違う気もするけど。

「大丈夫かなぁメイ……」

 あの人がメイに何かするとは思えない。けど、トレイ先輩に先に相談したってのは完全に悪手だろ。
 不機嫌なレオナ先輩が吠える声が脳裏に響いて思わず身震いがした。
 
◇◆◇

「やばいやばい、次の授業で使う薬草はっと……!」
「こっ、これか?」
「どれどれ……いや、違う! それは『似たような葉の植物があるが、間違えるような駄犬は躾け直してやるからな』ってクルーウェルが言ってたやつ!」

 休み時間が終わる寸前、デュースと一緒に植物園へと駆けこんで手あたり次第に葉を掴む。
 探しているのは特徴的なギザギザとした葉を持ち、裏面だけが紅葉しているヘンテコな葉っぱ。デュースが見せてきたのはそれによく似てるけど、裏面が普通に緑の物だ。

「ったく……グリムのやつ、裏切りやがって……」
「あれは裏切ったというか、メイがしっかりしてたからだろ」
「でも、そのしっかりした本人が欠席してんじゃ意味ないじゃん」

 メイは何故か朝から姿を見せなかった。
 風邪でもひいたのかグリムに聞けば「ちげぇんだゾ」とかごにょごにょ言うだけで理由は言わない。
 病気なら見舞いに行ってやっても構わないのに、何をそんな隠すことがあるんだか。
 まあ、大方メイに黙ってくれって言われてるんだろ。
 グリムは誤魔化すのは下手くそだし、結構口は軽いけど最近はある程度は黙ってられるようになってきた。
 ならオレらが深堀せずに引き下がってやるのがメイにはきっと一番都合がいい。

「つかグリム連れてくればよかったじゃん!」

 メイのことだから「ちゃんと覚えないとだよ」なんて根気よく誘導してグリムに採取を手伝わせたに違いない。
 妙に面倒見がいいというか、グリムの姉か母親かよみたいな言動が多いんだよなアイツ。
 あ〜、失敗した。ってか今から探して間に合うのかな……。

「……ん? あれって……?」

 ふと見渡すと地面にロープのような物が落ちている。
 よく見ればそれはパタパタと動き、まるで蛇のようだ。

「いや、……まさかっ!」

 思わず俺は口を手で塞ぐ。
 
「おい……デュース! ちょっとこっち!」
「見つかったか⁉」
「バカ! でかい声だすな! なるだけ音立てずにこっち来い!」
「誰がバカだって⁉」
「いいから黙れっ!」

 すぐ熱くなる単純バカ……もといデュースを無理やり引っ張って口を塞ぐ。
 手の中でもごもごと何か声を上げているが、そんなことは無視して耳を澄ましていれば流石のデュースも大人しくなる。
 
「…………」
「何かいるのか……? まさか不審者⁉」
「しーっ……」

 オレが身を潜めていることを理解したくせに騒ぐデュースに再度静かにするよう促す。

「……か、………だろ?」
「でも…………先輩………………よ」

 静寂の中、誰かの会話がやっと聞こえ始める。
 低い低音とその真逆の高い声。

「なあ、これって……」

 状況を理解したデュースが小さな声でオレに問いかけるけど返事はしない。
 そうすればようやくデュースも会話に耳を澄ます。

「昨日からずっと謝ってるじゃないですか…………」
「別に怒ってるわけじゃないと俺も言ってるだろ」
「じゃあ授業に」
「ダメだ」
「もう…………」

 茂みが邪魔して姿が見えない。
 仕方がないので声を頼りに注意深く観察しながらゆっくり移動する。
 地面に這いつくばっているからズボンが汚れるけど……まあしょうがない。
 俺を真似して移動するデュースがヘマしないよう気に掛けながら場所を変えれば声の主の姿がようやく見えた。

「やっぱり……」

 そこには眉を下げ、困った顔でレオナ先輩の頭を膝に乗せているがメイ居た。
 右手はレオナ先輩の髪を梳き、左手は褐色の手に絡めとられている。
 道端に投げ出されていた蛇みたいなロープに見えた物体はレオナ先輩の尻尾だったんだ。
 そりゃ、あんな風に落ちてたらメイが踏むのも仕方がないだろ。
 以前教わったメイとレオナ先輩の出会いを思い出しながら二人の様子を盗み見る

「レオナ先輩……」
「ダメだ」
「もう……。だって、レオナ先輩に報告したところで何も変わらないじゃないですか。それに最初からちゃんとお断りしたんですよ?」
「断り切れてないから俺に話が来るんだろ」

 ため息をついたレオナ先輩はメイの手を引き寄せると指先に唇を落とす。
 ……なんていうか、キザったらしいその動きが妙にさまになっている。
 メイも満更じゃないのか、頬を赤くさせてはいるけど拒絶する様子はない。

「うーん……。でも…………」
「でも、はなしだ。俺は機嫌が悪いんだ。誰かさんのせいでな」
「だから、それは……っ」

 機嫌が悪い?本当に?
 ニヤニヤと笑って尻尾も嬉しそうに時折踊っている姿を見れば、その言葉が嘘だとわかる。
 なのにメイは反論しようとして口を閉ざすと大きく息を吐いた。

「わかりました、わかりましたよ。今日はずっと一緒にいるから……、それで許してくれるんでしょう?」
「あァ、俺は約束は守る男だからな」

 ホントかよ!と突っ込みたくなる素行ばかりの人の言葉に説得力なんてない。
 きっとメイも同じ気持ちだろう。けれど「もう……」と言う割に唇の端を上げ愛おしいものを見るような笑みを浮かべていてなんだかむずむずとする。

「……エース、僕たち離れたほうがいいんじゃないか?」
「そうね……、見つかる前に移動するか……」 

 音を立てず、慎重に植物園を脱出した俺たちは結局薬草を調達し忘れてクルーウェルにどやされたのは言うまでもないだろう。

◇◆◇

「おい、ツンツン頭」
「げっ、レオナ先輩……」

 廊下で突然見知った顔に呼び止められる。
 
「メイならまだ……」
「呼ばなくていい。俺から迎えに行く」

 教室を振り返り、扉に手をかけたけど止められる。……つまりオレに用ってわけか。

「次からはアイツの周りでちょろちょろ動くネズミが居たらすぐに報告しろ」
「は?」
「そうすれば、この間覗いてたことは不問にしてやるよ」
「は⁉」

 この間……覗いてた…………って!

「……っ、気づいてたのかよ!」
「当たり前だろ、テメェらがちょっと気配を消したくらいでこの俺の鼻を騙せるわけないだろ」

 くつくつ笑い「じゃあな」と背を向けるレオナ先輩はそう言って教室に入ると当然のようにメイを連れて出ていった。
 いつも自分の荷物は持たないくせにメイの鞄だけは必ず奪ってアイツの手を握って歩く。
 ……正直、あれを毎回見せつけられてるのに告白する奴ってどうかしてる。
 
「オレ、アンタのとこの寮生じゃないんだけど……」

 そういうのって、もっと自分の言うこと聞きそうなやつに言うもんでしょ……。
 思わずため息をついたオレは去っていく二人の背中が見えなくなるまでぼーっと見送ってから教室に戻る。
 ざわつく教室に残っている連中は誰もメイがレオナ先輩に連れて行かれたことなんて気にしてない。それがオレらの日常だからだ。

「これでアイツを特別視しろ、って方が無理でしょ」

 あまりにも近すぎる。
 メイはもちろん、レオナ先輩にも。
 二人が一緒にいることが当然だって、あの人に刷り込まれてるんだ。

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