飴と鞭と呪文の料理


 授業後、芽唯とは別行動をしていたグリムがオンボロ寮への帰路についたのは陽がとっくの昔に地平線の向こうに消えた頃だった。
 なんだかんだと口煩いハートの寮長も芽唯が絡むと少しだけ優しくなるのをずる賢いモンスターは学んでいた。レオナとの時間を作ってやりたい、たまには一人の時間もきっと欲しい。子分を慮る言葉を口にするだけでどんな時でも滞在することが許された。
 自分が留守にした日。レオナの元に行かなかった場合の子分は少しだけ手の込んだ夕飯を用意してくれている。あの怠惰なライオンは今日は会えないと朝に連絡を寄越していたので、それがずっと楽しみだった。
 トレイに持たされたケーキボックスを宙に浮かせ、機嫌よく学園内の一番隅にある自寮に向かう。
 今日は一体何が用意されているだろう。甘いケーキと合えばいいが、妙に茶色いばかりの晩御飯の日は芽唯が微妙な顔をする。
 ハーツラビュル寮でエースとデュースとバカ騒ぎをしていれば、よっぽどの悪さをしない限り『メイと一緒に』という文言付きで彩り鮮やかな宝石のような果物をたっぷり乗せたケーキやタルトを手土産に持たされる。
 今まさにグリムの隣でふわふわと箱の中で揺られているのもそれなのだが、食べ合わせ……というものをグリムの子分は気にしていた。グリム自身は別にそんなことは気にしない。単体で美味ければそれでいい。人間って面倒だ。

「ブタノカクニ、ミソシル、ニクジャガ……」

 ケーキと違って茶色一辺倒。たまに野菜の色も混ざるが、食堂ではまず並ばない色。
 あのレオナすら文句も言わずに黙々と食べ続ける芽唯の料理を毎晩食べれるのはグリムの中では地味に自慢だった。繰り返すが、食堂ではまず並ばない。食べられるのは彼女と親しい者のみということだ。
 特に、豚の角煮は弁当に入っていればエースやデュースだけでなく、あのレオナすら目の色を変える。芽唯もそれが分かっているのか、角煮は量を多く入れるのだが、それでも彼女の分はいつも残らない。
 レオナと会わない、自分がいない。一人の時間をたっぷりとれた芽唯。これだけの要素が揃えば豚の角煮が出る確率は高い。そう、グリムはもう豚の角煮の口だった。これで夕飯に別のメニューが並べば権利もないのに文句を一から十まで垂れ流すのは必然だろう。もうそれ以外の味を受け付けられない。期待というものは膨れ上がれば上がるほど、外れた時の悲しみは大きいものだ。

「ふな……?」

 自然と大きくなっていく期待とは反比例に縮まった寮への距離。いつもなら談話室の灯りが見えていいころ合いなのだが、芽唯の自室すら暗いまま。不審に思ったグリムは浮足立っていた心を落ち着かせ、恐る恐る門を開け、玄関前に近づくと扉にゆっくり手をかけた。

「ただいまー……?」

 ギィッと蝶番の錆びた音。何度油をさしても変わらない玄関扉の発する音はある種チャイムのような役目をはたしている。大体この音を聞けば芽唯が玄関までやってきて後ろ足に付いた泥や汚れを落としてくれるのだが、奥から人の気配がしないどころかゴーストがいるかすら怪しい。
 別に荒らされた様子もなければ争った形跡もない。何か事件が起きたわけではなさそうで安堵したグリムはいそいそと浮かせたままのケーキを冷蔵庫へと運び入れる。

「……やっぱりおかしいんだゾ」

 ドアポケットの瓶達がぶつかりながら音を立てて開いた中には買ってきたままの豚肉が鎮座していた。

◇◆◇

「やいレオナ! 子分! 一晩中オレ様を放っておくなんてどういうことなんだゾ!」

 翌朝グリムは朝食を済ませると一目散にサバナクローへと駆け込んだ。膨れ上がった期待と同じくらいに大きな怒りを抱えて。
 手の込んだ料理がないどころか、芽唯は帰ってすら来なかった。誰もいない談話室でぼーっとしていたグリムに声をかけてくれたのはどこからともなく現れたゴーストだけで「おや、お帰りかい?」と冷たいけれど温かく接してくれた彼らが用意した夕飯と朝食も……まあ美味しかった。けれど、グリムが望んでいた物ではない。
 彼らに子分の行方を聞けば一眠りしていたところをレオナが連れて行ったしまったという。
 生者の恋を邪魔するなんて野暮なことはしないゴースト達は温かく……ゴーストなので体温的には冷たいのだが、気持ち的には温かい眼差しで寮から出ていく二人を見送ったらしい。
 ゴースト達が二人の恋を応援しようと勝手だが、グリムにはそんなの関係ない。芽唯の手料理が食べたかった。学園内でグリムの子分だけが作ってくれる自慢で、大好きな、とっても美味しい茶色い呪文の料理たち。
 やいやいやい!と大きな声で吠えるように飛び込んできた小さな魔獣にサバナクローの寮生達は一瞬動きを止めたものの「またか」とすぐに興味を失くす。寮長と監督生が無事結ばれてから何度も見てきた光景に彼らはすっかり慣れていた。

「グリムくんおはようッス。今日はどういうクレームで?」

 そそくさと逃げるように離れていった寮生とは反対に、グリムに近づくハイエナは来ると思ってたと言わんばかりに内容を決めつけて声をかける。

「子分を出せ!」
「っと、今日はいつも以上にヒートアップしてるッスねぇ……。でもメイくんはまだレオナさんと部屋に籠って出て来てないからなぁ」

 寮生達のスルースキルが上がったように、怒ったグリムを相手するのに慣れたラギーは小さな彼と視線を合わせるために屈んでグリムと向かい合う。
 自分の目の前に当然のように現れたラギーに、これまた当然のようにとびかかったグリムは彼の膝の上でほんの少しだけ爪を立てる。はいはい、と軽くいなすラギーはその小さな爪が己の衣服を傷めないように腕を掴んで少し離す。

「オレ様めちゃくちゃ楽しみにしてたのに、食べ物の恨みは恐ろしいんだゾ!」
「たべ……? 話の全体像が全然見えてこないんスけど、恨む気持ちはよくわかるッス」

 グリムと同じとは言わないが、食べ物に関しては自分も譲れないものがある。この魔獣の怒りが筋の通ったものかはともかく、同調したラギーはうんうんと頷いた。
 けれどレオナも芽唯も今朝はまだ部屋から一歩も出てきていない。中で何をしているのかなんて興味はないが、朝の微睡みを邪魔したらレオナの不興を買うのは間違いなく己である。
 二人が部屋から出てくるのが先か、グリムがしびれを切らして突撃するのが先か。

「とりあえず、今は大人しくして欲しいッス」

 後者が早いのは確実なので、ラギーはグリムの対処を優先にした。
 グリムが芽唯の親分であるように、ラギーはレオナに雇われた身だ。しかも破格の報酬で。その評価に傷がつくくらいなら、自分の衣服に多少ダメージを負っても釣りがくる。それにもし破れたとしても、そんなのレオナに請求すれば済む話だ。

「ふなっ、な、なにするんだ! 離せー! 離せー!」
「オレとあっちで大人しく待つんスよ。あんまり抵抗するようなら魔法を使ってでも止めるッス」

 小さな魔獣を簡単に脇に抱えたラギーは逃げられないようしっかりと固定すると、わざとレオナの部屋から遠く離れた方へと向かう。
 万が一にも駆け出されて、捕まえ損ねたら大損だ。……仮にそうなったとしてもラギーにはそんな相手を簡単に引き留めるユニーク魔法があるのだが、朝から魔力を消費するなんて疲れることはしたくない。
 すれ違う寮生にちらりと目配せをすればこくりと頷く。レオナの躾が行き届いたサバナクローの寮生達は王の為とあらばここぞとばかりにチームワークを発揮する。レオナか芽唯、どちらかが部屋から出てくれば真っ先に誰かがこのことを知らせるし、グリムが走り出したとしても瞬く間に捕まえる。
 不満が蓄積されていても何度も同じことを繰り返した経験上逆らっても無駄なことは流石にグリムも覚えたのか、ラギーの脇に抱えられたままふつふつと感情を煮えたぎらせながらレオナの部屋に続く道をアーモンド形の大きな瞳で睨み続けていた。

◇◆◇

 意識が浮上する度「まだいいだろ?」「もう少しだけ」そんな甘い声に耳元で囁かれ、トドメに尻尾や足、腕を身体に絡められたら流石の芽唯もベッドから抜け出すことが出来なかった。
 けれどいい加減起きなければ。枕元に放置されたスマホが示す時間はそろそろ昼が近い。
 グリムは大丈夫だろうか。レオナは朝食を食べなくてもよかったのか。普段自分がこなすタスクを全て放り投げ、彼との甘い眠りを優先してしまった辺りだいぶこの恋人に毒されている。

「レオナ先輩……そろそろ起きないと……」

 唯一動かせる指先で、目の前の厚い胸板を弱々しく叩く。きっと本当は彼もとっくに目覚めている。もしくは浅い眠りを繰り返しているだけでぐっすりと眠っているわけではない。
 その証拠にまだいいだろと言わんばかりに再度身体が締め付けられる。
 すりすりと身を寄せられることに幸福を感じないわけじゃない。芽唯だって許されるなら彼とずっとこうしていたい。
 なんとか右腕だけは彼の拘束から抜け出して、豊かな鬣に手を伸ばす。ふわりふわりと手触りの良いそれを撫でながら、こちらからも擦り寄ればレオナの動きがぴたりと止まる。

「お寝坊さんなライオンさんの綺麗な瞳がそろそろ見たいなぁ、なんて」

 共に寝るのは心地よい。ベッドという一番無防備になる場所を共有出来る相手との時間はどれだけあっても足りない。けれど、彼に見つめられるのも芽唯は大好きだ。キラキラと輝くサマーグリーンは一生見つめても飽きることはないだろう。

「ったく……しょうがねえな」

 一見不機嫌そうに聞こえるが、言葉と裏腹に声音は優しい。髪を撫でていた手を掴まれたかと思えば唇に指先が引き寄せられる。
 優しく触れるだけの口づけを落としながら目覚めたレオナの瞳は太陽の光を反射して煌めいた。

「ふふ、おはようレオナ先輩」
「ずっと寝て起きてを繰り返して今更おはようもなにもないだろ」
「でもおはようです」
「……おはようメイ」

 返事をしてくれないレオナに諦めず挨拶を繰り返せば渋々レオナも返してくれた。
 きっと言いなれない言葉なのだろう。むずむずと口元を動かしてはどこか居心地が悪そうだ。律儀に挨拶をするレオナも想像出来ないので当然といえば当然なのだが、そんな彼に目覚めの挨拶をおねだり出来る関係であることに喜びを感じてしまう。

「……だいぶ具合は良さそうだな」

 ふと伸びてきた大きな手が芽唯の前髪をかき上げると額に触れる。

「レオナ先輩が心配しすぎなだけですよ。ほんのちょっと頭が痛かったくらいで」
「お前の言う通りほんのちょっとならあんな青ざめて寝てねぇだろ」

 安堵したように息を吐いたレオナはようやく身を起こすと芽唯の体も支えるようにして抱き起す。
 必然的に向かい合う形になるとレオナはおもむろに天井やベランダを見つめてからもう一度芽唯に視線を戻した。

「あんな雨漏りして隙間風も酷い場所に住んでて身体を壊さないわけねぇんだよ」
「それは……そう思います」



 昨日レオナが眠っている芽唯をオンボロ寮から自室へと連れ帰ったのには理由があった。
 『今日は会えない』と伝える羽目になった用事を済ませ、どうにかオンボロ寮を訪ねればソファの上で芽唯が眠っていた。
 別に眠っているだけなら問題はない。レオナだって暇があれば眠りに落ちるし、芽唯にだってたまにはそんなときもあるだろう。
 しかしやけに顔色が悪かった。思わず揺り起こせば顔を少し顰めながら寝ぼけているのか「ごめんグリム、もうちょっと休ませて……」とレオナをグリムに見間違えたままもう一度眠りに落ちた。
 当然レオナとグリムの体格差は言うまでもなく、二人を見間違えるなど異様なことだ。思わず目を見開いたレオナは何度かぱちくりと瞬きを繰り返したが、すぐに事態を察して有無を言わさず芽唯を抱き上げた。所謂お姫様抱っこの形になったが残念ながら芽唯の腕は力なく重力に従い地面に向かって垂れ下がる。
 魔法で彼女が身にまとっていたブランケットを落ちないように固定して、落とさないようにしっかりと芽唯を抱えたレオナは近場を心配そうに浮遊していたゴーストに断りを入れるとすぐにオンボロ寮から立ち去った。
 


 その後のことは芽唯もしっかりと覚えている。ふと目が覚めればレオナの自室でベッドに寝かされていたことには驚いたものの記憶をたどってすぐに彼がオンボロ寮を訪ねてくれたことを思い出した。
 まるで体温をわけるかのように普段オンボロ寮で愛用しているブランケットに二人揃ってくるまっているのがおかしくてクスクス笑えばレオナが薄っすらと目を開けて、ほぼ同時にタイミングよくラギーが二人分の夕飯を持って部屋に入ってくる。
 具合の悪さに自覚があった芽唯が至れり尽くせりで世話をされつつもグリムが心配だと零せば「ゴーストに任せておけ」と丸め込まれてあれよあれよとサバナクロー寮で一夜を過ごすことになった。
 レオナの言う通りオンボロ寮のくたびれた建築状態が芽唯に悪影響を及ぼしていたのだろう。恋人に体温を分け与えられ、気候も違うサバナクロー寮で過ごしたのが功を成したのか、すっかり体調は良くなっている。
 そもそもでグリムを一人で遊びに行かせた理由がマブ二人に体調不良を見抜かれて『少しでも休んだ方がいい』『グリムの世話は自分たちが見るから』という言葉に甘やかされたからだというのに、レオナ達にもかなり助けられてしまった。
 今の状況に至る経緯を思い出して眉を少し寄せると目ざとく気づいたレオナにすぐに額を小突かれる。

「甘えるのが下手すぎるんだよ。体調が悪いなら朝連絡した時にそういえばよかったってのに」
「だ、だって……」
「だっては無しだ。ったく、トランプ兵たちの方がまだ賢いな」
「トランプ……もしかして、エース達から連絡行きました……?」
「あぁ。『メイが体調崩しかけてます』だったか。行けとも会えとも書かれてなかったから単なる報告か、言わなくても俺が動くと思ってるのかは知らねぇがな」

 ちらりとスマホを一瞬見たレオナは瞳を伏せながら答える。
 体調が悪いといってもそこまでではなかったのに、と反論したら言い訳だと思われるだろうか。
 なんとなくふらふらする。疲労か。風邪の引き始めか。そんな風に悩む程度だったというのに友人達も恋人も過保護すぎる。彼らに言わせてみれば自分に対しては過保護すぎるくらいが丁度いいのかもしれないが優しさがむず痒い。

「でもグリムに悪いことしちゃいました。あの子一人でお出かけした日に私に予定がなければちょっと手の込んだ料理が食べられると思っているから」

 手の込んだ料理──主に煮込み料理には味を染み込ませる時間が必要だ。
 レオナと同じように瞳を伏せ、昨日少し休んだら準備をしようと思っていた冷蔵庫の豚肉を思い浮かべる。本当なら昨日のうちにあれは豚の角煮になるはずだった。もし余れば今日目の前の恋人にもお裾分けをするつもりだったのに。

「甘やかしすぎなんだよ。そんなんだから今ラギーが手を焼いてるんだ」
「ラギー先輩? え、もしかしてグリム来てるんですか?」

 ベッドから飛び出すように立ち上がった芽唯は部屋を出ようと扉に視線を向けるが腕を掴まれ引き戻されてベッドの端に座らせられる。

「茶色の呪文料理が食いたかったってぶつくさ言ってる、だと」

 レオナのスマホ画面にはマジカメ経由でラギーからグリムの様子が実況のように随時送られてきている。新たなメッセージは「メイくん甘やかしすぎ!」とレオナと同じで普段グリムを世話している芽唯への非難だった。

「茶色の呪文……和食のことかな……」

 茶色の料理は多々あるがグリムが不思議に思うとなればきっとそうに違いない。
 ハンバーグだってカレーだって茶色いのにとも思わなくもないが、サムに極東から味噌を取り寄せてもらって和食オンリーで夕飯を作った時にメニュー名を教えたらグリムが同じような言葉を言っていた気がする。

「ちったぁ子離れするんだな。そもそもあいつは自称親分なんだろ? 子分の体調に気付きもせず暴れまわるなんざ失格だろ」
「子って……」

 小さな小さな可愛い芽唯の親分はまだまだ人間社会に馴染めず、驚くようなワガママも確かに多い。
 けれど、それでも最近は随分としっかりしてきた。誰かを手本にしているのかもしれないが、いざという時は芽唯を後ろに庇って応戦したり自分にやれること・芽唯に出来ないことを考えて、その判断を後で誰かが褒めれば「オレ様親分だからな!」と誇らしそうに笑う。
 そんな成長が嬉しくて、可愛くて。確かにレオナの言う通り甘やかしすぎている部分がないと言えなくもない。

「あいつがお前にとってガキでもなく、本当に親分だって言うなら他の奴に世話を任せるんじゃなく『今日は具合が悪い』ってちゃんと伝えられる関係になれ。それでお前の為に動けないならあいつに親分を名乗る資格はないし、躾け直す必要がある」

 言外に「お前も悪いんだぞ」と告げてくるレオナの瞳をじっと見つめていた芽唯は脳裏に過った言葉を思わずそのまま吐き出した。

「……なんかレオナ先輩お父さんみたい」
「あ?」
「レオナ先輩が誰かの上に立つ存在の先輩としてグリムの在り方を忠告してくれるのはわかるんですけど、ガキとか躾とか言われると子供の教育方針の話をされる気分になるというか」

 グリムの口にする言葉をあえて使ってくれているのはわかっている。けれどもっとシンプルに……子離れという最初の言葉から広げるならば自分とグリムの関係は母と子だ。
 グリムは実際には芽唯の子供でもなんでもなく、ナイトレイブンカレッジというハイスクールに通う生徒で、だからこそレオナは自分達の関係に口を挟んでいるのだろうが、なんとなく普段子供の面倒を見ている妻に教育方針を語る夫のように見えてしまった。

「あんな毛玉が俺のガキでたまるか」

 露骨に眉間にしわを寄せたレオナに思わずくすりと笑えばムッと唇を尖らせて睨まれる。

「ふふ、ごめんなさい。だってレオナ先輩って既にグリムの保護者扱いされてるじゃないですか」

 グリムに何かあれば芽唯に。もしくはレオナに。ニコイチだったはずの関係にいつのまにか追加されたことをレオナ自身が知らないはずはない。
 くすくすと笑い続けていれば黙れと言わんばかりに腰を抱き寄せられてレオナの胸に頭を預ける形になる。

「なら本当に子供の教育方針の話といこうか? 生憎俺は我が子だろうと俺の女に面倒をかけるやつは許せなくてなァ」
「大丈夫ですよ。うちの子はとってもいい子なので私がちゃんと言えればきっとあの子なりに頑張ってくれますから」
「ハッ、どうだかな」

 今頃ラギーが面倒を見ているグリムはいい子とは言えないくらいに暴れているかもしれないが、出会った頃に比べれば成長著しい。
 もしかしたらお料理だって案外一緒に頑張ろうと告げれば手伝ってくれて、ゆくゆくは自分一人で出来るようになるかもしれない。
 こつりと額を合わせてフハッと笑ったレオナに釣られて芽唯も笑うとどこからかふなーっ!とグリムの声が聞こえてレオナと芽唯は噴き出した。

◇◆◇

 顔を見て一番最初に出た言葉は「ごめんね」だった。
 ラギーに抱えられたグリムは芽唯が顔を出せばすぐに己の子分の存在に気付いて飛び上がった。もちろんラギーも同じタイミングでレオナと芽唯が部屋から出てきたことに気付いたのでようやくグリムの拘束を解いた。
 やいやいやい!と文句を言ってくるかと思ったが意外にも腕の中に飛び込んできた親分は「大丈夫だったか?」と心配の言葉を投げかけてくるのだから顔がどうにも緩んでしまう。

「ラギーからお前が具合が悪そうだったって聞いたんだゾ! なんでオレ様に最初に言わねーんだ!」
「……ごめん」
「まったく、世話のかかる子分なんだゾ」

 もう一度零すように謝れば、フンッと腰に手を当て胸を張ったグリムはやれやれとため息を零す。
 やはり先ほどレオナと話した通り、グリムはちゃんと伝えればわかってくれた。ダメなのは親分じゃなくて子分の方だ。レオナの言う通り子離れが出来ていないというのかもしれない。

「おめーが具合が悪かったなら、昨日ブタノカクニじゃなかったのは許してやるんだゾ」
「そう? 楽しみにしてたんじゃないの?」
「そりゃ食いたかったけど……子分が具合が悪いのに無理させるのは親分のやる事じゃねーんだゾ」

 ぶつぶつと不満は含まれた声色だがグリムなりに芽唯に気を使ってくれている。
 そんな姿が愛おしくてしっかりと抱きしめてからグリムの体を地面に降ろす。
 芽唯の隣でやりとりを見守っていたレオナはグリムに合わせてしゃがんでいた芽唯の頭を優しく小突く。

「どうやら子分の言い分通り割と立派な親分だったみてえだな」
「でしょう?」
「こら、威張るな。ってことはお前が黙ってたのが悪いんじゃねえか」

 叱られてはいるのだが、思われているからこそ向けられている感情でどうしてもまた頬が緩んでしまう。

「ふふ、ごめんなさい」
「いつになったらお前は素直になるんだろうな」
「最初の頃に比べたら結構言うようになったと思うんですけど」
「マイナスから始まってるんだ、ようやくプラスになるかならねぇかってところだろ」
「そんなに評価低いんですか⁉」

 レオナに好きと言えるようにはなった。けれど、やはりどこかで遠慮してしまって肝心な事を言えずじまいで逆に迷惑をかけてしまう。
 グリムはこんなに親分として立派になってきているというのに、子分のせいで一緒に評価が下がってしまうのがなんだか申し訳ない。

「……別に、少しずつ変わっていけばいいだろ。劇的に変わってお前がなんでも素直に言うようになったらそれはそれで問題が起きそうだ」

 何を想像したのかはわからないがレオナがため息をつく。
 首を傾げてレオナを見上げていれば不意にグリムが宙に浮く。いつのまにか背後に来ていたラギーに抱きかかえられたグリムは慌てて足をばたつかせた。

「ふなっ⁉ なにするんだゾ!」
「いやいや、レオナさんかメイくんにベビーシッター代をもらおうかな〜なんて」
「ベビーってオレ様は赤ん坊じゃねえ!」

 まるで部屋での自分たちの会話を聞いていたかのようなラギーの発言にレオナと芽唯は同時に噴き出す。

「ほら、やっぱりグリムって私達の子供扱いなんですよ」
「みてぇだな」

 くすくす、くつくつ。似たような笑い声をあげながら芽唯とレオナは芽唯が立ち上がると同時にラギーの腕からグリムを受け取る。
 不服そうな顔をしているが大人しく芽唯の腕に収まったグリムはラギーに対して頬を膨らませている。

「それじゃあ、ちょっと時間がかかっちゃいますけど一緒に豚の角煮をおかずにご飯でもどうですか? 今から作って煮込み始めれば晩ご飯に丁度いいと思うんですけど」
「お、噂の茶色の呪文料理ってやつッスか!」
「あれは美味いからな。おい、メイ。俺の分多めにしとけよ」
「ふなっ、昨日からずっと楽しみにしてるオレ様にいっぱい寄越すんだゾ!」
「もうっ喧嘩しないの!」
「オレ食ったことないんスよね。いや〜、楽しみだな」

 じゅるりと三者三様に豚の角煮に思いをはせる様子が面白くて愛おしい。
 気遣ってレオナに連絡してくれたマブ二人にもお裾分けをしたら喜んでくれるだろうか。
 大きな塊肉を買っておいてよかったと思いをはせた芽唯が実際の冷蔵庫の中身を見た時、グリムが土産にと貰ったケーキを見て一緒に出すか悩んだのはまた別のお話。

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