獅子の耳
『あのぉ……レオナ先輩? 聞こえてますか……?』
レオナさんが机に置いたままにしていた機械。その鏡面が光ったかと思えばメイくんの顔が映し出される。
「メイくん? も〜またッスか? 子猫ちゃんは今度は何を聞いちゃったんスかねぇ」
オレは思わず大きくため息をついてしまった。
メイくんから内緒の相談≠されるのは初めてじゃない。
『もしかしてラギー先輩? しょうがないじゃないですか、あの人たちヒト属の耳は遠いと思い込んでるんだから』
少しだけ顔色の悪いメイくんは唇を尖らせると枕に顔を埋める。
ぐりぐりと枕に顔を押し付け、ため息をつくメイくんに向かって視界の隅から黄色の何かが伸びる。
柔らかそうなそれはメイくんの頭をぽんっと叩くと髪を撫でるように往復してまるで彼女を慰めているようだ。
『ふふ、くすぐったい』
くすくすと笑いだしたメイくんは自分の頭を撫でる黄色い手を見て微笑む。
手の正体はレオナさんが魔法をかけたライオンのぬいぐるみ。
今は通信機を隠す入れ物としても役立っているけれど、昔からレオナさんの部屋に鎮座していた目元に同じ傷の刺繍を持ったすっかり見慣れちまったアレ。
昔からレオナさんが魔法で動かしてはいたけど、まさかこんな使われ方をする日が来るとは流石のオレも思ってなかった。
「その声、メイか?」
「あ、レオナさん。メイくんから連絡来てたから出といたッス」
「ん」
戻ってきたレオナさんに端末を返す。
スマホよりもさらに薄いそれはまるで手鏡のようだが、音声と映像の受信はもちろん。こちらの音声も向こうに届けることが出来る優れもの。
作ったのは異端の天才、魔導工学の申し子だなんだと呼ばれてるイデアさん。
メイくんの安全のためだからと無理難題をレオナさんが押し付けて、……の割にはイデアさんは自信たっぷりにあれこれ解説付きで作ってくれた。
最初は半信半疑だったオレも、ぬいぐるみの視界とこっちの画面が連動した時は流石に驚きで声が出たっけ。
「今度はどんな怖い話を聞いたんだ? 可愛いライオンさんに聞かせてくれよ」
ニヤリと笑ったレオナさんが手で頬を抓る動きをすると、同じようにライオンの手がメイくんの頬をぐにぐにと刺激するのが画面越しに見える。
なんでも、遠くに居ても通信が繋がっている時なら魔法で普段は自動操縦のそれに意図した動きを与えられるらしい。
くつくつと喉を鳴らしながら笑うレオナさんの声と「わっ、もうっ、ううっ」とぬいぐるみに翻弄されているメイくんの声が室内に響く。
『あの、ゾウの獣人の方がいるじゃないですか。ローレンさん……? あの人が……』
ぽつぽつとメイくんは最近見聞きしてしまったことを話し始める。
彼女が定期的に王宮内に蔓延る悪事をリークするようになったのは偶然だった。
ぬいぐるみの通信機能は現地視察とか外出を伴う仕事もそれなりにあるレオナさんが『アイツは遠慮して何かあっても自主的に連絡してこねぇだろ』とメイくんの性格を考慮……って言えばいいのかはわかんないけど、心配して付けた機能だ。
元々メイくんはレオナさんがインターンで学園から離れることが多くなった頃から不安になるとあのぬいぐるみを支えにしていたみたいで、レオナさんがかけた魔法の効果で触れると自主的に動き出すそれに、いつしか弱音をぽろぽろ打ち明ける習慣が出来ていた。
メイくん的にはただ吐き出したかっただけかもしれない。けれど、レオナさんはそれを知ってあの子の言葉拾い上げる方法を確立した。
なんていうか、レオナさんは結局のところメイくんには過保護だ。
番が出来たらそういうもんなのか、っていうのはいまだにそういうのとオレは無縁だからわかんないけど、原因を解決できないまま傷ついてるあの子を見たくなかったんだろうとオレは思う。
『予算の三分の一をそっちに回して一定の収益を得ているみたいなんです。本人はそれを元手に別の政策に着手しようとしてるから悪くない、みたいなこと言ってたんですけど……』
「なんだりゃ……完全に黒だろ。国の金をそんな使い方して許されるわけがねぇだろ」
『ですよね……。あーあ、変な話聞いちゃったなぁ……』
「んな暗い顔してんじゃねぇよ。それで? まだ何かあるんだろ?」
『後は……んぷっ、ちょっと今レオナ先輩が動かしましたよね?』
「フッ。さあな、なんのことだか」
メイくんの話に耳を傾けるレオナさんは魔法でぬいぐるみを動かして、時折会話に茶々を入れて遊んでいる。
緊張を和らげるためなのかもしれないけれど、レオナさんがただ彼女を構いたいようにも見えてオレは肩を竦めた。
今でこそ便利な機能が付いているが、少し前までは誰かがぬいぐるみを動かすだけで通知が来た。
それこそ掃除係の使用人が触れたり倒したりなんてしても親機にぬいぐるみの視界が映し出されて、オレとレオナさんは二人してメイくんから連絡が来たのかそうでないのか、送られてくる映像を見つめて考えることが多かった。
けれど今はメイくんかレオナさんが触れない限り通信は繋がらない。
レオナさんの魔力がメイくんの身体を巡るようになったから……とかなんとか細かい理由は説明されたけど、要はレオナさんとメイくんがまた番として一段階ステップアップしたってこと。
やっと、というか。今更というか。
この人、本当にメイくんを大事にしていたんだなと改めて驚かされた。
だって恋人生活何年目?やっと抱いたってことでしょ?信じらんねぇ。
「……話はわかった。お前の聞いたことが確かなら放置しておくわけにはいかねぇな」
『レオナ先輩が邪魔だって言ってたから間違いないです。弟は厄介だが、兄の方はこのまま丸め込めるだろう……とも言ってました』
「ハッ、確かにな。兄貴でなくとも、アイツを信用している奴なら乗りそうな話だ」
肩を竦めたレオナさんはやれやれと首を横に振ると息を吐く。
ただでさえ今までの評判の悪さが尾を引いてレオナさんは色々と複雑な立場なのに、意図的にレオナさんを排除しようと企む奴が多くて困る。
「ラギー」
「ウィーッス。調べられる範囲で情報集めとくッス。けど、ローレンのことならキファジさんにも協力仰いだ方がいいんじゃないッスかねぇ」
普段から自由に王宮を出入りはしているけど正直オレの立場はめちゃくちゃ弱い。
レオナさんへの偏見交じりの視線はもちろん、ハイエナ自体を嫌っている人も多い。
まあ、メイくんのおかげでそこにさらに私利私欲に満ちた悪意を混ぜ持った奴は順調に排除出来てるんだけど……それでも改革と言えるほど快適な場所になるには程遠い。
「……はぁ、そうだな。面倒だがアイツにも働いてもらうか」
口をへの字にさせたレオナさんは渋々頷く。
キファジさんはレオナさんが王宮で働く人間の中で信用している数少ない相手だ。
本人にそれを言うと否定されるけど、メイくんのことを任せてるという時点でその信頼は明らかだろう。
『キファジさんはすっごく良い人ですよ! だって、いつも昔のレオナ先輩のこといっぱい教えてくれるんですから』
「それのどこが良い人なんだ。基準がおかしいだろ」
『おかしくないです! 私相手でも目を逸らしたり、避けていく人もいますし。酷い人だとレオナ先輩の悪口を直接言ってくることだって少なくないんですよ!』
もう、っと唇を尖らせたメイくんが悲しそうに目を伏せる。
インターン生のメイくん迎えた王宮は正直最悪の環境だ。
レオナさんに向いていた悪意の大半は婚約者のメイくんにも向けられているし、人によっては「第二王子が悪女に騙されている」なんて根も葉もない噂を立てる奴までいる。
そんな環境で揉まれ続けていれば嫌でもメイくんは誰が味方で、誰が敵かを見分けられるようになっただろう。
元々、ナイトレイブンカレッジでも全員が彼女の味方だったわけじゃない。
きっと相手を見定める力は人一倍ある。
『……ごほん、メイ様! キファジです。失礼しますよ』
『わっ』
背後から声がかかり、突然の訪問者にメイくんが体を跳ねさせ驚く。
ライオンの視界にはキファジさんがメイくんの肩越しに映っていて、レオナさんとオレは顔を見合わせた。
「レオナさん……」
「黙ってろ。キファジならバレたところで心配ねぇよ」
片手でこちらからの音声をミュートにしたレオナさんは頬杖をつきながら見守るに徹するらしい。
けれど、口ではそう言いながら目は真剣。
じーっと画面越しに警戒を続けるのでオレも黙って見守ることにした。
『なっなんだ、びっくりした……。キファジさんか……』
『驚かせてしまったなら申し訳ありません。……そちらは?』
動いてるから当然だろうけど、疑問を持ったキファジさんはぬいぐるみを指差す。
まさかメイくんがこっそりとぬいぐるみ越しに裏情報をリークし続けていたなんて夢にも思ってないだろう。
事情を知らない人から見れば、王宮内で不正を働いていた奴らが少しずつ排除されただけのこと。
それが偶然、たまたま、奇妙なことにメイくんを目の敵にしていた連中だったってだけだ。
『これはこれは……。まるでレオナ様のようですな』
『あー……っと……』
どうすべきか判断しかねているんだろう。
会話が進むにつれ、どんどんぬいぐるみについて深堀されてメイくんの歯切れが悪くなる。
『えっと、む、昔からこうして慰めてくれるんです。辛かったり、寂しかったり、恐かったりする時に必ずこの子が動くんです』
観念したようにぬいぐるみが動くこと、本音をひっそりと打ち明けていたと語るメイくん。
確かに嘘は言ってない。それをレオナさんやオレが聞いていることを伏せている以外は事実そのもの。
誰かをだます時は真実に嘘を織り交ぜるといいって言うけど、学園に居たせいであの子にもそれが染みついてしまったんだろうか。
『この子になら素直に色々話せるんです。……一人で抱え込まずに済むというか。誰かに打ち明けただけでスッキリすることってあるじゃないですか』
「……だ、そうッスよ。レオナさん。よかったッスね」
王宮内の膿を出せるのは喜ばしいこと。けれど、レオナさんにとってはメイくんの心が軽くなることが第一だ。あのぬいぐるみはその役割を十分と果たせているらしい。
オレが声をかけてもレオナさんは微動だにしなかったけど、その口角が少しだけ上がっているし、目も柔らかく細められ満足そうだ。
「………………」
だけど、その表情がすぐに変わった。
一瞬画面がぐらりと大きく揺れて『レオナ先輩が魔法をかけてくれてるんだと思ってるんですけど違いますか?』なんて問いかけるメイくんの声ともにキファジさんだけが映し出されている。
「なんでキファジの顔なんて見なきゃならねぇんだよ……」
「まあまあ、メイくんなりに誤魔化そうとしてくれてるんでしょ」
険しい顔をしたレオナさんは相当嫌だったのか魔法を使う。
『あっ、こら!』
まるでグリムくんを叱るようなメイくんの声と一緒に、画面にはぬいぐるみにはたかれたキファジさんが映ってる。
『レオッ……じゃない、ダメでしょライオンさん! ごめんなさいキファジさん!』
『っ、お気になさらず……』
「ハハッ、こりゃいいな……!」
「レオナさん……」
なんて言うか、レオナさんはキファジさんのことは嫌いじゃない。……って本人に言うと怒るんだろうけど。
気心知れた仲というか、遠慮がないというか……。くだらない悪戯をキファジさんにするのを趣味にしてるところがある。
「悪戯も程々にしてくださいよ。ネタばらしする前にバレるなんて最悪じゃないッスか」
「わかってる。これはただ俺のフィアンセの部屋に勝手に入り込んだ罰だ」
「はいはい、独占欲もいい加減にしてくださいね」
くつくつと満足そうにレオナさんが笑ってるからまあいいか。
すっかり向こうのメイくんも明るい顔を取り戻したし、良い情報も入手出来た。
なんて便利なぬいぐるみなんだろう。あのぬいぐるみがレオナさんの部屋に置かれた頃には思ってもみなかったことだ。
なんかの話で口止めされていたことを穴に吹き込んだら、その穴から生えた葦が隠し事を勝手に暴露しちまった……なんてのがあった気がするけど、メイくんのは意図的だし、ちゃんと望んだ相手に届いてる。
真実ってのは隠すんじゃなく利用すれば力になるんスよね。特に王宮なんていろんな思想が蠢くこの場所では。
弱い弱いとあの子を侮るからその後ろにいるライオンに喰われちまった人は数知れず。
これからも、きっと誰かがそうやってレオナさんの歯牙にかかる。
だって、オレらの王様の耳はそれはそれは立派な獅子の耳だから。