代わりはいらない


 秋の風が吹く校舎で新学期を迎えた芽唯は登校する度にどこか寂しさを感じていた。
 芽唯たちが二年生に進級したということは、当然新しい一年生たちが入学してくる。
そのせいで去年の最初の頃と同じように奇異の目を向けられることが増えたのもあるだろう。
 けれど、大きな原因はやはりレオナが学園のどこにも居ないせいだ。
 オンボロ寮、植物園、廊下に教室。この学園にはレオナとの思い出が多すぎる。
 無意識に彼の気に入りの場所に足を運んだ芽唯は恋人の姿がそこになくて肩を落とす。そんな日々の続いていた。

「レオナ先輩、ちゃんとやってるかな……」

 自国の鉱業・エネルギー企業の研究所をインターン先に選んだレオナ。
 わざと露悪的な言い方をしてまるで利用するような口ぶりだったが、時折かかってくる電話の内容を信じるなら真面目に研究に携わっているらしい。
 それもそうだろう。夕焼けの草原には大量のエネルギー資源が地下に埋蔵されているとレオナは以前語っていた。
 そして、それらを無理やり活用するとマレウスが見せた夢のように国が荒れ果て取り返しのつかないことになることにも気づいている。
 いつだったか寝物語として今後の展望を語ってくれたレオナは『良いシミュレーションになったぜ』なんて口角を上げ笑っていたが、きっと国が好転するように資源を活用するには自分の知識が足りていないことを痛感したのだろう。
 憎まれ口ばかりのレオナだが、日々自国がどうすればより良い強い国になるのかを真剣に考えている。
 それが愛なのか、執着なのか、はたま違う感情からくるものなのかはわからない。もしかしたら感情なんてないのかもしれない。
 王族に生まれたからやる。父も、兄も当然のように国を動かす道を進んで、自分もそうだろうと信じていた小さな子供の頃に描いた理想を追いかけている。
 理屈のない動機だったとしても、その熱意は確かなものだ。

「今日も頑張ってると良いな」

 そんなレオナに芽唯が出来ることはただ一つ。
 多くのことをレオナが吸収し、それが良い方向へと繋がることを祈ることだけだった。

◇◆◇

 レオナの四年生への進級に伴いサバナクローの寮長は入れ替わった。となれば、彼の私物は学園内に置き場がなくなる。
 大半の生徒はほとんど引っ越しの勢いで服を始めとして色々なものをインターン先の新居に運んだが、レオナは『夕焼けの草原で賢者の島と同じ格好で過ごせるわけないだろ』と現地調達をすることを選んだ。
 となると学園にほとんどの私物を残すことになるが、彼は私物をオンボロ寮へ運び込ませた。
 休みを利用して恋人に会いに来た時、俺の物がないのは不便だろ。……と笑っていたが、本心と引っ越しが面倒という理由が半分半分なんだろう。
 正直、レオナが学園に荷物を残していく……しかもオンボロ寮に預けていくと言い出した時は困ったが、部屋にはいくつも空きがあるし、元々レオナ専用の部屋もある。
 そこに少しだけ荷物が増えただけで特に支障はなかった。むしろ、まだ彼がそこに居るみたいで自分の部屋よりもそっちを使うことの方が多くなった。
 自室で寝ることが減った芽唯に、グリムは『それで子分が元気出るならいいんだゾ。それにオレ様も自分の部屋が出来たみたいでいい気分だ!』と案外この生活を気に入っている。

「……レオナ先輩の匂い、だいぶしなくなっちゃったな」

 ごろん、とベッドにうつ伏せで寝転んだ芽唯は大きく息を吸い込むとため息をつく。
 前回レオナが泊まりに来たのはインターンに赴く前日。
 すっかりレオナの部屋を使うようになった芽唯に笑いながら、けれど自身も惜しむように芽唯やこの部屋に自分が居た痕跡をたくさん残してくれたのにもうほとんど残ってない。

「……レオナ先輩」

 まるで迷子の子供が親を求めるようにか細い声を上げた芽唯は、視界にちらりと入ったぬいぐるみを引き寄せぎゅっと抱きしめる。
 左目に傷の刺繍が入ったライオンのぬいぐるみ。
 かつて芽唯が購入し、気が付けばレオナの部屋に置かれるようになったこのライオンは結局レオナの荷物と一緒に芽唯の手元に戻ってきていた。

「あなたもきっと寂しいよね……」

 このライオンはレオナの部屋でずっと二人の逢瀬を見守ってきた。
 彼が聞いていれば『所詮は物だろ』なんて言いそうだが、ゴーストカメラで撮った写真は動き出すし、リリアのユニーク魔法が物にも記憶があることを証明している。
 大切にしていれば、きっとこのぬいぐるみだってレオナと芽唯のことをたくさん覚えてくれるはず。

「今頃何してるんだろう……」

 寂しいという気持ちが募るほど、ぬいぐるみを抱きしめる力が強くなった。

◇◆◇

「今日は授業中にデュースが突然大釜を召喚しちゃって大変だったの。どうして咄嗟に何か呼ばなきゃってなると大釜を出しちゃうんだろう」

 それでねライオンさん。そんな語り口でぬいぐるみに今日の出来事を話す芽唯は相変わらずレオナのベッドでごろごろしていた。
 グリムが、エースが、デュースが、変わらない面々の名前を挙げているのに、そこに去年の三年生の名前は絶対に並ばない。 

「レオナ先輩にも聞かせたいなぁ……」

 今まではその日の出来事を昼休みか放課後、遅くても翌日にはレオナに報告出来た。
『なにバカやってんだ』と呆れられることもあれば、『怪我はしなかっただろうな』と手を握られることもしばしば。
 どんな反応でもいいからレオナがすぐ応えてくれる。そんな毎日がどれだけ贅沢な日々だったか今になって思い知る。

「遠距離恋愛ってこんなに大変なんだ……」

 カップルの大きな障害だと噂には聞いていたが、当事者になってみると身に染みる。
 人によってはこの寂しさが浮気に繋がったり、互いの熱量の違いで別れを選ぶこともあるらしいが自分たちは大丈夫だろうか。
 もちろん、レオナを疑っているわけでもないし自分が心変わりするはずもない。
 けれど、きっと周りがレオナを放っておかない。学園と違って研究所やその周辺には多くの女性が居るだろう。

「絶対モテるよね……。あなたもそう思うでしょう?」

 自国でそんなことはありえないとレオナは笑うどころか、逆にこちらが浮気しないかを心配するので同じ言葉を使って否定すれば、ならお互い安心だなと唇を塞がれてしまって議論はそこで終わりになった。

「……〜〜っ、レオナ先輩のバカっ」

 目と鼻の先でサマーグリーンがどろりと溶けて、びっくりするくらいの熱量をぶつけられる。
 そうなってしまえば後はレオナのペースになって話が元の場所に戻ることはない。
 思わず唇を押さえた芽唯はレオナの唇の柔らかさを思い出しながら目を閉じた。

◇◆◇

 あのねライオンさん。聞いてライオンさん。それでねライオンさん。
 レオナと連絡を頻繁に取れない芽唯の話し相手はすっかりぬいぐるみのライオンになっていた。
 どうしても我慢できない時や、向こうから電話がかかってきた時は時間が許す限りレオナと話す。
 けれど、学外実習という名目上レオナの自由は多くない。
 なによりも、レオナは自分のための勉強をしているのにその邪魔をするのは不本意だった。
 スマホの壁紙にしているレオナと見つめ合った芽唯は電話をしようか悩んだ末に、今日もライオンに語り掛けることを選ぶ。

「今日はね、妖精のことについて教えてもらったの。って言っても去年色々と事件に巻き込まれたからその復習みたいな内容だったなぁ」

 一年も過ごすとこの世界での経験と呼べるものがある程度出来てきた。
 異世界に来た翌日にはドワーフ鉱山でファントムに出会ってしまったし、入学してすぐにオーバーブロットという滅多に起きない現象を目の当たりにした。
 その後も何度も怖い思いをしながら立ち向かった多くのことは、きっとこの世界に生まれていても早々お目にかからないことばかり。
 知らないことの方がまだまだ多いけれど、経験値だけなら負けない自信が少しだけある。

「そもそも、うちには常に妖精……ルタがいるしね」

 芽唯の部屋……今ではすっかりグリムの部屋になってしまっているが、太陽のよく当たる場所で愛の証明は今日も美しく咲き誇っている。

「……会いたいよ、レオナ先輩」

 レオナと花を咲かせた時のことを思い出してしまった芽唯はぎゅっとライオンを抱きしめる。
 いろんなことを考える度、連鎖的にレオナに繋がってしまうのだけはどうしようもない。
 芽唯の世界がずっとレオナを中心に回っていた証拠だ。

「ん? っ、なに……⁉」

 もぞもぞと腕の中で何かが……いや、ぬいぐるみが動き出した。

「えっ⁉」

 驚いてぬいぐるみを手放した芽唯は、身体を跳ねさせ飛びあがると後ろに手をついて後退する。
 まるで本物のライオンのような動きを見せたぬいぐるみは、レオナと同じ傷がある瞳を芽唯に向けると、のそのそと歩いて芽唯の膝に飛び乗る。

「あ……え……?」

呆気に取られる芽唯を気にせず、まるで欠伸をするかのように鼻先を天井に向けてからごろんと寝転ぶぬいぐるみは本当に生きているようだ。

「う、動いてる……」

 妖精?もしかして妖精なの?
 芽唯の頭にそんな考えが過る。噂をしたから悪戯をしに来てしまったのかもしれない。
 もしくは出かけていると思っていたルタが帰ってきて動かしているのか。
 猫のような仕草で芽唯の膝でくつろぎ始めたぬいぐるみを恐る恐る撫でてみれば、布で出来た瞳がなんとなく自分を捉えた気がして芽唯は瞬く。

「誰かが動かして……るわけじゃなさそう……」

 辺りを見回してみても人の気配は感じられない。
 害はなさそうだと判断した芽唯はライオンをぎゅっと抱き寄せた。

「もしかして……最後に来た時レオナ先輩が何かしたのかな?」

 なぜ今になって発動したのかはわからないが、こんなことに魔法を使うのはレオナくらいだ。
 よく見ればぬいぐるみの仕草はどことなくレオナに似ている。

「……ありがとう、レオナ先輩」

 なんだかレオナが傍に居る気がして嬉しくなった芽唯はライオンを抱きしめたまま横になると目を閉じた。

◇◆◇

 寮に帰れば聞き手がいる。それだけで心は軽くなっていく。
 友人たちとの学生生活を存分に満喫した芽唯は今日もレオナの代わりとして一緒にベッドに寝転んだぬいぐるみに語り掛けていた。

「んっ、もう、今日は凄い元気! 一体どうしたの?」

 けれど尻尾をぱたぱたとさせて芽唯の話を大人しく聞いていたライオンが急にせわしなく動き始めた。
 むに、っとぬいぐるみに頬を押されて瞬いた芽唯は少しだけ彼から離れる。
 あの日、一度動き出してからというものライオンのぬいぐるみはすっかり動くのが当然になった。
 放っておくと普通のぬいぐるみに戻っているのに、触ったり、話しかけたり、あるいは掃除中に倒してしまったり。些細な衝撃でぬいぐるみは動き出してしまう。
 動く姿はとっても可愛らしいのだが、今までは一方的に話しかけていたのに、ぬいぐるみから定期的にアクションを起こされ話に集中することが出来ないのは小さな悩みだ。

「ふふ、くすぐったいよ」

 ライオンの尻尾が芽唯をかすめた。日常のこぼれ話に耳を傾けてくれるだけでありがたいのに、レオナ不在の寂しさを懸命に小さな体で埋めてくれる。
 まるでペットのような小さなライオンはすっかり芽唯の安らぎだ。

「あなたが居てくれるならレオナ先輩に負担をかけずに済むね」

 あれもこれも話したい、けれどレオナだって自分の生活で起きたことを話したい時もあるだろう。
なのに溜め込めば溜め込むほど一方的に自分が喋ってしまう。
 でも、このライオンが居てくれるならレオナには絶対に聞いて欲しいことだけど選んで話す冷静さが持てそうだ。

「ありがとう、ライオンさん」

 体を起こした芽唯はライオンの頭をゆっくり撫でる。
 ぬいぐるみの表情が変わることはないが、自ら手のひらにすり寄ってくる動きを見るに、撫でられて気持ちが良いと感じているのかもしれない。

「ふふ、可愛い。これらもいろんなこと聞いてね」
「おいおい随分寂しいこと言ってくれるじゃねぇか。浮気はしない、じゃなかったのかメイ」
「っ⁉」

 不意に後ろから声がかけられ、芽唯は勢いよく振り向こうとした。
 だが、すぐに背中がぽすりと何かに当たり動きが制限されてしまう。
 仕方がなく首だけ振り向いた芽唯は声の主の姿を捉えると丸くて大きな瞳が零れ落ちそうなくらい目を見開いた。

「れ、レオナ先輩⁉︎」

 背後から抱きしめられ、お腹の前でレオナの腕が交差する。
すりっと顔を寄せられると首元に触れるレオナの髪がくすぐったい。
 思わず首を竦めた芽唯が「な、なんで?」と瞬くとレオナは目を細める。

「お前に会いたくなった、じゃダメか?」
「だ、ダメじゃない! ダメじゃない……けど……。どこから聞いてました?」
「今日は朝から毛玉がトレインに叱られた、ってところからだな」
「最初からじゃないですか!」

 思ったよりも早くからレオナは聞き耳を立てていたらしい。
 腕の中でぎゃーぎゃー騒いでみせるがレオナは「うるせえな」と言いながらも腕の力を緩めない。
 すりすりとまるでマーキングをするように芽唯に頭をこすりつけたレオナは、芽唯の膝上で寝転がるぬいぐるみを見つめるとしっしっと手で払う。

「あ、ちょっと……」

 さすがにそれは可哀想。
 そう芽唯が止める前にぬいぐるみは頷くような仕草をするといつもの定位置に戻って動かなくなる。
 まるでレオナの命令を聞いたかのようで、ぬいぐるみが動き出した理由が確信に変わる。

「……やっぱり、レオナ先輩の魔法ですよね」
「それ以外なんでぬいぐるみが動くんだよ」
「ルタとか……もしくはまた別の原因とか……」
「ンなもことする奴がいるなら、もっと早く時間を作って帰ってきてる」
「ええ……。でも、私の周りで何が起きてるかなんて、私が言わなきゃレオナ先輩が知ることなんて出来ないんじゃ……」

 でなければ何のためにいつも電話やメッセージで話を聞いてもらっていたんだろう。
 体の力を抜いてレオナに身を委ねた芽唯は、彼を背もたれにして下からレオナを仰ぎ見る。
 ひさしぶりに会えた大好きな人は芽唯を見下ろすと大きく息を吐く。

「お前の周りのことくらい、俺が知らないと思ったか?」
「だって…………ぅわっ⁉」

 芽唯が言い訳を並べる前に突然レオナが離れたかと思えば背中と膝裏にレオナの腕が滑りこむ。
 ベッドの上でお姫さま抱っこの形で抱き上げられた芽唯はようやく正面からレオナと見つめ合うが、サマーグリーンがどこかギラギラとしていて思わず目を逸らしてしまう。

「最近は随分と機嫌がいいらしいじゃねぇか。前までは食事中もため息ばかりだと聞いてたんだがなァ? ん?」
「えっと……それは……」

 すり、っと額をこすり合わせてきたレオナは自分に何を言わせたいんだろう。
 寂しかった?会いたかった?……おかえりなさい?
 どれも電話越しでも喉元まで出かけた言葉だが、ワガママが過ぎると最後以外は何度も何度も飲み込んだ。

「あのぬいぐるみには言えて、俺には言えないことがあるのか?」

 ぐいっと迫られ視線を逸らした芽唯は唇を噛み締める。

「俺には素直になるって決めた、って言ってたのはどの口だ?」
「そ、それは……その……」

 自分の胸の内に転がる言葉を拾い集めるように視線を彷徨わせた芽唯は、視界の片隅に映ったライオンのぬいぐるみを見つめながら続きを紡ぐ。

「負担になるかもって考えたら、お話を聞いてもらうのはレオナ先輩じゃなくてもいいんじゃないかなって思ったんです」

 伝えたいことはどれもくだらないことばかり。
 自分のこと、友達のこと、ふと見かけた何気ない日常のワンシーン。
 嬉しいも楽しいも辛いも悲しいもレオナに共有したいのに、そんなことで今のレオナの時間を消費させるのが忍びなかった。

「でも、結局私はあの子の中にレオナ先輩を見てました。……あの子はどうして突然動くようになったんですか?」

 自分で縫った刺繍が、左目の傷がレオナを彷彿とさせる。
 そこに魔法でよく似た動きが加わって、ますますレオナとあのぬいぐるみを重ねてしまった。

「さあな、お前が妙なこと言うから反応したんだろ」

 優しい両手が芽唯の髪をゆっくりと梳く。

「……それで?」

 続きを促すレオナは、急かす様子は一切ないがどこか圧がある。

「っそ、れで……えっと……あの……」

 言葉がまったく出てこない。せっかくレオナが来てくれたのに、喉から飛び出そうなのはどれも困らせてしまいそうなことばかり。
 
「あ……」

 はく、っと唇を動かした芽唯の声は言葉になりきらないで床に落ちる。
 忙しいだろう、負担になるだろうと決めつけて、勝手に遠ざけてしまったことに気づいてしまった。
 これではレオナも同じ気持ちだろうと自分の恋心を捨てようとした頃と何一つ変わっていない。

「……ようやく気付いたか」
「その…………」

 ごめんなさいも、間違ってましたと言うのも違う気がして瞳を伏せた芽唯は唇を真っ直ぐ結ぶとただ頷いた。

「が、んばってみます。聞いて欲しいこといっぱいあるから……」
「そうしてくれ。本当は誰に聞かせたかったのか忘れるな」

 はぁ……と大きく息を吐いたレオナに釣られて芽唯が目を開けると、レオナはぬいぐるみを睨みつけてからぽつりと呟く。

「でないと、アイツを嫉妬でどうにかするかもな」

 部屋に静かに響く声は低く、ごくりと息を呑んだ芽唯は冗談ですよね……?とは口が裂けても言えなかった。

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