夢みたい


 流れる音楽に耳を傾け、荘厳な城内を見つめた芽唯は数度瞬きをすると「夢みたい」と小さくつぶやく。

「というか……夢で見た景色そのもの……」

 訪れたときは広間すら茨で覆われていた野ばら城はマレウスとリリアの魔法でかつての姿を取り戻した。
 そこはリリアの夢でマレウスの母親と初めて出会ったあの場所そのもの。
 とっくに夢から醒めたはずなのに、まるであの時に戻ったかのような景色は芽唯の意識をあの旅に引き戻す。
 けれど、もうここは夢の中ではない。
 ぽかんと口を開けたままでいるとするりと指の間に差し込まれた大きなそれが芽唯の手を意識ごと絡めとった。
 温もりにつられて顔を上げればくつくつと笑いながら目を細めたレオナと目が合う。

「間抜け面。ぼーっとしてどうした。まさか、もう眠いなんて言うんじゃないだろうな」
「ち、違います! ただ、夢を渡っていた時のことを思い出してただけです!」
「なら良いんだがな」

 ぎゅっと握られた手を握り返せばレオナが肩をすくめる。
 彼の視線の先ではユニーク魔法の力で現れた茨の国の近衛兵や銀の梟たちが過去の因縁が嘘のように手と手を取り合って踊っている。
 見た目だけが再現……いや、再生された、ただこの場に合った動きをするそれらはリリアの魔法。すべては城の記憶。
 本来実現するはずがない光景はきっと何百年もの時がたったからこそ許されている。

「……私、夢の世界であの人たちが争ってるのをこの目で見ました」

 土地に眠る資源を求めて進軍を続ける銀の梟。自然が荒らされていると彼らを国から追い出そうとした茨の国。
 今はマレウスやシルバーと一緒に踊るマレノアや夜明けの騎士も本来は対立する関係だ。

「本気で殺されるって思ったし、戦いをどうにかできないかなって悩んで……」

 でも結局「これは夢だ」という言葉でなにもかもが一蹴される。
 過去に行ったわけでも、実際に目の前で起こっている出来事でもない。
 ただリリアの記憶を追体験しているだけ。なのに、自分の胸で湧き上がる感情だけは本物だった。

「だから……この景色が見れてよかったです」

 夢で訪れた夢のようなお城の中で。夢のようなパーティーを現実として体験している。
 騒動のきっかけとなったマレウスの謝罪を名目で開催されたパーティーは蓋を開ければ乱心した王を止めた臣下であるシルバーとセベクの功績を褒めたたえる場で、さらにシルバーがリリアと本当の親子となることが認められ……、過去と現在が交差する素晴らしい催しになった。
 芽唯自身はただがむしゃらにグリムと一緒に二人についていくのがやっとの旅だったけれど、この夜にたどり着けたことが誇らしい。

「……ったく、長い間面倒なことに巻き込まれた挙句自分は最後蚊帳の外だってのに欲のねぇ奴」
「蚊帳の外って……、だって私は別にツノ太郎の臣下とかじゃないですし」

 称号と褒美を与えられた二人の喜びが自分のことのように嬉しいとは思うけれど、私には?なんて疑問は芽唯にはなかった。
 なにせ、本当に芽唯はただ二人についていっただけだからだ。
 もちろん、レオナを起こすときは多少なり役に立てたと自負しているが、他の夢では最低限のサポートで精一杯。戦いが起きれば守られるだけのお荷物だった。

「私は大したことしてないですもん」

 心からの言葉だ。

「そうかよ……」

 なのにレオナの方が不満そうに深く息を吐く。

「……なんか、レオナ先輩の方が不満そう。何か欲しかったんですか?」
「ンなわけねぇだろ。確かに、あいつはお前の王でもなんでもないしな」

 そういう割に不服そうなレオナは芽唯の腕をくいっと引っ張り自分の方へと引き寄せる。
 向き合う形でレオナを見上げた芽唯はサマーグリーンをじっとのぞき込むとぱちぱちと数度瞬きを繰り返した。
 なんだかレオナが少し拗ねている気がしたからだ。

「……それじゃあ、あの。ちょっとだけわがままいいですか?」
「あ? わがまま……?」

 レオナの両手を握った芽唯は一歩だけレオナに近づき彼を見つめる。

「レオナ先輩からのご褒美が欲しいな、なんて」
「俺からの……?」
「はい。だって、私の王様はレオナ先輩だから」

 シルバーとセベクが自分たちの王様であるマレウスから褒美を貰ったのなら、自分に褒美をくれる人はレオナがいい。
 もちろん、レオナにそんなことをする理由はまったくないのでほとんど冗談のつもりだったのだが、芽唯の予想に反してレオナの口角がくいっと上がる。

「へぇ? それで、何が望みだ」
「えっ、あの……」
「あいつらみたいに称号か? つってもお前にはもう俺の恋人って立派な肩書があるしなァ?」
「ま、待ってください! あの、じょ、冗談だってわかってますよね……?」

 焦って思わず手を放そうとするが、逆にレオナに捕まって腰まで引き寄せられてしまう。
 ぴたりとくっついた体を少しでも離そうと藻掻いてみるが、想像以上にレオナの力が強い。
 思わぬ接触に周囲の視線が気になった芽唯は辺りの様子を伺うが、マレウスたちのような……とまではいかないが会場の雰囲気を楽しむように自分たちなりに踊っていたり、どんな夢を見ていたのか改めて話していたりとみんな何かしらに夢中になっていて、レオナと芽唯を注目している者は誰もいなかった。

「あ、う……えっと……」

 つまり助け船も望めないということだ。
 言葉に詰まった芽唯は諦めてレオナを見上げる。
 視線が絡むとそのことに満足したのかレオナが笑う。意地悪だけれど、どこか優しいと感じる柔らかな笑み。

「ず、ずるいです、その顔……」

 芽唯はレオナのこの表情に弱かった。
 なんというか、言外に愛おしいと……そう言われている気分になる。
 後ろ向きに考えやすい芽唯のことを理解し、すれ違いが生まれないようレオナはある程度言葉にもしてくれるようになったが、何よりも行動や表情に感情が乗る。
 ただでさえあのヴィルが認める美しい顔が、自分に向けて甘い笑みを浮かべている時の破壊力は言うまでもないだろう。

「なにがだよ」
「わ、わかってるくせに……!」

 くつくつと喉を鳴らして笑うレオナは片手を放して芽唯の頬を撫でる。
 本気でとぼけているのか、わかってやっているのかはわからない。
 けれど、自分の腕の中で芽唯があたふたしていることに満足しているのは間違いない。
 大きな褐色の手は薄っすらピンクに染まったそこを指で軽く摘まんだり、指先を往復させてその弾力ごと楽しむように遊びだす。

「お前が無事でよかった」
「へ?」
「褒美も、称える言葉も何も用意してない。俺にしてみればお前が危険な旅を続けたことを叱りたいくらいだ」

 ぐに、と頬を引っ張られ眉間に皴を寄せたレオナはため息をつく。
 まさかお小言が始まるとは思っていなかった芽唯はレオナを見つめてまたぱちくりと瞬きを繰り替えすが、それには言葉のわりにあまり頬が痛くないことへの疑問も含まれていた。

「ミッキーとやらの部屋が崩れて、お前が帰る夢がなかったのはわかってる。……それ自体なんでだと疑問は残るが、夢渡りなんて魔法が使えないお前には危険が多すぎる。いつはぐれてもおかしくなかっただろ」
「……まあ、そう……ですね。オルトが来るまではどこに行くかもわからなかったし……」

 正直、旅を続けていればいつか全員を起こせるという保証もなかった。
 ただがむしゃらに、マレウスを止めなければいけないというその一心で自分たちは旅を続けていたにすぎない。
 イデアとオルトのおかげで目的がはっきりした後も、芽唯にやれることは多くなかった。
 役に立てたのはVDCを再現するために覚えていた振り付けをみんなに教えた時と……レオナの夢の世界。

「……怒ってます?」
「それなりにな」
「でも、その……」

 レオナから視線を外した芽唯は彼の胸板をじっと見つめてぽつりと呟く。

「私は……楽しかったし、旅をしてよかったって思ってます。レオナ先輩の夢も、この目で見れてよかった」
「…………」

 改めて見上げればレオナは眉間に皺をきゅっと寄せ、何か言いたげに小さく口を開く。
 けれど何も紡がれることはなく、それを見て逆に芽唯が言葉を続ける。

「王様をしているレオナ先輩の隣に私がちゃんと居たの嬉しかったです」

 彼女がNPCだったのか、それとも闇だったのかは芽唯にはわからない。
 王宮でレオナを追い詰めた際、キファジは加勢してくれたが王妃と呼ばれていた芽唯は気が付けばレオナと一緒に逃げていて、ハイエナたちの作り出した深い闇へとレオナと共に落ちていった。
 芽唯が彼女を見たのはそれが最後だ。

「……知らない人がレオナ先輩の隣に立ってたらどうしようってちょっと思ってました」
「誰だよ、その知らない人って」
「レオナ先輩にもっとお似合いの……同じライオンの獣人の方とか……」

 そっとレオナの耳に手を伸ばす。
 ぴるぴると揺れ動く耳は嫌がられるかと思ったが芽唯の手に大人しく収まる。ふわふわと柔らかい毛並みは撫でられるのを待っていたかのように芽唯を受け入れた。

「なんだ、お前は俺に似合うから≠ネんてくだらない理由で他の奴に隣を譲るつもりがあったのか」

 ハッ、と鼻で笑ったレオナがなんだか少し寂しそうに見え、思わずふふっと笑ってしまった芽唯は耳まで伸ばしていた手を引っ込めてレオナにそっと抱き着いた。
 芽唯の何倍も大きな体はたくましく、頑張って腕を伸ばしてようやく腕が回るか回らないかくらいの対格差がある。
 レオナも少しだけ抱き返してきて、こちらが率先して抱きしめているはずなのに、傍から見れば抱きしめられているのはきっと芽唯の方。
 なのに守ってあげなければと思ってしまうのは何故だろう。

「ないです。レオナ先輩を誰かに譲るなんてありえない」
「そりゃよかった。ひどい有様の国を見て気が変わったのかと思ったぜ」

 おずおずと背中に回されていた腕は言葉に反してどんどん強くなっていく。
 少しだけ体が持ち上げられて、背伸びをする形になった芽唯はレオナの鬣とも呼ばれる豊かな髪に顔をうずめながらさらに強く抱き返す。

「確かに、あの状態の国に住むのは嫌ですけど」
「おい」
「現実で私がレオナ先輩のお嫁さんになる時はもっといい景色を見せてくれるでしょう?」
「!」

 がばっ、と芽唯から離れたレオナは普段は鋭い瞳を見開いて丸くさせ、ぱちぱちと芽唯を見つめる。
 その様子がおかしくてくすくす笑えばレオナはバツが悪そうに頬を染め、視線を泳がす。
 普段自分から将来を語ったり、芽唯が帰りたがったとしてもずっと一緒に居るのだと語るときは自信満々にどこか意地悪な言葉も含みながら言うくせに、珍しい反応で芽唯も思わず瞬く。

「違うんですか……?」

 首をかしげて問えば、レオナは「……っ」と言葉を詰まらせるので芽唯の疑問はさらに膨らむ。
 けれど、次の言葉を投げかける前にレオナは芽唯の腕を引いてバルコニーへと出てしまう。

「わ、ちょ、ちょっと……ど、どこに……んっ!」

 どこに行くんですか。
 音楽や人々に背を向けてバルコニーに連れ出された芽唯はそんな疑問を口にする前にレオナに唇を塞がれる。
 突然上から覆いかぶさるように唇を奪われた芽唯は目を見開いたまま、レオナも芽唯を見つめたまま。
 息が苦しくなって、ギブアップと彼の背中を叩くまで続けられた口づけは小さなリップ音を立てて終わる。
 最後にちろりと芽唯の唇を撫でた舌を見せるように離れたレオナは余裕そうなのが悔しい。
 一人だけ肩で息をした芽唯は「いきなり何するんですか!」と声を張り上げた。

「お前が嫌がると思ってちゃんと見えないところに来ただけ褒めろ」
「そ、それはそうですけど……! そうじゃなくって!」

 そもそも最初は褒美がどうのという話だったのにどうしてこうなってしまったのか。
 キスの直前、レオナが後ろ手で適当に閉めた窓ガラスの向こうを覗き込んだ芽唯は自分たちが会場を抜け出したことを誰も気にかけてないことに安堵する。
 一枚隔てた先から聞こえる少し籠った音を背にレオナに向きなおれば、彼はすっかり深けた夜の帳を見つめ、サマーグリーンには星の輝きが吸い込まれていた。

「レオナ先輩」

 そっと隣に立って同じように星を見つめる。
 レオナは自分の国に語り継がれる星は歴代の王で迷ったときに導いてくれるという伝承を笑うくせに、ふと気が付くと星を見つめていることがある。

「……夢の中で歴代の王様はレオナ先輩を導いてくれましたか?」
「あんなのガスの塊だって言ってるだろ」
「またそんなこと言って……」

 フェンスを握る手に手を重ねれば「けどな」とレオナは芽唯に身を寄せる。

「お前は、変わらなかった」
「私?」
「……夢の、お前」
「ああ……」

 覚えがないことに首を傾げて見せればレオナのイマジネーションが作り上げた夢の世界の芽唯が脳裏をよぎる。

「……確かに国は知っての通りの有様だったがな。お前はあのキファジと同じで口うるさく最後まで『ちゃんと王様としての務めを果たせ』とぴーちくぱーちく囀ってた」
「え、レオナ先輩の行動を全肯定するとかじゃなく……?」
「お前がそんなことするわけないだろ。むしろ間違ってることは間違ってるって突き付けてくる。マジフト大会の時、俺の作戦を台無しにしたくせによくそんな自分が想像できるな」
「で、でも……闇ってみんなそんな感じだったから……」

 カリムと自分は親友だと爽やかに笑うジャミル。
 デュースを馬鹿にしないエース。
 暴飲暴食を続け、コロコロと転がるほどの体型になってしまったハーツラビュルのみんな。
 誰もが自分に都合のいい夢を見ていた。
 イマジネーションが強い人ほど違和感のない世界作りが上手く破綻がない。
 逆にレオナはリアリティがありすぎてあの結末だったのだが……。

「なら、あの私はキファジさんと一緒でNPC……だったのかな……」

 レオナの都合の良い芽唯じゃない。
 彼の考える『芽唯ならこう考える』という解釈の元で動く存在。

「さあ、どうだかな」
「もしかしてレオナ先輩何か知ってる……?」

 やけに言葉を濁すレオナを覗き込めば口角を上げ、こちらを見つめていてよくわからない。
 けれど、どこかその瞳が優しさに満ちている気がして悪い気はしなかった。

「知りたくって仕方ないって顔だな」
「だって……あ、じゃあそれがご褒美ってことで!」
「バカ言え。誰が好き好んであんな悪夢のことを語る」
「えー、じゃあ何か他にいいアイデアあるんですか?」

 せっかくやっと思いついた願いをあっさり却下され、肩を落とせばレオナがふむ……と少し考える素振りを見せる。
 かと思えば、窓を開け、城内に背を向けると恭しくお辞儀をして芽唯の手を取った。

「俺と踊る……ってのはどうだ」

 おまけのように指先に口付けを贈られ、ダンスに誘われたことに驚いていると芽唯の首が縦にこくりと動く。

「え、待って、あのっ」

 今のは自分の意思じゃない。
 体が勝手に動いたことを伝えようとレオナを呼ぶが、彼は芽唯の腰を抱き寄せるとすでに踊る態勢へと入ってしまう。

「待って、まっ、ら、ラギー先輩ですよね今の!」
「ラギー? なんのことだか」

 にやりと笑ったレオナの視線の先を追えば、遠くでラギーが笑う姿が見える。

「もしかしてラギー先輩と打ち合わせ済みだったの……⁉」
「さあな」

 マレウスとその母親の幻が、そしてシルバーも両親の幻と踊り、同じようにレオナと芽唯もホールで踊りだす。
 お城でレオナと踊るなんてまさに夢のようなことだけれど、周囲の視線が集まってきて恥ずかしい。

「わ、私が頷かないだろうってわかってて、ダンスに誘ったらラギー先輩の魔法で頷かせるようにしてたんですよね!」
「お前がそう思うならそうかもな」

 くつくつと喉を鳴らして笑うレオナは何故かやけに楽しそうで、最初は戸惑いだらけだった芽唯も自然と笑みが零れてくる。
 いつもならからかってくる生徒たちも今日ばかりはセベクやシルバーを祝ってくれたように自分にも祝福を送ってくれるらしい。
 おめでとう、お幸せに、なんだか気の早い言葉ばかりが並ぶのがむず痒い。

「なんだか、夢みたい」

 思わず零れた言葉は今日最初にここで吐き出した言葉と同じ。
 けれど、やっぱりこれは夢じゃない。
 長い長い旅の末、掴み取った最高のご褒美だ。

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