記念日


「もしかしなくてもオレお邪魔だった?」

 鏡越しににやりと笑うエースと目が合った。
 彼の散髪をしていた理髪店の店長は一瞬レオナの方に視線を送るが黙ったまま手を動かす。
 自分、そしてレオナに向けられた言葉ではないと察したのだろう。

「…………ぐぅ」

 すっかり寝入って、時折いびきをかくレオナを見た芽唯は「そ、そういうのじゃないと思うけど」と零す。

「そ? その割には随分めかしこんでるじゃん」
「これは、……その、レオナ先輩がいいから着ろってうるさくて……」

 動画に自分は映らない。だから着飾る必要なんてない。
 何度そう言ってもレオナは首を横に振るばかりだった。
 麓の街を盛り上げるために始まった誕生日企画。芽唯は撮影役で、これまで何人もの生徒を撮ってきたけれど、自分は姿どころか声すら入れないようにしてきた。
 着飾るのは誕生日を迎える生徒だけで、芽唯はいつも制服で同行していた。
 なのにレオナは何故か被覆室で芽唯の衣装まで選び始めた。
 夏らしい青と白を基調にしたレオナとは異なり、芽唯の服はどちらかと言えば春先に誕生日を迎えた生徒たちが着ていたものと同じカラーリングだ。

「……なんでなんだろ」

 スカートの裾を掴んだまま、芽唯は小さく首をかしげた。
 今のところ動画に一緒に映れとも言われなかった。
 一体何の目的があってレオナは自分を着替えさせたのかさっぱりわからない。

「なんでって、ついでにしたかったんでしょ」
「何を?」
「デートに決まってんじゃん」

 まるで当たり前のようにそう口にしたエースとまた鏡越しに目が合った。
 ぱちぱちと瞬く自分と呆れた顔をした彼が鏡の中で横並びになる。

「……レオナ先輩、苦労してんなぁ」

 あーあ、可哀想。
 そう言って大げさにため息をついたエースの髪を整えている店長が少し肩を揺らして笑った気がした。

◆◇◆

「さっぱりしたー! 珍しく混んでなかったしラッキー!」
「もう少し時間がずれてたら混んでたよね」

 エースの散髪が終わり、レオナを起こして最後の撮影を終えると途端に客が増えてきた。
 店長への挨拶もそこそこに店を出た三人は暑さから逃げるように次の目的地を目指す。
 レオナと芽唯、二人から少し遅れてエースの順で歩いていると何人かのサバナクロー生とすれ違う。
 彼らは「あっ」と小さく零すと静かに頭を下げる。
 レオナを慕う彼らにしては随分と控えめな仕草に首を傾げた芽唯は「あの」とレオナを見上げる。

「どうした」
「その……なにか言ったんですか?」
「……どうしてそう思った」
「だって、いつもなら『寮長!』ってすぐ挨拶されるじゃないですか。なのに今日は誰も近寄ってこないから」

 レオナは買い出しをラギーや寮生に任せ、自ら足を向けるのは今日のような散髪、もしくは古書店など自分で赴かなければいけない場所に限定されている。
 そんなレオナが着飾って麓の街を歩いている。しかも今日は彼の誕生日。寮生にとっては声をかけたくなる一大イベントに違いない。

「みんな遠慮してるみたいというか……すごい珍しいというか……」

 生徒によっては背中で隠し切れない大きなしっぽを振りながら駆けてくるのに、今日はただ遠くから……そう、まるで見守られているかのようだった。

「珍しい、ねえ?」
「……珍しいですよね?」

 あれ、違う?
 自分の言葉に自信が持てず、瞬きながら首を傾げた芽唯。
 そんな芽唯を見下ろしながら少しだけ唇を尖らせる。

「俺は日ごろからそれなりに甲斐性のある男だと自認していたが? せっかく邪魔が入らねぇようにしたってのに、ご不満なようだ」
「邪魔……」

 レオナの言葉にふと先ほどのエースの言葉が脳裏をよぎる。
 思わず後ろを振り返れば大きく首を横に振ったエースが「こっちは見んな!」とレオナを指さしながら声を潜めながらも叫んでいた。

「……本当にデートのつもりだったんですか?」

 彼の指示に従って視線をレオナに戻しながら問いかける。
 芽唯にはまったくそのつもりがなかった。
 学園長の指示で麓の街の為の撮影をする。それだけのつもりだった。
 確かに他の生徒との撮影よりは浮かれていたが、デートなんて意識はまったくなかった。
 どちらかと言えば学園長からのおつかいをしている感覚に近い。
 後方から「鈍すぎ!デートに決まってんだろ⁉」と悲鳴に近いエースの声が上がるとレオナのサマーグリーンが一瞬そちらをギロリと睨む。

「レオナ先輩……?」

 夏の光を反射して煌めく眼光はすぐに芽唯の元へと戻る。
 鋭さは鳴りを潜め、夏を彩る鮮やかな葉のような緑が芽唯に優しく向けられる。

「今さら何言ってやがる」

 呆れたように鼻で笑った。

「互いの服を選んで、街を歩いて、散髪に付き合って、邪魔が入らないように根回しまでして」

 歩みを止めたレオナは芽唯の腰に手を回すと自分の傍へと抱き寄せた。
 すっかりと慣れた仕草だが、自分たちの後ろにはエースがいる。
 友人の前でと文句を零す前に、すでに芽唯の頬へ熱がじわりと広がっていた。
 そんな彼女の顔にかかった髪をそっとレオナの手が耳にかける。

「……これをデート以外でなんて呼ぶ」

 ん?とわざとらしく首を傾げたレオナが目を細めた。
 肉食獣に追い詰められた獲物のようにか細い声で芽唯は答える。

「な、なら、最初からそう言って欲しかった、です」
「お前にそのつもりはなかったと?」
「そ、そうじゃないけど……その……」

 口ごもる芽唯のポーチをレオナの指先がつつく。

「あるんだろ、プレゼント」
「!」

 レオナの言葉に咄嗟にポーチを押さえれば、そのまま大きな手がポーチごと芽唯の手を包み込む。
 けれど褐色の指先はそれ以上何をするでもなく、あえて言うならば少しだけ芽唯の手の甲を優しく撫でた。

「ひえっ……」

 ますます頬を赤く染めた芽唯が肩を跳ねさせれば、レオナがにやりと笑う。
 ドキドキと高鳴る自分の心臓の音で周囲の音が消えていく。
 そんな状況に耐えきれず芽唯がショートする寸前だった。
 視界の端で誰かが動く。

「っ、ま、待ってエース!」
「ハァ⁉ ちょ、バッカ! 人がせっかく空気読んで帰ろうとしてんのに!」

 背を向けて、そろりそろりと静かに足を運んでいたエースが勢いよく振り返る。
 信じらんねぇ!と顔に書いてある彼の方へ顔を向ければ頭上でレオナがため息をこぼす。

「……ったく、まだ居たのかよ」
「今帰るところだったんですー! それをメイが引き留めたんでしょーが!」
「ならさっさと……いや、待て」

 しっしっと片手でエースを追い払おうとしたレオナだったが、すぐにその手が止まる。

「パティスリーに付いて来たかったんだろう? なら堂々といられるように仕事を与えてやるよ」
「仕事ぉ?」

 訝し気な声を出すエースを見ながらレオナはまた芽唯を抱き寄せる。
 今度は肩に腕を回され、芽唯はレオナの胸板にそっと手を添えバランスを保つ。

「撮影係」
「……は?」
「記念日は思い出として残しておかなきゃならねぇからなァ?」

 きょとんと目を丸くしたエースを無視してレオナは芽唯と一緒にパティスリーを目指して再び歩き出す。

「れ、レオナ先輩普段ご家族との記念日って広報の写真が嫌で逃げ回ってたとか言ってませんでした……?」

 王族のレオナにとって記念日とはただの思い出に残すものではない。
 国民にその様子をさらけ出し、国は安泰なのだとその繁栄の象徴として自分たちを見せなければならない面倒な日だ。

「あァ、嫌いだな。国の為になんて撮られる気はない」
「じゃあ……」

 なんで、と問いかける前にレオナが鼻で笑う。

「今日は、俺とお前だけで祝う記念日だろ」

 そう言ったレオナの手に少しだけ力が入る。

「……そう、ですね」

 これから撮るのは麓の街の為でもなく、国の為でもない。
 レオナの誕生日を祝う恋人たちの時間を切り取るためのものだ。

「じゃあ、いっぱい撮ってもらいましょうか」
「あァ、その為に着せたんだからな」

 にやりと笑ったレオナはそっと離れると芽唯の手を取る。
 褐色の大きな手に包み込まれた自分の手を見つめた芽唯は力強く頷いた。

    TwstMenu/INDEX

ALICE+