私だけが知っている
机の上にいくつか置かれた紙束の中から新聞を選んで手に取る。よほどのことがない限りどこにでも存在する情報を集合させたその紙には文章と共に写真が数点載せられている。
どこかの植物園で珍しい植物の栽培に成功したとか、大手グループのリストランテが新規店舗を開店し業績を伸ばし始めているとか、ごく平凡な平和な記事。
中には政治に関する問題を追及するようなものもあるが、上辺をなぞるばかりでこの手の記事に関しては週刊誌の方が好き勝手……それこそ誹謗中傷なんでもありの濃い内容のものが転がっているだろう。
何十枚と折り重なった情報の束にゆっくりと目を通せば漸くお目当ての記事にたどり着いた。
『夕焼けの草原、レオナ殿下』
写真の隅にご丁寧に名前まで載っているその人は#名前#の愛しい人。
新聞の置いてあった机の上にはハサミも常備してある。その隣にはアルバムも。
慣れた手つきでレオナの記事を切り取るとフィルムを捲ってアルバムに閉じる。何ページにも渡るそれにはレオナのことを書いた記事を知りうる限り全て納めてあった。
夕焼けの草原に嫁ぐ少し前から習慣になったこれを始めたきっかけはレオナの仕事を知るためだった。彼がどんな経緯で何を成し、民にどんな影響を与えたのか。彼の妻として隣に立つ自分が『知らない』などと言うことは許されない。……と、言うのは便宜上で#名前#自身レオナの仕事を知りたかったからなのだが。
「ふふ……『この憂い顔の向こうでは一体どのようなことをお考えなのか』だって」
今日の記事のレオナは確かに知らない人が見れば沈痛な面持ちで何かを深く考えているように見えるだろう。
「夜更かしするからこういう写真撮られちゃうって何回言えばいいの?」
「いいだろ、別に。悪く書かれてるならともかく、都合よく受け止められてんだ」
アルバムを閉じながら指摘すれば退屈だと言わんばかりに唇を尖らせた夫が不満を漏らす。
「レオナさん、どんな時でも絵になるからずるいなぁ……。私なんて公務の時とか未だに緊張で変な顔してるのに」
ほら見て、と今度は週刊誌を手に取って広げて見せたのは根も葉もない噂と共に載せられた自分たちの写真。
「そうか? 巷じゃ家庭的で可愛いお姫様って持ち切りじゃねぇか」
「家庭的って、言い換えれば庶民臭いってこと?」
それって褒められてるの?と首をかしげる#名前#をレオナは笑って抱き寄せる。
「あんま深く考えんなよ」
「だって……」
レオナは眠気に負けている写真ですら「沈痛な面持ち」やら「憂い顔」と書かれるのに、自分はどんな写真も絵面通りに受け止められる。別に大きく恥をかいたわけでもなく、好意的な意見が寄せられているのだが複雑な気分にさせられる。
週刊誌の記事もアルバムに収め、過去のものを見返していく。#名前#から見れば眠そうな顔、つまらなそうな顔。それが記者や民が見れば百八十度違うイメージが返ってくるのだから面白い。
「ふふ……」
「なんだよ、随分機嫌がいいな」
「だって、本当のレオナさんを知ってるのは身近な人だけなんだもん。民に好かれるレオナ殿下も好きだけど、私は私の夫なレオナさんが一番好き」
レオナの肩に頭を乗せ、甘えるように擦りつければ彼の尻尾が揺れ動く。
かつて気難しく、横暴で横柄な第二王子と言われたレオナは自分から見れば素直で可愛い素敵な旦那様。その真実を己だけが知っているのは彼の言葉を借りるなら『気分がいい』。
甘い声で蜜でも滴りそうな言葉の数々を贈ってくれるレオナに頬を寄せ、今日も国民が知らない彼の顔を独り占め。
きっと、レオナのこんな一面を知るのは一生自分だけなのだろうと益々気分が良くなった。