I bet you!


 ここがサバンナだとしたら、彼女は間違いなくすぐに狩られただろう。
 レオナさんが草食動物と称す通り、彼女は正しく肉食獣の獲物だ。



 グリムくんと一緒にメイくんが騒動を起こした入学式から早数日。彼女は運悪くレオナさんの尻尾を踏んであの人を怒らせた。
 青い顔をしたかと思えばレオナさんの尻尾を目で追い、口元を緩める。コロコロと変わる彼女の表情は分かりやすくて、レオナさんにしてみればさぞ手の上で転がしやすかったことだろう。
 結局、彼女とグリムくんはレオナさんを植物園の管理人と勘違いしたまま、肉食獣の咆哮を聞いたヌーのごとくその場から逃げ出した。

「レオナさん、いくら女の子だからって昼食用意させるだけで許すとか珍しく優しいッスね」
「何言ってんだラギー、俺はいつでも優しいだろ」

 そう言って口角を上げるレオナさん。
 ぶっちゃけオレはこの時、レオナさんは追加で何かしらメイくんに無理難題を押し付けると思ってた。
 学園唯一の女生徒。利用価値なんてごまんとある。
 オレだったらその場で彼女を利用した儲け話の一つや二つすぐに実行させていたし、明日の昼から……なんて悠長なことを言っている間にメイくんが元の世界とやらに戻ってしまったらと考えると踏まれ損とか御免ッス。
 それでもレオナさんは明日メイくんがどう動くかを待つという。ライオン特有の狩りというか、即現物主義のハイエナであるオレにはわからない感覚だった。
 


 翌日、約束通りオレの代わりに昼食を用意したメイくん。食堂で購入するだろうと思っていたけど、彼女はまさかの手料理を持参した。
 興味本位で自分の飯を片手に相席していたオレと腹を空かせて待っていたレオナさん。二人しておずおずと差し出された弁当箱を目を丸くして凝視する。
 不安を隠そうともせず「お口に合うかはわかりませんが……」と食器を手渡すメイくんの手は震えていた。
 今思えば、彼女はこの弁当をかなり奮発して用意したんだと思う。
 これでもかというくらい肉、肉、肉。ぎっしり詰め込まれた肉料理。あまりにも茶色くなりすぎるので彩りを意識したのか、ほんの少しだけ添えられた野菜達はどこか居心地が悪そうだった。
 弁当箱と彼女を見比べ、ゆっくりと手渡されたフォークで手を付けたレオナさん。咀嚼されるおかずの香りは自身がどれだけ美味いかということを主張するようにオレ達の鼻孔を擽る。
 一つ、二つ。一口サイズの肉がレオナさんの口の中に消えていく。

「……おい」

 スカートの裾をきゅっと握り、じっと食べる様子を窺っていたメイくんが肩を震わす。

「明日もまた、作ってこい」
「あっ……はい!」

 パッと晴れやかに笑みを浮かべ、首を縦に振るメイくんの姿を見て少しだけ首を傾げたのは内緒ッス。
 いや、だって、これはあくまでレオナさんの尻尾を踏んだ罰則であって、「明日もまたもってこい」なんて許してもらえてないってことかもしれないのに、どうして喜べるのか。
 嬉しそうに頬を染め、ニコニコと食事を続けるレオナさんを見守る彼女に俺は尋ねた。

「君、自分の分はどうしたんスか?」
「え?」
「いや、用意してるならアンタもここで食ってけば? 時間、なくなっちゃうッスよ」

 時計を指さしてあげれば困ったように彼女は笑う。

「私、お昼は食べないことにしてるんです」
「お腹すかないんスか?」

 食べ盛りの男子高校生にしてみれば驚きの答え。女の子ってそういうもの?
 立て続けに疑問をぶつけるオレに困ったように笑みを浮かべるメイくんは、知り合ったばかりのオレ達に事情を話すのを躊躇っていたんだろう。
 黙ってオレ達のやり取りを見守っていたレオナさんは徐にポケットに手を突っ込むと、財布をオレに投げつけた。

「ラギー、なんか買って来い」
「今からッスか⁉」
「これじゃ足りねぇんだよ。そら、早くしろ」
「わかったッスよ!」

 顎先で早く行けと指示するレオナさんは弁当箱を彼女に返す。
本当にこの人は……!最後の一口を押し込みながら立ち上がって駆けだしたオレは、少し離れてから振り返った。
 先程まで腰かけていた木の根元で、何かを問いかけるレオナさんに躊躇いながら返すメイくん。
 この時は何を話しているのかわからなかったけど、多分今後のことについて二人で決めていたんだと思う。



 適当にパンを見繕って戻ってきたオレを一瞥したレオナさんは数個手に取ってから、数合わせで買った小さな菓子パンを彼女に渡した。
 当然、メイくんは驚いた。罰としてこの場にいるのに与えられる側になるなんて想像もしてなかっただろう。

「あ、あの、キングスカラー先輩……?」
「レオナだ」
「レオナ、先輩……。その、なんで私」

 渡されたパンを触れてはいけない宝石かのようにそっと両手で包み込む。

「働きに見合った報酬を渡すのは当然だろう?」
「ほう、しゅう……」

 ぱちくりと目を瞬かせ手の中のパンをじっと見る。
 言葉足らずで分かりにくいが、要はメイくんの飯には尻尾を踏んだことに対する罰則以上の価値があったと、レオナさんはそう言いたいんだ。
 それに加えて、ここから先は憶測でしかないけど、自分にあれだけの料理を用意したメイくんが飲まず食わずのまま次の授業に向かうのは我慢ならなかったんだと思う。なんだかんだで、女の子には優しい人だから。
 外されない視線に食べるまで空気が変わらないことを察したメイくんは、おずおずと梱包を開けると甘い香りを漂わせるそれを一口食べる。

「……おいしい」

 素直な感想が漏れるのと同時に、もっと素直な彼女の腹の虫がぐぅと鳴く。

「何が食べないようにしてる、だ。腹の虫は素直だなァ?」
「シシシ、そーっすね! ほらほら、たーんと食べて。食える時に食っとくのが生き残るコツッスよ」
「あ、う、……はい」

 ぱくぱくと何かを言いかけたけど、空腹には勝てなかったのか。頷いてそのまま続きに齧りつく。
 その姿に満足したレオナさんはぺろりと追加のパンを全て食べ終え、少し遅れて食べ終えたメイくんに財布を手渡した。黙って頷いて、彼女は大事そうに財布を鞄にしまう。

「えっと、ラギー……先輩?」
「そうっスよ。ラギー・ブッチ。二年生」

 合ってる合ってる、と答え合わせに情報を付け足してあげるとメイくんは胸を撫で下ろす。

「私、白藤芽唯って言います。しばらくレオナ先輩の昼食係になりました」

 この時、既に名前は知っていた。シラフジ・メイくん。ファミリーネームが先に来るなんて響きも含めて不思議な名前だったけど、かえって覚えやすかった。

「それって罰則?」

 おかしいな、報酬が出るってことはもう既に彼女はその役割を終えたはずだけど?
 けれど、彼女は首を横に振り否定する。

「その、レオナ先輩が代金を支払ってくれるので私が調理して二人で食べる。らしい、です」

 曖昧に笑うメイくんになんのことかとわからなかったオレだけど、しばらく後に学園長に貰ってる生活費を出来るだけ抑えたいメイくんと彼女の手料理を気にいったレオナさんの利害が一致した……という表面上の関係性を知ることになる。
 なんで表面上かって?素直じゃないレオナさんはきっと言えなかったんス。「飯、美味かった。また食べたい」って。
 だからお互いの利害の一致という可もなく不可もなく、まるでアズールくんのような契約関係を彼女に持ち出した。
 色々と聞きたいことは合ったけど、レオナさんの視線が怖いのでふーんと相槌だけ打って納得したふりをする。
 わかってますよ、余計なことは言うなって言うんでしょ?
 

 こうして、レオナさんとメイくん、そしてオレの三人の奇妙な関係が始まった。


 入学当初は好奇の目に晒されていた彼女も、レオナさんの縄張りをうろついて同じ匂いをさせるもんだからうちの寮生には大層可愛がられた。
 寮生じゃなくても、鼻が利く種族の生徒は誰もメイくんに手を出したりしないだろう。
 メイくんに何かをするということは、獅子のテリトリーに踏み込むと同義なのだから。
 唯一、彼女と暮らすグリムくんだけは文句ありげにレオナさんに噛みついていたが、それも最初のうちだけで、レオナさんがメイくんに危害を加えないと確信を得てからは逆に「こいつを頼んだゾ!」なんて偉そうに踏ん反り返ってはハーツラビュルの二人と一緒に去っていく。
 
 偶然レオナさんの尻尾踏んで、たまたま料理を嗜んでいて、その味がレオナさんの好みだった。
 たくさんの偶然が重なって始まった関係は、いつしかなくてはならないものになっていた。

 レオナさん、アンタ気づいてます?
 部屋でメイくんのことを話すとき、今まで見たことがないくらい目を蕩けさせて、大事だ好きだって言葉にすることなく周りに伝えていることを。


 退屈そうに学校生活を送り、今年も留年しそうなレオナさん。きっと、オレが想像出来ないようなしがらみが実家に帰ればこの人を待っている。
 それでも、婚約者だの許嫁だのその類の話題を聞いたことがないので恋愛だけは自由なのかもしれない。
 その分、彼女の方が問題を抱えているけれど、きっとこの人はそんなもの持ち前の力と牙、そして自慢の知恵を使って簡単に解決してしまうのだろう。
 じりじりと獲物を追い詰めるサバンナの肉食獣。もちろん、ハイエナのオレも例に漏れず。お零れを預かる為なら何でもする。
 普段なら長期的に働きかなければ利益を生まない仕事なんてやらないんスけど、今回ばかりはそれも悪くもないかもしれない。
 だって、ほら、メイくんがレオナさんと結婚すればオレは所謂恋のキューピットってやつじゃないッスか。
 あぁ、うん。柄じゃない…。考えたらちょっと気持ち悪くなってきた……。
 ……っていうのは置いといて、二人の関係をより良い方向へ導くのはオレにとって不利益になるなんてことはありえない!

 オレはメイくんって一人の女の子にBETした。

 時間も、手間も、あらゆるもんを賭けての大勝負。命にお金、将来とか大事なもんは賭けてないけど、それでも十分オレらしくない行動だ。
 だから、メイくんとレオナさんにはこのまま仲良く手に手を取って幸せになってもらわないと困るんスよね。もちろん、オレのために。

 貴重な学生時代を費やしたオレの大きな賭けは無事に利益を生んでくれるのか。
 配られた手札は多くないけど、キングと未来のクイーンは仲睦まじい。

 今日もオレは曖昧な未来に何かを賭けた。

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