僕らのアリス


 談話室が騒々しい。あまりに気になるので様子を見に行けば両手に荷物を抱えた寮生が目に入る。
 赤い跳ね毛にハートのスート、青い髪にスペードのスート。
 きっちり指定した絵柄を大きく描いた見覚えのあるその顔は間違いなく今年度トップを争う問題児二人組だ。

「エース、デュース。そんなに慌ててどこへ行く気だい?」
「寮長。メイの所に行くんスよ」
「勉強会しようって約束してて」

 ほらね、と教科書とノートを掲げるエースはどこか誇らしげで。まるで「自分たちは悪いことなど一つもしていないですよ」と主張するかのようだ。
 別に問い詰めるつもりなどはなかった。しかし、普段から何かと厳しくものを言っていたせいか。こちらが口を開く前に自然と身の潔白を彼らは示すようになっていた。ある意味これも躾の賜物かと思うことにしたリドルは時計の針を確認する。

「あまり遅い時間までお邪魔することのないように。相手は女性なんだ。彼女がいくら良いと言っても君たちから遠慮するという配慮が必要だよ。お分かりだね?」
「はーい、寮長」
「行ってきます」

 間延びした返事と一緒に二人の背が遠くなる。ぱたりと扉が閉められてしまえば、これ以上は口出しできない。

「お騒がせコンビはもう出て行ったのか」
「トレイ、それは?」
「よければメイに……と思ったんだが、どうやら一歩遅かったみたいだ」

 ケーキボックスを片手に奥の部屋から現れたトレイは残念そうに肩をすくめる。

「どうせ明日はなんでもない日のパーティーだ。そこで彼女に出せばいい」
「なるほど、それは名案だ。しかし、すっかりメイはなんでもない日のパーティーの常連だな」

 当たり前のように用意された席。
 始めからそこにいるのが当然だったように馴染んだ彼女は、さながら女王の庭に迷い込んだアリスだろう。

「トレイ、ハーツラビュル生として恥じないもてなしをするんだよ」
「はい、寮長」

 同じ返事なのに響きが違う。いつかあの二人にもこれくらいの貫禄が出てくれるといいのだが、今憂いたところで何も変わることはない。
 真っ赤な薔薇のようなマントを翻し、リドルは一人部屋に戻った。
 
◇◆◇

 なんでもない日。ハートの女王の法律のもと開かれるお茶会の片隅で彼女はいつも笑みを浮かべている。
 自寮生のように気にかけている学園唯一の少女・芽唯を間に挟んでエースがふざけ、デュースが笑い、彼女に抱えられたグリムは満足げに口周りをクリームでべったりさせて。
 やんちゃな彼らが芽唯を困らせないか。今日もしっかり監視する。

「どうしたリドル。向こうのケーキならそこにも同じものが……あぁ、メイか」
「ちゃんと楽しんでくれているか気になったんだ。どうやら杞憂だったみたいだけどね」
「いつも美味そうに食べてくれるから作りがいがあるよ」

 甘いものは好きなのか、普段は遠慮しがちな彼女がもう一品と手を伸ばす。真っ赤なイチゴのショートケーキも宝石のように輝くベリーが敷き詰められたタルトも、このお茶会で食べられないスイーツなんて法に触れない限りは存在しない。
 別に自分が用意したわけではないけれど、主催として客人を喜ばせる義務がある。

 トレイ自慢のケーキは如何?
 記念写真ならケイトに撮らせよう。
 まだまだ未熟だがエースやデュースもいつも君の味方だよ。
 
 ハートの女王の厳格な精神に基づいて築かれたリドルのお城のティーパーティー。優秀なトランプ兵達に囲まれて彼女は何を思っているのか。

「帰ることを忘れたアリスはどうなってしまうんだろうね」

 薔薇のお庭で楽しいお茶会。
 珊瑚の海も砂の国も、あの妖精の国だって彼女をもてなしたくて仕方ない。

「そりゃあ……ずっと楽しく暮らすんじゃないか? 別に帰らなくたって居場所があれば生きていけるだろ」

 ズレた眼鏡を指先で直しながら芽唯を見るトレイを横目で見れば口角が少し上がっている。
 幸福なことにココには彼女を惑わす白兎も、眠りを邪魔する時計もない。
 ゆっくりゆっくり落ちた先に獅子が待っていようと彼女がこの世界に残ってくれるのであれば結末なんて些細なことだ。
 目を細め、芽唯を見つめるリドルの瞳が静かに弧を描く。

「僕らのアリス、良い夢を」

 法で縛ることは出来ないけれど、帰り道はとっくに消えて無くなった。だってここには悪い魔法使いしかいないのだから。

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